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第60話 光


金色の光が、静かに世界を包んでいく。


胸元に添えた自分の手から、螺旋の封印がゆっくりとほどけていく。


まるで、長い夢から覚めるように。

光が、身体中に流れ込む。


記憶が、心が、まるで川の水のように。

コアへと吸い込まれていく。


それは痛みではなかった。

ただ、ひどく、懐かしかった。



『……よかった……目が覚めた』


優しい声で、私に手を伸ばしてくれた。

何もない自分に、まっすぐ目を向けてくれた。


生きててよかったと、そう言ってくれた。


イファと出会ったあの日。


三人で食べた温かいシチュー。




──出会えて、本当によかった。




初めてもらったプレゼントは、小さな白い花。


アネモネ。


花言葉は希望。

あの花はずっと、私の心を照らしてくれた。




──私は、凛と咲くその花にふさわしい光になれただろうか。




皆で笑ったあの日。

失敗した小さなパン。

ぎこちなく手を添えてくれたぬくもり。


白い小麦粉がふわりと舞った。


苦いコーヒーを美味しいと飲んでくれた。




──あたたかかった日々が懐かしい




夕暮れの小さな家。

マリナのお気に入りのロッキングチェア。

プレゼントしてくれた手作りの髪飾り。


私に、たくさんのありがとうをくれたひと。


『全ての経験があなたを豊かにしてくれる。』


その意味が、今ならちゃんと、わかる気がする。




──いつか、私もありがとうを伝えたかった。




そしてその意味を教えてくれたのは、ミナだった。


初めてできた私の大切な友達。


あのとき初めて知ったんだ。

自分も、誰かの背中をそっと押せることを。




──誰かを、笑顔にしたいと思えた。




聖なる夜、花火が空を彩っていた。

星灯籠をひとりで流して、少しだけ寂しくなった。


けれど、イファと見上げた星空があまりに綺麗で、胸がいっぱいになった。

湖のほとり、色とりどりの花に囲まれたお気に入りの場所。


『リアが、この世界にいてくれて、うれしいんだ』


イファのその言葉が心の奥をじんわりとあたためてくれた。




──初めて知った、うれしいって気持ち。




町を守り、居場所を教えてくれたカイの背中に、安心した。

リゼットの明るい声に、何度も背中を押された。

みんなが、わたしを大切にしてくれた。




──わたし、たしかに生きていた。




目が見えなくても、わたしを一番見てくれていた人。

迷っても、そっと隣にいてくれた。

何も言わずに、ただ受けとめてくれた。


マリナさん


帰れなくて、ごめんなさい。

──でも、心からありがとう



一歩、一歩、歩いてきた。

傷つきながら、迷いながら、

それでも、信じて。



──イファ


ずっと、わたしを見てくれていた人。

最後まで、わたしのそばにいてくれていた人。


優しくて、強くて。

わたしの手を引いてくれた人。


あなたがいたから、ここまでこれた。




──忘れたくないな……


あなたがくれた言葉が、笑顔が、ぬくもりが


──わたしの世界を彩ってくれた。



──ありがとう、イファ




光が、すこしずつ満ちていく。

全てが光に溶けていく。


白銀の瞳が、ふわりと揺れて、そっと閉じられる。

風が通り抜け、リアの髪が揺れる。


光の粒がふわりと空へ舞い上がり、

身体が、ほどけていく。


ルクシミウム・コアが、静かに沈黙へと向かっていく。

暴走の気配もなく、ただ、穏やかに。

誰にも壊されず、誰も傷つけず。


それは、破壊ではなく、祈りだった。



──どうか、みんなが生きるこの世界が、優しい世界でありますように。



世界は、西陽に照らされて、やさしい金色に染まっていた。

静かに、ただ静かに。



──あぁ、世界はこんなにも美しい



リアは、ふわりと微笑んだ。


まるで春の光に包まれるように。





そして、その命を終えた。


その面影すら残さずに、空の彼方へと消えていった。





「……リア……っ!」


イファは駆け寄り、手を伸ばす。

しかし、そこにはもうリアの姿はなかった。


あたたかな光が彼の頬を掠めていく。


その粒のひとつが、ふと、イファの手のひらに落ちた。

硬質で冷たい、小さなコアのかけらだった。


そっと握りしめた瞬間、「ありがとう…イファ」とリアの声が聞こえた気がした。


イファは膝をつき、その場に崩れ落ちた。

ただ、涙が止まらなかった。

それでも、彼は空を見上げた。


いつか二人で見た、あの星空のような光が、ひとつ、輝いていた。



その時、イファの背後で足音がした。


「……終わったんだな」


静かな声でセリオが言う。

かつての威厳も理想も、全てを失ってそこに立っていた。


夕暮れの陽の光が、彼の影を長く伸ばしていた。


「リアは、自分で選んだんだ」


イファはかすれる声で言った。


セリオはしばらく黙ったまま、空を見上げると

「……私は、間違っていたのだろうか…」と、自分に問いかけるように言った。


イファも空を仰ぎながら小さく呟いた。


「誰にでも、信じたいものがある……」


セリオは目を細めた。

その目はどこか遠い過去を見ているようだった。


「どこから……間違ってしまったんだろうな……」


イファは手の内に残ったコアのかけらを見つめた。


「過去は変えられない。けど、これから……未来を作るのは、リアの守ってくれた世界で生きるおれたちだから」


イファはゆっくりと立ち上がり、リアが残したかけらを胸にしまった。


光はもう消えていた。

けれど、その残響はまだ空に滲む。



イファは一歩を踏み出した。

背筋を伸ばして。


彼女の思いを背負って、前へ進むために。



風が、イファの頬を優しく撫でる。

それは、彼女がこの世界に残した、あたたかな祈りのようだった。




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