43. イーサン・ルイ・セウェルス
※残酷表現がありますので苦手な方はご注意下さい
ネヴァン公爵から放たれる殺気に、フランドル公爵は恐怖のあまり歯をガチガチ鳴らせて震えた。
「わ、私は嫌だと言ったのだ。だがあの女が望んだから私は…」
泣きそうな声でフランドルは訴える。
王妃は王妃を輩出したいフランドル公爵家の養子になったフランドル公爵の義妹。イーサンはフランドル公爵と王妃の不義の子。王妃がフランドル公爵の子を王にする為、フランドル公爵に話を持ちかけた事。
全てを喚き散らしたフランドル公爵の胸倉をネヴァン公爵では無くオスカーが掴み上げ、自らの拳をフランドル公爵の顔面に叩き込んだ。
フランドル公爵は変な声をあげた後、気を失ったのかダラリと両手を垂らして動かない。
オスカーは塵を捨てるかの如くフランドル公爵を放り投げると、ティアに向かって膝をついた。
ネヴァン公爵は怒りの矛先が無くなり少しだけ不満気な様子を見せたが、オスカーに倣い膝をつく。
盾になっていたローランはティアの背後にそっと移動した。
「殿下。フランドル家は大罪を犯しました。処罰は如何様にも」
「セウェルスには貴方が必要です。大罪を犯したのは王妃も同様です」
オスカーはフランドル公爵家の取り潰し。また一族全員処刑されても構わないと。それだけの罪を犯したと言うが、ティアは「貴方達には罪はありません」と首を振る。
「…っざけるな…」
突然ボソリと怒気のこもった声がし、ローラン達が声のした方へ振り向くと、そこには剣を手にしたイーサンが立っていた。
「余はセウェルスの正統な王だ。余が王だ!!」
そう叫ぶイーサンは顔は怒りによって真っ赤だ。
手に持った剣をブンブンと振り回している様子は常軌を逸している。
護衛騎士からイーサンへ制止の声を掛けるが、イーサンは聞き入れない。既に怒りを通り越したのか顔は赤黒くなっていた。
ローランはティアを庇うように立つと、背中にティアの手が置かれた。
「ローラン。これはわたくしの役目です」
振り向いたローランは息を止める。ティアは無残な程に痛ましい顔をして…微笑んでいた。
そのままティアはイーサンに向かい歩みを進めた。
「わたくしが真実を知ったのは、お兄様が”神託の儀式”を知らなかったから」
そう言いながらまた一歩進む。
「ですが、わたくしにとって大切なお兄様である事に変わりはありません」
歩みを進めるティアの声色は落ち着いている。
イーサンの周りを取り囲み、無作為に攻撃するのを制止しながら剣で防衛している護衛騎士は近付いてくるティアに気付くと「なりません!」とティアを制止した。
発動出来る丁度ギリギリのところでティアは足を止めた。
ローランは失敗した時のため、剣の柄に手をかける。
「貴様など妹とは思った事はない!!そうだお前さえ居なければ、余だけに王の資格があるではないか!!!」
イーサンは狂人の如く笑い声をあげると、ティアに向かって剣を向けた。
ザワリ…
ローランの全身が泡立つ。
記憶に残る感覚が、恐怖が噴き出した。
「暴走だ!!!」
ローランは叫ぶとティアに向かって駆け出す。
魔力暴走と呼ばれるそれは、幼い頃にローランも経験している。あの時は誰も殺さずに済んだが、それでもあの感覚と恐怖は深く刻まれた。
ローランの声にティアは振り向き、ネヴァン公爵はティアを護ろうと壇上に続く階段を駆け上がりながら「護れ!!」と咆哮した。
周囲を囲んでいた騎士団は即座に動き出す。
「殿下!!」
オスカーもネヴァン公爵に続き階段を駆け上がろうとするが、腕を掴まれた。
『なりません』
「スチュワード⁈」
オスカーの腕を掴んだスチュワードはオスカーの周りに防御壁を張りながら『これで足りると良いのですが』と焦りが含まれる声色で言った。
イーサンの内包する質量が一点に集中し始めると周囲の空気をも凝縮する。
「カラドボルグ!ティアを護れ!!」
ローランがティアの前に躍り出た瞬間。
イーサンの魔力が弾けた。
イーサンの魔力がドーム状の天井を突き破り、魔力の波動で窓ガラスが弾け、悲鳴が響く。
イーサンの周りに居た護衛騎士達はその波動で壁まで弾き飛ばされて動けなくなっていた。
ティアは衝撃波を避けるため無意識に腕で顔を覆い目を閉じたが何も届かない。
「ローラン!!」
『御主人様』
オスカーとスチュワードの悲鳴に、目を開けたティアの前には聖王の盾が。
そしてティアの足元に広がるのは、ティアの纏うドレスと同じ赤。
心臓が早鐘のように打ち、全身から嫌な汗が流れる。
それでもティアは盾に手をかけ退かすように動かした。
「ローラン?」
目の前に広がった光景にティアは固まった。
ローランが手にしたカラドボルグがイーサンの腹を貫いている。
そしてイーサンがティアに向けて振り下ろした剣は
ローランの左肩から胸にかけてザックリと切り裂いていた。




