40. ティアとローラン
※R15要素を含む表現がありますので苦手な方はご注意下さい
ローランの腕の中でティアはパニックに陥る。
今迄だって何度もローランに抱きしめられたが、今ティアを抱きしめる腕も、ティアが収まっている胸も、ローランの熱が直に感じられる…つまり上半身は何も身につけていない。
ドレスと同じくらい真っ赤になったティアの動揺はお構いなしで、ティアの首元に顔を埋めると抱きしめる腕に力がこもった。
ティアはもう何がなんだか分からず口をパクパクさせている。
「俺の色だ」
ティアに触れる熱い息で肌が火傷のように痛みを持つ。思わず身動ぎすると「動かないで」と制止され益々ティアはパニックに陥った。
「ティアが俺の色を纏ってくれて嬉しい。俺はティアに愛されてると感じられて幸せだ。幸せなのに…」
ローランは顔をあげると
「それが辛い」
そう言ってティアのポカンと開いたままの口を塞いだ。
抱きしめる腕や胸の鼓動。そして触れ合う唇からローランの激情が伝わる。
自分が即位すると決意したあの時から2年。
あんな兄だが、ティアにとってはたった一人の肉親だ。…それでも、肉親の命を奪ってもティアには護らなくてはいけない国がある。
その為だけにこの2年必死だった。
恋なんてしなくて良かったし、するつもりも無かった。それなのにローランを愛してしまった。
いつか来る別れがもうすぐそこまで迫っているのは分かっている。だが目的を果たすまではなるべく忘れるように自らを戒めた。
それでもローランを求める気持ちは、抱える想いは揺るがない。
だからどうすれば伝わるのだろう。
どうすれば、ローランを癒すことが出来るのだろう。
ティアはローランに答えようと背に腕を伸ばしかけた瞬間、ローランはティアから唇を離すとティアの両肩に手を置いてティアを押すように自分の身体から離した。
ローランの両手は僅かに震え、上半身は下を向いて動かない。
「すまない…。こんな大切な時に…本当にすまない…忘れてくれ」
吐き出すように謝罪し、ティアから手を離すとそのまま背中を向けてしまう。
目の前にローランの肩まである白銀色の髪が揺れている。
ティアは一歩前に進むと白銀色の髪にそっと触れた。
「わたくし、貴方が居ないと進めないの」
そうして背中からローランをそっと抱きしめた。
ローランが大きく震えるが、ティアはローランの背に顔を預けて目を閉じた。
「貴方を苦しめる事になっても、わたくしが駄目なの。貴方が居ないと駄目なの」
だから…、そう言ってティアの声が震える。
「こんな我儘なわたくしを許して…ローラン」
目を閉じているティアに聞こえるのは、ローランの早鐘のように打つ鼓動と息遣いだけ。
言葉を発しないままどの程度過ぎただろうか。
息を吐いたローランは自らに触れているティアの両手をそっと離すと、ティアに向き直って膝をついた。
見上げるローランの青い瞳が申し訳なさそうに揺れている。
「許すもなにも…俺が願った事だ。目的を果たすまででいい、ティアの側に居たい。護りたいと願ったのは俺自身だ。ティアは何ひとつ悪くない」
ティアの指と自分の指を絡ませるようにしてティアの手を取る。そうして両手で包み込むようにすると、その手にそっと口付けた。
「最後の時まで俺はティアの剣となり盾となろう」
次にティアを見つめたローランの瞳に、もう迷いは見られなかった。
「わたくしは貴方の色を纏って戦場に赴きます。そして貴方が側に居てくれるなら、わたくしは負ける事はないでしょう」
ティアは膝を折ると目線を合わせてからローランの顔を包みこんで額に祝福の口付けを贈る。
ローランは目を閉じてそれを受け取ると、晴れ晴れと微笑んだ。
「ええ、私は何も申し上げませんよ。折角結い上げた姫様の御髪がどうしてこうまで乱れてしまったのか。ローラン様」
目を吊り上げながらティアの乱れた髪を素早く直していくサラの大きなボヤキは止まらない。
ティアは真っ赤になって俯いたまま何も言わないし、ローランは気まずそうな顔をしてそっぽを向いている。
「ローラン様!!!」
「はい!ごめんなさい!!」
サラがもう一度大きな声をあげると、ローランは子供が叱られた時のようにサラの声量に合わせるように大きな声で謝った。
「全くお二人とも今日がなんの日だと…」と、サラは動かす手は止めないままボヤき続けている。
(だって仕方ないじゃないか。自分の色を纏った恋人が居れば誰だって…)
と、あの後の事を思い出したローランは口元を押さえて顔を顰めた。今は思い出している場合じゃないが、それでも思考が止まらない。
大切な日に絶対に言ってはいけない事をローランは口にした。すぐに過ちに気付いたものの、口から出てしまった言葉を消す事は出来ない。あの時の絶望感…あれ程の自己嫌悪は無かった。シリルに誓った言葉は、ティアに願った言葉は全部嘘かと、自分を殴ってやりたかった。ティアを失望させたと思うと向き合う事なんて出来なかった。
背中にティアの温もりを感じ、そのたおやかな腕が前に回された時の衝撃。暫くのあいだ呼吸を忘れていたと思う。そしてティアからの謝罪で自分の愚かさに吐き気がした。
初めから決まっていたし、決めていた。何があっても自分の目的を見失ってはいけない。
それでも…
(ティアが居ない世界で俺は生きていけるのか?)
ローランは窓の外に広がる青い空を見て、眩しそうに目を細めた。




