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36. セウェルス

ティアはセウェルス城に帰還した。

大分城を空けていた筈だが、そこはオスカーが上手くやっていたらしい。特に騒ぎになる事もなくティアは王女の生活に戻る事が出来た。


ティアの居住スペースは後宮の一画だった。

イーサンには何人か側室が居るが正妃いない。また側室はイーサンが引き籠もっている離宮に住んでいるため後宮はティアひとりの住まいと言っても良かった。

だがローランにとって後宮は未知の場所だ。そもそも男性が居ても良いのか。ティアに聞いたら護衛は男性も居るので問題無いとの事だった。

それでも心配するローランに、そんなに心配なら女装しろとオスカーが言ったおかげで吹っ切れたようだ。今は普通に護衛の格好でティアの側に控えている。


「オスカーからの定期連絡は入っていますか?」


あの後ティアの機嫌も治り、今はもう平常運転だ。

ティアの質問にローランはティアとの距離を縮める。


ティア達が城に戻った後の連絡はローランを通して入るようになっている。

それもローランがその能力を持った精霊。スチュワードだが…を呼び出した事で即決された。初めての召喚を目の前で見たオスカーは、ティアと同じ反応を見せた。


ローランは少しだけ身を屈めティアに身体を近付けると小さな声で報告する。


「いや、今日はまだ無い」

「そうですか…。上手く進んでいれば良いのですが…」


周りに聞こえない程度の声でやり取りしているので物理的な距離は近いが、シリルの家やオスカーの邸宅に居る時よりも距離を感じるような気がする。それはティアも同様のようで、皆に見えないようにローランの指をキュッと握る様子がいじらしい。


(これはこれで拷問だけど…)


ティアの柔らかい手で触れられると、もっとティアに触れたくなる。ローランは理性と闘う日々を強いられいた。





「姫様!!」


慌てた様子で駆け込んでくるサラに、ティアは何事かと首を傾げる。


「国王陛下がお越しでございます!」


サラの言葉にティアとローランは驚きのあまり暫く声が出なかった。

突然の訪問に周囲が騒がしくなる中、ローランはそっと「スチュワードいるか」と呟く。返事を待たないままローランは囁いた。


「オスカーに伝えろ。スチュワード、俺の目となれ」

『御意』


姿は見せないまま了解の意を示したスチュワードの声が消えると同時にイーサンがティアの居る庭園にやってきた。

即座にティアはイーサンに対し優雅なカーテシーを行い、そのまま低頭する。


「久しぶりだな。ティターニア」

「お目にかかれて光栄にございます。国王陛下」


イーサンは一言で言えばティアに似ていた。王色である黄金色の髪に紫色の瞳。背はローランより低いものの平均程度。美青年といって差し支えないが、神経質そうな顔つきが彼の魅力を半減しているようにローランは思う。


イーサンはティアが示す椅子へ腰かけると、ティアが淹れた紅茶に目をやる。そのままカップを持つと腕を横へ延ばすようにした後、カップを反転させた。


ローランは声をあげそうになるのを寸前で抑えた。

何をやっているのかイーサンの行動が理解出来ない。


ローランの気持ちなど知る由もないイーサンは、反転したカップから紅茶が全て流れ落ちるのを見てニヤリと笑う。


「余を毒殺するつもりか。ティターニア」

「いいえ陛下。それに毒は入っておりません」


ティアの声に動揺はみえないところから、このやり取りはティアの日常なのかもしれないとローランは思う。


イーサンはククッと笑うとカップを元に戻した。

ティアは無言でもう一度空になったカップに紅茶を淹れると、今度はそのままティア自身が紅茶飲み干した。

イーサンは満足気に笑うともう一度淹れよと命じ、ようやくカップに口をつける。


「陛下、こちらに御渡りになられた御用向きは何でしょう」

「そう急かすな。久しぶりに良い知らせがあってな。」

「知らせでございますか?」


イーサンはニヤリと笑うと神経質そうにテーブルの上をトントンと叩いた。そしてその笑みが更に深いものになると、




「クルドヴルムを攻める。父上の仇を取るのだ」



その言葉にローランは目の前が真っ白になった。

ティアも身体が震えている。


「…なりません陛下!」


ティアは跪き、胸の前で両手を組むとイーサンを見上げた。


「どうかっ、今のセウェルスにクルドヴルムを攻める体力はございません。戦を仕掛ければセウェルスはクルドヴルムに敗北するでしょう。どうかセウェルスの為に賢明なご判断を!どうか…お兄様!!」


ティアの言葉にイーサンの顔が怒りに紅潮していくのをローランは見ていた。イーサンはテーブルの上に置いてあるティーポットを掴むと、そのままティアに投げつける。

ティーポットの中身が飛び出しながらティアへ迫ろうとした瞬間、ティアの身体にローランが覆い被さった。紅茶はローランの髪を濡らし、陶器製のティーポットはローランの鎧にぶつかり音をたてて割れた。

ティアは真っ青な顔でローランを見ている。


「衛兵ごときが邪魔をするな!!」


ローランを指差しイーサンはヒステリックに怒鳴った。

頭からかぶった熱い紅茶のせいか、ティアに危害を加えようとした怒りのせいか、間違いなく後者だが、ローランは頭が熱くなる。ローランの全身から発せられる怒りにティアはローランの腕を力いっぱい掴むとダメだと目で訴えた。

イーサンはローランの空気にビクリと怯む様子を見せたが、すぐ我に返り「気に入らない」と歯軋りする。


その様子を見てローランは立ち上がり、イーサンに向き直り膝をついた。そうして低頭すると「申し訳ございません」と言葉を発した。


「生意気だな!!お前は気に入らない!!!」

「気に入らない!気に入らない!!」そう叫びながら低頭するローランを何度も蹴りつけた。


「お兄様!!おやめ下さい!!」

「ティターニア殿下!!」


ローランの前に出てローランを庇おうとしたティアを声で制する。その声で動きを止めたティアは泣きそうな顔でローランを見つめた。


自分が蹴られる分には構わないが、ティアにまで手をあげられたら、今度こそ



(俺はこのままこの男(イーサン)を殺してしまう)



その気持ちを悟られないよう、ローランは黙ったままイーサンが息が切れて足が上がらなくなるまで蹴られ続けた。


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