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第46話 記録に光が宿るとき


ノアレの朝は、ひどく静かだった。


三年前まで人々の声が響いていたこの町には、

いまはもう風の音しか残っていない。


山々の陰に閉ざされたここは、

まるで世界から切り離されたように、

まだ夜の名残を引きずっていた。



この研究所に来て数日が経っていた。


膨大な記録は、手書きのノートもあれば、映像のファイルもあった。

しかし、決して状態がいいとは言えないものも多く、いまだリア自身の確信に迫る記録には辿り着けていなかった。



リアはまたひとつ、青色の実験ノートを手にとる。

ページの隅に煤けた跡があったが、文字ははっきりと残っていた。


《研究記録 No.1924|ルクシミウム - 第一次構成理論》


リアは古びたノートのページを、慎重にめくっていた。

紙の質感はざらついていたが、インクのにじみには、どこかあたたかを感じた。


ページには、繊細な数式とともに、彼の走り書きが記されていた。



《ルクシミウムとは、未知の“反応性物質”である。極めて高密度のエネルギーを内包し、熱・光・電磁波・振動などの複合的な刺激によって臨界に達し、爆発的な出力を発する。通常の物質とは異なり、制御には非物理的アプローチが不可欠である。》


続く文章を読んで、リアは、息を飲んだ。


《ルクシミウムの結晶核──ルクシミウム・コア》


《自己増殖的な共振構造を持つ小型反応炉。内部はらせん状の階層構造を持ち、外部からの刺激に反応して、力の開放あるいは遮断が可能。この膨大な力は、生命の根源にもなりうると考え、実験段階ではあったが、コアを“生体”に組み込んだ。》



──生体に、組み込む……?



リアは、無意識に自分の胸に手を当てた。

そこには、時折、かすかな疼きとともに、脈打つような感覚があった。


《コアは、生命を維持するほどのエネルギーを持っていた。まるで我々の心臓と同じように。コアの力は、戦争で失われていく尊い命を救えるかもしれない。》




《それは、世界を変える光となりうる。》




ページの最後には、にじんだ文字で、こう書かれていた。



《あるいは、全てを破壊する“終わり”の火となるだろう。だが、私はまだ、信じたい。この光が、人を救うために使われる未来を。そのために、彼女を救いたかったのだ。》



リアの指が止まった。



《彼女が笑うたび、私はこの選択が正しかったのだと信じたくなる。》



「……彼女って……」


視線がふと、ページの脇にある落書きのようなスケッチに向いた。


人間のシルエット。


胸の中心に、螺旋の絵が描かれていた。

そのスケッチをそっと指でなぞる。

ノートはそこで終わっていた。




“ルクシミウム・コア”



その言葉を探すために目の前の端末に手をかざす。

まだ開いていなかったファイルを順番に目で追っていく。


そこには、ひとつだけ、空白のファイル名のものがあった。

まるで誰かが、意図的に名前を隠したように、ぽっかりと。


リアは躊躇いながらも、指先を伸ばし、ファイルを開く。

しかし、開いた画面は真っ白だった。


ファイルが壊れているのか。

……それとも、鍵がかかっているのか。



リアは無意識にそっと真っ白の画面に手のひらをかざした。


画面が青白く光り、音もなく静かに切り替わる。




ざらついた映像がゆっくりと再生された。


研究所の中、白衣を着たサンティスが、机に手をつき、何かを見つめるように話していた。

その瞳は、映像越しでもわかるほど疲れていた。


『……これは、ルクシミウム・コアに関する重要な補足記録だ。今後、これを扱う者が現れるなら──いや、“彼女”のために残す』


彼は、手元のノートをめくりながら、ゆっくりと語りはじめた。


『ルクシミウム・コアは、ただの反応炉ではない。人間の内面……つまり感情や記憶といった、人間の根幹にある不確かで制御不能な要素と反応する。』



リアの目が見開かれた。



「……感情や記憶……?」



映像の中のサンティスは、何かを思い出すように、静かに息を吐いて続けた。


『感情が揺れたとき、コアの出力もまた変化する。喜びや悲しみ、怒り、恐れ。そういった揺らぎが、コアの振動を高め、光や熱などのエネルギーに変換される……。例えば、嬉しい時には瞳の中で金色の光を放つのだ。記憶や感情が充填されると、コアは臨界値に達し、記憶や感情を消費してルクシミウムの莫大なエネルギーを発する。つまり、扱う者の心そのものが、コアの“スイッチ”となってしまう』


サンティスはしばらく黙り込み、やがて、ノートの一節を読み上げるように言った。


『心が灯れば、コアもまた灯る。これは比喩ではない。逆に言えば、心が閉ざされている状態では、コアは眠ったままなのだ。それは、制御するには不安定すぎる装置である。だが……』


彼はふと視線を上げ、まるで、未来のリアを見つめるように言葉を続けた。


『だからこそ私は、人に託した。装置や機械ではなく、命を持つひとりの存在に。彼女が“人の心”を取り戻したとき、その力はきっと、破壊ではなく希望に変わると……そう信じた』


リアは、静かに息を呑んだ。

自分の中にある“何か”が、ずっと疼いていた理由が、

今、ようやくわかった気がした。



「わたしの中に……光がある……?」



リアは思わず、自分の胸に手を当てる。

そこには確かに、脈打つような何かがある。


鼓動の奥で、静かに眠っている“光”

──それは、記憶や感情に反応し、共鳴する。



そのとき、映像のサンティスが、最後に小さくつぶやいた。


『未来は、選べる。希望になるか、破壊になるかは……その手に委ねられている』



映像が、ふっと消えた。

部屋の中に、再び静寂が戻る。


だが、リアの胸の内には、確かに何かが目を覚ましかけていた。



それは、人の心を取り戻した少女の中で灯る光か。




それとも、兵器か。




ただひとつ、確かに言えるのは、

この光は、彼女の中で生まれ、育ち、

いまようやく“意味”を探し始めたということ。



──自分が、なぜ生かされているのか。


──なぜ感情というものを、取り戻すことができたのか。




リアは、自分が歩んだ確かな時間をしっかりと胸に刻んでいた。




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