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欲探しの花嫁  作者: X


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10/13

第10話 「欲を食べろ」

「どうして、そこまで?」

 

『誰も助けてくれ』なんて頼んでないし、ここで死んだって、現実世界の私は死ぬわけじゃないはず。

 震える声で呟く私に、焼け焦げた翼を広げたアヒルは静かに振り返った。

 純白だった羽は黒く焼け、ところどころ赤い血が滲んでいる。

 それでも、その瞳だけは真っ直ぐ私を見つめていた。

 

「君は……まだ、生きることを諦めていないから」

 

「えっ……?」

 

「だから、守る」

 

 それだけ言い残すと、アヒルは再び空へ飛び立つ。

 黒い巨人が腕を掲げる。

 胸部の砲門、肩部のミサイル、両腕の光線砲――すべてが一斉にアヒルへ照準を合わせた。

 不意打ちのように、無数の閃光が空を埋め尽くす。

 

「やめてぇぇぇ!!」

 

 耳をつんざく爆発が何度も重なり、世界そのものが悲鳴を上げているようだった。

 熱風が全身を叩きつけ、焼け焦げた匂いが鼻の奥を刺す。

 視界は炎で真っ赤に染まり、舞い上がった土砂と黒煙が空を覆い尽くす。

 地面が激しく揺れ、私は立っていることすらできない。

 私は何もできない。ただ、その光景を見つめることしかできなかった。

 

「ク……ワ……」

 

 煙の中から落ちてきた小さな影。ボロボロになったアヒルが、私の腕の中へ落ちてきた。

 

「嘘……そんな……」

 

 抱き上げると、その体は驚くほど軽かった。

 温もりだけが、まだ残っている。

 

「最後に……お願いがある」

 

 弱々しい声だった。

 

「嫌よ! 死なないで!」

 

 涙が止まらない。

 こんな出会ったばかりのアヒルのために泣いている自分が信じられなかった。

 

『僕を……食べて』

 

「……は?」

 

 一瞬、言葉の意味が理解できなかった。

 

『君には……まだ、欲が足りない』

 

「欲?」

 

『僕は……欲望を喰らい、欲望を宿す者』

 

 アヒルの胸に刻まれた青い紋章が淡く輝く。

 

『僕を取り込めば……君の中の欲望が目覚める』

 

 黒い巨人がゆっくり近づいてくる。

 赤い瞳が、私たちを見下ろしていた。

 

『時間が……ない』

 

 私はアヒルを見つめる。

 

「そんなこと……できるわけ……」

 

『生(・)き(・)た(・)い(・)だろ?』

 

 その一言が、胸の奥深くへ突き刺さった。

 生きたい。帰りたい。まだ終わりたくない。もっと走りたい。もっと笑いたい。もっと――欲を。

 

「私は……!」

 

 胸の奥から何かが溢れ出す。

 それは理性では抑えきれないほど強く、激しく、熱かった。

 

「私は、生きたい!!」

 

 何の前触れもなかった。

 青い紋章が眩く輝き、アヒルの身体が無数の光の粒子となって舞い上がる。

 

「えっ!?」

 

 光は渦を巻きながら私の胸へ吸い込まれていく。

 鼓動が速くなる。血液が沸騰するように熱い。世界中の音が消えた。代わりに聞こえたのは、自分の心臓の鼓動。

 ドクン。ドクン。ドクン――胸の奥で、何かが目を覚ます。

 

『欲望適合率……一〇〇パーセント』

 

 どこからともなく機械音声が響く。銀色の光が私の全身を包み込んだ。髪がふわりと宙へ舞い、黒い瞳が輝きを宿す。両腕には光の装甲が形成され、背中からは巨大な翼が展開した。

 黒い巨人が、一歩後ろへ下がった。

 

『ERROR……UNKNOWN……』

 

 私は静かに右手を前へ突き出した。


「違うわ。あなたたちの欲が、私を強くしただけ。もっと欲を見せなさい!」

 

 不思議だった。

 どうすればいいのか、身体が知っている。

 

「終わりよ」

 

 掌に蒼白い光が収束する。

 空気が震え、大地が唸る。

 思考が追いつく前に、言葉が口をついて出た。


「欲望解放《デザイア・ブレイク》」

 と、放たれた一条の光は、天地を貫く奔流となって黒い巨人を飲み込んだ。

 

 目を開けていられないほどの閃光だった。

 耳を塞いでも意味がないほどの轟音が身体を貫き、肺の奥まで震わせる。

 光がゆっくりと薄れていく。

 恐る恐る目を開けると、黒い巨人は立ったまま無数の亀裂に覆われていた。


 硝子が砕けるような乾いた音を最後に、その巨体は光の粒へ姿を変え、風に乗って空へ消えていった。

 残ったのは、静かに揺れる草原だけだった。

 私はゆっくりと空を見上げた。

 

「……終わった?」

 

 一拍遅れて、胸に刻まれた青い紋章が、不気味な赤へと染まり始める。

 

『テキゴウシャ、確認シタ……』


 上空から、ぼろ布をまとい白骨をむき出しにした異形が降り立つ。

 

「……え?」

 

 私の意識は、ゆっくりと暗闇へ沈んでいった。

   

この作品をお読みいただき、誠にありがとうございます。

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