29. クルドヴルムの城下町
飛び跳ねて子供のように喜んでいるティアを見て、ローランも嬉しくなった。反面、これでティアの修行に終わりが見えたと思うと寂しくもある。
ティアに目的を果たすまで側に居る事を許されたが、その時計が思ったよりも早く動き出す予感。
その時を想像するだけで胸が張り裂けそうになる。
自分で選んだ道だ、後悔は無い。だがたった一週間離れただけなのにローランの渇きは酷かった。
この後その永遠にも近い時間を、あの渇きを抱えたまま生きる事になるのかと思うと、ローランは耐えられる自信が無かった。
「ローラン?」
ティアが呼ぶ声で我に返ったローランは、ティアに笑い掛けた。ティアも両頬をピンク色に染めて嬉しそうに笑う。
「やったな!ティア」
はいっ!と頷きかけたティアはそのままの表情で固まった。恐らくティアもローランと同じ事を考えたのだろう。眉を下げ必死に笑い顔を作ろうとしているが上手くいかない。
ローランはティアに歩みよると、片手でティアの頭を抱えるように自らの胸に押し付けた。
「…ティア、今この時を大切にしよう」
ティアは腕の中で頷いてから、両手でローランの胸を押して少しだけ身体を離し、ローランを見上げる。
目には涙が浮かんでいるがティアは微笑んだ。
「はい、わたくしにとって今が宝物ですから…」
そうして一度変化を解くと、手早く乱れた髪を整える。
少し目を瞑って下さいとティアにお願いされ、ローランは言われた通りに目を閉じた。
「いいですよ」と声がかかり目を開けると
目の前には赤いワンピースを着たティアが立っていた。
ーーーーーーーー
ローランとティアは手を繋いで城下町へ入った。
門番は王子が女性と手を繋ぐ。まさに異常な光景に絶句し、しばらくは言葉も発せなかった。
恥ずかしくて嫌だと拒否したティアだったが、絶対に繋ぐと言って聞かないローランに折れたものの、やはり恥ずかしい。
だがローランは気にする事なく、ティアの手を繋いだまま歩いている。
「殿下だ!」
「ほんとだ!!」
入口付近で遊んでいた子供達が数人、ローランに駆け寄ってきた。ローランは子供達に笑い掛けると、すこし屈んでから子供達の頭を撫でてやる。勿論、繋いだ手はそのままだ。それを見た男の子は「殿下が女の人と手を繋いでる!!」と大きな声で叫んだ。
「お姫様みたいにきれい!」「殿下のこいびとかな⁈」と、みな思い思いに話し始めた。
「俺の大切な人だ」と、子供達に柔らかく笑うローラン。
男の子は目をキラキラ輝かせて、女の子は「わたしが殿下のおよめさんになりたかった!」と頬を膨らませた。
ティアは子供達と気軽なやり取りをするローランに驚きつつも、興味津々で見つめてくる子供達に向けて微笑んだ。
すると男の子達は顔を真っ赤にし、女の子達は「きれい」と今度は逆に目をキラキラと輝かせた。
「彼女に城下町を見せてやりたい。俺達を守ってくれるか?」
ローランのお願いに、「いいよ!」と頷く子供達を見て、何から守るんだろうと不思議に思ったティアはすぐに理由を知ることになる。
「殿下が女性を連れている」
この衝撃はすぐに城下に広がった。
年嵩の女性は我が子に嫁が出来たとばかりに喜び、若い女性達は悲鳴をあげる。男性達はこれで女性達も落ち着くと皆一様に喜んだ。
皆、口々にローランとティアに祝福の言葉を述べてくれる。
ローランの人気を窺わせるように人垣が出来るが、子供達がバリケードを張ってくれていた。
ティアは人垣に驚きつつも、クルドヴルムの城下町を見て思う。
よく見ればブラウニーやその他の召喚獣や精霊達の姿も見えた。
ティアが微笑むと笑顔を返してくれる人々。
明るく活気のある街の風景に、ティアは胸が熱くなる。
セウェルスよりも活気に溢れているように見える。
大人も子供も皆笑顔だ。
この笑顔を消すような事はしてはならい。
ティアは強く思う。
ふと、ティアの空いた手に温かいものが触れた。
見るとまだ幼い女の子が目をキラキラさせながらティアの手を握っている。
ティアは女の子の手を握り返して微笑んだ。人々と挨拶を交わしながら、視界の端にその様子を捉えたローランも微笑む。
「クルドヴルムはどうだ?」
「とても、とても素敵な街です」
ティアはローランに向けて花が咲いたように笑うと、ドッと主に男性達の沸く声が鳴る。その音にローランは僅かに眉を顰めた後、蕩けるような笑顔をティアに向けるとティアを抱き寄せた。ティアの笑顔を見た男性達に嫉妬しただけの行動だったが、今度は女性達の悲鳴にも近い黄色い声が鳴り響いた。
「今日は城下がいつもに増して賑やかだね」
「あいつが例の姫君を連れているらしい…。騎士団から報告が入った」
執務室の窓を開け放つと、普段とは違う賑やかな声が聞こえる。
窓枠に両肘をつきながら、ローゼは目を閉じた。
「行かなくていいのかい?」
ふたりきりなので敬語を取り外したシャルルがローゼに尋ねるが、ローゼは軽く首を振る。
「いい。いま会いたい気持ちはあるが、会うのは王としてでいい。いま会ってしまうと、翻弄した挙句に捨てられる弟が哀れで、文句のひとつも言ってしまいそうだからな」
恐らく後者が本音だろう。目を閉じながらここまで届く国民の活気ある声を聞いているローゼに「そうだね」と、シャルルは返した。




