第48話 光を抱く者
自分の胸に埋め込まれたもの。
それが、すべての始まりだった。
リアは、薄暗い研究室の片隅で膝を抱えて座っていた。
手を胸に当てる。
ぬくもりの奥で、淡い震えのようなものが響いていた。
「……ここに……」
ルクシミウム・コア。
ノアレを破壊した、あの爆発の中心にあったもの。
人々の命を奪い、町を焼き尽くした“光”。
その結晶核が、今、自分の中で脈打っている。
それは、どうしても逃れられない事実だった。
まるで、自分という存在の証のように、じっとそこにある。
生きている証であると同時に、破壊の証でもあった。
「私は……誰かの希望なんかじゃない」
リアはそう思った。
サンティスは「誰かを救いたかった」と言った。
でも、それは結果的に、多くの命を奪う光を生んだ。
ふと、目を伏せると、微かに青い光が胸元に滲んでいた。
コアの覚醒が近い。
感情に反応して、ルクシミウムは光る。
それは、喜びでも怒りでも、ほんの少しの不安でも。
「わたし……本当に、爆弾なんだ」
小さな声が、誰もいない部屋の中に沈んでいった。
自分は、ただ生かされただけ。
このコアによって救われ、
その代わりに、すべてを抱えてしまった。
あの日、ノアレで失われた命、未来、家族。
すべての記憶の上に成り立つ命。
──もし、このまま記憶や感情が蓄積されて、コアが覚醒すれば、
わたしは兵器として使われるのかな──
セリオの声が、まだ耳の奥で響いている。
『戦局を変え得る力でもある』
──それが、わたしの使命なの? 生き残った意味?
ノアレを焼いた、あの光。
もしまた、あの光が生まれてしまったら。
今度は、ヴァストラの町を、そこに暮らす人たちを、
何も知らない誰かを傷つけてしまう──
「……それって、本当に平和なの……?」
誰にも届かない問いが、唇からこぼれる。
──正しいって、なんだろう。
わたしの中にあるものが、そんな未来をつくるのなら……
それって、ほんとうに、必要とされてるってことなの?──
リアは、息を潜めるように自分自身に問いかける。
そして、ぽつりと言葉が落ちた。
「……わたしは、生きていてはいけなかったのかな……」
唇がかすかに震える。
胸の奥で脈打つルクシミウム・コアが、静かに淡く光を放っていた。
──逃げる……?──
そう思った瞬間に、胸の奥がズキリと痛んだ。
きっと、この首飾りは、ただの制御装置ではない。
見張られている。
セリオのことだ。
発信機が仕込まれてても、おかしくない。
どれだけ距離を取っても、この身体ごと暴発する可能性がある。
リアは全てを悟った。
──ノアレと同じように、何も知らない人々を、再び巻き込んでしまうかもしれないんだ……だったら、私は、道具として使われるべきなのかな……誰かの意志で、誰かのために──
リアは、胸が、押しつぶされそうだった。
サンティスが与えてくれた時間。
ノースフィアで出会った人たち。
イファやマリナの笑顔。
そのすべてが、まるで夢のように遠のいていく。
“世界の平和のために使われる”という言葉が、冷たく、無慈悲にリアの胸に響いていた。
そのとき――
「……サンティス、さん……?」
突然淡い光が再び灯り、小さな投影機が反応した。
リアは思わず立ち上がる。
そして、研究室の奥でひとつの映像が自動的に再生された。
ジジッ──
映像がわずかに乱れ、やがて、一人の男の姿が浮かび上がる。
白衣の襟はくたびれ、頬は少しこけていた。
だが、その眼差しは、まっすぐにこちらを見ていた。
『……セリオは、私の大切な弟子だった』
低く、穏やかな声。
その名は、リアの未来の鍵を握る存在。
『誰よりもまっすぐで、誰よりも、世界を良くしたいと願っていた……』
言い終えたあと、ほんの少し彼の唇が震える。
サンティスは視線を伏せ、呼吸を整えるように一度だけ目を閉じた。
『……けれど、戦争が、彼を変えてしまったんだ。冷戦時代の前、戦火の中で、彼は全てを失った。家族も、故郷も何もかも……』
わずかに噛むように、その言葉を吐き出す。
『それでも彼にのしかかる国の期待……。正義の名の下で散ってゆく数々の犠牲……。いつしか彼は、何かを守るためには、何かを壊すしかないと思い込んでしまった』
サンティスは言葉を切り、長く息を吐いた。
カメラの向こうで、目を閉じてしばらく黙りこむ。
『……彼は今も、苦しんでいるだろう。正しさとは何か。何が救いだったのか。……答えを見失ったまま、ただ、その強い光を……ルクシミウムの力を、信じようとしている』
サンティスの言葉は、静かに、だが確かな重みを持って響く。
『リア……君がルクシミウムによって命を繋いだ時、私は思ったのだ。どうか、君が彼の、世界の光になってくれたらと──そう願ってしまった……』
リアは、ただ映像を見つめていた。
『……でも、選ぶのは君だ。使命でも、力でもない。君が、どう生きたいのか』
そこには、どこか苦しげな、弱い笑みが浮かんでいた。
『……すまないな……。私の命はもう短い……その手助けをしたかった。自分の足で歩いてゆく君を、隣で見守っていたかった……』
目尻に、光が滲んだ気がした。
『セリオは賢い子だ……世界に平和を……そのためには私のことも……殺すだろう』
「……っ!!」
リアは口を押さえた。
胸に痛みのような熱が灯る。
サンティスは、ゆっくりと息を吸い込んで、柔らかく笑った。
『可愛い弟子になら、本望だよ……。ただ、リア、君にルクシミウムの希望を、全て託してこの世を去るのは、心残りだ……』
目の奥は揺らいでいた。
けれど、それでも彼は続ける。
『リア……全てを託してしまって、本当にすまない。でも、君はひとりの人間だ。君には意思がある。どう生きるのか、それは君自身が決めることだ』
ゆっくりと、サンティスは前を見据えた。
『私は……君に“心”を与えたかった。感情がなければ、人を守ることはできないと信じたから』
リアは唇の端を噛んだ。
立っているのがやっとだった。
『君がもし、自分を“兵器”だと思ったなら、それは私の罪だ。……だが、どうか忘れないでほしい。君は、人々に希望を与える存在として生まれ変わった』
サンティスは、最後にまっすぐにリアを見つめて言った。
『希望になれ、リア』
映像は、ふっと消える。
再び部屋に静けさが戻る。
リアの頬を涙が伝う。
芽生えた感情は何も声にできず、嗚咽が漏れる。
それでも容赦なく胸のあたりは青く、光る。
リアは涙を拭い、ゆっくりと立ち上がる。
胸の奥で光る、ルクシミウムの脈動を感じながら。
「……未来を選ぶのは、わたしなんだ」
──そう呟いたとき、リアの脳裏に浮かんだのは、
あの聖なる夜、星空の下で彼が言った言葉だった。
『記憶や思い出は誰にも奪われるものじゃない。リアの大切なものだ』
胸の奥がきゅっとした。
「私の、大切な記憶……」
彼女の中で、何かが確かに揺れ始めていた。
それは希望か。
それとも絶望か。
それでも。
胸の奥に灯った光だけは、確かに彼女のものだった。




