35. ティターニアは眠る
ティアの部屋の扉をノックする状態のままローランは暫く動けずにいた。幸い召使いを厳選している為に人数が少なく、誰も通らなかったのが救いだ。
ネヴァン公爵邸から帰る道でもティアは一言も発さなかった。窓の外に流れる景色を無言で眺めていた。
サラはオロオロしながらティアとローランを行ったり来たりしており、ローランは心の底から謝りたくなった。
伯爵邸に戻ってもオスカーに状況だけ報告したティアは疲れたからと自室に戻ってしまうし、追いかけようにしてもオスカーが捕まえて離さないし、ティアに近付きたくても叶わない。それがもどかしかった。
「ローラン様⁈」
ローランに声を掛けたサラはティーワゴンを押しながらローランの元へ、正確には部屋の扉へ近付いてきた。
ここ数日、ローランと顔を合わせる機会が多かったので多少免疫はついたが、ジッと見られると顔が火照ってしまうのをサラは感じていた。
今のローランは捨てられた子犬のようにシュンとして、サラの庇護欲がそそられてしまう。恐ろしい方、というのがサラの感想だ。
「姫様ならお休みになられています。中に入ってお待ちになりますか?」
本来なら淑女の眠る部屋に男性を入れるのは御法度だ。しかし一ヶ月の間ともに生活してきたローランを無我に断るのは申し訳ない。色々思案した結果、ローランを招き入れることにした。
部屋に入ったローランは疲れて眠るティアのベッドに腰掛けると、水を得た魚のようにティアの黄金色の髪を撫でている。ローランのティアに対する愛情を感じたサラは、安心するように息を吐くとローランに紅茶を淹れようと準備を始めた。
「んっ…」
髪を撫でられていたからか、ティアが身動ぎした。
くすぐったいものを振り払うような動作をし、ティアの指がローランの手に当たった軽い衝撃にティアはうっすら目を開ける。
ティアはボンヤリとティアの髪を撫でるローランの手に自らの手を重ねた。うっとりとした顔でローランの手を引き寄せると両手で包み込むようにしてスヤスヤとまた眠りについた。
ローランは身動き出来なくなり固まっている。
サラはローランを助けようと慌てて近付き、
ピタリと足をとめた。
ローランは少しだけ困った様子だが、幸せそうに微笑んでいた。
普通の女性が見れば卒倒しそうな破壊力がある微笑みを向ける先が、サラが誰よりも慕っているティアだったから。主人への愛が勝ったサラは顔を赤らめることもなく、ただただ喜ばしい気持ちで満たされた。
サラはティーワゴンを音を立てないようローランの近くに寄せると、ティアを起こさないように紅茶を淹れる。
「ありがとう」
ローランは囁くような小さな声で感謝を伝える。
サラは首を振ると「お礼を申し上げるのはこちらの方です」と言った。
「サラはティアの専属になって長いの?」
「姫様が10歳の頃にお側にあがりましたから、6年になります」
「子供の頃はどんな子だった?」
「さようでございますね…姫様は…」
ティアが目を覚ますまでの間、ローランはティアの幼い頃の話を聞いていた。




