魅了
僕は、彼女にキスをした。とても短く、それでいて、肩まで抱いた。彼女は、少し女らしくなって、口を離すと、恥ずかしそうに下を向いた。意外な様子にかわいさを感じられずにはいられなかった。
僕は、胸を見つめた。すると、明らかに、豊かになっていた。そうか、朝登を産んで授乳をするうちに…。僕は、何だか、そんなことに昂る自分の異常性をふと感じてしまった。しかし、熱は冷めやらなかった。それでも、僕は、何とか胸を触りたいという欲求を抑えて、「戻ろう。」と言った。あさみは、珍しく素直に、「うん。」と頷いた。僕の心には、少しくらい何かできなかったのか、という変な自責と、よし、抑えた、という満足感が奇妙に混ざっていた。
朝登は、ぬいぐるみを抱いていた。
「それ、どうしたの?」
あさみは聞いた。
「おばあちゃんから、もらった。」
「良かったね!お礼言った?」
「え?」
きょとんとする朝登に、言い聞かせるように、あさみは言った。
「ありがとうございます。」
「あ、ありがとうございます。」
朝登は、あさみを見ながら繰り返した。
「いいのよ…朝登くん、ちゃんとありがとうって言えてたわよ。」
「そうですか。この子、人見知りするから…」
「しっかりした子よ。」
あさみが、挨拶をして家を出ていく時、「送ってやりなさい。」と、母親が言った。「またね、朝登くん!」と、かがんで言う母親に、朝登は、恥ずかしそうに手を振った。
しばらく歩くと、あさみは、「はー疲れた…。」と、また、伸びをした。そして、
「ご褒美くれるのよね?」
と、僕を覗き込むようにして言った。僕は、その瞬間、彼女に求められていると感じた。
「ご褒美って?」
僕は、無意識に期待を込めつつ、白々しく聞いた。あさみは、「うーん…」と言って、珍しく僕を焦らした。僕は、あさみがひどく魅力的に思えた。彼女は、幼児的なのに、こういう駆け引きは、なぜかうまいのだ。いや、僕が下手すぎるのかもしれない。あさみを見ると、近付いてはだめだ、と、分かっているのに、何か引き寄せられる。ただ、好きではないし、好みでもないのだ。
朝登が、「眠たい。」と言うので、僕はおんぶをした。駅まで着くと、「じゃあね。」と、あさみは、小さな身体で朝登を受け取って、行ってしまった。
僕は、何だか寂しいような気持ちになって、テストだとか、受験だとか、勉強だとか、塾だとか、そんなものがどうでもいいような気持ちになった。




