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第40話 君のいない朝


朝が、ひっそりと始まった。

リアがいなくなって数日が経った。


窓の外には、いつもと変わらない青空。

朝の陽の光、鳥の声、パンの焼ける匂い。



けれど、イファの胸の奥には、何かがぽっかりと抜け落ちたままだった。



制服のボタンに指をかけたまま、イファは動けなくなる。

喉元のあたりが、かすかに熱を帯びていた。


「……何やってんだ、俺……」


ぼつりと落ちた言葉は、小さく空気に溶けていった。


思い出すのは、あの夜のこと。

振り返ったリアに手を伸ばしたが、手の内にとどまることなく消えてしまった。


──あれが、別れだったのかもしれない。


いや、リアは自分の意思で行ったんだ。きっと自分の過去を知ったら帰ってくる。


そう、信じて待つことにした。

そう、信じたかった。


でも。

──いつまで、俺は、ここで待つんだ……?



その問いの答えを見つけられないまま、今日も詰所へと足を向けた。




リアがいなくなったあと、軍はすぐにノースフィアの町から手を引いた。

不気味なくらい、あっけなく。


町は、リアを心配する声よりも、自分たちの暮らしが守られたことに安堵する声が大多数だった。

みんなわかっているはずなのに、町の誰もが口にしない。


リアがいた日々が幻だったかのように、

変わらない日常が淡々と過ぎていく。



広場の前を通りかかると、リゼットが手を振った。


「イファ、これ。ごはん、ちゃんと食べてる?」


パンの包みを差し出すその手は、少しだけ震えていた。


「……ありがとう」


「……また顔、見せに来てね」


笑顔は変わらなかった。

けれど、言葉の奥に、何かがにじんでいた。


一度、目を伏せたリゼットは、イファに向き直り、笑顔で言う。


「……きっと、もうすぐ帰ってくるよ! ……ね?」


胸がぎゅっと痛んだ。

イファは唇を噛んで、その痛みを誤魔化した。



詰所に着くと、カイは真面目な顔で地図と向き合っていた。

イファが挨拶するより先に、カイがイファへ問う。


「なぁ、イファ。最後にもう一度だけ聞く」


カイの声は低く、詰所に響く。


「リアちゃんのところへ、行くか?」


イファは、すぐに答えられなかった。

ただ黙って、カイの目を見つめ返す。


リアがいなくなった夜、マリナから聞かされた彼女の決意。

自分の足でノアレへ向かったリアを、連れ戻すことなど、できなかった。


「……母さんもいるし、それに警備隊の仕事も……まだ町に何が起こるかわからないのに、ほっぽり出せません」


「理由をつけて、お前は納得できんのか?」


イファは唇を噛んだ。

カイが強い眼差しで続ける。


「必ず守れって言っただろ?」


「……っ」


「リアちゃんの行き先、お前ならわかるはずだ。イファ、覚悟を決めろ」


わかっている。

今すぐにでも駆け出したい。

全てを放り投げて、彼女の元へ。


でも、わからなかった。

それが正しい道なのか。

求められていることなのか。


「イファ、後悔しない道を選べ」


リアが崩れそうな時、

その隣にいるのは

自分でありたい。


喜びも痛みも、

その全てを一緒に受け止めたい。


「きっと今ならまだ間に合う。最後のチャンスだ。今度こそ、イファ、お前の手で守ってやれ」


だって、リアは──


「はいっ!!」


イファは、胸の奥から声を張り上げた。


「必ず、俺が守ります!!」



その返事を聞くと、カイは大きく息を吐き、

そして、ようやく笑った。


「よし。それでこそ、俺の部下だ」


肩をすくめて、いつもの調子に戻る。


「こっちは任せとけ。な? 頼れる上司がいるだろ?」


喉の奥が、じんと熱くなった。

背中を預けられる場所が、ここにある。

そう思えたことが、何より心強かった。




夕暮れ、仕事が終わって家に戻ると、マリナは静かに編み物をしていた。

その手元で、ゆっくり毛糸が紡がれていく。


「母さん……」


イファが声をかけると、マリナは手を止め、そっと顔を上げた。


「……行くのね、イファ」


「……ずっと迷ってた。母さんを置いて、行ってもいいのか。父さんや母さんの自由も奪った場所に、俺が行くのは……」


「もう、守られるだけのあなたじゃないわ。あの日のリアもそうだった。いつの間にか、こんなにも強くなっていたのね」


マリナは遠くを見つめるように声を落とす。


「レオは命を懸けてあなたと私を守ってくれた。だからきっと……私たちがリアと出会えたことは、意味のあることだと思うの」


少しの沈黙のあと、マリナは続けた。


「レオが守りたかったもの……今度はあなたが、大切なものを、守ってあげて」


母の言葉に、イファの胸の奥で何かが揺れた。


「リアはきっとひとりでは抱えきれないものを背負っているわ。それでも目を背けずに、向き合おうとしてる」


イファはマリナの隣に腰を下ろした。


「これ、あなたとリアの分よ。おまもり。あの子に渡してあげて。ふたりで、ちゃんと持って、帰ってこれるように……」


イファは毛糸でできたお守りを2つ、受け取った。

それは、ほのかに温かかった。


「リアは、イファのこと……まっすぐ、見てたわ。あの子の隣に、いてあげなさい」


母の手が肩に触れたとき、すべてが伝わってきた気がした。




その夜、イファは机に地図を広げた。


ノアレまでの道は、遠く、簡単なものではなかった。

けれど、気持ちはもう、そこに向かっていた。



リアを守りたい。

今度こそ、何も失わないように。



「……リアをひとりにはしない」


それが、今のイファのすべてだった。

胸の奥で、小さな決意が確かに宿っていた。



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