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第36話 嵐のまえに

夜があけ、太陽の光が部屋に差し込んでいた。


リアはベッドの上で目を閉じたまま、胸の奥の感情をじっと感じていた。

昨夜、イファと交わした言葉が、今も心の中に静かに残っている。



──私は、一人じゃない。

それでも、自分にしかできない選択がある。



リアはゆっくりと身を起こし、寝室を出て、キッチンに立つマリナの背中を見つめた。



「……マリナさん、少し、お話できますか?」


リアの声に、マリナは手を止めて振り返る。


「……ええ、もちろんよ。お茶でも淹れましょうか?」


リアは小さく首を横に振ると、テーブルの椅子にそっと腰を下ろした。

マリナが隣に座ると、リアは息を整えるようにして言葉を紡ぎはじめた。


「わたし……ノアレへ行くことにしました。自分の過去を、ちゃんと知るために。怖いけど、今のわたしには、それが必要だって……思ったんです」


マリナは目を伏せて、少しだけ口元を震わせたが、優しく頷いた。


「……きっと、リアがそう思ったのなら、それが今一番大切なことなのね」


マリナは、ゆっくりと言葉を続けた。


「……寂しく、なるわね……。最初にリアと出会った日のことを思い出すわ。大丈夫。私たちはもう、家族よ。あなたがどこへ行っても、それは変わらない」


「……ごめんなさい、マリナさん。私、また迷惑をかけてしまうかもしれません」


リアは、胸が締めつけられるような気持ちだった。

マリナは、そっと首を横に振った。


「いいえ、迷惑なんか一度だってないわ。リアがいてくれて、本当に嬉しかった。あなたと一緒に過ごせた日々……それは、かけがえのない贈り物だったのよ」


「……私、イファやマリナさんと出会えてよかった……だって……」


言葉が喉の奥で支えて出てこない。

マリナは、微笑み、そっとリアを抱きしめた。


そのぬくもりと優しい香りが、リアの心にそっと染み込んでいく。


「大丈夫。言葉にしなくても、ちゃんと伝わっているわ。ここで過ごしたことが、あなたにとっても、大切な時間だったこと。……立派になったわね、リア」


「マリナさん……」


「リア。私も、イファも、みんなあなたの味方よ。いつでも、帰っていらっしゃい。ここは、あなたの帰る場所だから。ずっと、待っているわ」


「……ありがとう、マリナさん」


朝の光が、ふたりの間にやわらかく差し込んでいた。

その光の中で、リアの心はあたたかくなっていった。




夕刻前、まだ太陽は雲の向こうにあるにもかかわらず、

辺りに落ちる影はどこか不穏だった。



町の西端にある警備隊詰所には、緊迫した空気が漂っていた。



「──これで、今日だけで三件目です」


隊員のひとりが記録帳を手にしながら報告する。

カイ・ロウェル隊長は壁に貼られた地図の前で腕を組み、黙って耳を傾けていた。


「西の市場通り、倉庫街、それから南門の近く。いずれも、銃を持った見慣れない男たちが現れたとの報告です。服装はバラバラですが、動きが妙に揃っていて……軍経験者のような雰囲気だったと」


カイの指が、地図の西側をなぞるように動く。

やがて、彼の眉が僅かに動いた。



「……連中、ついに動いたか」



その瞬間、詰所の扉が開き、別の警備隊員が駆け込んできた。



「隊長! 南の森から戻りました! 報告します!」


「落ち着け。何があった」


「アルメリア旧街道の斜面、峠のあたりに……見たこともない小型のポットが隠されていました! 木々をなぎ倒して隠してあって、あたりに所有者らしき人物は見つかりませんでした!」


「……セリオか」


カイは低く呟いた。


「セリオは軍と繋がっているのか……? いずれにせよ、町を囲むつもりだな……」


すると、別室から入ってきたイファの姿にカイは顔を上げた。


「イファか。ちょうどいいところに来たな」


イファは、詰所の緊迫した空気を感じ取りながら、小さく会釈する。


「今、北の巡回から戻りました。少し妙な動きがあったので気になって……何かありましたか?」


カイはイファに地図を指し示しながら言う。


「町に不審人物が紛れ込んでいる。恐らく、軍関係者。セリオとの関係も否めない。正面から踏み込む気はまだなさそうだが、ここ最近の動きからしてリアが目的の可能性が高い」


イファの表情が一瞬で強張った。


「リアが……」


「冷静になれ。まだ決まったわけじゃない」


カイはいつになく真剣な声で続ける。


「時期に夜になる。町の南と西の境界線を重点的に巡回してくれ。それとイファ、何かあったとき、リアちゃんとマリナさんを安全に避難させられるルートも確認しておきたい。今すぐ頼めるか?」


イファは静かにうなずく。


「はい、わかりました」


その瞳には揺らぎの中に、確かな覚悟が宿っていた。

カイは一瞬だけ穏やかな笑みを浮かべると、肩を軽く叩いた。


「頼りにしてるぞ、イファ」





傾いていた太陽は西へと沈み、町は闇に包まれていく。


イファは、西の巡回班とともに詰所を後にした。

だが、その夜は、いつものように穏やかではなかった。


ふと、背筋にぞくりと冷たい風が走る。


町のどこかで、何かがじっと息を潜めているような。

そんな感覚があった。



「……リア」



小さく呟いたその名は、誰にも届くことなく、風に紛れて消えてゆく。


遠く、森の方角を見たイファの瞳に、一瞬、淡い光がよぎる。

それが、街灯の揺らめきだったのか、あるいは……何かの予兆だったのか、今の彼にはまだわからない。



ただ、胸の奥に巣くう不安が、微かに、静かに、大きくなっていた。



夜が、ゆっくりと町を包み込んでいく。


その静けさの奥で、音もなく、何かが始まっていた。



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