傷
「ねえ、朝登!これ、パパだから…。」
あさみは、子供に言った。
「パ、パパ…。」
「そうそう、パパ!すごい!朝登、天才!!」
子供は、あさみに褒められても、ぼんやりとしている。
「ちょ、ちょっと、やめろよ!!」
「なんで?」
「なんでって?僕はこの子のこと、知らない。」
「だから、何なの?」
「そもそも、あさみの子供なの?」
「そうだよ。あさみにも、似てんじゃん!!ほら…顔の形が…」
「いつ、産んだんだよ?」
「中3の5月かな?」
「は?」
僕は、必死に頭で計算しようとした。妊娠の期間って?1年いかないくらい?中2の初めの頃に、妊娠してたってこと?えっ、ほ、ほんとに僕が父親なのか…?いや、そんなわけない。そんなわけない。だまされないぞ!
「何で、すぐに言わなかったんだよ?おかしいだろ?」
「だって、赤ちゃんいるって気付けなくて、引っ越して…何か、お腹大きいなって…それで、病院に連れてかれて、それで…何か、親に怒られて、いろいろ、聞かれたけど…あさみも、何が起きてるか分かんなかったの…そしたら、 手術?ておうせっかいで生まれたの…。」
「は?もう一回、説明して…。」
「だから、ておうせっかいして…」
「帝王切開だろ?」
「うん?そうだっけ?」
「お腹切ったの?」
「うん…見る?」
「は?」
あさみは、服を捲り上げた。
「おい!」
僕は、あさみの腹に残る傷を確かに見てしまった。僕はその生々しさに動揺して、思わず声を荒らげた。
「ぼ、僕の子供じゃない!!」
「えっ、何で?」
あさみは、きょとんとしている。
「何でって?」
「パ、パ…」
子供がたどたどしい口調で言って、僕を不安げに見つめている。
「そうそう、パパ!朝登、ほんと頭良くて…やっぱり、たーくんに似たのかな?」
「やめろよ!」
僕に似るはずがないんだ。何でそんな目で見られなきゃいけないんだよ…。
あさみは、混乱して何も言えない僕に向かって、とめどなく話しかけてくる。お遊戯会の話をしてきたかと思えば、突然、
「朝登、ほら、歌って!」
と、得意げに言った。
「あわてんぼうの、サンタクロース!」
子供は、あさみに促されるまま、大声で歌い始めた。大人の声の出し方とは違う、何の抑えもきいていない爆音が、小さい体から響くのに、僕は、驚いた。周りも一斉にこちらを見ているように感じた。
「し、静かに…」
僕は、何とか子供を注意した。
「かわいいでしょ。最近覚えたの!」
「いや、そんなこと、知らないから。」
僕は、顔を背けたが、あさみは、
「朝登、やったね!パパに褒められた!」
と、子供に頬ずりした。僕は、あさみが、どうしたって自分の都合の良いようにしか他人の言葉を理解できないことに、いらだった。
「ママ〜」
「何?」
「あわてんぼうって何?」
「あわてんぼう?あわてん?……。そういうお名前だよ。」
「お名前!?そっか!!」
僕は、どこまでも適当なあさみに、さらに腹が立った。この朝登とかいう子供が、こんなに小さいうちから、母親に嘘を教えられて育つことを考えると、理屈などは関係なく、不快だった。
「違うよ。」
「えっ?」
子供は、僕を見た。
「あわてんぼうは、慌てやすい人のことだよ。名前じゃないよ。」
「ママ…?」
子供は、今度は、あさみをじっと見た。
「そうだった!ママ、間違えた!!」
「間違えたの?」
「うん、てへへーさすが、パパ!すごいね、朝登。」
「うん。パパ、すごいね。」




