魔法使い、孤児を叩きのめす
ヌンの孤児仲間、ギルググとその子分であるヤリーロが家にやってきた。仲間といってもヌンは彼らにいいように使われていただけだが。
彼らは約束をしていた時間にヌンが現れなかったため、怒りをあらわに、ヌンの家に怒鳴り込んできたのだ。
『待ち合わせにも来ないで、しかも俺様に対して小馬鹿な態度をとるとは……』
無視をされていると思い、ギルググはわなわなと怒りに震えている。
「もしかして俺に話しかけているのか?」
ガウスは自分がヌンの身体になったため、彼らが自分を指して呼んでいることに気づいていなかった。
『お前以外誰がいんだよ!? あー!? イライラすんなー! 一発殴らせろ!』
「おい、待て。俺はヌンではない……おっと」
ギルググはガウスに突っ込むと同時に右ストレートを放つが、ガウスは反射的にそれを避けカウンターの一発を顔面にくらわす。
―――ドッコーーーン!
「おっと、反射的に身体が動いてしまった。おーい、大丈夫かー?」
ガウスの拳を受けたギルググは、勢いよく後方に飛び、ドアを通り抜け通路の壁にぶつかっていた。頭からヒヨコがピヨピヨ浮かんでいるのは気のせいだろう。
『あ、兄貴ぃいいいいい!!』
『……ゲホッ、ゲホッ。く、くそー! 覚えてやがれ! スラム街の連中を集めて痛い目見してやる!』
子分のヤリーロに揺さぶられ、意識を取り戻したギルググ。
そんな敗者のセリフを吐き捨て、ギルググは子分のヤリーロの肩を借りながらどこかへ歩き去って行った。
彼らの後ろ姿を見ながら、家の前で突っ立っていると騒がしいのが後ろからやってきた。
『おいおいおいおい! なにしてるんすか!? あいつああ見えて、ここの孤児達のボス、ハールバウって奴に好かれてるんすよ! 絶対大勢の仲間を引き連れてやってくるっすよー! あぁー、どうすればいいんすかー! もう終わりだー! まだ童貞卒業してないのにー!』
ヌンは頭を抱えながら塞ぎ込む。このスラム街を一人で生きていくことはできない。孤児みんなで協力して、なんとか生きてこれた。ヌンもいい待遇ではなかったが、スラム街の孤児たちの頼みを聞くことによって、今まで首の皮一枚生きてこれた。
そんな彼らから報復され、仲間から外されるということは、死刑宣告と同等だった。
「そんなことよりも魔法をどうするかだな……俺一人で探し出すなんて無理にも程があるし。やはり魔法使いの助けが必要だ。しかしこの世界のことをしらない俺が無闇に動いても時間の無駄だし……いや、待てよ。うん、それで行こう! おい、童貞の君!」
あるアイディアを思いついたガウスはヌンに唐突に話かけた。ヌンはうずくまりながら、怪訝な顔を少しあげ、ガウスの顔を見やる。
『ぼ、僕っすか? 童貞って言わないでください! 一応ヌンっていう名前があるんすよ……』
「じゃあ童貞のヌン。あいつらのいる場所には人はたくさんいるか?」
『また童貞って言ったっすねー! そりゃあ、たくさんいるっすけど……まさか行きたいなんて言わないっすよねー? 死にに行くようなもんっすよ』
笑顔で問いかけてくるガウス。
まさかね、とヌンは苦笑を返す。
「行く。というか君は俺が負けるとでも思っているの?」
『……負け……るところは想像できないっす……』
「じゃあ行こう」
『えっ? 僕も? いやーだーーーーー!!』
嫌がるヌンを引きずりながら、ガウスはヌンとともに孤児たちの集まる場所へ向かう。
―――
スラム街の薄暗い路地の一角に孤児達の集会所があった。場所は細い一本道の袋小路で、道幅は三メートルほど。殺伐とした雰囲気が漂い、そこら中に空きビンや腐敗した食べ物、ゴミが散乱している。
ガウス達がそこに到着した時には、大勢の孤児達が一同に介していた。
ガウス達が登場すると、一瞬ざわめきたったがすぐに静まり、孤児達の中から二人の少年が出てきた。
『おい……お前がやられたのは本当に目の前にいるヌンでいいんだな?』
『ハールバウさん、確かにそうです。あのヌンに俺は……いまだに信じられないですが』
少年二人はひそめた話し声を交わす。
ハールバウと呼ばれたリーダー格の男は、ガウスを上から下までじっくりと観察をする。そして挑戦的な目を向けるガウスに少なからず恐怖を感じた。
ハールバウはリーダー然とした雰囲気をまとい、賢そうな顔をした十七歳の青年だ。荒くれ者が集まるスラム街の中で、孤児達をまとめ上げる彼の手腕は素晴らしいものだった。
ガウスは孤児達の狂気に満ちた視線を集めているが、全く気にしないそぶりをしており、平然とそこに立っている。まるでこれから何が起ころうと自分を害する者はいないかのように。
「先程はどうも。そちらさんにわざわざ来てもらう前に、俺の方から来ちゃいました。話し合いはもうお済みで?」
『はっ、まさかお前からやってくるとはな、ヌン。これからお前の家まで全員で行くところだったんだぜ。そんなに早くボコボコにされたかったのかよ』
だから俺はヌンじゃない、と言おうとするが、それを遮ってハールバウは言葉を放つ。
『君が僕の大切な仲間を殴ったやつか。何度か顔を見たことがあるが、そこまで馬鹿なやつだったとはな。……さあ、みんな! 僕たちのルールを破ったあいつに痛い目を見せてやるぞ!』
『『『『『おぉおおお!!』』』』』
ハールバウが言うルールとは、仲間同士での殴り合いは禁止というものだった。ギルググから殴りかかってきたということを知らないハールバウには、ガウスがルールを破った違反者としか見えていなかった。
「雑魚がどんなに集まっても、雑魚だということがわからないのかねー。なんとも可哀想な子達だ。せっかくだからこの身体に慣れるための準備運動相手になってもらおうか!」
『なに訳ワカンねぇこと言ってやがんだ! 死ねぇー!』
「まずは雑魚からさっさと片付けるか。我が魔力と引き換えに、我を遥かなる高みへ導きたまえ! 【頂へ導く等価交換】」
『『『『『ウギャァアアアー』』』』』
【頂へ導く等価交換】、それは魔力を捧げた分だけ、身体能力を向上させる魔法。これにより向上された身体能力をフルに使い、まるで虫を払いのけるかのように、襲ってきた孤児を次々と手の平で弾いていく。
『な、な、なんなんだよお前は!? 化け物か!?』
「化け物だと? そんなわけないだろ。俺はただの魔法使いだ」
化け物じみた戦闘をするガウス。すでに戦意を失ったギルググは倒されていく仲間をただ見ることしかできなかった。
『ギルググ退け! ここは僕が相手する!』
ハールバウはそう言うと、腰から刃が先端に付いている短刀のような武器を取り出した。
『全く……ここまで強いとは。なんで今までその強さを隠していたのか。はぁ……僕では勝てそうにないが……やられている仲間を置いて逃げることはできないものでね。少しは足掻いてみるか』
「おっ! お前は一番まともそうだな。まぁ、俺にとってはこいつらに毛が生えた程度だけどね」
『言ってくれるね。ではお手柔らかに頼むよ!』
ハールバウは取り出した武器を勢いよく振ると、持ち手が伸長し、二メートル程の槍に姿を変えた。
(ほおー、槍使いか。伸縮する槍は初めて見たが、見た感じそれ以外に際立った点は武器にはなさそうだな。まずはお手並み拝見といきますか)
ハールバウは素早い動きですぐさま槍の間合いに入ると、ガウスに向け幾度も突きを繰り出す。
しかしそれら突きはガウスに触れることすらできない。紙一重で避けるガウスの動きに、ハールバウは心なしか感動を覚えていた。
「なかなかの動きだ。どこかで習っていたのか?」
『父が槍術の道場を開いていてね。でも今はもうない。領主に反発したせいで僕以外の家族は殺されたからね』
ハールバウは突きをするては緩めずに、ガウスの質問に答える。その顔は心なしか怒りで歪められていた。
「そうか。それは辛いことを聞いてしまったな。すまない」
『もうどうでもいいことだ。そんなことより、余裕がありすぎじゃないか?』
「まあな。このくらいの突きなら寝ていても当たらないよ。ではこちらからも攻撃するか」
そういうとガウスはいつのまにか手に持っていた石をハールバウに向け投擲する。
『なんのこれしき!』
投擲された複数の石は、槍の薙ぎ払い一発ですべて吹き飛ばした。しかしこの間にガウスはハールバウの懐に潜り込み、掌底を一発。
『ウギッ!』
ハールバウは後方に飛び、路地の壁に激突。『グハッ!』と声を出し、地面に倒れ触れ伏した。
「これで全員か。全く手応えのない連中だった。まだ過去にいたゴロツキの方が何倍も強かったぞ。さて、まずはこいつらを集めて……」
『ちょっと、ちょっとーー! 遠くから見てたけどどういうことなの!? あのヌンがあんた達を瞬殺してたけど!!!』
ガウスの言葉を遮って現れたのは、年若い少女。
遠くから見ていただけなので、詳しく状況は把握していなかったが、一旦場を鎮めるためにこの場にやってきた。
その少女をガウスはまじまじと眺めている。
(な……な、なんて美しい美少女だ……そして胸がでかい!! 幼さが残るあどけない顔をしているのに、胸の主張が凄まじい! 顔と胸がとてつもなくアンバランスだが、それがまたいい!小麦色の健康的な肌色も俺の心をくすぐる……まさか、こんな子に会えるとは……)
あえて言おう。ガウスはエロい。とてつもなくエロいおっさんである。そして半端なくロリコンでもある。
今は肉体年齢が十五才であるが、中身は齢二百才を超える老人だ。過去では魔法で肉体年齢を二十五才で止めていたため、誰も彼の本当の年齢を知らない。親友のクドラクでさえ知らなかったのだ。
そんな見た目は子供、中身は老人のガウスに目をつけられた美少女、名前をサラという。
サラは腰まで届く金色の髪に、実年齢十五才よりも若干下に見える端麗な整った顔。特に彼女の特徴がその豊満な胸だ。ロケットのように突き出した胸は衣服を破るのではないかと思わせるほどだった。村人のような質素な服が、より彼女の胸を強調させる。
サラは孤児達の中ではお姉さん的な存在だった。だからこそ、この状況を見過ごす訳にはいかなかった。
『ちょ、ちょっとヌン! なに私のことじっと見てるのよ!?』
サラは熱のこもった視線を受け、反射的に赤くなりながら大声を上げた。
「おっと、すみませんお嬢さん。まさかこんな美しい方がいるとは思わず、見とれてしまっていました。いやはや、私としたことが」
ガウスは照れたように頭をかく。表情は今日一番の笑顔だ。
ここでガウスの癖を一つ。彼は女性と権力がある者には不自然なほど礼儀正しくなる。この女性に対して敬語になるのも彼の癖の一つなのだ。
サラはきょとんとした表情でガウスの顔を見やる。
『えっ……あんたどうしたの? 頭でも打った? っていうかあんたいつのまにそんなに強くなったのよ!? あんた本当にあの弱虫って呼ばれていたヌンなの?』
困惑したままのサラだったが、この有り得ない状況を把握するために、この事態を起こした当の本人に直接聞くことにした。
「いえ、私はガウスと申します、美しいお嬢さん。身体はヌンという青年が以前使っていた物ですが、今は私の物となっております。そしてそこで見ているのがヌンという青年です」
『えっ……あれ?』
『サラーー! 俺っすよー! ヌンっすよー! 一回しか話した事ないのに覚えててくれて、うれしいっす! おぉーーーーい』
ヌンはガウスが戦闘していた間はゴミに隠れていた。今はもう安全であることを確認し姿を現し、サラを見つけると手を大きく降って自分をアピールしている。
『……。じゃああんたは何者なのよ?』
サラはヌンのことは華麗にスルーしつつ、ガウスに問いかける。
サラの問いに対して、ガウスは笑みを投げかけ質問に答える。
「私はですね」




