10 告白、雪の町にて
『ヒムロ?
ああ、なんか悩んでるみたいだな。』
画面の向こうのツムグは興味なさげに言の葉を紡いだ。
『なーんか憂いを帯びた顔で窓の外を眺めてはため息を重ねて。
一部の女生徒の間で噂になってるぞ。』
フラれたんじゃないかってな。
その声はからかいまじりで、ライはほっぺをぷくーと膨らませた。
「フッてないしフラれてないわ!」
この間は時間がなくて問い詰められなかったが、明らかにヒムロの様子がおかしい。
話しかけても上の空で、手紙の数も格段と減った。
通信にも応じない事が多くなった。
こんなことは初めてで、ライは困惑しながらもヒムロを心配していた。
「私に何か出来ることはないのかしら。」
『さあなー。
向こうから何か言ってくるまで信じて待ってやるしかないんじゃねえか?』
ツムグはそっけない。
だが他人の恋愛など大体はそんな反応を返すものなのかもしれない。
ツムグの言葉通りかもしれないと、ライは俯いた顔を上げて笑った。
「そうね! 私まで暗くなっちゃいけないわよね!」
「お嬢様! お手紙が来て……あっ!」
画面の向こうで笑う声がする。
相変わらずお前んとこの使用人は賑やかだなー、と。
ひとまず起こってる様子はない。
『俺はいいから受け取って確認してやれ。』
「そうするわ。
あら、ヒムロからだわ!」
ツムグに一言断ってから封を切ると、手紙にはこう記されていた。
『君に話がある。』
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ライの住む雪の町 ヴィヴィッドは、その2つ名通りに雪の多い町で、その日も雪が降っていた。
予定を調整してこの町へやって来たヒムロは、さっきから無口でさくさくと雪を踏みしめている。
ライは町を案内しながら、どうしたものかと考えた。
ヒムロは話がある、と手紙を寄越したのだ。
到着してからずっと口数が少ないのも、その話をいつ切り出すかで迷っているに違いない。
なら待ってあげるべきだ。
いやでもしかしだ。
このまま町を一周するのも、どうだろうか。
外は寒い。
早めに切り上げてカフェで温かいココアでも飲まないと身体が冷えてしまうだろう。
そう悩んでいると、人気のない大橋でヒムロは足を止めた。
「……昔。
無表情な私を心配して、両親が動物を買い与えた事があった。」
「……?」
何の話だろう、と思った。
けれどヒムロが追い詰められたような顔で話しているのを見て、言葉を挟む気にはなれなかった。
「ウサギを二匹。
真っ白なのと、黒い模様がはいったもの。
本を読んで、私が世話をした。」
「だがある日、私はそのウサギを殺してしまった。特に憎しみや怒りがあったわけではない。ただの興味本位だった。今まで世話をしていた人間が攻撃をしたら、どんな反応を返すのか。
私は知りたくなった。」
「親は最初、子供ゆえの残酷さだろうと許した。
だが、次に白い猫を買い与えた時。
父は私を異常だと判断した。」
「私はやはり猫を殺してしまった。
そして父親の反応から、これはしてはいけないことなのだと、理解した。」
「理解はした。
してはいけないのだということを。
何故してはいけないのかは理解しなかった。
私には、罪悪感というものがなかったからだ。」
淡々としていたヒムロの声が、徐々に悲しみに染まる。
ヒムロの目が伏せられる。
肌は白く、睫毛が長くて、まるで作り物のような美しさだ。
「ライ、私は動物達を殺しても悲しみも痛みも何も感じることはなかった。
それはおかしいことだ。
人間は必ず痛みを理解しているものだ。
罪悪感というものを持っているはずなんだ。」
「私は父の言うとおり、欠陥品だ。
心が壊れている。」
ヒムロの声は震えていた。
そんななか、ライは空気を読まず、首をこてんと傾げた。
「つまり……ヒムロが間違いそうになったら、私が止めればいいのね?」
「は?」
ヒムロは初めて聞くような、すっとんきょうな声を出した。
「ライ、私は君をも殺してみたくなるかもしれないんだぞ。」
「よくわからないけど、氷室がおかしくなってたら殴ってとめればいいのね!」
「ライ、そういう問題では……」
「大丈夫よ、氷室は私が守ってあげる。」
ヒムロはぴたりと動きを止めた。
返す言葉をなくしたヒムロは、ぱちぱちと数度瞬きを繰り返し、それから諦めたような顔で笑った。
愛しさをぎゅっと詰め込んだような、優しい表情だった。
「君はかっこいいな。」
「かっこよくて、なによりも美しい。」
ライは思いっきりその胸に飛び込んだ。
飛び込んできた彼女に驚きながら、ヒムロは笑って受け入れた。
キスもハグもヒムロは嫌いだ。
だが、ライだけは特別だと、そう言うことが出来た。
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「最近のヒムロは幸せそうね。」
ライちゃんとうまくやれてるようで、母は嬉しいわ。
ころころと笑う母を見ると不思議になる。
この人から何故こんな無表情な男が生まれたのだろうと。
「ヒムロ、母の散歩に付き合ってくれないかしら。今日は少し遠出をしたいの。」
「はい、もちろんです。母上。」
母上が乗る車椅子を押してヒムロは歩き出した。
私はちっとも分かっていなかった。
自分はどうしようもなく狂っていて、そんな化物は人間に紛れてなど生きられないのだと。




