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欲探しの花嫁  作者: X


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9/13

第9話 「あの時より、早く」

「はぁ、はぁ」


 私はひたすら走った。

 それも馬車馬のように——それでも、目の前のアヒルには追いつくことができない。


「ちょっと待ちなさいよ! なんでアヒルがそんなに速いのよ!」

 

「クワ!」

 

 得意げに鳴いたアヒルは、振り返ることもなく草原を駆けていく。

 絶対に私をからかってる。


「そんなことない、頑張ってついて来て」


 アヒルが人間のように答えた。

 私は高校では、国体選手に選ばれた実績があるんだ。短距離だけど、こ(・)ん(・)な(・)ア(・)ヒ(・)ル(・)なんかに負けてたまるか。

 

 そんなことを考え、一呼吸置いたあとだった。


「クワ、危ないよ!」


 背後で大地を揺るがす爆発が起きた。

 

「きゃあっ!」

 

 衝撃波に背中を押され、私は前のめりに転がる。

 土まみれになりながら振り返ると、さっきまで立っていた場所には巨大な黒い鉄塊が突き刺さっていた。


「何よ、これ?」

 

 機体の残骸だ。炎を噴き上げ、金属が悲鳴のような音を立てて警告しているようだった。

 

「危なかった……」

 

 あと数秒逃げるのが遅れていたら、私はあの下敷きになっていた。


「クワ」

 

 少し先で立ち止まっていたアヒルが、まるで「だから急げと言っただろう」とでも言いたげに首を傾げる。

 

「最初からそう言いなさいよ!」

 

 文句を言いながら立ち上がる。

 すると、燃え上がる残骸の中から、何かがゆっくりと姿を現した。

 

 ギシ……ギシ……金属を擦るような音。

 人影のようでいて、人ではない。全身を黒い装甲に覆われた巨人が赤く光る両眼で私を見つめていた。

 

 その瞳に宿るのは、生き物の温もりではなく、獲物を排除するためだけに作られた冷たい殺意を向けていた。

 

「……うそでしょ」

 

 巨人の腕がゆっくりと持ち上がる。腕の先端には、砲身のようなものが伸びていた。

 

「クワーーーーッ!!」

 

 アヒルの鋭い鳴き声が響く。

 その瞬間、私の本能が叫んだ。

 逃げろ、と。


 私は反射的に地面を蹴った。

 

 さっきまで立っていた場所が、眩い閃光とともに吹き飛ぶ。

 

「うわあああっ!」

 

 熱風が頬を焼き、土砂が雨のように降り注ぐ。

 耳鳴りが止まらない。

 振り返る余裕もなく、私は夢中で走った。

 

 背後から巨人の足音が迫るたび、大地が震え、足元の草が跳ねる。

 

「なんなのよ、あれぇぇぇ!」

 

「クワ! クワッ!」

 

 アヒルは私より数メートル先を駆けながら、振り返って羽をばたつかせる。

 

「だから速すぎるって!」

 

 文句を言っている暇はない。黒い巨人は腕をこちらへ向けたまま、機械音を響かせる。

 

『TARGET……LOCK』

 

 機械的な声が風に乗って聞こえた。

 

「えっ?」

 

 突然、私の胸元に赤い光が点滅した。

 

「これって……まさか」

 

 映画で見たことがある。

 レーザーサイト。

 

「ロックオンされてるぅぅぅ!」

 

 私は咄嗟に右へ飛び込んだ。極太の光線が草原を一直線に焼き払った。大地が溶け、土がガラスのように黒く固まっていく。熱気が顔を撫で、髪の先が焦げる臭いがした。

 

「ちょっ……レーザー!? 本物!?」

 

 夢なら覚めてほしい。いや、こんなリアルな夢なんてある?

 

「クワーーーー!!」

 

 アヒルが翼を大きく広げた。それまで一直線に走っていた進路を急に左へ変える。

 

「えっ!?」

 

 考えるより先に私は後を追う。

 その一秒後。

 私たちの右側を、巨大な鋼鉄の拳が通り過ぎた。激しい振動とともに地面へ突き刺さる。

 もし進路を変えていなければ、私はミンチになっていただろう。

 

「助かった……」

 

 思わずアヒルを見る。

 アヒルは「だから言っただろう」と言わんばかりに胸を張った。

 

「……ありがとう」

 

「クワッ♪」

 

 少し嬉しそうに鳴く。なんだ、このアヒル。さっきまでただの変な鳥だと思っていたのに、今は命の恩人じゃない。

 だが、安心する暇はなかった。

 

 背後で黒い巨人の胸部装甲が左右に展開する。

 内部から無数の赤い光が灯った。

 

「……嫌な予感しかしない。」

 

 数十本もの小型ミサイルが一斉に空へ放たれる。

 

「うそぉぉぉ!?」

 

 煙の尾を引きながら、ミサイルは空高く舞い上がる。

 一安心――そう思ったが、すべての弾頭がこちらへ向きを変えた。

 

「追尾式!?」

 

「クワーーーーッ!!」

 

 アヒルが必死に鳴く。

 

「わかってる! 逃げるしかないんでしょ!」

 

 私は全力疾走した。肺が焼ける。脚が悲鳴を上げる。高校時代の全国大会予選。あの時よりも速く、必死に。生きるためだけに走る。

 だが、ミサイルとの距離は縮まる一方だった。

 

「もう駄目――」

 

 そう思った、その時。空が一瞬だけ暗くなった。空いっぱいに広がる巨大な白い翼。それが、私の頭上を覆う。

 

「えっ……?」

 

 見上げた私は言葉を失った。

 視界を突き破るように現れたのは、やはりア(・)ヒ(・)ル(・)だった。胸には青く輝く紋章。まるで、主人を守るべく、身を投げ出したようにもみえた。

 直後、澄んだ男性の声が空一面に響いた。

 

『守る』

 

 まばゆい蒼白い光を放ち始める。

 その圧倒的な光景を前に、白い翼は、焼けただれた黒へと変わった。

 

「……え、アヒル?」

  

この作品をお読みいただき、誠にありがとうございます。

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