04 詮索、キネヤ邸にて
「ランマルー!」
ワカメ家に生まれてからずっとヒムロと兄弟のように育ったという使用人のランマル。
彼はぽやっとした顔でライに振り向いた。
「ヒムロなら、中庭で本を読んでいたよ。」
「違うわ、間違っているわランマル。私はランマルに用があるの。」
「用……?」
こてりと首を傾けるランマルは、ヒムロとは別方向に表情の変化に乏しい。
ヒムロは正に氷のような動かなかさだが、ランマルの場合はふわふわおおらか過ぎて変化が少ない。
「ヒムロの弱点って何かしら?」
ライはヒムロと出会ってから3年が経過しようとしていた。
だがこの間、ライはヒムロの弱点らしい弱点を見たことがなかった。
この3年、山に海に川に空に温泉にホラースポットやらリゾート地やら、あらゆるワガママを聞いてもらったが、彼は涼しい顔でなんでもこなした。
ワガママを片手まで叶えながら、成績は常に1位。
様々や資格やらなにやらも取得し(趣味らしい)、神秘学もとい魔法の研究やら親の仕事の手伝いやらをこなして涼しい顔をしているのだ。
「ヒムロは身体が弱いよ。」
ぱちくり。
この3年でヒムロが風邪を引いたところをみたことのないライにとって、この情報は晴天の霹靂であった。
本当に?
「ヒムロはそれが原因で潔癖性なところがあるんだ。キスやハグも嫌がるよ。……したことない?」
思い出してみるとそうかもしれない。
触ろうとして避けられたことが数多にあったこと、やたらときっちりしてて細かいことにまで気にする性格である。
「弱点かしらそれ……?」
身体が多少弱いのはわりと誰にでもある話だし、潔癖性は弱点というよりは性質である。
「あ。弱点らしいのがあるよ。ヒムロは病院と注射が嫌い。」
「むしろ可愛らしいわねそれ。ギャップ狙いかしら。」
あのクールな顔で注射が嫌だと言っている姿を想像してみる。
なんだかちぐはぐで笑ってしまった。
「……なんでヒムロの弱点が気になるの?」
ランマルは心底不思議そうだ。
「だって、気になるんだもの。」
ライはヒムロに服を贈られて以来、隣に立つヒムロを常に意識していた。
ヒムロは所作の一つ一つまでもが精練されており、容姿端麗、才色兼備、まさにすべての方向に完璧。
出来ないことなどございませんという顔で横を歩くヒムロに、自分の居たらなさに頭を抱えた。
勿論、あれから努力はしているのだが、多少の努力では並び立てそうにはない。
だからこそ不思議なのだ。
今の自分ならともかく、ひたすらにワガママでお世辞にも品が良いとは言えない少女を、だ。
何故ライがヒムロの婚約者に選ばれたのだろうか、と。
「欠陥品なんだって。」
「……なんですって?」
「旦那様が言ってたんだ。俺はそう思わないけれど。」
欠陥?
ヒムロは表情こそ乏しいが、それが欠点だとは到底思えなかった。
何故。
疑問は重なるばかりだった。
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「今日はいつになく不機嫌だな。」
ライは先程の話から妙にむかむかしていた。
欠陥品ですって?
まさかヒムロに面と向かって言ったのではないでしょうね。
影で言ってたとしても腹立たしいが、どっちにしろ我が子に言うような言葉ではない。
考えれば考えるほど苛立ちが募る。
「私が欠陥品だと呼ばれていることなら、君が案ずる事ではない。」
「ほわっつ!? 何故、まさか心を……!」
「ランマルが紅茶を持ってきた時に教えてくれたさ。」
ヒムロが本のページをめくる。
今日は珍しく冒険譚を読んでいるらしい。
「父上が私を欠陥品と呼ぶのは、私の心が壊れているからだ。」
怒りも悲しみも含まない声で、ただ事実を語るかのように。
ヒムロは冷静な声でそう告げた。
「なによそれ。」
「私には生まれつき心は存在してない。普通の人間が思う嬉しいも悲しいも私にはない。私の感性は狂っている。」
「もし私が表情が堅いだけの普通の人間に見えるのであれば、それは私が他の人間を観察した結果でしかない。」
「私に人間の心はないんだ。」
彼の美しさが芸術作品のようだと呼ばれる由縁が分かった気がした。
心を持っていない、だがそうとは到底思えない。
心があるように見える。
私には。
「ヒムロは、好ましいものはないの?」
「……好ましいものか。」
パタン、と。
音をたてて本は閉じられた。
読み終わったらしい。
「美しいと思うものならある。」
「あら、あるのね! なに?」
てっきりないと言われると思ったのだが、予想に反してヒムロは、あると答えた。
次の言葉を待つ。
「私は、人間が生きたいと願うのは美しいと思う。」
「例えば、殺人鬼。1人暗闇で殺人鬼に襲われて逃げ惑って。追い詰められたとき。生きたいと思える人間はどれほど居るだろうか。」
「もう充分頑張った、そう思って諦めるかもしれない。やっと死ねると受け入れるかもしれない。その中で、生きたいと。死にたくないと叫べる人間の精神は尊いものではないだろうか。」
「私は美しいと思う。」
ヒムロは本の表紙を指でなぞった。
もしかしたらそういう物語だったのかもしれない。
「難しくてよく分からないわ。」
「そうか。」
やはり、その声には落胆も高揚も含まれていなかった。
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「私」は欠陥品と言われた事に、大なり小なり思うところがあったらしい。
それに気付かせたのは、他でもないライだった。
「俺達の不在を狙って旦那様に怒鳴り込みに行くなんて、根性ありすぎじゃない?」
蘭丸は呆れた顔で言った。
「……フッ。」
「ヒムロ、笑えるじゃないの!?」
笑うに決まっている。
おかしくて堪らなかった。
私の父上にわざわざ喧嘩しに行くというのが、彼女らしい。
『あんたがそんななら、ヒムロのことは私が幸せにする! 誰よりも幸せにして、欠陥品呼ばわりした事後悔させてやるんだから!!!』
啖呵を切っている場面に遭遇したときは唖然としたものだ。
何故彼女はこんなにも一生懸命生きているのだろう。
ああ、以前好ましく思うものを聞かれたのに。
もっと大事なことを伝え忘れている。
ライ、私は君を美しいと思う。
ブクマ、評価ありがとうございます。
続きを書く意欲が湧きますね。




