第59話 金色の世界
乾いた風が、崩れかけた街の残骸をすり抜けていく。
斜陽が地平線に沈みかけ、世界の輪郭が金色に滲んでいく。
ノアレの中心にある広場に、一人の男が立っていた。
その隣には、黒いリングが回転するポット。
セリオは、空を見上げてぽつりと言葉を落とした。
「……戻ってきたか、リア」
その声に、リアはゆっくりと足を止める。
風が銀色の髪を揺らし、白い服は淡い光を受けて揺れる。
そしてその後ろには、黙って彼女の背中を見守るイファの姿があった。
セリオは、どこか虚ろな瞳でリアを見つめた。
その手には、金属の端末。
軍の遠隔指令機だった。
男は、静かに、でも確実にひとつひとつ言葉を落とした。
「君のコアはついに覚醒した……。その制御装置で今は抑えられているがね。君は、その力を活かすべきだ。我々と共に行こう。この世界にはもう、選択肢なんて残っていない。君の力があれば、戦争を終わらせられる。君が生きていた意味を、力という形で世界に刻め。それこそが、君が生まれた理由だ」
リアは一言も返さないまま、セリオへと一歩踏み出した。
「いいえ、私は……わたしの意志で来たの。私はあなたの……この国の兵器にはならない。私が生きた意味は、あなたに“使われる”ためじゃない」
「……理想論では、何も救えない。現実を見ろ、リア。この町も、君自身も……。救うには、壊さなくてはならない。破壊なしに、再生はない」
「違う」
リアは、やわらかく、しかしはっきりと首を振る。
「あなたの再生には、命の価値が含まれていない。ただの効率で測られた未来なんて、私はいらない」
風の音が、ふと止んだ。
リアは、イファを振り返る。
「人を知って、心を知って、愛を知って……そうして、ようやく、生きているって思えたの。だからもう、迷わない」
その言葉に、セリオは息を呑むように目を細める。
彼の口元がわずかに揺れた。
理性と感情の狭間で、彼が揺れているのが、リアにはわかった。
「……それで、本当に満足なのか?」
セリオが初めて聞いた、リアという一人の人間に対しての問いかけだった。
リアは、そっと微笑む。
「……満足しているって言ったら嘘になる、かな……。生きる意味さえ知らなかった私は、今だからこそ、もっと生きていたいって思うの。私は私自身で、この世界と向き合えたから」
セリオの視線が、かすかに揺れる。
リアを見つめるその目には、もはや怒りも嘲りもない。
「あなたの正しさの中で、私は生きられなかった。でも……私は、私として……終わることができる」
リアは空を仰ぎ、先ほど見たサンティスの映像を思い出した。
『リア。君には最後の手段がある』
『感情と記憶が満ちたとき、その全てを消費して、コアにアクセスできる。鍵は、君自身の意志だ。そのとき、君は選べる。この力を止めるという、“未来”を』
『それは君だけに託された選択肢。他の誰でもなく、君が、君の意思で選ぶ未来』
それは、サンティスが教えてくれた、
憎しみが連鎖するこの世界を止める方法。
そして、この命を止める方法。
西陽が斜めから差し込み、風に揺れる草木が金の波のように揺れていた。
リアは、胸元にそっと手を当てた。
白銀の光が、彼女の掌の下でふわりと滲み始める。
胸の内側に秘められていた封印が、ゆっくりと応えるように、静かに脈動を始める。
「……あなたに託されたもの、わたしに与えられた願い……」
コアが、彼女の呼吸と共に反応する。
螺旋状の構造が、まるで眠りから覚めるように微かに回転を始めた。
その音は、鈴の音のように空気を震わせる。
それは、世界に別れを告げる静かな音色のようだった。
セリオは息を呑む。
リアはただ、穏やかに微笑んだ。
「わたしは、ここで生きた。だから、ここで、終わらせる。わたしの意志で」
空が──金色に染まりきる。
斜陽が、リアの身体を包み込み、
ルクシミウム・コアがふわりと光を放つ。
胸元に手を添えたまま、そっと目を閉じる。
金色の光が、一陣の風とともに静かに空へ舞い上がる。
どこか懐かしく、どこか悲しい
――終わりを告げる静寂が、世界をやさしく包み込んでいた。




