魔法使い、身体を奪う
魂魄のガウスはボロボロの家に入った。それは自分に合った肉体がそこにあるからだ。
そこにいたのはまだ十五歳前後の少年、名をヌンという。色は浅黒く、身長は百七十センチ程、目鼻立ちはしっかりとしていて整った顔立ちだった。いわゆるイケメンだ。
(あの少年が俺の身体になるのか。うむうむ……。顔は申し分ない。過去の俺よりもほんの少しイケメンだな。いや、過去の俺の方が女性心をくすぐる魅力がある気がしなくもない。しかし……あの身体は弱すぎるだろ。鍛えることは一切していないな……しかもかなりやせ細っているし……大丈夫か?)
ガウスは不安要素がたくさんある少年の肉体を値踏みしながら、ヌンの前に姿を現した。
『うひゃぁー! な、なんだぁー!?』
ヌンは座りながら手をいじっていたが、目の前に光る球体が現れると大声を出して驚いた。
「急に現れて驚かせてごめんよ。だけど少し静かにしてくれないか? 今の状況で他の人が来たらめんどくさいからね」
『しゃ……喋ったーーーー! な、な、な、な……なんっすかぁー! お前はぁあああああー!』
「ん、俺か。俺は一千年前から時を超えてやってきた魔法使いだ。宜しくな(キラン)」
ガウスは出来るだけ笑顔を崩さないようにしているつもりだが、魂魄なので全く意味がなかった。
ガウスとヌンは(一応)向かい合って会話をしている。ヌンの表情には恐怖と動揺の色が浮かんでいる。
『はい? 一千年前からやってきた? 魔法使い? ……あー、そうか。これは幻聴っすねー。最近まともな食事取ってなかったっすから。そろそろ僕も死ぬっすか。……そうだ! どうせ死ぬなら、死ぬ前に好きな女の子のおっぱいでも揉むっす! 死ぬ覚悟があればなんでもできるっす!』
「幻聴ではないよー君。しかも最後危ないこと言ってたよねー。おじさん、それは見過ごせないぞー。あと君、きちんと食事取っているのかい? 全く君の身体から強さを感じないよ。闘気もわずかしかないし、魔力なんて二歳児並だよ。魂を鍛えることは一切していないの?」
ヌンは見るからにやせ細っていた。頬はこけ、腕や脚も健康的とは言い難い細さだ。
家の周りも見渡しても、裕福とは真逆の世界。物はほとんどなく、そこら中に穴が空いており、すきま風が家の中を行き渡る。
『まともな食事は一週間以上食べてないっすねー。闘気は僕みたいなスラム街の子供が使えるわけないっす。あと魔力なんて誰が嬉しくて鍛えるんすか! って僕こんなのとちゃんと会話してるっすよー!』
「こんなのとはなんだ。こんなのとは。俺はこう見えて傷つきやすいんだからね! この時代の子供は口の利き方も知らないのか。しかも魔力を馬鹿にしたのかな? ……君殺すよ?」
『うひゃぁー! すみませんすみませんすみませんっすー! どうか命だけは助けてくださいっす!』
ヌンはすごい勢いて土下座をする。魂魄とはいえ、ガウスの殺気にヌンは身の危険を感じたのだろう。
ガウスに魔力や魔法使いを馬鹿にすることは命取りだ。ガウスにとってそれらは、尊ぶべきもの。尊敬の念や憧れを持つのが当たり前であり、けなすなんて論外だ。
「まあ、そこまで謝るのであれば命だけは助けてあげるよ。……肉体はもらうけどね」
『……えっ?』
ヌンは「何を言っているのか意味がわからない」といった表情を浮かべていたが、そんなことは気にせずガウスは行動を取る。
ガウスは喋り終えた直後、ヌンに向かって突き進む。そしてヌンの胸に当たると、そのまま彼の身体の中へと吸い込まれていった。
『えっえっえっ! えぇぇえーーーー! どういうことっすか!? 消えたっすか? というか僕の中に入ったっすかぁー!?』
「そうだよ。君の中に入らせてもらいました。いやー、君。……まだ童貞だったんだね」
『そんなの貴方に関係ないっすよぉー!!』
驚きと共に動揺を隠せないヌンを尻目にガウスは話を続ける。
「ふむふむ……やはり君の身体はかなり弱っているようだね。栄養失調寸前だよ。君、危なかったね。俺が来てなかったらこの身体は使い物にならなくなっていたよ」
『ふん! 僕みたいなスラム街の子供はまともな食事を取れないからしょうがないんっす。僕の年齢で死んじゃう子供だってたくさんいるっす……ってなんか頭から声がするー! どういうことっすか! 僕の中で何をしてるっすか!? お願いだから出て行ってっすー!』
ヌンは涙を瞳に溜めながら、ガウスに懇願をする。
駄々をこねる子供のようにわめき、手足をバタバタとさせている。
「すまないね。でもそれは無理なお願いだよ。せっかく俺の魂魄に合った肉体を見つけたんだ。なかなか魂魄に合う肉体はないからね。それに身体は悪くても顔は中々だから……使わせてちょうだい」
『いやいやいやいやいやいやいやいや! 可愛く言ってもダメっす! 僕の肉体っすから! それに貴方が僕の身体を使ったら僕はどうなるんっすか!?』
側から見たら、一人で会話をしている痛い男の子だが、今はそんなこと気にしている暇はない。なんせ、十五年ともにした肉体が見知らぬ何者かに乗っ取られようとしているのだから。
「ほんとぉおーーーーに自分勝手なことを言っているのはわかる。わかるんだけど、この身体はもう俺と融合してしまったんだ。俺はもうこの肉体から簡単に出ることはできないんだよ。その代わりに君にはとって最高の器をあげるよ」
『最高の器?』
ヌンは首を傾げながら、自分の中にいるガウスに問いかける。
「そうだよ。君の魂魄の新しい容れ物、いや身体。普通なら材料費だけで二千万ゼニーはかかる品物だよ。それを君に特別にあげましょう!」
『に、二千万ゼニー!? そ、そんな高価な容れ物、いや身体って……どんなものっすか!?』
「まあまあ、そんなに興奮しないで。今出してあげるから。異空への扉よ、我が前に開け!空間系統魔法、【無限収納】」
ガウスはヌンの身体を使い、魔法名を言い放つと、空間に黒い穴が現れる。先が見えない暗闇が奥には広がっているが、ガウスは躊躇なく、その空間に手を入れる。
そして手を空間から出すと、手には一体の人形を掴んでいた。人形はまるで本物の人間のような外見している。
「ほら、これが君の新しい身体だよ。まあ、身体というか人形なんだけどね。どうかな?」
『どうかなって言われてもっすねー……人にしか見えないっすね。顔も悪くないっす。いやいや、そもそも今の現状を整理しきれていないわけで……急に身体を奪われて、新しい身体だよって人形を出されてもっすねー……』
「とりあえずこの身体から君の魂魄を引き剥がして、そこの人形に移すから少し静かにしてて」
『えっ……いや、まだ心の準備ができていないっす! せめて一週間くらい待ってもらえないっすか!?』
動揺を全開にし、瞬きを繰り返すヌンに、ガウスは唐突に宣告をする。
「……すまん、無理だ! 迷える御魂よ、我が声を聞き、我が記す道を進みたまえ! 魂魄系統魔法、【魂の遊走】」
『うわぁあああああー…………』
−−−
『ん……んー。あれ……ここは僕の家……。そうか僕は夢を見てたっすか。はぁー……すごいリアルな夢だったっす。けどそうっすよね。あんな非現実的なこと起きるわけないっすよね』
ヌンは目を覚ますと部屋の隅にもたれ、記憶をたどる。結局、先ほど起きたことは全部夢だったということに決めた。
「夢じゃないよ。ちゃんと現実を見て」
しかしガウスという名の現実が、すぐ後ろに立っていた。ヌンは振り返り、その姿を確認する。
『……あれ? 僕が目の前にいるっす。あー、まだ夢を見てるっすか。たまにあるあれっすね。夢から起きたと思ったらまだ夢の中だったパターンっすね』
何がどうなっているのかと思案に暮れたが、それは一瞬。すぐにこれも夢だという結論にヌンは至った。
「まあ、現実逃避したい気持ちもわからなくはないよ。しかしこうなったのも君の運命だよ。現実から目を背けずに今と向き合うんだ」
『なんか自分に諭されているっす。しかしリアルな夢っすねー。頬っぺたつねっても痛いし……ん、あれ、これって夢じゃない? なんか身体にも違和感があるし……ていうか身体が僕のじゃない……あー、人形の身体をもらったんっすっけ。ってことはさっきの出来事は現実?』
ヌンはやっと今までのことすべてが現実だと気づいた。
「だから言っているでしょ。これは現実で君の身体は俺がもらって、君には人形の身体をあげたんだよ。アンダースタンド? 理解したかな?」
『…………うわぁああああああー!』
ヌンの凄まじい絶叫。そしてまたもや気絶し、後ろ向きに倒れた。
―――
「はぁー……やっと落ち着いたか。俺は早く情報収集をしに行きたいんだよね」
『す、すいませんっす。でもまだ気持ちの整理ができなくて』
目を覚ましたヌンは、再度驚愕に倒れそうになったが、素早くガウスに出されたお茶を飲みながら、気持ちを落ち着けている。
「とりあえず俺は身体が手に入ったし、先を急ぐから。それじゃあ元気でね」
『ちょっ、ちょっと待ってくださっすー! いきなり現れて僕の身体を奪い、自分が満足したら、はい、さようならは酷いっすよー!』
ヌンは涙目と涙声で、ガウスの服を掴みながら絶叫する。
「ん? そうかな? ちゃんとお礼ならしでしょ? その身体なら今までみたいに不自由することはないんだよ? それともまだ他に何か欲しいものでもあるの?」
『そういうわけじゃないっすけど……この身体は今までと違ってすごい動きやすいし、お腹も空かないのに、普通に食事も楽しめると良いことずくめなんで、今のところは不満はないっすけど……そうだ! 確か一千年前からきた魔法使いって言ってたっすけど……どういうことっすか? さすがにそれは嘘っすよね?』
ヌンが貰った身体は非常に高品質の物だった。まずお腹が空かない。人として日常生活、食事を食べたり、寝たりすることができるが必ずしなくてはいけないわけではない。
そして人の常識を超えた超人的な身体能力を持っている。今までの身体と比べると月とスッポンだ。魂魄の成長に合わせて身体も成長する昨日も付いている。
しかし未だ混乱から抜け出せないヌンは、なんとかガウスを引き止めようと質問を繰り返す。
「本当だよ。まあ簡単に言うと、俺の死んだ彼女に会うために、はるばる一千年後の未来に魔法を使ってやってきたんだ」
『んー……全然意味がわからない。そもそも魔法使いってそんなことできたっすか? そういえばインフィニなんとかストラなんとかって言ったら、黒い穴が空いて、そこから人形を出してたけど……』
ヌンは思案顔で、先ほど起こったことを思い出す。
「さすがに時間軸を操れるのは俺くらいだな。だがインフィニティ・ストレージは中級以上の魔法使いなら使える魔法だぞ? さほど珍しくはないだろう?」
『中級以上の魔法使い? 何を言ってるんすかー? 魔法使いに中級も何もないですよ。そもそも魔法使いはダメ人間の吹き溜まり、最底辺の誰もなりたくない職業っすよ』
「……おい。それはどういうことか詳しく説明してもらえないか」
『ちょ……そんなに怖い顔しないでくださいよ。おしっこちびっちゃいますよ』
引きつった笑みを浮かべながら、ヌンはあどずさりする。
それでもガウスの相手を威圧する雰囲気は続く。
「いいから早く説明しろ! ちなみにその体は排泄を一切不必要だからちびる心配はいらない!」
『あっ、そうなんっすねー。なんて便利な身体っすかー。……って、うぉおい!! これもはや人間じゃねーし!』
ヌンはいつもの口調を忘れるほどの驚きだった。
「だから人形だって言ってるだろ!」
『くそぉー! なんで僕はいつもいつも不幸ばっかりなんすかー! ……あっ、すみません。今説明しますので、その振り上げた拳を引っ込めてくださいっす。えっと、魔法使いのことっすよね』
ヌンは一息ついて、話を続ける。
『魔法使いはっすね、なんの職業にも適性がなかった人が就く職業で、ヒエラルキーでいうと最底辺の職業っす。ちまたでは三Kなんて言われてますよ。汚い、キツい、帰れない。昔はどうだったか知りませんが、今は誰もやりたくない職業ナンバーワンっす。スラム街の孤児の僕でもなりたくない職業っすよ』
「な……なんだと……あの誇りある魔法使いが最底辺だと……」
『けどそれもしょうがないっすよ。やれることは炊事、掃除、洗濯っすからね。勉強もロクにできない人達っすから』
「バカなことを言うな!!!!!! 幾万もの魔法を扱える魔法使いが、まるで召使いじゃないか!!!!!」
『ひえぇええええ! そんなこと言われてもぉー!』
ガウスはすごい剣幕でヌンに説明を求めた。
ラウルは瞳に涙を溜めながら、ガウスに説明を続ける。
『あなたの時代はどうだったか知らないっすけど、今の魔法使いができる魔法は、掃除や洗濯に使える少量の水を出す魔法と、鍋を弱火でコトコト煮込む程度の火魔法とかっすから』
「まさかな……俺がいなかった一千年の間に何があったんだよ……」
『僕も詳しくは知らないっすけど、昔に魔法と科学の戦争があったとは聞いたことがあるっす』
「そうか……それよりも大きな問題が浮き彫りになったぞ……」
(もしこの少年の言っていることが本当だとしたら、彼女を探すのが困難……いや、不可能に近くなる)
実は、ガウスは彼女を見つけるために、この時代の魔法使いに手伝ってもらうことを考えていた。方法としてはこうだ。
世界各地にいる魔法使いに彼女の魂魄の波長を伝える。そして、その波長と一致する人間を見つけてもらう、というものだ。その時に使う魔法は【波長分析ウェーブアナライズ】。しかしこの魔法は難易度が高く、上級魔法使いでないと使うことができない。もしこの時代の魔法使いのレベルがヌンの言う通りであれば、使える魔法使いはほとんどいないということになるのだ。
「んー……どうしたものか……」
ガウスは腕に顎を乗せながら思案する。
『あのー……考え中のところすみませんが、実はスラム街の連中と約束があったんっすよね。今の今まで忘れていたっすが』
「そうか。じゃあ俺を気にせずに行っていいよ」
『いや、でもですねー、この姿で行っても……』
―――バンッ!
確かにその姿で行っても相手はわからないよね、とガウスが気づくと同時に家のドアが勢いよく開け放たれた。
『おいヌン! てめぇー、約束の時間に来ねぇとはいい度胸してるじゃねぇか!』
『兄貴を待たせるなんて、ヒヨっ子の分際で生意気だなー!』
『ヒ、ヒェェーーー!』
少年が二人、土足で家の中に入ってきた。年の頃は十五歳前後。今のガウスの肉体年齢と同じくらいだ。
着古した服を着た少年は見るからに孤児だろう。
二人は家に入るとガウスを見ながら、怒鳴り散らす。
『おい! てめぇだよ、ヌン! シカトこいてんじゃねぇぞ!』
『バカのヌンの癖に、生意気だぞ!』
二人はガウスを指差し、怒りをあらわにする。
「ん? 俺?」




