49. 兄弟子と妹弟子の約束
ティアが目を覚ますと、居るはずの場所にローランの姿が無い。
慌てて身を起こしてあたりを見回すと、窓枠にもたれるようにしているローランを見つけた。
何を考えているのか。ローランはぼんやりと窓の外を眺めている。
まだ明け方なのか窓の外に見える景色は薄暗い。
薄明かりで見える端正な顔立ち、引き締まった身体、その全てが彫刻のように美しいと、ティアは心臓が跳ね上がるのを感じた。
先程までそんな美しい人に触れられていたのだと思うと恥ずかしくて倒れそうになる。
そうしてオスカーから言われた言葉を思い出す。
「私に出来る事はもうこれしかありません。陛下の名誉が傷付かぬよう万全の準備は整えております。後の事は一切気にせず最後の時をお過ごし下さい。」
これはティア自身の、そしてオスカーがローランの為に望んだ事。
シーツで身体を巻き付けるようにすると、衣擦れの音でローランが気付いたようだ。
小さく笑うとベッドの端に腰を下ろす。
「その姿もいいね」
そう言ってローランはティアの手を取ると、ティアの身体がまたベッドに沈んだ。
覆い被さるようにして、赤く濡れた瞳はティアを見つめたまま、手首に唇を寄せた。そうしてそのまま唇を滑らせると指先で止まる。
「ローラン?」
「不思議だ。俺は罪を犯した筈なのに、今とても幸せで罪の意識を感じる事が出来ないんだ」
「わたくしが望んだのよ」
「それに応えたのは俺だよ」
ローランこそ強く望んでいたそれを、ティアも望んだ。それを拒絶出来るほどローランは大人ではない。
ローランはチラリと窓の外を見てから、ティアに視線を戻す。
ローランの意図に気付いたティアは、自らローランの首に腕を回した。
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「その色を見るとお前がクルドヴルムの王族だって実感する」
部屋を訪れたオスカーは、本来の姿に戻ったローランを見てしみじみ言う。
ティアは即位式の準備で席を外しており、部屋にはローランとオスカーの二人だけ。
「ありがとう」
ローランはオスカーに微笑む。
オスカーは片眉だけ器用に上げるとローランの前に立ち、ローランの頭を撫でつけた。
「何度考えてもお前にしてやれる事があれしか無かった」
オスカーは何とも言えない複雑な表情だ。
「オスカー…俺は…」
「お前と陛下。そして王配になる俺が望んだ。そこに何の罪があろうか。それは罪では無い。誰もが平等に与えられる筈の、幸福だ」
そうしてオスカーはローランの頭を抱き寄せる。
「俺は陛下を預かる。いつかその時がきたら、必ずお前に返す」
ローランの頭はオスカーの肩に押し付けられている為、表情は窺えない。しかし強い意志を持った凛とした声音に、ローランは大きく息を吐いた。
「当たり前だ。俺が待ち切れずにティアを拐いに来る前に全部片付けろ。優秀な宰相殿」
その後、ボソボソと「あーやっぱりブン殴りたい。ティアに触れたら殺す」と不穏な言葉を繰り返すローランに、オスカーは笑った。
「直系は陛下だけだから、それは難しいかもな」
揶揄うように言ったオスカーの顔面にローランの拳が飛び、鼻に触れる僅かな距離でピタリと止まる。その余波でオスカーの髪がふわりと舞った。
「頼んだ。オスカー」
全身全霊の願いを込めた言葉の後、振り上げられた拳をオスカーの背にまわし痛い位に抱きしめる。
オスカーも空いた方の腕をローランに回すと、静かに告げた。
「任された。ローラン」
その時、ティアの戻りを告げる声が聞こえた。
扉が開き、ティアが入室してくる。
ティアの後にサラだけが入室すると、すぐに扉を閉められた。
オスカーはローランから体を離し、ティアに向かって低頭した。
ローランは眩しそうに目を細めてティアを見つめている。
「ローラン。即位式は見てくださるのでしょう?」
正装したティアがローランに尋ねると、ローランは僅かに首を振る。
それにはオスカーも驚いたようで、弾かれたようにローランを見た。
「セウェルスの王になるティアは前を向かなくてはいけない。だから、俺はティアが王女である間に行くよ」
ティアは驚愕に目を見開き、その時が来た事を悟り真っ青になる。
「行ってしまうの?」
「うん」
「わたくし達、また会える?」
「会えるよ」
ティアの声は震えているが、落ち着いている。
ローランはティアの前まで歩みよると、名残り惜しそうにティアの頬に触れる。
「サラ、あれを」
ティアはローランにされるがまま、サラに声を掛けた。
「ローラン。セウェルスにはクルドヴルムのように生命を媒介にした誓いはありません。ですが、わたくしの誓いを形にしたものを持っていて欲しい」
サラはティアの前に小さな箱を差し出す。
ティアはその中身だけ取り出すと、ローランの左手を取り、同じように薬指にそれを嵌めた。
「これは…」
「それは婚礼の儀で使用する”誓いの指輪”です」
ローランの指には金をベースに紫の細工が施されている指輪が嵌められている。
ローランはオスカーを見るが、全て承知しているようで頷く。
「ありがとう。ティア」
ローランはその指輪に口付けると、そのままティアの体をきつく抱きしめた。
オスカーはもちろん、折角整えた装束が崩れたのを見たサラも何も言わない。
最後の時間を過ごす二人をただ静かに見守った。
ローランは腕の力を緩め、ティアと目線を合わせるように少しだけ膝を落とす。
そうして今にも溢れ落ちそうなくらいに涙が溜まっているティアの目元に唇を寄せた。
目を閉じたティアから先程の涙が一筋伝う。
「笑って、ティア」
目を開けたティアに映るのは今にも泣き出しそうなローランの顔。端正な顔は苦しげに歪んでいるが、口元だけは必死に笑みを作ろうとしている。
ティアは解すようにその口元に指を這わせると、
「愛しているわ」
そう言って、ローランに口付け、幸せそうに微笑んだ。
ローランも今度は自然に微笑むと、もう一度ティアを抱き寄せ、自らの唇でティアの口を塞いだ。
「いつか必ず迎えに行くよ」
唇を離しながら、ローランは静かに囁いた。
ティアは目を見開くとローランの胸に顔を埋める。
「うん。待っているわ」
ティアはローランの温もりを感じながら、目を閉じた。




