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第42話 誰かの正解


セリオは一人、リアのいる研究室の隣にある部屋を訪れていた。


そこは、研究所の管理室で、サンティスが生活していた部屋だった。



扉を開けると、埃の匂いと古い空気が流れ出した。

セリオは視線を落とす。

床には、黒ずみが滲んでいた。


忘れられたように残されたそれは、ただ静かに、過去を物語っていた。


彼は迷うことなく、モニターが多く並ぶ操作台へと向かった。


そして、その奥へ手を伸ばす。

埃をかぶった端末のカバーを外し、静かにスイッチを入れる。



「目を覚ませ……まだ、終わりじゃない」



光を放ったモニターは、唸るような音を立て、かすかに明るくなった。

かつてここにあった全ての記録が、ゆっくりと浮かびあがる。


「……やはり、残っていたな」


《起動ログ復元中……》


《ルクシミウム・コア臨界条件観察》


《記録データ:ルクシミウム応用開発/被験体Ria/倫理観察記録》


「サンティス、最後まで隠すつもりだったか……甘いな」


淡々とした声には、目的を果たす意志だけが宿っていた。


ホログラムが浮かび上がり、かつての映像が映し出される。



そこにいたのは、リアだった。

彼女の胸元が青白く発光し、研究室が一瞬で光に包まれた。


再び映った彼女は涙を流していた。


「感情を殺して制御すればいいものを……」


ぽつりとこぼれた言葉は、そっと消えていく。


画面が揺れて、サンティスが映る。



『私は、ルクシミウム・コアの莫大な力を使ってノアレで生き残っていたこの少女を救うことができた。名前は、リアだ。こんな状況でも、希望を捨てないで、人間として生きてほしい……』


映像の中のサンティスは、そっと目を伏せた。


『……まだ、私の研究は完成していなかった……この少女、リアは、大きな代償を払うことになってしまった……。それでも、わたしは、償いたかった……。この光は、私たちの生活を豊かにしてくれる。そう信じたかったんだ……』


映像を見たセリオは、眉根を寄せ、大きなため息を漏らした。

もう聞こえるはずのない声が脳裏をよぎる。



──正しさは、力で証明するものじゃない。

セリオ……お前も、いつか、その呪縛から自由になれる時が来るだろう──



あのとき、サンティスは確かにそう言った。

セリオは、奥歯をぐっと噛み締めて記憶に抗うように呟く。



「サンティス……お前は間違っている。この力で、必ず平和を勝ち取る」



彼は映像を停止し、記録ファイルを切り替える。


次に現れたのは、事故直前の会議ログ。

軍の人々や政府の関係者が大勢集まる中、サンティスが、冷却系統の危険性を警告する映像だった。


『非常弁は、設計上の誤差がある。このままでは、逆流の危険がある。ルクシミウムの実験は必要なのは確かだが、まだ研究が必要だ。今実験を行えば、水脈への影響は未知数であり、町が丸ごと消える可能性がある』


「知っていて止められなかった。それがお前の限界だったんだ」



セリオは通信端末を取り出し、軍の暗号回線を起動した。



「こちらヴァイス。ノアレにあるシェルハイム研究所内にて、被験体のデータの回収を完了。残すはコアへのアクセス方法のみ。研究データの復元率は約七割。プロジェクトは予定通り進行中」


通信を切ると、セリオは棚に並ぶ大量のノートの一冊を手に取った。

彼は椅子に静かに腰を沈め、封印された時間を手繰るように記録をめくった。



ふと、その一ページに目が止まる。



『リアには、意思がある。ルクシミウムは希望だ。命を奪う光ではなく、命を救う光となるはずだ』


「意思……?」


微かな間を置いたあと、セリオは小さく鼻で笑った。



「そんなもの、幻想にすぎない。……あれは人間ではない。兵器だ。そして圧倒的な力こそが戦争を終わらせる。それが唯一の正解なんだ」


目を伏せ、独り言のように続ける。


「この世界はそういう世界だ。誰かが“正しさ”を名乗って、他者に犠牲を強いる──お前も、俺も、そうだった」



火の中の戦場。

焼け落ちた村。


家族を失ったある少年の瞳。



「現実を変えるのは理想じゃない」



低く落ち着いた声。

それは、かつて理想に憧れた自分への決別でもあった。



──目指すのは完璧な兵器。


──この光を、二度と無駄にしないために。 



彼はそう呟き、再び歩き出す。

足音が、廃墟の静けさの中で反響する。



かつて信じた正義は、今も彼の中にある。


ただ、それは、気付かぬうちにゆっくりと侵されていた。




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