38. ローランとオスカー
「すまなかったな」
謝罪の言葉ではあるが全く悪いと思っていない様子のオスカーは、書類に目を落としたまま言った。
そんなオスカーの周りには書類の束が積み重なっている。
ティアとの時間をオスカーからの呼び出しで強制終了されたローランは、腕を組んで立ちながら半眼でオスカーを見つめていた。
オスカーはその視線に気付くと、ようやく書類から顔を上げてローランに笑いかけた。笑っているがその目は文句を言うなと告げている。
ローランはその事に気付くと気まずそうに顔を逸らす。
王宮で、それも王女の居室に男女ふたりきりになるのは醜聞にも繋がる事はローランも理解している。
ローランにとっては僅かな時間に思えても、サラが声を掛けてきたタイミングが限界だったのだろう。
そうローランは納得させようと息を吐くが、先程まで触れていたティアの温もりが身体に残っていて気が狂いそうになる。
「恋する青少年は辛いな」
「…分かってていうのかオスカー」
くつくつと笑うオスカーを射殺さんばかりに睨み付けた。おやおやと笑いはそのままに肩を竦めてみせるオスカー。
「…全部お前のものになると思うと殴りたくなる」
「ハハッ。そうなったとしても全部では無いさ」
少しからかい過ぎたかと、オスカーは席を立った。
目の前に立つローランの身体から殺気にも似た気が立ち込めている。オスカーを睨む瞳は、ティアを迎えるオスカーに対する嫉妬で燃えるように熱い。
(やれやれ、こんな事で殿下から離れられるのか?)
今のオスカーは多忙を極めている。イーサンの側近、ティアの即位、…そして…ローランを王配として迎える段取り。
その為に寝る間もなく仕事をしているのに、殺気まみれで睨まれるのは心外だ。
それでも真っ直ぐに気持ちをぶつけてくるローランに悪感情を抱く事はなく、不思議と好意的に受け止められる。裏表無い感情はきっと自分の事を信頼してくれているからだと、オスカーは気持ちが満たされるのを感じた。
「殿下の御心だけは永遠に手に入らん。そこは安心しろ」
ローランの前に歩みより、睨みつけているローランの肩に両手を置いて落ち着かせるように軽く叩く。
ピクリとローランの眉が動き瞳が彷徨ったあと、頭から首に向かい、まるで赤が下に流れるように顔色が変化する。
オスカーはいよいよ堪えられなくなった笑いを、それでも口元に手を当て必死に抑えようとするが、ローランの右肩に置かれた手と、お腹を抱えるように腰を曲げた身体が小刻みに震えた。
「オスカー!!」
「ハッ…ハハハッ!!!」
オスカーはついに声をあげて、非難するローランの肩を何度も叩いた。そして叩く左手をローランの背に回すと耳元に顔を寄せて
「俺はそんなお前が好きだよ」
先程までの笑いを抑え、オスカーは囁くように静かに告げる。
そう告げられたローランはオスカーに視線だけを送り、口元を緩めた。
「知ってる。俺もだ」
その言葉を聞いたオスカーは、ローランの肩に頭を預け目を瞑ると、感謝の気持ちを込めて背中に回す手に力を込めた。
敵国の人間だが出逢えて良かったと心から思う。
まだ出逢ってから一ヶ月程度しか経っていないが、ローランの人柄を知り、彼は王の隣に立つ人物に相応しい。その出逢いを運んでくれた主にオスカーは心から感謝した。
即位した新王を王配になったローランと宰相になる自分が支える。
きっと二人にとって最高の幸せだろう未来を想像するオスカーは、自身とってもそれが最も幸せな未来だと確信した。
『御主人様、オスカー様。そのくらいにしませんと時間が無くなります』
突然傍から聞こえたスチュワードの声に、ローランとオスカーは驚いたように目を見開くと、お互いを見ながら笑う。
「そうだ、俺は護衛なんだから早く戻らないと」
「すまん、ローランをからかいすぎたな」
空気のような存在になれるのは執事冥利に尽きるが、時間が限られている中ではやめて欲しい…。
二人の様子を見ていたスチュワードは表情を変えないまま、そっと溜息をついた。
そんなスチュワードの目には、向かい合って長椅子に腰をかけるローランとオスカーが映る。
スチュワードは黙ったまま入口の扉付近に移動すると、防音と結界を二人を包むように施した後、周囲を探るように目を閉じた。
その様子を視界の端に捉えていたローランはオスカーに向かって頷く。
「見事なものだ」とオスカーは呟きながら両手を膝の上で握ると、ローランに向けて少しだけ前屈みになる。それを見たローランも表情を引き締めた。
オスカーは静かな瞳でローランを見る。
「決行日が決まった」
ようやくか、という気持ちと、終わりがすぐそこに近付いている事にローランは目を伏せながら、オスカーが続ける説明を黙って聞いていた。




