第5話 「認めるんだ」
謎の老人の名前——秋元 泰というらしい。地下施設のシェルターに、私たちの会話が反響する。
紺のスーツから白い白衣へ着替えた秋元は、私のパートナーとなる男性の話をするも、私の胸に湧いたのは、不信感だけだった。
「未来の旦那様……?」
思わず、私は口に出したが、疑いの心は晴れない。こんな地下にある研究施設に連れて来られて、「未来の旦那様に会えますよ」なんて。
「そう、未来の旦那様に会えますよ」
それ、さっき聞いた。二度も同じこと、言うな! まったく。私は頭を左に向けて、「聞いてない」アピールをした。
「どうしましたか?」
ご立腹に見えたかしら。秋元は、私の機嫌が悪いのを察したらしく、尋ね方も丁寧に聞こえた。
ついでに、わざとらしく、欠伸もして、両手を上へ伸ばしてみたりした。さすが、まずかったかも。
秋元は肩を竦め、小さく苦笑した。
「……信用していただけませんか」
「当たり前でしょ。河川敷で知らないお爺さんに声を掛けられて、地下へ連れて来られて、『未来の旦那様に会えます』なんて言われて、信じる人いる?」
「ええ、普通はいません」
そこだけは素直に認めるらしい。
秋元は白衣の胸ポケットから小型の端末を取り出すと、壁際の巨大なモニターへ映像を映した。
そこには、黄色で描かれた一本の線。
「これは時間軸です」
「時間軸?」
「人は時間を一本の川だと思っています。しかし実際には違う」
一本だった線が枝分かれし、木の根のように無数へ広がっていく。
「時間とは無数の可能性が重なった情報空間です。過去も未来も存在しない。ただ観測される順番が違うだけなのです」
「……急に難しくなったわね」
「簡単に言えば、本庄さんは時間の流れに乗っている舟です。我々は、その舟を別の流れへ移す技術を完成させました」
「つまり、タイムマシン?」
「いいえ」
秋元は即座に首を振る。
「時間を移動するのではありません。あなた自身を構成する情報を、一度量子レベルまで分解し、未来で用意した受信装置へ再構築します」
「…………」
「送るのは肉体ではなく、存在そのもの。例えるなら、紙の手紙ではなく電子メールです」
私は思わず顔をしかめた。
「それって、一回バラバラになるってこと?」
「ええ」
「死ぬじゃない」
「理論上は死にません」
「理論上って言った!」
思わず机を叩いた。
秋元は咳払いを一つする。
「安心してください。実験は既に数千回成功しています」
「人間で?」
「いいえ」
「じゃあ安心できないじゃない!」
地下施設に私の声が響き渡る。
研究員たちは慣れているのか、誰一人こちらを見ようとはしなかった。
秋元だけが困ったように頭を掻いた。
「正確には、無機物、生体組織、小動物までは成功しています」
「人間は?」
「本庄さんが初めてです」
「帰る!」
踵を返した私だったが、自動扉は「ピッ」という電子音だけ鳴らして、ぴくりとも開かなかった。振り返ると、秋元は申し訳なさそうに笑っている。
「残念ですが、この施設は認証がなければ外へ出られません」
「……誘拐じゃない」
「ええ、法律上は、その通りですね」
「認めるんだ!」
私のツッコミが、地下施設の中へ虚しく反響した。
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