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第55話 奇跡の代償


現実のざわめきの中で、リアの記憶は、堰を切ったように溢れ出した。



イファを抱えるリアを、セリオを前に、軍の兵士たちが取り囲む。

コアによって封印されていた記憶が、嵐のように彼女を貫く。


焼けつくような痛みが胸を裂き、

息ができないほどの哀しみが、全身を締めつけていた。


思い出せなかった声、忘れていたはずの光景。


それらは、確かにリアの中にあったものだった。



サンティスに救われ、生きることを学び、

セリオに囚われ、感情と記憶を削られていった、あの時間。


忘れていた空白の三年間。


そのすべてを受け止めるには、あまりに脆かった心を、

あのときこの光が守ったのかもしれない。


記憶を封じ、感情を眠らせ、ただ生き延びさせるために。


けれど今、リアはそれを取り戻した。


そして、たったひとりで耐え続けた、あの時の全てを身体は覚えていた。


痛い。苦しい。


そのときだった。



「……リア……」


かすかな声が、届いた。


そっと、風のように触れる。

懐かしく、あたたかい声。


「……だい…じょうぶ…? …リア……」


優しいその声が、崩れかけた世界に輪郭を戻してくれた。

リアは目を見開いた。


自分の腕の中にいるイファは、微かに笑った。

今にも消えてしまいそうなほど弱々しく、けれど、それは確かに生きているイファの微笑みだった。


ほんのついさっきまで、彼は死のふちにいたはずだった。

胸を深く撃たれ、血に染まっていた。


それなのに。


リアは、自分の胸元に残るたしかな熱を感じる。

震える指先が、そっと彼の頬に触れる。


「……イファ……」


白銀の光が揺れる瞳から、ひとすじの涙がこぼれた。

それは静かに、彼の胸元へと落ちていく。



私の声が届いて、彼が返してくれた。

私の想いを、彼がつないでくれた。


やっと掴んだ、大切なもの。


誰のものでもない。



私は、兵器なんかじゃない。



感情が溢れ出す。

今この瞬間に、確かに生まれている想い。


その光景を見つめながら、セリオは一歩、光の外縁に近づき、吐息のように、低く呟いた。


「……私の計算では、リアに足りないのは悲しみや怒りの感情だ。つまり、リアが君を失えば、完全に覚醒すると踏んでいた」


リアは顔を上げる。

セリオの目は、青白い光に照らされながらも、冷たく揺るぎなかった。


「でもまさか、君のルクシミウム・コアの力で、生かすことまでできるとはな……さすがの私でも計算外だよ」


まるで観察対象に感心するような、静かな声色。


リアは、イファの温もりを抱いたまま、ただ睨み返す。

まるでその光こそが答えだと言うように。


セリオの眼差しには、警戒と期待が入り混じる。


「……セリオ」


リアは、ゆっくりとその名を呼んだ。

声は穏やかだった。

けれど、そこには強い思いがあった。


「あなたが見たかったもの……それは、私の暴走じゃない。私が……私自身が選ぶ、未来」


セリオの目が、わずかに揺れた。


「だって、あなたが二年の歳月をかけても、たどり着けなかった……それが、答え。あなたには、ルクシミウムを起動することはできない」


セリオはゆっくりと目を伏せる。

再び開いた時には、冷たい理性に覆い隠されていた。


「……記憶が戻ったのか……?」


リアは答えなかった。


ただ、静かにイファへ視線を落とし、彼の胸に手を当てる。


鼓動を感じた。

それは、紛れもなく、生きている証だった。


セリオは、ふっと小さく笑う。

「なるほど……面白い! ルクシミウムは記憶や感情を“消費”して力を生む……だが、逆も然りか……。その力を使えば、その分だけ内包された記憶や感情が“戻る”んだ! 完全な相互変換……思い出すことも、忘れることも、この光の中では、等価なんだっ!」


高く笑ったセリオを、リアは目を細めて、ただ見つめていた。

彼は、髪をかき揚げ、大きく息を吐いた。


「……それで、お前は、何を選ぶ? 覚醒寸前のお前に、選べる未来があるのか?」


光が瞬くリアの瞳は、ゆっくりと瞬き、再びセリオを捉えた。


「まだ……足りないの」


「何がだ?」


「サンティス博士が、私に残した最後の手がかり」


リアの瞳が、ふっと遠くを見つめた。


「黒い端末……私の部屋にあった。今だから、思い出せる。あの中に、私の全てがある……」


──私のすべてを、選べるようになる。


「セリオ。私は、あなたの兵器じゃない」


リアは、セリオの瞳を見つめて言う。


「私は、自分で答えを見つける」


「……お前の言う“答え”が、私の想像を超えるものかどうか……」


セリオは、少し沈黙した。


軍の包囲は、依然として厳重だったが、

彼は、そっと手をあげ、周囲の兵士たちに一歩退くよう合図を送る。


「見せてみろ。私が創り出した可能性の、その結末を」


リアは、そっとイファの手を取り、ゆっくりと立ち上がった。

まだ彼の身体は重かったが、彼の目はしっかりとリアを見つめ返していた。


ふたりで歩き出す。

ルクシミウムの光がまだ残るこの広場を、静かに抜けていく。


その背に、セリオの視線が注がれていた。


「……私は、見届ける」


彼は誰にともなく呟く。


「世界が神の光に震える姿を……それが希望か絶望かを知るために。この道を選ばせたのは……私だ……」


光と影が交錯する、静かなノアレの広場。


冷たい空気の中、リアとイファはゆっくりと並んで歩き出す。



彼女の部屋──記憶の最奥にある、最後の扉へと向かって。



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