05 事件、学園にて
15歳になったライは、教室で頭を抱えていた。
「今日もラブレター?すごいね。」
友人の1人はのほほんと机の上に置かれた紙の束を見た。
ライ・シャレットは美しく成長した。
ふわふわと肌触りの良い髪は後ろで1つに束ねられ、ぱっちりとした大きな瞳は太陽を思わせる金色。
元々スポーツが好きだった彼女の肉体は美しい曲線を描くようになり、なにより華やかな笑顔は誰をも魅了し、一部の人間には天使だと持て囃された。
もはやライとヒムロは美男美女の婚約者として、知らぬものがいない存在となっていた。
すべてはヒムロの隣に立つに相応しい女性となるために努力を続けた、ライの努力の成果である。
だがそれを知ってか知らずか、美しくなったライを横から掠め取ろうと企てる者は少なくなかった。
周りを振り回すパワーのある彼女は、ヒムロでは相手しきれまいと考えるものが多かった。
現実はむしろ逆である。
ヒムロほどの人間でなければライのワガママには付き合いきれない。
そしてライでなければヒムロとはやっていけないだろう。
「私にはヒムロがいるのに、何故こんなに……!」
「ほら、ヒムロさんは観賞用って意見多いから。」
「あー、完璧すぎて逆に遠い的な? 確かにあれは高嶺の花ならぬ天上の花だわ。」
「私は婚約してるのよ!?」
頭を抱え直すライに、はははと隣の席の友人が笑う。
「ライはヒムロの野郎が好きだもんな。」
「そうよ! 困るのよこれ! ツムグは他人事だから笑ってられるのよこんちくしょー!」
こんなに貰っていたら、婚約者がいるのに色目を使っているかのようだ。
そんな悪い噂は避けたい。
ヒムロに愛人が欲しいならバレない程度に好きにしろとか言われたら辛すぎる。
「お前も趣味が悪いよなぁ。」
隣の席のハルカ ツムグは頬杖をついてけらけら笑っていた。
知っているぞツムグ、貴様が最近写真部の後輩と良い雰囲気だということを!
「ツムグももっとヒムロと話してみれば魅力がわかるわよ。」
「いやぁ、無理。俺とヒムロだぜ? 小さいときから知っててお互い嫌いなのに今更ムリムリ。」
ツムグの家、ハルカ家もキネヤ家と同等の力を持っている侯爵家だ。
噂ではハルカ家とキネヤ家は対立関係にあるという。
リーダーシップを発揮し、皆と協力して成果を出すハルカ家。
ひたすら孤高に完璧な背中を見せ、部下達を導いて進むキネヤ家。
やり方が正反対な両家は何かと競ってばかりいるという。
確かにヒムロはツムグに対しては対抗心を見せるところがある。
嫌いなのか尋ねたところ、向こうから突っ掛かってくるとのことだ。
ヒムロめ、心がないとか言ってなんだかんだ嫌いも好きもあるじゃないか。
「そんなことより、そのラブレターだろ?」
そんな話をしていた時だ。
ガラッと大きな音がして一瞬会話が途切れる。
「ほう、ほーう?」
入ってきた男はにやにやと嫌な笑みを顔に張り付けながら、ライを値踏みするように下から上までねっとりとした視線を送った。
「そなたがライ・シャレットか。噂通り美しい。……この俺、オズバートの嫁にしてやろう。」
そんなふざけた言葉で、こいつは私の平穏を壊したのだ。
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ライは追い詰められていた。
無礼な言葉に、当然ながらライは断った。
最初こそ丁寧に断っていたのだが、オズバートはしつこく要求を呑ませようとし、最後には身体に触ろうとした奴を平手で一発。
良い音がした。
彼……オズバートは激昂した。
必ず後悔させてやる、と怒鳴った男は一度は使用人と共に引き下がったのだが、宣言通りに嫌がらせをはじめた。
彼の親は竜車、荷物運搬の代表だった。
流通に制限をかける、特定の人間の予約は断るなどして友人達に迷惑をかけた。
それでもハルカ家とキネヤ家を敵に回すような事はしないだろうと判断していたのだか、
時間が立つにつれ嫌がらせはエスカレートした。
今の時代、魔獣の増加によって陸路や海路には制限があり、実質的に運搬や移動は竜車がなければ出来ない。
彼の家は想像以上に力をつけていた。
下手にハルカ家も手出しが出来ないほどに。
やり方も巧妙で卑怯なもので、なかなか尻尾を掴ませない。
それもライ本人ではなく、友人達を狙うのがまたいやらしい。
なんてひどい人間なのだと腹が立った。
そしてその人間の手のひらの上なのかもしれないと思えば身体が震えた。
ライの華やかな笑みは陰りだした。
だがヒムロの前でだけは必死に笑顔を作った。
弱い女だと思われたら嫌われるんじゃないかと、勝手に思ってしまった。
本当は助けて欲しかったのに。
「父上は、これ以上問題になる前に婚約を破棄すべきだとの考えだ。」
ヒムロは淡々と告げた。
ショックだった。
婚約者が破棄されること以上に、ヒムロがそれをなんとも思ってないことがショックだった。
ヒムロだって子供だ、親の方針には逆らえないし、子供がどうこう出来る問題でもない。
これは仕方のないことなのだ。
大人にならなければならない。
「わかったわ。ヒムロにまで迷惑はかけられないものね。」
幸せにすると、宣言したのにな。
そうして、あまりにもあっさりと。
ライとヒムロの婚約破棄は決まった。
ヒムロの父親が、例の乗り込みからライを嫌っていたことも関係しているだろう。
キネヤ家は問題の解決には一切手を出さず、縁だけを切る選択をした。
キネヤ家からの破棄の申し入れに、シャレット家は従う事しか出来なかった。
そして同時に、ライは故郷へ戻ることが決まった。
危険が伴うのであれば、こちらに戻ってほとぼりが冷めるまで待つべきだ、と。
ライはそれを受け入れた。
これ以上は、ヒムロにも迷惑が及ぶかもしれない。
ワガママで自由気ままだった少女は、翼を奪われてしまった。




