41. 中央会議
オスカーの息が掛かった近衛騎士の迎えを知らせる声にティアは顔をあげた。
飲みかけの紅茶を飲み切るとティーカップを置き、ゆっくりと立ち上がる。
そうして「参りましょう」とローランに向けて右手を差し出した。
「姫様。サラはここでお帰りをお待ちしております。…ローラン様、姫様をどうかお護り下さい」
サラは気丈な様子でティアとローランに話すが、その瞳は瞬きをしたら溢れ出すほどに潤んでいる。
ティアの手を取ったローランは「任せろ」とサラに笑い掛けると、サラの肩に軽く触れた。
「サラ。戻ったら貴女が淹れた紅茶が飲みたいわ」
「直ぐにご用意致します」と答えたサラに微笑んだ後、ティアは前を向く。そうしてローランに引かれて歩き出した。
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王宮の一角にあるドーム状の建物で中央会議は開催される。王族専用の入口から室内に入ると、ティアは一度触れていたローランの手を強く握る。僅かに震えているのに気付き、ローランもその手を握り返した。
「大丈夫だ。何があっても俺達が居る。ティアは前だけを向け。目的を果たす事だけを考えろ」
ローランはティアを見ていない。ティアも真っ直ぐ前を見つめている。それでも繋いだその手から感じる温もりでローランの気持ちが伝わったティアは、ひとつ頷くとその手を離してローラン達の前を歩き始めた。
「ティターニア王女殿下のご入場です」
侍従の声で会場の目が一点に注がれる。
ティアは優雅な仕草で歩を進めると、自分の席に腰を下ろした。
その後ろを囲むようにローラン含む護衛騎士が控える。
円形会場のため、ローランが立つ位置からティアの横顔が見える。会場は王族の座る位置から全体が見下ろせるようになっており、王族より一段低い位置には聖騎士団長であるネヴァン公爵。そしてオスカーと
(あれがフランドル公爵…)
50代位に見える男性が座っていた。
更にその下には中央の通路を挟んで、貴族達の席が円形に沿った形で配置されている。
貴族達の視線がティアに注がれる中、ローランは視線だけをオスカーへ向ける。視線に気付いたオスカーも同様にローランへ視線を投げ口元をニヤリと引き揚げた。
(問題無さそうだな)
オスカーの余裕のある笑みに安堵の息をつくと、ティアに視線を戻した。
「イーサン国王陛下のご入場です!!」
侍従の声でティアも含めた会場の貴族達が全員立ち上がり低頭する中、イーサンはゆっくりとした足取りで入場してきた。そうして玉座に腰を下ろすと軽く右手をあげ、それを合図に全員着席した。
「中央会議を開くのは何年振りか」
玉座の肘掛に頬杖をついたイーサンは独り言のように言葉を発した。
「陛下が御即位なされた時でございます」
フランドル公爵の回答に「ああそうだった」と思い出すように笑う。
「本日其方らを召集したのは他でもない」
イーサンの笑みが深くなる。そうしてその続きを口に出そうとした時、オスカーの高らかな声が会場に響いた。
「本日の議題は2点。ひとつはここに居るアドニス・フランドルの汚職とそれに連なる貴族・役人の処分について。そして…」
イーサンは驚きの余り口を開いたまま。フランドル公爵は突然の告白に言葉も出ず怒りに体を震わせている。
オスカーは冷めた目で隣に座る父親をチラリと見た後、貴族達に向かった。
「もうひとつはイーサン国王陛下の退位とティターニア王女殿下の御即位について!!」
会場が貴族達の声で震える。
「な、何を言っておるのだオスカー!!!」
ようやく事態を飲み込めたイーサンが顔を真っ赤にしてオスカーを怒鳴りつけた。
オスカーは静かな眼でそれを受け止めると懐に忍ばせた書類を取り出した。
「陛下、セウェルスの現状をご存知でしょうか。我が国は長年の汚職と戦争で疲弊しております。今のセウェルスにクルドヴルムと争う体力はございません」
「何を言う!!我が聖騎士団がおれば負けはせぬ!!!ネヴァン!」
指名されたネヴァン公爵は立ち上がるとイーサンに向けて頭を下げた。
「陛下。我ら聖騎士団は国民の為に命をかけて戦いましょう」
「そうだろう、そうだろうともっ!!聖騎士団は余の為に…」
違和感に気付いたのだろう。イーサンはポカンと口を開けて眉を顰めた。オスカーはその様子を確認すると「まずは我が父アドニス・フランドルの汚職について」と、イーサンを無視する形で話を進める。
先程取り出した書類に目をなりながら朗々と汚職や不正、それに連なる貴族の名を読み上げた。
読み上げるにつれて、フランドル公爵は青い顔をしてブルブルと震えだした。階下にいる貴族達にも真っ青に震える者、青さを通り越して真っ白になる者と様々だった。
「オスカー…父親を売ったか」
「父上、貴方はやり過ぎた。貴方がその地位に居ると国が滅ぶ。故に貴方には引いていただく」
呻くように訴えるフランドル公爵に感情を乗せない声でオスカーは言い放つ。
だがフランドル公爵はニヤリと笑った。
「ここは議会だ。貴族達が私が引く事を望むかな」
フランドル公爵に対してオスカーは怜悧な微笑みを浮かべる。そうして「私に賛同する者は」と、声をあげると反対派は全員起立した。
「その程度では議会の過半数に…」
「儂も賛同する」
そう言ってネヴァン公爵はフランドル公爵へ向き合う。
その言葉に中立派の面々が立ち上がった。
いよいよフランドル公爵に焦りが見える。だがまだ過半数には届いていない。
「私が今まで何をしてきたか。国を憂い、護るために何をしてきたか。貴方は耄碌し何も見えていなかったのか」
オスカーの言葉を合図に、フランドル公爵派の面々が立ち上がった。中には汚職で名を呼ばれた貴族の子息、子女も居た。
オスカーは父であるフランドル公爵を見下ろすようにすると「貴方の負けです」そう微笑んだ。
「宰相の任命権は陛下にある!陛下が望む限り私を引きずり下ろす事は出来ん!!」
その時、静かにティアが立ち上がった。
その様子に騒ついていた会場が一瞬で静まる。
「アドニス・フランドル。わたくしは貴方を宰相には望みません」




