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第44話 祈りの記録


この場所は、長い眠りの中にあった。



ノアレの地下に広がる、静まり返った研究施設。

シェルハイム研究所。


かつてこの研究所は、サンティスがノアレでの事故後、

自らの手で築いたものだとセリオから聞いた。



リアは、研究室の棚に並ぶデータに指先を沿わせる。

脳裏の奥底で、記憶に手を伸ばそうとしては霧の中へと消えていく。


「……思い…出さなきゃ……」


ぼんやりと呟いたその声が、ひどく遠くに響いた気がした。


この空間は、まだ時間が止まっている。


サンティスが託した想いも、封じられた記録も、

誰にも知られることなく今まで眠っていたのだ。




ふと、部屋の奥にあった小さな卓上端末に、微かな灯がともっていることに気づいた。

近づいて見てみると、ところどころが少し錆びていて、この研究所が長い間眠っていたことを感じさせた。


リアはそっと手を伸ばし、表面に触れる。

カチ、と微かな機械音と共にふわりと柔らかな光が広がった。


『記録データ再生を開始します』


合成音声がそう告げたあと、スクリーンに映し出されたのは、一人の男の姿だった。


「……サンティス……さん……」


リアが呟く。


白衣の裾を無造作にまとめ、寝不足の目元にうっすらとクマを残したまま、少し虚ろな眼差しをこちらに向けていた。


『この記録は、自分の気持ちを整理するために撮っている……もう、わからないんだ……何が正しいのか……』


彼の苦しそうな表情は、リアの顔も歪ませた。


『あの事故は必然だった……。実験を、止められなかった。私の研究は、多くの人の命を奪った。……私は、自分の研究が、あれほどの破壊をもたらすとは思っていなかった。甘かったんだ……。いや、わかっていたのかもしれない……きっと大丈夫だろうと、都合のいい希望にすがった』


画面の中で、サンティスは椅子に座り、視線を落とした。

彼の声は揺れていた。


『ノアレの光景は、私の心に焼きついている。焼かれた町。音の消えた世界。そして、あの光の中で──まだ微かに息をしていた、君を見つけた』


少しだけ、言葉が詰まる。


『私は、神になりたかったわけじゃない。ただ、知りたかった。作りたかった。戦争を終わらせる兵器じゃなく、人々の生活を照らす光を』


サンティスの顔がぐにゃりと歪む。


『だから私は、事故の後、ノアレの地下にこの場所を作った。ここは、兵器のための施設じゃない。ルクシミウムが“人を傷つけない形”で使える未来を探る場所だ。ここが、ルクシミウムの新しい出発点になるように、と』


ここは、戦争の加速と、ルクシミウムの軍事利用が進む中で、

彼が最後にたどり着いた“反戦の砦”だった。



武器を作るためではなく、命を救うために。



ルクシミウムの、別の可能性を信じた彼の全てだったのだ。



映像の中のサンティスの視線は落ち、大きく息を吐くと、

再びぽつり、ぽつりと話し始めた。


『……ノアレの事故は、あの町だけを傷つけたわけじゃなかった。 ……風が、吹いていた。事故の起きた日、南から強い熱風が。そしてそれに乗って、ルクシミウムの粒子が舞い上がった。目には見えないほど微細な塵が、谷を渡り、山を越えて……北の平野に降り積もった。……アルメリアだ』


リアははっとした。イファやマリナの故郷だ。


『あの大きな町は、ノアレの北に広がる山間に位置する町だ。山が、爆発や熱、衝撃波から人々を守ってくれた。けれど、風と土と水……人の暮らしを支えていたすべてのものが、静かに、確実に、蝕まれていった』


リアは声も出せずに、ただその言葉を受け止めていた。


『ノアレとアルメリアは、山の裾野を這う同じ地下水脈でつながっていた。その水脈を通して、汚染はアルメリアの井戸へも、用水路へも届いた。やがて土は汚れ、作物も食べられず、人々の生活は壊れていった』


サンティスの痛みをはらんだ声は、ゆっくりとリアの元へと届いていく。


『除染も、再建も、追いつかなかった。いや……国が早々に見切りをつけたんだ。再建にかける費用などないと。そして、アルメリアの人々は、大切な故郷を、去ることになった……』


虚な目は、色を宿すことなく、自分の罪と向き合う重さを物語っていた。


『そして、その時、私の元に、ある軍人が密かに連絡をくれた。彼は、ルクシミウムの実験に関わっていた実直な男だった。軍の判断に疑問を持ち、ノアレの、そしてアルメリアの真実を探ろうとしていた……』


サンティスはそこで、言葉を切る。

少しだけ苦しげに目を伏せる。



『だが彼は、事故に遭い、命を落とした。その死は、今もなお、正しく世に知らされることはない』


リアの心に、また一つ名前がよぎる。



──レオ・エルネス。


イファの父。

正義を貫こうとした、ひとりの軍人。


サンティスの声が、低く、深く響く。



『……私は、何をしてしまったのだろう。この手で、人の暮らしを、未来を壊してしまった。……知りたかっただけなんだ。ルクシミウムを。そしてその美しい光を信じたかった』


この記録は、サンティスの悔恨と、そして祈りだった。

画面の中の彼は、最後に言った。


『私がいなくなった世界で、それでも願う。この光が、今度こそ誰かを照らすものであってほしいと。どうか、私の過ちが……君の手で、終わりにされることを』



映像が消えた。


再び闇に包まれた研究室の中で、リアはしばらく動けずにいた。

そして、静かに目を閉じた。



耳に残るのは、サンティスの祈りのような声と、自分の胸で鳴る鼓動だけだった。



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