47. それぞれの思い
セウェルス聖王陛下の即位式で城下は沸き、城内も賑やかで活気に溢れていた。
誰しもが明るい未来に胸を膨らませている中、オスカーは怒りにも似た暗い表情で膨大な量の書類に筆を走らせる。
「クソッ」
書類を押さえていた左手がグシャリと書類を握り潰した。呻くように力をこめると鈍い音をたてて筆が折れ、オスカーの手をインクが染めていく。
あの時…
「貴方は最後までわたくしを護ろうとしてくれるのね」
ローランの涙を指で拭いながら、ティアは泣き笑いのような顔をして微笑んでいた。
必死に笑おうと努力しているのか口元が震えている。
「中央会議の前だったら、駄目だと分かっていてもティアの側に居る道を選んだのかもしれない」
ティアの努力に気付いたローランはティアの頬に手を添えた。
「あの瞬間、死んでも良いと思った。ティアと大切なものを護れたからそれでいいと…。ティアが創るセウェルスの、少しでも役に立てたならそれで幸せだって。ティアの大切な者達が笑って過ごせるそんな未来を想うだけで、俺は幸せな気持ちになれるとそう感じたんだ」
自己犠牲とも言える台詞に、オスカーは力が抜けたようにガクンと椅子に座り込み両手で顔を覆う。
「今の俺はセウェルスの未来の、それを創るティアの足枷になる。そしてティアには何より優先すべき義務がある。それを護れるなら、俺は幸せだ」
涙を流しながらも揺るぎない瞳でオスカーを見て、笑った。
(そこにお前の幸せはあるのか⁈)
机の上に叩きつけられた拳はきつく握りしめたせいで血が滲んでいる。
ティアはセウェルスの為、ローランはティア、そしてセウェルスの為、すぐそこにある幸せを放棄しようとしている。
それをオスカーは止める事が出来ない。止める手段が無い。
その事が悔しく自分の力不足を痛感する。
「俺に今出来る事はなんだ…」
オスカーは吐き出すように呟いた。
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「ごめんな」
バルコニーから遠くに見える城下を見つめたまま、ローランは言った。
『それはティア様に対するものですか?オスカー様へのものですか?』
ローランの背後にスチュワードが立っている。
視線は遠くを見つめたままで、ローランは手摺りに腕を置いて頬杖をついた。
スチュワードは全部分かっている。分かっているくせに意地が悪いと笑う。
「俺を守らせなくてごめんな」
スチュワードはその目を尖らせ『その通りでございますよ』と珍しく声を荒げると
『御主人様ではなく、セウェルスを護れと仰られた私の気持ちが分かりますか?貴方様が目の前で斬られる姿を見た時の絶望が分かりますか?』
スチュワードの両目から涙に似た宝石が溢れ落ちた。
「そうなるのが分かっていても、お前にしか任せられなかった。だから俺は後悔してないが…苦しかったよな」
バルコニーから体を翻すとスチュワードの頭にポンと手をおく。
スチュワードからはローランを睨みながらも、両目から溢れる宝石は止まらない。
『死ぬより辛かったです。もう決してあのような命令はなさらないで下さい』
スチュワードはローランの魔力が途切れる最後の力でシリルの元に飛んだ。シリルが間に合わなければ、ローランは居ない。
だからローランが今ここに居るのは奇跡のようなものだ。
「ああ、気を付ける」
“やらない”と言わないのが憎らしい。
憎らしいが、同時に何より愛おしいと、スチュワードは思った。
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明日の即位式に向けた宴の為に真紅のドレスを着用したティアをサラが絶賛する。
ティアは「少し肌が見え過ぎじゃない?」とデコルテまで大きく開いたドレスに戸惑いながら所在無さげにしていた。
「ティターニア様はお肌が綺麗なんですから、もっとお見せになるべきです!」
長椅子に座って控えていたエブリンが鼻息荒く握り拳を作っている。
サラとエブリンが絶賛するように、優雅で、それでいて威厳のある女神のように見えた。
「綺麗だけど、それは駄目だ」
いつの間にかバルコニーからスチュワードを連れて戻ったローランは、自分のジャケットを脱ぎながら真っ直ぐティアの元に移動する。
そしてティアの露出した部分を隠すように脱いだジャケットを肩から掛け、包み込んだ。
「ローラン様、今の流行りはそういったドレスですのよ」
エブリンは反論するが、ジャケットを脱いでシャツ姿になったローランを見て真っ赤になっている為、反論するのに赤いのか。ローランを見て赤いのかよく分からない。
「エブリン嬢。貴女の兄が言うには俺は狭量なんです。俺が参加出来ない宴で周りの男の視線が集まるかと想像しただけで、そいつらを片っ端から潰していきたいくらいにはね」
ティアを包むジャケットの襟元を掴んでティアを閉じ込めるようにしながら、エブリンに微笑む。
それを見たエブリンは呼吸困難になった魚ように口をパクパクしながら全身が真っ赤に染まった。
「ローラン。エブリンが困っているわ」
「ティアが悪い」
ティアの指摘にローランは少しだけ口を尖らせると、デコルテから首元へ向けてそっと指でなぞり
「いっそ永遠にのこる跡でもつけてやろうか」
片方だけ口元をあげて蠱惑的に微笑むローランの意図する事を知ったティアも全身が真っ赤に染まる。
(ずっとローランをのこせるなら、こんな幸せな事って無い?)
ティアは本気で考え始め、それを見たローランは小さく笑みを零す。そしてティアの首元を飾る精霊の石に触れた。
「嬉しいよ。だから今日は」
ローランが呟くとディアーナのドレスが光り出す。
次の瞬間には、ディアーナのデコルテから首元までを真紅色のレースが覆っていた。
「これで許してあげる」
そうして形の良いティアの額に口付けし、甘い笑顔で微笑んだ。
全てを見ていたエブリンは長椅子に倒れ込み、流石のサラも心拍数が上がる。
ただひとり、ティアだけは嬉しそうに微笑んでいた。




