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第45話 沈黙の故郷



かつて、そこには人々の声があった。

朝の鐘、商人の声、子どもたちの駆ける足音。


それが今は、何もない。


どこかで草木が揺れ、ひっそりと瓦礫を包み込んでいた。


イファは乾いた土を踏みしめながら、アルメリアの町へと足を踏み入れた。


崩れかけた建物は錆びつき、蔦の絡まった家々はひっそりと影を落とす。

雑草は無秩序に伸び、人の過去の暮らしをまるごと飲み込もうとしていた。



「……アルメリアが……こんなことに……」


呟いた声は、すぐに風にさらわれて消えた。





町の中心部へと向かうと、かつて友人と通った学校があった。

ドアは外れ、窓ガラスはひび割れ、机や椅子は埃まみれだった。


それでも、ふと目に留まったのは、掲示板に貼られたポスター。


ここの校庭で行われる年に一回のお祭り。

三年前の日付は、ひどく遠く感じられた。


あれは、アルメリアを去る事になった年の春。


父が「今年は、ちゃんと一緒に行けるぞ」と笑って言っていたのを思い出す。

結局その約束は、果たされなかった。


イファは母校を後にして、ゆっくりと街の広場へと進む。

イファが住んでいた頃、そこには噴水があり、子どもたちが集まっていた。


今は、水の代わりに砂が吹き溜まり、石造りの台座だけが残されている。



あのとき、世界はまだ明るかった。


未来を、疑うこともなかった。


毎日過ぎていく日々が当たり前で、弱さも痛みも知らなかった。




さらに少し歩いて、イファはかつて暮らしていた家を訪れることにした。

今だからこそ、向き合わなければいけない。


自分の力では、何も守れなかった、あの時を。




学校から家へ帰る通学路。

何度も通った道なのに、今はもうすっかり色を失っていた。


そのことがひどく、イファの胸を締め付ける。

足は僅かに震えていた。



赤い屋根は崩れ、壁も半分以上が倒れていた。

それでも、門から玄関までの小道には、幼い頃に踏みしめた記憶の感触が残っていた。



「……ここ、だったな」


幼い頃、雨が降るたびに父と母と並んで過ごした部屋。

古びた机に並ぶ、母が焼いてくれた甘いパン。

この町を守るんだ、と笑って言った父の背中。


イファは目を伏せ、拳を強く握る。


「……俺たちは……ずっとこの町で生きてたのに」


町は静かだった。


音も、匂いも、人の気配も、何ひとつ残っていなかった。

すべてが、風にさらわれて、ただ朽ちていく。



この町で生きていた自分は、家族や友達と精一杯の時間を過ごしていた。


希望に満ちていた。




でも、あの日から、全てが変わった。



ノアレの事故の日、肌にまとわりつくような風が吹き、違和感を覚えていた。

学校から帰ると、いつも家でおかえりと迎えてくれる母がいなかった。


数時間後、両目を手で覆った母は、見たこともないほどに取り乱していた。

その数日後に帰ってきた父は、転勤が決まったと苦い顔で言い、すぐにノースフィアへと家族で移住した。


帰ってこられるはずだった家には、全てを残していた。



ノースフィアに着いた頃、アルメリアの事実を知った。

もう、二度と戻れないかもしれない、と。


土壌や水は汚れ、危険な街だと連日騒ぎになっていた。

アルメリアから来た者というだけで、差別にもあった。


最初は、アルメリアに残っていた人もいたという。

でも、国から切り捨てられた町では、誰一人、生きていけなかったのだろう。

徐々に人々は街から離れ、いつの日か自分の故郷は「見捨てられた街」と呼ばれるようになった。


あの日から、母の目は光を失い、ノースフィアに移住した数ヶ月後、父は事故で死んだ。

イファはその空白を埋めるように、自分の中に“何か”をしまい込んで生きてきた。



「……だからって、俺は、ずっと失ったままでいていいのか……?」


声が、震えていた。

何年も心の奥に閉じ込めていた想いが、ぽつりと零れ落ちる。


「……全部、あの日に壊されたんだ。家族も、町も、未来も。それなのに、ただ黙って、目を背けたままでいいのかよ……っ」


そのとき、リアの顔が浮かんだ。


星灯籠の日、

リアと見上げた満天の星空、

水面に映る星々の光、

手を伸ばせば届きそうだった、あたたかい日々……。


真っ直ぐな瑠璃色の瞳で、自分を見てくれた彼女の姿。


「リア……」


イファは歩き出した。

町の外れに続いている道へと足を向ける。

そこには、ノアレへと続く古い道があるはずだった。


「……リア、待ってて。今行くから」


彼女が笑っていた日々を、ただの“記憶”にしたくない。


誰にも利用されず、誰にも奪わせない。

彼の中に残る、静かで確かな灯火が、再びゆっくりと燃え上がっていく。

草を踏みしめ、風の中を歩き出す。


かつて暮らした町の沈黙を背にして、イファは先に進んだ。


その胸には、誰かのために戦うという確かな想いが宿っていた。



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