14 対話、砂利道にて
-01 ログA
後から思うに、私は一目惚れだったのだ。
ドレスを裂き会場を走る彼女が、あまりにも生命力に溢れ美しかった。
あまりにも美しかったから、私は余計なことを口走ったのだ。
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「私とヒムロは恋愛結婚だったのよ。」
母はうっとりした声で男の話をした。
その話は今の父親からは想像できなくて、イズミはこてんと首を傾げた。
「でもママ、パパはいつも仕事ばっかりでママに会いに来ないよ。」
「いいのよ、ヒムロは照れ屋だから、私から会いに行けば。」
「それでいいの?」
「……いいのよ。」
そう言った母の顔は、寂しげだった。
「どんなヒムロのことも愛してるもの。」
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夢から目覚めると冬永はにんまりと笑いながらイズミの寝顔を眺めていた。
学園のような場所から出て数時間、夜営の準備を整えて一段落したら気が抜けたらしい。
長い時間眠っていたようだ。
「なんの夢を?」
「……子供の頃の夢だ」
「ほう、ご両親は優しかったかね?」
冬永は興味もなさそうなくせに聞いてくる。
何かを作ってるらしく、鍋の中身をくるくるとかき混ぜた。
「そうだな、俺は恵まれていたと思う。」
「含みがある言い方だ。なにか裏が?」
「いいや、母さんは俺をいつも気にかけていたし、父さんも厳しさこそあれど酷くされたことはない。」
「家にいても何かしら仕事をしている人であったが……よくあの人の膝に座って仕事の様子を見ていたよ。」
「ほう……よい父親だったのか。ほら、これを食べると良い。」
ほかほかのシチューだ。
怪しんでいると「長旅になるぞ」とケラケラ軽快に笑った。
「長くなる?
ここはそんなに広い空間なのか?」
問えば冬永は影の空間の説明をはじめた。
得意気に指を一本立てて、何が楽しいのかニマニマと笑った。
「ここは影。虚無の場所。
ただし、0じゃない、0を越えたマイナス、そこがこの影の空間だ。
皆が影に落としたもの、それがこの世界を組み上げた。
出口までは遠いぞ、なんせ0を越えて1まで辿り着かなければならない。」
「……意味が分からない。」
「大丈夫、道案内を引き受けたんだ、ちゃんと送るさ。」
ぱちんと指をならすと、火もスプーンも一瞬で消えた。
じゃり、と音を立てて立ち上がる。
「気が遠くなるほど長い砂利道だな。」
「なに、人生にも障害はつきものだ。これくらいの小石、蹴飛ばせるだろう?」
改めて観察すると、冬永は若い男だった。
年齢は18くらいだろう。
15歳になったばかりのイズミとは身長にも差がある。
180はゆうに越えているだろうか。
手足はすらりと長く、所作のひとつひとつから品の良さが伺える。
影の席の使い魔なのかもしれないし、かつての誰かの影なのかもしれない。
はたまた、その両方。
髪の先から足の爪まで計算されたかのような容姿の美しさは、とても人間離れしている。
肌の白さも相まって、吸血鬼のようだ。
じっと姿を観察していると、冬永は楽しそうに振り返った。
「どうした?
そんなに見つめられると食べてしまいたくなる。」
「! お前、人間を食べるのか!?」
「喰らうとも。故に私は化物なのだ。」
人の理の中では生きられまいよ。
その声はどこまでも楽しげで、この存在が持っている感覚は常のものとは違うのだと、改めて理解した。
「私は殺すのが好きだ。
死にたくないと抗う瞳が好きだ。
生きたいと願う生命力に溢れた意志が好きだ。
だから殺す。
追いかけて刺してじわじわと逃げ場を奪って、殺す。」
「もっとも、この影の世界に人はいないから、殺すのは誰かの落とし物、影のエネミーだがね。」
それまでの楽しそうな声から一変して、男は急に不機嫌な声色になった。
見た目は青年なのに、中身はまるで子供のようだ。
「エネミー?」
「言わなかったか?
この世界は誰かの落とし物……苦しみや悲しみ、心が落ちてくる。
それらは人の形をした呪いとなって世界を這い回る。」
こんな風にな、と男は剣を振るった。
どしゃりと倒れる音がする。
振り返ると、落ちてきた時のような影が液体を飛び散らせて倒れていた。
「ふむ、生きているものを狙う性質もあるようだ。気を付けると良い。」
そう言って男は優雅にハンカチを取り出した。
ハンカチを差し出されて、はじめて自分の頬が液体で汚れていることを知った。
砂利道は長い。
ずっと遠くまで続いている。
いっそ終わりなどないかのように。




