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第37話 灯が消えるとき

「隊長!報告です!」


夜間巡回を担当していた警備隊員からの無線だった。

その音は、張り詰めた空気の詰所に響く。


「正規軍の紋章をつけた男たちが、民家を一軒ずつ回っています! 聞き込みのようですが、武装も確認。かなり張り詰めた様子です!」


町の各地で、見慣れぬ影が動き出していた。


「……軍からの町への正式な通達は一切ない。こんな夜中に、手続きをすっ飛ばして動くなんて──よほどの緊急事態か、それとも……」


カイは地図に視線を落としながら、低く呟いた。


「……表に出せない目的があるとしか思えねぇな」


静かに息を吐き、すぐさま無線に向き直る。


「各班に伝達。至急、警備に回れ。周辺住民の安全確保を最優先とする。接触は慎重に。相手は軍の装備を持っている。絶対に死傷者を出すな」


「了解!」


各班からの応答が次々に返ってくる中、カイはもう一度地図を睨みつけた。

そして、無線を切り替える。


「イファ、聞こえるか」


「……はい、隊長」


カイの声が、今度はいつになく真剣だった。


「お前は今すぐリアちゃんのところへ行け」


「……っ」


「この動き……陽動作戦で間違いないだろう。今一番危険なのは、おそらく彼女だ。セリオの仕業か知らねぇが、町もリアちゃんも守るぞ。行け、イファ!」


カイの声が一段強くなる。


「必ず守れ!」


「はいっ!」


イファは全力で駆け出した。

ランタンの灯りが大きく揺れる。

闇の中に吸い込まれていった彼女が残した笑顔が、何度も何度も脳裏をよぎった。





その頃──

リアとマリナがいる家にも、控えめなノックの音が響いた。


「……誰かしら、こんな時間に」


マリナが顔を上げるより早く、扉の向こうから穏やかな声が届く。


「夜分遅くに失礼します、リア」


胸の奥が、ひやりと冷える。

リアは小さく息を吸い、「私が出ます」とマリナに告げて扉を開いた。


月明かりを背に、

白銀の髪の男が静かに立っていた。


「よかった。……まだ、見つかっていなかったようだね」


その声は落ち着いていた。


「時間がない。町はもう動き出している。正規軍が、君を探しているんだ」


「……え?」


背後から、マリナの声が重なる。


「リア、どちらさま?」


セリオは視線を逸らさず、淡々と言葉を重ねる。


「このままここにいれば、いずれ軍は強硬手段に出る。そうなれば、君だけじゃない。この町も、君の大切な人たちも……巻き込まれる」


リアの脳裏に、町の人々の顔が浮かぶ。

イファの背中、ミナの笑顔、マリナのぬくもり。


セリオの声は、どこまでも冷静だった。


「リア。私とともに来なさい。君がここを離れれば、軍は町には手を出さない。私が、保証しよう」


その言葉を遮るように、マリナが一歩前に出る。


「失礼ですが、どちら様でしょうか。こんな時間に訪ねてきて、この子を連れて行こうだなんて」


リアは、かすかに震える声で答えた。


「……大丈夫、マリナさん。この人は……私の過去を知っていて、私の故郷を教えてくれた人です」


マリナは、珍しくセリオを睨んだ。

その視線は、確かに、彼を捉えている。


セリオは一瞬だけ目を伏せ、

それから、どこか寂しそうに微笑んだ。


「私は、君の過去だけじゃない。君が歩むべき“行き先”も知っている」


マリナが、静かに口を開く。


「リア……ここに残りなさい」


同時に、セリオが言う。


「リア。ノアレへ来るんだ。君自身の真実を、この手で確かめればいい」


二つの声の間で、リアは唇を噛みしめ、深く息を吸った。


「……わたしが行けば、みんなは……無事なんですね」


「ああ」


セリオは、迷いなく頷く。


「リア、だめよ。行かないで」


リアは、マリナを振り返った。

見えないはずの瞳が、穏やかに向けられていた。

まるで、すべて分かっているかのように。


「……マリナさん。わたし、逃げるために行くんじゃありません。帰ってくるために、行きます」


その一言で、

マリナは理解してしまった。




──ああ、この子はもう、

守られるだけの子じゃない。




胸の奥が締めつけられても、マリナは腕を伸ばさなかった。


代わりに、静かに言った。


「……必ず、帰ってきなさい、リア。ここは、あなたの家だから」


リアの胸に、あたたかいものが広がる。


「……ありがとう」


短く、けれど確かにそう告げて。


夜風が、頬を撫でる。

床板が、かすかに鳴った。


その背中を、マリナは何も言わずに見送った。




森の入り口。

夜の帳が降りたその場所には、白い大きな繭のような形の乗り物があった。


周囲を黒いリングが無音で回転し、ひときわ異質な光を放つ。


「さぁ、行こうか。真実を、この手で掴むために」


そう言ったセリオは、リアの手を取り、青白い光を放つ不思議なポットへと促す。

セリオの瞳は、光を宿しているはずなのに、どこか深い闇をたたえていた。


リアは一瞬戸惑ったが、震える足で、ポットへと乗り込んだ。



そのとき。



「リアーーーーッ!!」



息を切らし、茂みをかき分けて走ってきたイファの声が、闇を裂いた。



リアは反射的に振り返る。

月光の中に、彼の姿があった。


「イファ!」


その声と同時にポットの扉が閉まり、機体は静かに地面から浮き上がる。

次の瞬間、あたりの空間そのものが凪いだように、ポットの姿が消えた。



……間に合わなかった。



イファはその場に崩れ落ち、湿った地面を拳で叩いた。



「……リア……」




呟いたその小さな声は、誰に届くこともなく、夜の森に消えていった。



夜風がイファの横を吹き抜けていく。



広がる闇に、ただひとつの灯が消えた。


それは、優しくて、あたたかくて、かけがえのないものだった。


それが瞬く間に彼の手からこぼれ落ちたことを、

イファは、静かに実感していた。





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