第50話 白銀の瞳
胸元には、青くゆらめく光。
淡く滲むルクシミウムの輝きが、感情の揺らぎを映していた。
イファは、ただ見つめていた。
ずっと探していた、その姿を。
「リア…!」
軍が取り囲む空間を割くように、リアが駆けてくる。
兵士たちは、誰もがぴたりと動けなくなっていた。
まるで青白い光が空気を止めたかのように。
「イファ…!」
リアがイファの名を呼ぶと、イファはずっと会いたかった彼女を強く抱きしめて言った。
「リア……よかった……。無事だったんだ……」
温もりが、腕の中にあった。
声にならない想いが喉にせり上がる。
リアはゆっくりと顔を上げ、こくりと頷くと、視線をセリオへと向けた。
瑠璃色の瞳には、涙と、決意が光っていた。
「あなたに、聞きたいことがあるの……サンティスを
……殺したのは、あなた?」
リアの声は静かだった。
けれど、その奥には、震えるほどの感情が渦巻いていた。
淡い光を宿す瑠璃色の瞳で、リアはセリオをまっすぐに見据える。
セリオは一瞬だけ視線をそらし、だがすぐにまた彼女を見た。
「彼は……選んだんだ。彼も、自分の信じる正義を、最後まで貫いた。その、結果だ」
「答えて、セリオさん」
リアの声がわずかに強くなる。
「……あなたが……あの人を……」
言葉にした瞬間、リアの胸の奥に、言い知れぬ熱が込み上げる。
「……殺したの……?」
風が一瞬止んだような静けさの中、
セリオはまぶたを伏せ、小さなため息を漏らした。
「……いいや、直接的にはね。私はただ、そうなるように仕向けただけだ。私自身の正しさを貫くために、あの男の存在は、どうしても邪魔だった」
リアの胸の奥が痛む。
「やっぱり、あなたが、あの人の命を、奪ったのね……。彼は、ずっとあなたを信じていたのに……」
ポロポロと溢れる涙、そして怒り。
裏切りを前に、リアの指先は震える。
セリオは、顔をわずかに歪ませて言った。
「彼が信じていたのは私ではない。ルクシミウムの力だ……! 共に世界を救うはずだったのに……! 裏切られたのは、私の方だよ」
リアは、覚えてしまった感情に追いつけない。
青白く瞬くその光は、脈を打ち、強く、強く輝いていた。
あらゆる思いが絡み合い、ルクシミウム・コアは満ち始めていた。
そのとき──
無線の雑音が走る。
「被験体の情動反応上昇中……覚醒の兆候あり!」
「プロジェクト通り、対象“イファ・エルネス”を排除する」
──耳に届いたのは、イファの名だった。
リアは、はっと顔を上げる。
「イファ!」
同時に、兵士たちの銃口が、イファへと一斉に向けられた。
「やめて!!」
イファも即座に身を翻し、銃を抜こうとする。
だがそれより早く、乾いた破裂音が空気を裂いた。
リアの視界に、赤が散った。
「イファ……っ!」
その名を呼んだとき、彼は目の前に崩れ落ちていた。
胸元には赤い血が滲む。
「だいじょう……ぶ、だって……」
力なく笑うイファの声はあまりにもかすかで、リアの胸を貫いた。
彼の鼓動が、どんどん弱くなっていく。
それを見て、リアの全身を恐怖が駆け抜けていった。
「やだ……やだよ……お願い、行かないで……!!」
次の瞬間、彼女の体からあふれたのは、透き通るような青白い光。
光は波紋のように広がり、彼と自分の周囲を包み込む。
まるで守るように。
そして、癒すように。
セリオが、目を見開く。
「これは……」
淡く、しかし確実に世界を拒むような光。
それは破壊ではなく、守るための力だった。
空気が震える。
周りを囲む軍の兵士たちは目を見開き、誰もがその光景に釘付けになった。
「生きて……お願い……!」
リアは泣き叫ぶように、イファの傷口に手を重ねる。
力ではない。
ただ心からの願いだった。
そしてその祈りに応えるように、イファの血が止まり、傷口がゆっくりとふさがっていった。
その直後、イファの瞼がわずかに動いた。
「……イファ……」
頬に触れた彼の肌が、少しずつ温かさを取り戻していく。
その光の中で、リアの脳裏に“何か”が走った。
リアの瞳が白銀に染まる。
──白い天井。
冷たい手錠。
誰かの声。
身体中の痛み。
そして、セリオの、あの日の瞳。
失われた記憶の断片が、堰を切ったように流れ込んできた。
「……っ…あぁあ…っ…!」
リアは声を上げ、頭を抱える。
強すぎる記憶の奔流に、視界がゆがむ。
ひとりきりの闇。
身体がちぎれそうな孤独。
すべて一つになって押し寄せる。
けれどリアは逃げなかった。
その光を、その記憶を、自分の中に受け入れた。
そしてその中に、ひとつ、たしかに残るものがあった。
サンティス──
『ありがとう。君が、いてくれてよかった……』
痛みとともに、世界が遠ざかっていった。
そして、瞼の裏に滲んだのは、まだ知らぬ自分の失われた記憶だった。




