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第43話 続く道


ノースフィアの朝は、ひんやりとして、どこか澄んでいた。

草木の葉先には夜露が残り、町の屋根の向こうから、やわらかな陽光がゆっくりと顔を覗かせていく。



イファは、旅支度を整えた荷物を背負い、家の前で小さく深呼吸をひとつした。


重くはないのに、胸の奥にはずっしりとした何かのしかかっていた。


それは責任であり、

そして、想いでもあった。



マリナがそっと彼の隣に立ち、微笑む。

その顔には、寂しさと同時に、信頼と誇りがにじんでいた。


「本当に、大きく、頼もしくなったわね……イファ。あなたならきっと、乗り越えられるわ。あの子を、どうか支えてあげて」


イファは言葉にならない想いをぐっと飲み込み、まっすぐ母を見つめた。


「……ありがとう、母さん。いってきます」


そのとき、母の手が背中に触れた。

その温もりが、すべてを語っていた。


寂しさも、

不安も、

願いも


──ぜんぶ。


イファは、ゆっくりと歩き出した。


朝靄の残る道を一歩ずつ。


もう、振り返らない。

そう心に決めて。






町の外れ、見慣れた森の手前で、カイが待っていた。


朝日を背に、腕を組み、いつものように陽気に眉を上げる。



「……よう。お前が一人で行っちまうのは、やっぱり少し寂しいな」


カイは、「俺が言ったのにな」と笑ってみせた。


「カイさん……警備隊のこと、本当にありがとうございます」


イファは深々と頭を下げた。

その動きに、言葉では言い尽くせない感謝がこもっている。


カイは小さく息を吐き、ふっと笑う。


「まぁ、イファ一人いなくたって警備隊は回るさ。町のほうは任せとけ」


イファは思わず小さく笑った。


「……帰ってきたときには、また叱ってください。俺、どうせまた何かやらかしてると思うんで」


「バカだな……」


カイはふぅとため息をついて続けた。


「お前にしか守れないものがある……イファ、頼んだぞ」


イファは喉の奥に熱くなるものを感じながら、かすれた声で「はい」と返事をした。


そして「行ってきます」と声をかけようとした、そのときだった。



「イファぁぁっ!」



遠くから全力で走ってくる音。


振り返ると、ミナが小さな肩を揺らして駆けてくる。

その目には、あふれそうな涙があった。


「ミナ……」


「リアを! 探しにいくって……聞いたわ……! あの子、ひどいんだから……私に……何も言わずに……!」


言葉が追いつかないように、ミナは必死に息を吸い込む。

イファは言葉に詰まって、ただ立ち尽くしていた。


ミナはごくりと唾を飲み込むと、震える手をイファに差し出して言った。


「リアに渡して……。私、リアと友達になれて、本当によかったって……伝えて」


「これ……」


イファは驚きながらも、ミナの手に握られていたものを手に取る。


「リアが、前に言ってたわ。イファからもらったんだって」


それは、真っ白なアネモネの押し花で作られた綺麗なしおりだった。

ミナがイファの深緑の瞳を見つめて言う。


「一緒に花言葉を調べたの。希望って意味をね。でも、白いアネモネには、“真実”って意味もあるの……。あの子が真実と向き合ってもなお、希望を捨てないでいられるように……。お願い。イファ……リアを、助けて……」


胸が締め付けられる。



その花は、白くて凛と咲いていて、


リアにぴったりだと思って選んだ。



リアは、たしかにこの町で、一緒に時を刻んでいた。



そして、紛れもなく、イファの希望になっていった。


イファはしおりを両手で受け取り、そっと胸にしまう。


「……わかった。絶対に、届けるよ」


ミナは涙をぬぐい、笑おうとするけれど、顔がくしゃくしゃにゆがんでいた。


「……イファも、気をつけてね。無事に、帰ってきて……」


「うん。必ず、ふたりで帰ってくる」


その言葉に、ミナはぎゅっと口を結んでうなずいた。

カイは、遠くの空を見つめたまま、ぽつりとつぶやく。


「……お前にばっかり背負わせてしまって、すまない」


イファは首を振り、その背中に、静かに答える。




「俺が、守りたいんです」




三年前の自分は、母親も父親も守れなかった。


でも、今の自分には守りたいものがある。

そして、これ以上、失いたくないものがある。


自分のためだけじゃない。

誰かのために歩く今なら。


今度こそ、かならず。




拳を握りしめたイファは、最後に、もう一度だけ二人の顔を見て、小さく頭を下げた。

そして、まっすぐに、森へ向かって踏み出した。



空はどこまでも高く、澄み渡っていた。

風が草を揺らし、陽の光が彼の背中を照らす。



リアが待つ場所は、遥か遠く。


けれど、彼の足にはもう迷いはなかった。

歩き出すたびに、ノアレへと続く道が、ゆっくりと姿を現していく気がした。



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