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第38話 真実への一歩


風の音さえ、遠い場所。



乾いた地面に足を下ろした瞬間、世界が止まったような感覚に陥る。



ノアレ──思い出せない自分の故郷。



リアは一歩ずつ、かつて暮らしていた町の廃墟へと足を踏み入れていった。


瓦礫と化した建物の影、

ねじれた鉄骨、

黒く焦げた街灯。


目に映るものすべてが、過去の断片を突きつけてくるのに、

リアの記憶は沈黙を貫いていた。



──ここで私は……生きていた?



胸の奥がひどく冷たくなった。


知らなかった。

思い出せないことが、こんなにも痛いものだと。



「……静か……何も、ない……」


そう呟いた自分の声すら、町に吸い込まれていく。


立ち尽くすリアの後ろから足音がする。

振り返ると、セリオがゆっくりと歩いてきて、相変わらず淡々とした口調で言う。



「ルクシミウムは全てを飲み込んだんだ。今のノアレは、ただ風が吹くだけ」



リアは黙ってうなずいた。

ただ、ここに立っているだけで精一杯だった。





しばらく無言で町を歩いた。

噴水や水路、風車は影となり、ひしゃげた鉄骨が空を仰ぐ。


セリオは何も言わず、静かにリアを先導する。


やがて、ひときわ崩れた建物の前で足が止まった。


「この家の瓦礫の中で、君は瀕死の状態で見つかったそうだ」


セリオの言葉を聞いても、リアは返事をしなかった。

いや、できなかった。


それが、かつて自分が暮らしていた家だったのか、

たまたまそこにいたのかさえわからない。


それでも、たしかに喉の奥が熱くなるような気がした。


ふと、瓦礫の下で咲く白い花に目をとめた。




──アネモネ




その花に込められた花言葉を思い出す。


名前のないぬくもりが、たしかに心を照らしてくれた。



「君は、ここで、自分の過去と向き合い、選びに来た」



セリオの声が背後から響く。

リアは小さく頷くと、指先でそっと花びらを撫でた。


「……来なさい。地下へ通じる道は、ここからだ」


セリオが指差したのは、崩れた民家の地下にぽっかり開いた暗い入り口だった。

覗き込むと、そこはまるで、時の止まった空間のような不気味さがあった。


「ここに、何が……?」


「研究所だよ。……本当はもう一つ入り口があったんだ。今は、この裏口しか残っていない」


セリオは足を踏み入れた。

リアも後を追う。


階段は長く、冷たい空気が徐々に肌を刺していく。


そして、一番下に降りた時、リアは息を呑んだ。



目の前に現れた扉には、取っ手も、鍵穴もなかった。

壁にしか見えない重そうな扉は、一ミリの隙間もなく、立ちはだかっている。


セリオは、ごくりと唾を飲み込むと、

「……開けられるのは、君だけだ」と言った。


そして、静かにリアの方を振り返る。


「君の存在が、この扉を開く鍵になっている。君の体には、“ここに帰る”ための刻印が残っているはずだ」


リアは思わず胸に手を当てる。

そこには、淡く光を宿す何かがあった。


「……私が?」


セリオは軽くうなずいた。


「サンティスは、君がここへ戻ってきたとき、扉が開くよう設計した。君以外、この世界の誰にも、開けることはできない」


リアは静かに、扉の前に立つ。

胸のあたりが、ひとつ強く脈打つ。

指先が、無意識に扉へと伸びていく。


ほんの少し、触れた、その瞬間。


扉全体が、ほのかに青白い光を帯びた。

リアの胸の奥でも、微かに温かい感覚があった。



やがて、無音のまま、扉はゆっくりと左右に開いていく。


目の前に現れたのは、薄暗い研究所の廊下だった。

だがリアの耳には、どこかで聞いたような声が、そっと響いた気がした。




──私は……君の命を繋いだ──




記憶なのか、幻なのか。



リアはその場で立ち尽くす。

目には映らずとも、心が揺れた。


後ろでセリオが、微笑みを湛えて言う。


「おかえり、リア。シェルハイム研究所へ。ここには、彼の研究のすべてが詰まっている。君の過去も、そして、君の選択の答えも」



リアは、一歩、扉の中へと足を踏み入れた。


自分の中の何かが、真実を求めるように。



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