第8話 「目が覚めたら」
「クワクワ……クワクワ……」
なんだろう? 意識が朦朧とする。
「クワクワ……クワクワ……」
あのヤロー、勝手に飛ばして……絶対に許さない。何よ、耳元でうるさいの。
「クワクワ……クワクワ……」
いい加減にしてよ。さっきからクワクワって、うるさいのよ。
「クワ——————」
一段と高い声。
ぼんやりとした意識の中で、白い影が見えた。
あれは……アヒル!?
白いアヒルが、一羽だけこちらを見ている。
「ようこそ、新たな世界」
穏やかな男の声のようだ。
その一言で、意識の底へ沈みかけていた私は、ゆっくりと瞼を開く。
最初に見えたのは、どこまでも続く青空だった。
雲一つない澄み切った空。
柔らかな風が頬を撫で、草の香りが鼻をくすぐる。
「あれ……? ここは?」
私はゆっくりと身体を起こした。
一面に広がる草原。
色鮮やかな花々が揺れ、小川がさらさらと流れている。
まるで絵本の中に迷い込んだような『不思議の国』の物語と一致する。
「ようこそ、美奈ちゃん」
何、このアヒル。私の下の名前を呼んで、彼氏のつもり? まだそんな仲でもないのに、馴れ馴れしいのよ。
「あなたは、誰?」
少し息を吹いて、冷静にならなければ。
「あぁ、失礼。私は未来のガイド。アヒル型ロボットです」
未来の技術か。まるで〇〇ロボット、未来道具の助けてくれるのか、期待もしたくなる。
「そう、私の助けになってくれるんだ」
「……残念ながら、助けになれません」
うん、そうなんだ。じゃあ、このアヒルは何をしてくれるんだ。
「監視者であり、あなたに情報を渡します」
そうか、役立たずじゃなくて良かった。では、早速聞こう。
「未来って、どんな世界なの?」
アヒルの目は私の問いに対し、険しい目つきになった。
「残念ながら、滅亡寸前の世界です」
思わず辺りを見回す。
爆発もない。炎も上がっていない。異形の怪物もいない。
「……平和じゃん」
その瞬間、とてつもない轟音とともに、巨大な黒い影が頭上を横切る。
「ひっ!?」
慌てて身を伏せる。
ゆっくり顔を上げると、それは翼長二十メートルはありそうな鋼鉄の鳥だった。
腹部には無数の砲門が並び、翼には見慣れない紋章が刻まれている。
さらに、その後方では黒煙を上げながら、無数の飛行物体が空中戦を繰り広げていた。
「え……?」
数秒前まで静かだった空が、一瞬で戦場へと変わる。
空中で砕け散る機体。
そして――。
巨大な黒い何かが数百メートル先へ墜落した。
衝撃で大地が揺れ、土煙が空高く舞い上がる。
「うそ……」
人類滅亡寸前という言葉が頭をよぎる。
また、言いたくなった。
科学者の秋元の言葉が、ようやく現実味を帯びた。
「クワ」
「……え?」
また鳴き声が聞こえた。
振り向くと、さっき見えた白いアヒルが一羽だけ立っていた。
丸々と太った体。
つぶらな黒い瞳。
これだけの爆発が起きているというのに、そのアヒルだけは何事もなかったかのように首を傾げている。
「こんな状況でアヒル?」
「クワ」
アヒルは私を見つめると、器用に片翼を上げた。
まるで――。
「ついて来いって言ってるの?」
「クワ!」
元気よく鳴くと、アヒルは草原の奥へ向かって歩き始める。
「いやいやいや、なんで私はアヒルについて行くのよ!」
そう叫びながらも、この世界で立ち尽くしていても何も始まらない。
少なくとも、このアヒルは何かを知っているように見えた。
私はため息をつきながら、小さな背中を追いかけた。
その選択が、この世界の運命を大きく変えることになるとは、この時の私は知る由もなかった。
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