EP9. 【ある夏の日の告白 前編】
エンジーは火傷の跡を隠しながら、みんなが去って行った舞台袖へと向かった。
足を踏み入れると、すぐそこにファウスがいた。
ファウスはエンジーの顔を見るなり、彼に近寄って声を掛けた。
「彼女、ライアンのあの呪いの犠牲になるつもりだよ。…これ以上、他に犠牲者を出したくないってさ。ライアンのためにも、それがいいって…。ほんと、どこまで優等生ぶるつもりなんだろうね」
ファウスは、隅に重ねられたマットの方に顔を向けて、呆れたようにため息をついた。
照明器具や、他の用具で隠れているが、マットの上には、どうやらテンとライアンがいるらしく、動く影と、吐息交じりの声が微かに聞こえた。
「………」
エンジーは険しい顔を見せると、視線を下に向けた。
何も言わないエンジーを不思議に思い、ファウスは再びエンジーの方に顔を向けた。
「…っ⁉」
すると、エンジーの破れたシャツと、その下に見える彼の肌を目にし、ファウスは驚いた。
「キ、キミ!その火傷…っ⁉」
ファウスが言うと、エンジーはジロッと彼を睨み、そのまま黙って歩き出した。
テンとライアンが行為に及ぶ場の横を通り過ぎ、エンジーは静かにそこから出て行った。
「………」
ファウスが驚いたままそちらに顔を向けていると、テンの呼ぶ声が聞こえて来た。
「……ファウス、いるか?」
「…あ、ああ。なんだい?」
ファウスは振り返って返事をした。
「こっちへ来てくれ」
ファウスは少し躊躇ったが、テンに言われた通り、そちらへ向かった。
ファウスが行くと、テンは制服を着直した状態でマットの上に座り、頬を赤く染め、若干息を切らしていた。
ファウスはその隣に横たわっているライアンに目を向けた。
「気を失っているようだ…。悪いが、服を着せるのを手伝ってくれないか?」
テンに言われ、ファウスは頷いた。
「ああ、いいよ」
ファウスはライアンの身体を起こした。
「…エンジーはどうした?」
ライアンのシャツを手に持ちながら、テンがファウスに聞いた。
ファウスは少し視線を下げた。
「…ねぇ…、彼さ、とんでもない秘密を隠していたみたいだね」
「?どういうことだ?」
眉を顰めたテンは、疑問に思って聞き返した。
「……灯台下暗しってこのことだ。僕らが探し求めていた人物が、すぐ近くにいたなんて。……彼の身体に火傷の跡があったよ」
ファウスは、テンが驚くとばかり思っており、それを楽しみにしてニヤリと笑った。
だが、テンは驚かなかった。
それよりか、罰が悪そうにファウスから視線を背けたのだった。
「…そう…か…」
ファウスはその様子を見て「まさか」と察した。
「……キミ…、もしかして…、知ってたのか…?」
テンは躊躇いながらも、ファウスの問いに答えた。
「…いや…。実際に見てはいないが…。…そうじゃないかと思っていた…」
テンがそう思う理由について、ファウスは疑問に思った。
「どういうことだい?」
テンはうつむきながら、持っていたライアンのシャツを、ファウスに手渡した。
「……ヤツが……、自身の背中の火傷について、兄のケイシーに話しているのを偶然にも聞いてしまったんだ…。だから、わたしはヤツに火傷の跡があることを知っていた」
シャツを受け取ると、ファウスは眉を顰めた。
「なんで問い詰めないんだい?…彼が、ココルルを助けた張本人なのかもしれないのに」
ファウスは、ライアンにシャツを着せながら聞いた。
「………」
テンはうつむいたまま黙った。
そんな彼女を、ファウスはしばらくじっと見つめていた。
すると、フッとほくそ笑んで口を開いた。
「…大事なココルルを取られるのが、そんなに怖いことなのかな?」
「…っ⁉」
テンは、ハッと顔を上げると、ファウスを鋭く睨みつけた。
「だってそうだろう?僕らはココルルが絶望に陥るのを防ぐために救世主を探し続けていたんだ。けど、キミはその救世主に心当たりがありながら、本人に問いただそうとはせず、増してやそれを避けるために、自身が救世主に成りすましてココルルを騙していた」
「……っ」
ファウスの言い分に、テンは何も言い返すことが出来ず、言葉を詰まらせた。
確信を得たファウスは、キラリと目を光らせ、テンに顔を近づけて迫った。
「っ⁉」
「…そういえば、キミはエンジーに対して随分当たりが厳しかったよねぇ?…でも、今になってみれば納得いったよ。…彼に対して、妙なライバル意識を抱いていたからなんだよねぇ?」
じりじりと迫られたテンは、ファウスの言葉を聞くと、カッと頭に血を上らせて、彼を思い切り払いのけた。
「違うっ!妙な勘繰りはよせっ!」
テンは立ち上がって、マットから降りた。
体制を崩したファウスだったが、ゆっくり身体を起こし、テンの反応を面白がるようにニヤリと笑った。
その不気味な目を、テンは不快に感じた。
「…っ⁉きさま…っ、これ以上わたしたちに干渉するなっ!お前ひとりに黒陽の秩序が乱されては面倒だっ‼」
ファウスは笑うのをやめ、黙ってテンに目を向けた。
「わたしがヤツに問いたださなかったのは、ヤツの火傷が背中にあるからだ。だが、ココルルを救った生徒が負った火傷は左腕…。わたしは確信を持たずして、ヤツに問いただすのは気が引けた…」
テンは、若干顔をうつむかせて続けた。。
「…お前に忠告しておきたい…。……エンジーに火傷の事を問いただすのはやめろ…。ヤツが自分の口で話すまで…、絶対にだ…!」
テンは先ほどの険しい顔を一転させ、少し寂しそうに、そして、そこに何か強い意志を秘めた表情で、真っすぐにファウスを見つめて言った。
「…………」
ファウスはテンを見る目を少し開いた。
すると、テンは身体を返して、その場から立ち去って行った。
ファウスは、ライアンの身体を支えながら、テンに目を離すことなく、その後姿をじっと見つめていた。
終業礼式をなんとか終えた白月の守護者たちは、それぞれの部屋に戻り、帰省の準備をしていた。
だが、オズだけは、マクーストの部屋で、気を失った彼に付き添っていた。
ベッドの傍で椅子に座り、オズは眠るマクーストの横顔をじっと見つめていた。
「………」
ビーゼルに殴られ、赤くはれたマクーストの左頬にはガーゼが張られていた。
そんなマクーストの顔を見つめているものの、オズは頭の中は、一つの事だけが渦巻いていた。
それは、式の最後で見たエンジーの火傷のことだ。
(ずっと前に負った火傷ではなさそうだった…。二年前のものって言われても、おかしくはないな…)
オズもみんなと同じように、エンジーが二年前にココルルを救った黒陽の生徒なのではないかと考えていた。
(…アイツ…、一体何を隠してやがるんだ?……みんなが必死に探してる中で、公に出来ない理由でもあるってのか…?…それとも、みんなのそんな姿を見て、裏であざ笑うような性の悪いヤツなのか…?)
オズは眉間に皺を寄せ、ぎゅっとズボンを握った。
「……ココルルの事が大事なら、ちゃんと名乗り出て彼女を守れってやれよっ!意気地なしめっ‼」
カッと気を高ぶらせたオズだったが、静かな部屋の中でだんだん冷静さを取り戻し、今日あったことを振り返り始めた。
オズは、マクーストと同じ目をしたライアンの事を思い出した。
(…あれは…、一体何だったんだ…?あのライアンも、マクーストと同じ呪いにかかっているのか…?…でも、あいつは……)
オズは、ライアンがテンの胸に顔を埋めている光景を思い出し、頬を赤くさせて、ブンブン顔を横に振った。
「違うっ!マクーストはあんなことしねぇっ‼」
❘ 気をしっかり持つんだ!自分を失うな‼ ❘
オズは、ハッと目を見開いて、ライアンに放ったエンジーの言葉を思い出した。
「……やっぱり、ライアンもマクーストと同じように……?」
オズは顔を上げ、マクーストに目を向けた。
すると、視線を下げ、ズボンを握る手に、再度ぎゅっと力を加えた。
「……なんだよ…。秘密ばっかり持ちやがって……。ライアンのことといい、火傷のことといい……、クロスアルド家とのことだって……っ‼」
しばらく目をつむっていたオズだったが、ゆっくり顔を上げて、マクーストをじっと見つめた。
「……すまない、マクースト……。オレ、今はやらなきゃいけねーことがあるんだ…。……お前の気持ちには応えられそうにもない……」
オズは立ち上がり、部屋の扉の方へと足を向けた。
「………」
足を止め、オズはマクーストの方に振り返った。
マクーストは、静かに眠っている。
「………」
オズは黙ってその様子を見つめると、扉を開けて、静かに部屋から出て行った。
夏の長期休暇に入り、校内からは生徒の賑やかな声は消え、校舎はがらんとした空虚な空間となっていた。
だが、黒陽の校舎の最上階だけは、まだ人の気配を残していた。
テンからの指令のもと、緊急招集がかけられ、ファウスとライアンが急遽、エンジーの部屋へと集められていた。
招集場所がエンジーの部屋なのは、議題がやはり彼の火傷のことだからのようだ。
テンとライアンはソファに座り、ファウスは扉近くの壁にもたれ、エンジーはベッドのフッドボードにもたれていた。
四人の間には、妙な空気が流れ、議題が自分の火傷のことだと理解しているエンジーは、気が落ち着かない様子で、みんなから視線を背けていた。
「……あの…。昨日はごめんなさい…。…僕、またやってしまったみたいで……」
エンジーとは別に、ソワソワしていたライアンが、昨日の事を皆に謝った。
気を失ってはいたものの、今までの経験から、何があったのかは自身で理解していた。
「キミのお相手、誰だか分かっているのかな?」
ファウスは、ニヤッと笑ってライアンに聞いた。
「…え?」
ファウスが立っている場所は、ライアンの背中側で、ライアンは後ろを振り返ってファウスに目を向けた。
「………」
ライアンはファウスから目を離し、少し考えると、答えを聞くつもりで、彼はエンジーに目を向けた。
その理由は、自分が気を失う直前まで近くに居たのは彼だったからだ。
「…っ⁉」
エンジーは驚いた様子でライアンを見た。
「…違うよ。キミのお相手は彼じゃないよ」
二人の様子を見たファウスは、クスクス笑いながら言った。
ライアンとエンジーは、ファウスに目を向けた。
すると、ファウスはライアンのいるソファまで歩み寄って行った。
「キミのお相手、つまりキミの興奮を静めたのは彼女だよ」
ファウスはソファの背もたれに手を添え、ライアンの方に身をかがめると、気まずそうにしているテンに目をやった。
「えぇっ⁉」
ライアンは驚いてテンに顔を向けた。
「………」
テンは頬を赤く染めて、ライアンの顔がまともに見られないのか、ずっと視線を背けている。
「………っ」
そんなテンを見ると、ライアンもたまらず恥ずかしくなり、顔を赤くしてうつむいた。
ファウスは二人の反応に満足したのか、笑みを浮かべて眺めている。
「………」
エンジーはライアンの内心を悟り、彼を心配そうに見つめた。
「……ど、どうして?…なんで、そんなことを…?」
ライアンは、チラッとテンの方を見て聞いた。
テンはハッとして顔を上げた。
「っ⁉」
ライアンはじっとテンを見ている。
「…っ…あ、あの場では、そうするしかないだろう?白月の奴らに呪いの事を知られるわけにいかないんだ!あの場でお前を宥められるのは、わたししかいないと考えた上での判断だ!」
テンは慌てた様子でライアンに話した。
「………」
テンの言葉に、ライアンは罪の意識を感じてうつむいた。
「…なにも自分を犠牲にすることないじゃないか。これからもずっとそうするつもりなのか?」
ライアンの気持ちを察したエンジーが、テンに言った。
「わたしの判断が間違いだったとでも言うのか?なら、お前にライアンの呪いを静められるとでも言うのか⁉…いつまでも解決しないままでいるより、少しでも対処できる方法を見つけるのは当然のことだろう⁉」
テンは頭に血が上ったのか、立ち上がってエンジーに食い掛った。
「僕はライアンの気持ちを考えて言ったまでだ。君が自身を犠牲にしてまで呪いを封じ込めることに、ライアンが罪悪感を抱かないわけないだろう?」
エンジーに言われ、テンはライアンの方に顔を向けた。
ライアンはずっとうつむいて黙ってる。
一方、最上階の廊下では、まだ田舎に帰らず、学園に残っていたオズが、思いつめたような表情で、ある目的の場所へと足を向けていた。
それは、今黒陽の守護者たちが集まっているエンジーの部屋だった。
故郷に帰る前に、オズは彼の背中の火傷について、又ライアンの変貌の理由について、聞きたいことを全て問いただすつもりだった。
エンジーの部屋の扉の前まで来たオズは、ノックしようとした瞬間、中からの声に気が付いた。
「…⁉」
テンの声だと気が付き、オズはノックしようとした手をドアノブにかけ、中での会話が聞こえるように、扉を少し開いた。
「……では、どうしろと言うんだ?呪いが発動するたびに、ライアンはここの女子生徒達を襲うんだぞ?」
テンに聞かれ、エンジーはライアンの方に顔を向けた。
(…呪い…⁉…そうか…、やっぱりこっちにも同じように、呪いがかけられていたんだな…!)
中での会話を聞いたオズは、目を見開いて驚いた。
「呪いの力に襲われる時、なにか前兆があるはずだ。…それが何かが分かれば、ライアンは呪いに飲み込まれず、正気を保つことができる」
エンジーの言葉に、テンはフッと呆れたように笑った。
「それが分かっていたらこんな苦労はしていないんだ!本人ですら分からないことを、わたしたちで解決できるわけないだろう⁉」
「ライアンだけに問題を押し付けるな!」
「っ⁉」
エンジーに言い返され、テンは鋭い目を彼に向けた。
「………」
「………」
二人は黙って睨み合った。
ファウスがそんな二人を見ていると、ライアンの微かな声が聞こえた。
「……やめてよ…。喧嘩しないで…。僕は、みんなにこれ以上迷惑かけたくない……」
三人はライアンの方に顔を向けるとハッとした。
ライアンはうつむいて震えている。
見えない不安に襲われ、仲間をも犠牲にし、今一番辛いのは彼だった。
テンは、彼の気持ちを察すると、視線を反らせてうつむいた。
エンジーはライアンの方に歩み寄り、彼の足元に立膝をついた。
「ライアン一人に背負い込ませたくないんだ…。僕は、君にかかった呪いの力を解いて、早く元通りになって欲しいと思ってる。……気持ちが落ち着いてからでもいい。力に飲み込まれる時、何か感じた事や、気付いたことがあれば、教えてくれないか?」
エンジーに言われ、ライアンは顔を上げると、切ない目を彼に向けた。
じっと見つめるエンジーの目を見たライアンは、ゆっくり頷いて返した。
「………」
扉の外では、オズが神妙な面持ちで、黙って会話を聞いている。
二人を見ていたテンは、複雑な表情で視線を反らすと、エンジーに向けて口を開いた。
「………。すぐに解決は出来ないだろう。やはり、今後発作が起きた時は、わたしが静めた方がいい」
テンの言葉に、その場の三人は顔をそちらへ向けた。
テンはライアンとエンジーの方に歩み寄った。
「見知らぬ者を犠牲にするよりは、その方が堅実だろう?」
ライアンは、覚悟を決めたように凛とした表情で言うテンを見上げると、戸惑った様子で返事に困った。
「で、でも…」
「お前の力を抑えられるのは、この二人には出来ないことだ。気にすることはない。わたしなら大丈夫だ。」
自分たちが無力な事を知らしめるようなテンの言葉を聞くと、ファウスは何か確信を得たように、ニヤリと不気味な笑みを浮かべた。
「それはそうと、キミが僕たちをここへ呼んだのは、他に理由があるからじゃなかったのかい?」
ファウスに言われ、テンは彼に目を向けた。
「…え?」
ファウスは三人の方へ近寄りながら話した。
「キミが今一番気になっていることじゃないか。…彼がどうして身体の火傷の事を黙っていたのか…」
自分の火傷の話題になり、エンジーは顔を下に向けた。
「っ⁉」
今一番知りたかったことへと議題が変わり、オズはハッと顔を上げて耳を澄ました。
「っ⁉きさまっ!よせっ‼」
テンは表情を険しくし、ファウスを黙らせようとした。だが、ファウスは止めようとはしなかった。
「どうしてさ?僕たちが苦労して探していた人物なのかもしれなのに」
ファウスはエンジーに近寄り、立膝をついている彼に向けて身をかがめた。
「このテンが知りたがっているよ?キミの火傷の事をさ」
エンジーは、少し驚いたようにテンを見上げた。
「…べ、別にわたしは…っ!」
テンは罰が悪そうに顔を背けた。
「…エンジーに…やけど……?」
話が理解できないライアンは、疑問に思った顔で、三人を見回した。
「そうだよ。彼、背中に大きな火傷の跡があるんだ。昨日、あっちの王に襲われた時にシャツが破れて、それがわかったんだよ」
「えっ⁉」
気を失っている間にそんなことがあったなど、全く知らなかったライアンは、驚いてエンジーに顔を向けた。
「………」
エンジーはライアンを見ることが出来ずに、うつむいたままだった。
扉の外にいるオズは、とうとう明かされるであろう火傷の秘密に、耳を研ぎ澄ました。
その後ろにいる人物の気配にも、気が付かないほどに…。
「…あら、誰かいるのかしら?」
その声にビクッと驚き、オズは慌てて振り返った。
「っ⁉」
その人物を見たオズは目を見開いた。
そこには、落ち着いた様子のココルルが立っていた。
「コ、ココルルっ⁉」
オズはとっさに声を発すると、中に聞こえないように慌てて口を塞いだ。
「オズだったの。久しぶりね。………」
ココルルは以前と変わらず、ふんわりした笑顔で言うと、扉の方に足を向けた。
「あっ…、ココルル、今は……っ」
慌てたオズは、ココルルが部屋の中に入ろうとするのを止めた。
すると、ココルルは、黒陽のみんなが大事な話をしていることを既に知っていたかのように、オズに「しー」っという素振りを見せ、オズと同じように、扉の前で中の会話を聞いた。
「………」
オズはココルルの様子に戸惑いを見せながら、彼女の隣で再度耳を澄ました。
テンはファウスをキッと睨んだ。だが、ファウスは一歩も引かずに涼しい顔で佇んでいた。
「…この火傷は……」
すると、エンジーが口を開き、三人はハッとして、そちらへ顔を向けた。
ココルルと共に聞いていたオズも、一層に耳を澄ました。
「…これはあの火事とは関係ない。…話の腰を折るようで申し訳ないけど、僕は、君たちの思っている人物なんかじゃない…。だから黙ってただけだ」
エンジーはうつむいたまま話した。
「……本当かい?」
腑に落ちない様子のファウスが聞いた。エンジーは頷いた。
「君たちの言う救世主なら、左腕に火傷があるはずだ。…でも僕にはない」
「ココルルが見間違えたとしたら?火事が起こった時、彼女はパニックになっていたんだ。そういうことだってあり得るんじゃないかな?」
「違うって言ってるじゃないかっ!君たちは、どうしても僕をその救世主にしたいのかっ!」
エンジーはしびれを切らしたように、立ち上がって怒鳴った。
オズは、ココルルの心境が気になりながらも、黙って話を聞いていた。
「…わかった。お前の言うことに嘘がないと信じよう」
テンは、これ以上詮索することなく話を打ち切った。
ファウスはそれに引っかかり、眉をひそめた。
「いいのかい?僕たちがあれだけ探しても見つからなかった、「可能性のある人物」が、今、目の前にいるっていうのに!」
ファウスが咎めるも、テンは黙って頷いた。
「………」
ファウスは少し考えると、何かを察したのか、「フフフ」と妙な笑い声を上げ始めた。
「……?」
その場の三人は、その妙な笑いに顔を上げて、ファウスに目をやった。
「そうか…。なるほどね。この間からそうじゃないかとは思っていたけど……」
ファウスは意味深な目つきで、テンをジロッと見た。
「っ⁉な、なんだ…っ⁉」
急に奇妙な目を向けられたテンは、たじろぎながら聞いた。
「…キミ、エンジーが好きなんだね?」
「⁉」
ファウスの言葉に全員が驚いた。
「…な…っ⁉き、きさま…っ、一体何の話をしているっ⁉」
テンは、みるみる顔を赤くさせていき、ファウスに怒鳴って返した。
テンの動揺する姿を見ると、ファウスは確信してニヤニヤ笑った。
「彼にだけいつもきつく当たるから、妙だなとは思っていたんだけどさ。…そっか、やっぱりそうなんだね」
笑いながら、ファウスはチラッとエンジーに目を向けた。
エンジーは、ずっと顔をうつむかせている。
驚いていたライアンも、心配そうにエンジーを見つめた。
ファウスは顔をテンの方に戻し、彼女に歩み寄った。
「ボクもまんまと騙されたなぁ。初めは本当に嫌っているんだと思ったよ。でも、よくよく考えたら、キミは妙な考えを起こすことがある。…ココルルの救世主だと偽ったこともその一つじゃないのかい?」
「……っ!」
ファウスに詰め寄られ、テンは言い返すことが出来ずにたじろいだ。
「キミ、エンジーに火傷があることを既に知っていたよね?…で、直感的に彼が例の救世主だと思った…。キミは、エンジーとココルルの距離が近づくことに耐えられなかったんじゃないかい?だから、自分が救世主になることで、それを阻止したってとこかな?」
ジロリと目を向けるファウスに、テンはすぐさま反論しようとしたが、言葉を詰まらせた。
どうやらファウスの憶測は的を得たものだったらしく、テンはどうすることも出来ずに、真っ赤に染めた顔をみんなから反らせた。
「……フフ。図星のようだねぇ。…さて、どうするかな?その様子じゃ、キミから本人に聞くことなんて出来ないようだから、ボクからエンジーに聞こうか?」
「っ⁉」
ファウスの言葉に、テン、エンジー、ライアンは、そちらに顔を向けた。
「…な、何をだ…っ⁉」
テンは動揺を隠せない様子でファウスに聞いた。
「ココルルを助けたのが彼なのか、この際はっきりさせないとさ。みんなが憧れる女神さまに、彼が本当に好意を抱いているかをね……」
ファウスはエンジーの方へジロッと目を向けた。
「……っ」
エンジーは、すぐに目を反らし、ファウスはそれを面白がるように笑みを浮かた。
「………」
場の雰囲気が息苦しく感じるのか、ライアンは再び視線を下に落として、黙って話を聞いていた。
笑みを浮かべたままのファウスは、テンに目を向けた。
「キミが自分で一番確かめたかったことのようだけど…、いいよ?この際、ボクが聞いてあげても」
「……っ⁉」
ファウスに言われ、テンは慌ててエンジーに目を向けた。
うつむいているエンジーを見ると、すぐにファウスに目を戻し、いつもの威勢のいい態度を表した。
「いいっ!わたしが聞くっ!お前はもう口を挟むなっ‼」
テンはファウスに言い放つと、くるりと身体をエンジーの方に向けた。
それを見たファウスは、目論見通りといったように、気付かれないようにクスッと笑った。
「………っ」
「………」
テンは少しエンジーの方に歩み寄った。
エンジーは、近づくテンに気が付き、チラッと目を向けた。
お互い気まずそうにしているが、テンがすぐさま口を開いた。
「わたしの感情など、今は無視しろ。…問題としているのは、ココルルを助けた救世主のことだ。……お前がその救世主なんだろう?」
確信を持ち、決めつけたかのような言い方に、エンジーはカッとなって反発した。
「違うって言ってるじゃないかっ!火傷があるだけで救世主だと決めつけるな!さっきも言ったけど、ココルル本人が左腕に火傷がある人物だって言ったんだ。けど、僕には無い!僕にある火傷は背中にだ‼」
言い返すエンジーに、テンはキッと鋭い目を向けた。
「では、その火傷はどこでどうやって負ったものなんだっ⁉答えてみろっ‼」
「……っ⁉」
エンジーは、一瞬言葉を詰まらせた。
「……こ、この火傷は……」
エンジーは、ふと目を背けた。
すると、テンは隙をつくようにエンジーに問いただした。
「全く無関係なものなら、どうやって負った火傷なのか説明してみろ!わたし達の納得がいくようにな!」
「………っ」
エンジーは、困ったように目を泳がせた。
「………」
顔を上げたライアンは、そんなエンジーの様子を不安そうに見つめた。
「どうした?答えられないのか?……わたしが根拠もなく、背中の火傷だけでお前を救世主だと疑ったと思っているのか?」
「……え?」
テンの言葉に、エンジーは彼女に目を向けた。ファウスとライアンも、それに反応して、テンに顔を向けた。
「…お前がケイシーと話している内容…、わたしは聞いてしまったんだ……」
「っ⁉」
エンジーは目を見開いて驚いた。
「……?」
ファウスとライアンは、疑問に思って二人を見た。
「…ケイシーはお前に、二年前に負った火傷の事は、誰にも言うなと念押ししていた…。二年前に負った火傷…。創立祭前夜に起こった火事が二年前だ。現にお前は、あの事件の日から数か月、学校に来ていなかった。…あの火事とお前の背中の火傷…、無関係だとは言わせないぞ!」
核心をつき、鋭い目をテンに向けられ、エンジーは何も返せずに黙ってうつむいた。
これ以上の決定的なものはなく、ファウスとライアンも、驚いた表情でエンジーに目をやった。
「………っ⁉」
扉の外で聞いていたオズも、驚いて顔を上げた。
すると、黙って聞いていたココルルが扉へと歩み寄り、オズが慌てて彼女を止めようとした。
「コ、ココルルっ⁉」
すると、ココルルは振り返り、「しーっ」という素振りをオズに見せると、笑顔で部屋へと足を踏み入れた。
「……違う…、……違う……っ…」
エンジーは、かろうじて出る声を発し、首を横に振った。
「何が違うと言うんだっ⁉これ以上、何を反論するつもりだ⁉」
テンはエンジーに詰め寄った。エンジーは目をぎゅっとつむり、ブンブンと首を横に振って反発した。
「お前がココルルを救ったんだろう⁉何を隠すことがあるんだっ⁉ココルルに自分の気持ちを知られるのが、そんなに恥ずかし事なのかっ⁉」
いつまでも否定し続けるエンジーに、テンはしびれを切らして怒鳴った。
「…ちがう……っ…違うっ‼」
問い詰めるテンを拒むように、エンジーは険しい顔をして声を張り上げた。
「……私を助けてくれたのは、彼じゃないわ……」
突然の扉の方からの声に、全員はハッとして顔を向けた。
扉の前には、両手を胸の前に組んで歩み寄るココルルがいた。
「ココルルっ⁉」
四人は驚きを隠せない様子で、ココルルに目をやった。
ココルルは、みんなのいる部屋の中央へと、ゆっくり足を向けた。
「…テンさん…、エンジーは、私を火事から救ってくれた人じゃないのよ…」
「…え…?…そ、それは、どういう……?」
ココルルに言われ、テンは困惑して聞き返した。
ココルルは立ち止まると、自分の両手を見るような素振りで、皆に訴えた。
「……この手がね、覚えているのよ…。私を救ってくれた人の肌の温もりを……」
すると、ココルルは自分を抱きしめるように、自分の腕を抱いた。
「…あの時、抱きしめてくれた時の温もり…。それは、エンジーのものとは違うわ…」
四人は、困惑した様子でココルルを見つめた。
「ど、どうして断言出来るのですか…?…まさか……っ」
テンが考えを過らせると、ココルルは頷いて返した。
「エンジーが私を抱きしめた時、…別の温もりを感じたからなの」
「ええっ⁉」
テン、ファウス、ライアンは、驚いてエンジーに顔を向けた。
外のオズも同様に、驚いて目を見開いた。
「…え…?」
だが、当の本人のエンジーも、ピンときていないようだった。
「目が見えないことをいいことにねぇ…」
ファウスは「フフッ」と笑い、ヤレヤレと首を振った。
「お、お前っ!ココルルに一体何をしたんだっ⁉」
ファウスの言葉を聞き、怒ったテンがエンジーに問いただした。
「な、何って…、別に何もしてない!」
エンジーが慌てて否定すると、ココルルが補足した。
「勲章贈呈式の日…。あの日、私は貧血で倒れて、式に出られなかったでしょう?…あの時、倒れかけた私をエンジーが抱きとめてくれたのよ」
四人はハッとして、その日の事を思い出した。
「…そういえば、二人が式に出られなかった理由がそうだと言っていましたね…。…それでその時、エンジーに抱えられて、救世主が彼でないと分かったということですか?」
テンに言われ、ココルルは静かに頷いた。
テン、エンジー、ライアンが納得したように黙る中、ファウスは腑に落ちない様子で呟いた。
「…それだけの事で、別の人物だなんて、判断できるものかなぁ……」
「………」
ココルルは、ファウスの声が聞こえる方へと目を向けた。
すると、クスッと笑って、ファウスに返した。
「…目が見えないからこそ、人の温もりの違いが分かるものよ…。あなたも、みんなの事をいつもよく見ているから、分かるわよね?」
「買い被りだね。この人たちがボクの周りでいろいろ騒動を起こすから目につくだけだよ。興味なんてこれっぽちもないかな」
「…そうかしら?だったら、テンさんの様子がおかしいことにいち早く気付いて、彼女の気持ちを考察する事なんて、しないはずじゃないかしら?」
「っ⁉ど、どういう意味だい?それは⁉聞き捨てならないなっ‼」
ファウスは、いつになく少し動揺した様子で聞き返した。
ココルルはクスクス笑っているだけだった。
ココルルのペースに飲まれることが耐えられないファウスは、慌てて議題を変えた。
「こんなに分かりやすい態度を示していれば、誰にでも分かることさ!…と、ところで、エンジー。キミはどうするつもりだい?」
いきなり振られたエンジーは、驚いてファウスに目をやった。
「何が?」
「テンの気持ちだよ。彼女、キミのこと好きなんだよ?」
「っ⁉」
エンジーとテンはハッとして、目を合わせた。
すると、すぐに目を背け、お互い気まずそうに顔を赤くした。
「エンジーはココルルに気があるわけじゃなかったみたいだし、どうやらキミの勘違いのようだね?まぁ、結果的には良かったんじゃないのかい?」
ファウスはニヤニヤしながら、テンの反応を待った。
「き、きさま…っ⁉」
テンがファウスを睨むと、エンジーが口を開いた。
「…テン…、君…、僕じゃなくて、兄さんのことが好きなんだろ…?」
「っ⁉」
テンはハッとして、エンジーの方へ振り返った。
「…なっ…!…ど、どうして、それを……っ⁉」
「そんなの、君が兄さんのことを見る目で分かる。…僕と兄さんとの会話を盗み聞きしていたのも、兄さんに興味があってのことなんじゃないのか?」
「~~~っ⁉」
自分の気持ちを、よりにもよってエンジーに見抜かれていたと知り、テンは、この上ない恥ずかしさに襲われた。
そんなテンを見たエンジーは確信した。
「やっぱりそうだ。…君が僕にきつく当たるのは、いつも兄さんと比べていたからなんだ…。…どうせ、僕は兄さんの足元にも及ばないけど…」
エンジーは視線を下げ、諦めた表情で言った。
「…っ⁉」
テンはエンジーの様子を見ると、内側から込み上げてくる、ふつふつとした怒りに耐え切れなくなり、彼の襟元を思いっきり両手で掴んだ。
「っっ⁉」
テンの行動に全員が驚いたが、掴まれた当の本人が一番驚いた。
「……お前っ……っ!わたしはお前のそういうところが気にくわないんだっ‼ケイシーの後を追おうともせず、ペイジなんかに落ち着くなんてっ‼…少しは闘争心を燃やしてみろっ!…だから…っ、だからわたしが、お前の代わりを務めているんじゃないかっ‼」
「………え…?」
テンは、ゆっくりとエンジーから手を離した。
「…偽りの救世主となったことも……、ライアンの相手となることも……、全部、お前に気付かせるためにしていることだというのに……っ!」
「……っ⁉」
エンジーは目を見開いて、テンを見つめた。
テンは、力が抜けたように、床にペタンッと座り込んだ。
顔をうつむかせ、微かに身体を震わせている。
テンの初めて見せる泣き姿に、みんなは驚いて、ただ黙って見つめていた。
「……ケイシーを…超えてみせろよ……。エンジー……」
テンは、絞り出すような声で、エンジーに訴えた。
「………っ」
エンジーはテンの姿をじっと見つめると、ぎゅっと拳を握りしめた。
「……僕と……、……僕と兄さんは違う……っ‼」
エンジーはテンに言い放つと、身体を返して部屋の扉の方へと足を向けた。
テンは、身体を震わせたまま、静かに泣いている。
部屋の扉を開けたエンジーは、そこに人が立っていることに気がつき、ハッと目を向けた。
「っ⁉」
そこには、じっとこちらを見つめるオズがいた。
「………っ」
「………」
二人は少しの間見つめ合ったが、全てを聞かれたことを察したエンジーは、フイっと顔を背けて、足早に去って行った。
「………」
エンジーが去っていくのを、オズは黙って見ていたが、何かを思いたって、彼の後を追った。
「待てよっ!待てって‼」
庭園までやって来たエンジーを、オズは追いかけた。
「なんだよっ⁉着いて来るなよっ!」
エンジーは、オズの方に振り返ろうともせず、速足で庭園を突っ切ろうとした。
「さっきの話、本当なのか⁉」
「…っ⁉」
エンジーは足を止めた。すると、オズも足を止め、彼の様子をうかがった。
「……盗み聞きするとは、白月もやり方が汚いな。…こっちの弱みを握って、さぞ満足してるんじゃないか?」
エンジーは嫌味のように言うと、オズの方へ身体を向けた。
それを聞いたオズは、カッと頭に血を上らせた。
「てめぇも相変わらずだな!盗み聞きなんて、するつもりなかったんだよ!……お前に聞きたいことがあって行ったら、お前たちの話し声が聞こえてきて……」
「………」
少し申し訳なさそうにするオズを、エンジーは黙って見つめた。
「……そっちの呪いの事…。…ライアンに、マクーストと同じような呪いが掛かってるって、本当なのか…?」
オズは、躊躇しながら聞いた。
エンジーは目を反らして頷いた。
「…いつから?」
「……ライアンが…王に選ばれてから……」
オズは驚いた。
「マクーストと同じじゃないか…⁉」
「………」
エンジーはうつむいた。
「原因、分かってるのか…?」
オズの問いに、エンジーは首を横に振った。
「…知ってても、言わねーか……」
オズは眉間に皺を寄せて呟いた。
「……知ってたら、こんな苦労はしてない」
「………」
「………」
オズがエンジーを睨むと、エンジーもそれに返すようにオズを睨んだ。
「自分たちで、真相を追求するつもりなのか?」
「…そっちだって、そのつもりなんだろ?」
「………」
エンジーに聞かれ、オズは少し考えた。
「…そうだけど…、これから休暇に入るし、みんなバラバラになる…」
オズの落胆したような声を聞き、エンジーは彼女に目を向けた。
オズは、寂しげな顔で目を伏せている。
「………」
エンジーはとっさに目を背けた。
「…オレだけでも…、オレ一人でも、マクーストにかけられた呪いについて、できる限り調べるつもりだ!…でなきゃ、マクーストがあまりにも不憫でならねぇ……」
オズの言葉を聞き、エンジーは視線を上げた。
「ここに残るつもりか?」
「……帰ろうと思ったけど…。こんな心残りがあるまま、帰るわけにいかねーだろ…」
「………」
オズの執念から、何かを察したエンジーは、ため息を吐いて呟いた。
「……王からの告白を受けて、彼への忠誠心を抱いたってことか…」
それを聞いたオズは、目を見開いてエンジーを見た。
「それとこれとは関係ねーだろっ⁉」
「どうだろうな」
「~~~~っ⁉だったら、お前はどうなんだっ⁉ライアンを助けたいと言いながら、テンにその相手をさせて、結局自分では何もしてねーじゃねーかっ‼」
「っ⁉」
オズに言われ、エンジーはカッと頭に血を上らせた。
「なんだとっ⁉」
「だってそうだろ?好意を持ったテンをいいように利用して、ライアンの気を静める相手をさせてんじゃねーか‼」
オズに言いたいように言われ、カーッとなったエンジーだったが、徐々に冷静さを取り戻し、オズの言葉を受け入れた。
「……ああ、そうだよ…。僕自身、ライアンに何もしてあげられないんだ…。……テンが、羨ましいくらいだ……」
素直に受け入れるエンジーに、オズは拍子抜けしたようにきょとんとした。
「……へ?」
「…僕がライアンの呪いを受け入れられたら…。女だったら、少しは彼の為に力になれたのに……」
「…っ⁉…なんだってぇ…っ⁉」
弱気な発言をするエンジーに、オズはだんだん怒りを込み上げ出した。
すると、拳を握りしめて、エンジーにこの上ない怒鳴り声を上げた。
「この…っ!馬鹿野郎っっ‼」
「っっ⁉」
凄まじい声を浴びせられ、飛び上がるほどに驚いたエンジーは、目を丸くしてオズに目をやった。
「…てめぇ…っ、そんなこと本気で思ってんのかっ⁉」
「……え…?」
「お前にそんなことされて、ライアンが本気で喜ぶとでも思ってんのかっ⁉…たとえ相手をして呪いが収まったとしても、それはただのその場しのぎなだけだっ‼テンにだって、それが分かってるはずだ!…本当にライアンの事を想って、呪いの力を消滅させたいなら、お前自身が呪いの元凶を突き止めるしかねーじゃねーかっ‼」
自分自身にも言い聞かしながら怒鳴るオズに、エンジーは、心に閉ざした何かに気付かされるように、目を見開いて彼女を見つめた。
「………っ!」
「…ったくっ!ふざけんじゃねーぞ!お前なんか追ってきて損したぜ」
オズはブツブツ言いながら、くるっと身体を返して、校舎へと足を向けた。
「………」
エンジーはオズの後姿を黙って見つめると、右手を上げて、自分の掌に視線を向けた。
「……僕自身で…、呪いの元凶を突き止める……」
エンジーはそう言うと、右手をぎゅっと力強く握った。
翌朝。
田舎へと帰る予定にしていたオズだったが、未だ学園に残り、校舎内をウロウロしていた。
「食堂はさすがにやってねーよな…。仕方ねぇ、外に買いに行くか!」
ガランと静まり返った食堂に来たオズが、諦めて外へ向かおうとした時だった。
「あ、オズー‼」
厨房の方から呼ぶ声に、オズはハッと顔を向けた。
「…あ…っ!」
厨房内では、カウシュがオズに向けて、大きく手を振っていた。
「オズ!まだここにいたんだね?帰る予定はないの?」
近くまで来たオズに、カウシュは嬉しそうに聞いた。
「いや、帰るつもりだったんだけど、ちょっとやることがあって…。カウシュさんは、ここで何してんですか?もう生徒達はみんな帰ったってのに…」
オズが聞くと、向こうからノスティモが出て来た。
「今のうちに、料理の修行をしてもらおうと思ってさ」
「この夏休み中、僕はこのおばさんにしごかれるってワケ…」
カウシュは「トホホ」といったように、落胆した表情をオズに見せた。
「誰がおばさんよ!あんたのお母様でしょう?」
「そんな柄じゃないだろうに…」
「なんですって⁉」
いつものやり取りに、オズはクスクス笑った。
「ねぇ、オズ?僕の作った朝食、食べてみてくれない?」
「えっ⁉」
「あんたはまだ半人前なんだから、ここの生徒さんに迷惑かけるわけにはいかないんだよ!」
聞いていたノスティモが、カウシュの試みを止めた。
「い、いや!食べてみたい!…ていうか、外で買おうとしてたから、いただけると助かるな」
オズは頭をかいて、恥ずかしそうに言った。
「ほんと⁉ならちょうどいいや!待ってて、すぐ用意するから!」
カウシュは嬉しそうに厨房の中へと入って行った。
「…ほんとにいいのかい?」
ノスティモが心配そうに聞くと、オズは頷いて返事をした。
「はい!」
元気よく笑顔で返事をするオズに、ノスティモも笑顔を返して、厨房へと入って行った。
広い食堂で一人になったオズは、中央の壁に飾られた、シンボルである「ソード」と「ワンド」に目を向けた。
「………」
オズは何気なくそちらへ足を向けると、そのシンボルを見上げた。
(……呪いの元凶……。アイツに偉そうに言ったものの、俺自身もそれを突き止めなきゃならねーんだ…。一体何から調べればいいんだ……?)
オズが考えていると、思い当たることが一つだけあった。
オズは朝食を終えてから、その場所へ向かおうと決めた。
オズが向かった先は、副校長室だった。
リヨンド副校長は、マクーストの呪いについて最初に教えてくれた人物で、昔、学園で同じようなことが起こった際の、事件の詳細が記載された書物について詳しく知っている人物だっだ。
オズは彼女に聞けば、もっと事細かく、呪いについて知ることが出来ると思い、ここへ足を運んだ。
だが、今は休暇中であり、リヨンド副校長は不在のようで、部屋は鍵がかかっていた。
「…いねぇか……。どうしたもんかな……」
オズは、指を顎に当て、「うーん」と考えた。
すると、オズが立っている廊下の向こう側から、一人の人物が現れた。
その人物は、オズの姿を見るなり、驚いたように一瞬立ち止まったが、すぐに彼女のもとへと足を向けた。
「……オズ…!」
突然声を掛けられ、オズは驚いて振り返った。
「……へっ…⁉…え……っ⁉」
その人物を目にしたオズは、驚きと困惑した様子を見せた。
オズの目の前には、エンジーがいた。
エンジーは、オズの様子を不思議そうに見た。
「…?どうしたんだ?」
「…え?……い、いや…だって……」
オズは動揺を隠せず、慌てた様子でエンジーに目をやった。
「……??」
エンジーはオズの様子をずっと不思議そうに見ている。
「だ、だって、急にオズなんて呼ぶから……」
「……え?……君、オズじゃないの?」
エンジーはきょとんとして聞いた。
オズはガクッと膝を崩すと、すぐに立て直した。
「オ、オズだけどっ!お前が急にオレの名前呼ぶからっ!…その…なんか、変な感じがするっつーか……」
オズに言われ、エンジーはハッとした。
「…あー…、そういえば、呼んだことなかったか……」
「そうだよっ!いっつも、「君さぁ」とか、「君ねぇ」とか、嫌味ったらしく言いやがってよぉ!」
オズは、エンジーのものまねを誇張して見せつけた。
「~~~っ⁉君だって、いつも僕のこと、「お前」呼ばわりするじゃないか!」
「お前が呼ばねーからだろ!」
オズはくるっとそっぽを向いて言った。
「まったく、ああ言えばこう言うヤツだな……」
エンジーが呆れて言うと、オズの前の扉に目をやった。
「……副校長に会いに来たのか?」
エンジーが聞くと、オズは振り返った。
「まぁな。お前もリヨンド先生をあてにしてたのか?ライアンの呪いの元凶を知るために」
オズに言われ、エンジーはチラッとそちらに目をやった。
「…あてっていうか…。まぁ、何か分かればいいと思っただけだ…」
「そうか…」
妙に言葉を濁すエンジーを見ると、オズは扉へと顔を戻した。
「………」
エンジーはオズにじっと目を向けた。
「…オズは…、いつまでここにいるつもりなんだ?」
「えっ⁉」
聞かれたオズは、驚いてエンジーに目を向けた。
「…えっと…、そうだな…。いつまでも帰らないわけにはいかねーし…。じーちゃんも心配するだろうしな…」
「じーちゃん?」
「ああ、オレ、じーちゃんと二人暮らしなんだ。赤ん坊の時に預けられてな」
「…へぇ……」
エンジーは、オズがクロスアルド家の血筋として、この学園に迎えられたことを思い出し、どういったいきさつで、田舎のおじいさんに預けられたのか、その理由を聞こうか考えた。
だが、クロスアルド家について、自分よりも無知なオズが、そのことについて詳しく知っているとは思えず、今は聞かないことにした。
「……エ…エンジーは?」
ぎこちなくオズが聞いた。
「……え?」
「家に…、帰らねーの?」
目を反らせて聞くオズに、エンジーは目を向けた。
「ああ…、うん…。僕が帰ってもな……。それよりも、ライアンにかけられた呪いを解く方が、今の僕にとっては大事なことだ」
エンジーはどこか遠くを見つめるような表情をすると、すぐにオズに目を戻して言った。
一瞬寂しそうに見えた彼の表情が気になったが、オズは、ライアンの事を第一に考えるエンジーに笑顔を見せた。
「そうか…!」
「………」
「………」
二人の間に、少し沈黙が流れた。
お互いに、今後どうするか考えているようだった。
エンジーはチラッとオズに目を向けた。
「…もう少しここに居るなら……」
エンジーが言うと、オズはそちらに顔を向けた。
「明日、高等部のチャペルに行ってみないか?」
「えっ⁉」
オズは目を見開いてエンジーを見た。
「高等部に、ブレイムレンっていう神父がいるんだ。彼は、創立者であるワンダーソン祭司のことや、この学園についてよく知っているから、呪いについて彼に聞けば、何か分かるかもしれない」
「………」
エンジーが説明するも、オズは目を見開くばかりだった。
「…?オズ?……行くのか?行かないのか?」
エンジーが答えを促すと、オズはハッとして慌てた。
「…あっ…!い、行くぜっ!オレもマクーストの呪いについて、いろいろ聞きてーし!」
勢いよく言うオズに、エンジーは笑顔を見せた。
「なら、そのマクーストも誘いなよ」
「……え?」
オズはハタッと動きを止めた。
「自身の呪いのことだ。本人が、一番知りたいことだと思う。…僕も、ライアンを誘ってみるからさ」
オズは、エンジーの意見に納得した。だが、オズにとって、今、マクーストと顔を合わせるのは気まずいことだった。
「………」
オズは少し考えた。…が、すぐに頷いて返した。
「わかった。誘ってみる……」
部屋に戻ったオズは、電話の受話器を片手に持ったまま悩んでいた。
「………」
どうやらマクーストを誘うために電話をかけようとしているようだが、あれきり言葉を交わしていないオズは、彼と話すことは気まずいことだった。
(……よしっ!)
少しの間悩んだオズだったが、意を決して電話のダイヤルを回し始めた。
大きな屋敷が並んだ住宅街。
一番角の屋敷は、鉄格子の立派な門があり、脇に備え付けられたガラスの灯篭には火が灯っていた。
屋敷の中では電話のコール音が鳴り響いた。
暖炉があるリビングで本を読んでいた少女は、電話の音に気が付くと、軽やかな足取りで廊下に出て来た。
廊下にある電話の受話器を背伸びして取ると、少女はそれに耳をあてた。
「はい!もしもし?」
少女は元気のいい声で、受話器の向こうの相手に尋ねた。
マクーストの家に電話をかけたオズは、予想外の人物が出たことで少し慌てた。
「あっ…、あの…、オレ、オズっていうんだけど…、マクーストいるかな?」
「お兄ちゃん?ちょっと待って!」
少女はそう答えると、受話器を棚の上に置き、パタパタと二階へ駆けて行った。
「………」
オズは、遠くなっていく足音を聞きながら、マクーストが電話に出るのを待った。
鼓動の高鳴りを感じたが、オズは気にしないようにした。
二階へと続く螺旋階段から、マクーストが降りて来た。
受話器から足音が近づいて来るのがわかり、オズはハッとした。
「……もしもし?…オズ…?」
マクーストが受話器越しにオズに聞いた。
彼の声は、元気がない気がした。
オズは、いつもと変わらない様子を装おうとした。
「…あ…、マクーストか?…暑いけど、元気でやってるか?呪いは発動してねーか?」
「…え?…う、うん。元気だよ。あれから発作も出てない。……オズの方は?」
「あ、ああ、うん。こっちも変わらずだ!」
「…そう、良かった。………」
「……。……あ……」
やはりあの告白があってから、二人は気まずい関係になってしまった。
オズは必死に会話をつなげようと、何を話そうか考えた。
「あ、さっき電話に出たのが、お前の妹か?」
「え?…あ、うん。そう…。マリィっていうんだ」
「へぇ、可愛いな!」
「結構わがままで自由奔放だから、大変だけどね」
マクーストは微笑しながら言った。
オズもそれにつられて笑った。
少し和んだこともあり、オズはホッとして、本題へ入った。
「…あのさぁマクースト。明日、空いてるか?」
「……え?」
マクーストは、ドキッとして聞き返した。
「いや、あの…。実は今日、エンジーと高等部の祭司の所へ話を聞きに行こうってことになったんだ。…で、呪いのこと、何か分かればと思って…。だ、だから、お前とライアンも誘おうってことになって…!」
「……オズ…。まだ学校にいるの?」
マクーストは眉を顰めて聞いた。
「あ、ああ。お前の呪いのこと、何か分かればと思って…。ライアンに、お前と同じような呪いがかかってることも知ってるだろ?だから、エンジーも、どうしてもヤツを救ってやりたいみたいなんだ」
マクーストは、敵対していたオズとエンジーが何故急に団結し出したのか分からなかったが、オズがそれを先に説明した。
「……僕の呪いのことで、残ってくれてるんだね………」
「………っ」
マクーストの言葉に、何故かオズは罪悪感を抱いたように胸を痛めた。
「…ありがとう。明日、僕も行くよ。自分のことだし、オズだけに迷惑かけられない」
「そうか…!」
オズが顔を明るくさせると、受話器の向こうから声が聞こえて来た。
「お兄ちゃん、明日オズってお兄ちゃんとどこか行くのー?」
妹マリィの声が聞こえないように、マクーストは慌てて受話器に手をあてた。
「コ、コラっ!あっちで本読んでなさいっ!」
注意されたマリィは、「べーっ」と下を出すと、リビングの方へ駆けて行った。
マクーストはため息をつくと、慌てて受話器を耳に戻した。
「ご、ごめんっ!マリィが勝手なこと言って」
何度も男と間違われ、自分に呆れ気味のオズだったが、気を取り直した。
「…いや、慣れてるから大丈夫だ…。じゃあ明日、学校の庭園で落ち合おうぜ」
「うん…」
「
二人は互いに電話を切った。
その日の夜更け。
ベッドに入ったオズは、なかなか寝付けない様子で、じっと天井に目を向けていた。
(……マクースト。思っていたよりは元気そうな声してたな。呪いも発動してねぇみてーだし、とりあえずは大丈夫そうだ……)
オズは寝返りを打って、神妙な面持ちで考えた。
(……お前とは釣り合わねぇって、マクーストにちゃんと言わねぇとな……。アイツもちゃんと自分の気持ち言ってくれたんだし、このまま気まずいままじゃだめだ……)
オズは目を閉じた。
(オレがアイツを気にかけるのは、何の罪もない純粋な心を持ったアイツに、なぜ呪いがかかったのか…、それが知りたいからなんだ。確かにアイツはいいヤツだ。優しいし、思いやりがある…、……けど……)
❘ ライアンにかけられた呪いを解く方が、今の僕にとっては大事なことだ ❘
「っ⁉」
突然、エンジーの言葉を思い出し、オズはハッと目を開けた。
「……アイツも…。エンジーも、オレと同じ気持ちなんだな……」
オズは再び仰向けになって、天井を見つめた。
(…急に掌返しやがって……。……休暇の間、休戦してるからなのか……?)
オズの目は天井に向けられているものの、映しているのは、自分の名を呼んだ時のエンジーの顔だった。
翌朝。
最上階の廊下を歩くエンジーの姿があった。
エンジーは、目的の部屋の扉の前に来ると、ノックを鳴らした。
部屋の中は、陽が昇っているにもかかわらず、未だカーテンがかかり薄暗かった。
ベッドでは、昨夜遅くまで起きていたオズが、まだ眠っていた。
「う…んん…」
オズはノックの音に気付かず、寝返りを打った。
「…いないのか…?」
エンジーは、首を傾げると、再度ノックした。
「オズ?…いないか?」
扉の外からエンジーが声を掛けると、オズはパチッと目を開けた。
「っ⁉」
ガバッと勢いよく身体を起こしたオズは、辺りをキョロキョロ見回した。
窓の方を見ると、閉めたカーテンの隙間から光が差し込んでいる。
オズは、寝過ごしたことにようやく気が付き、慌ててベッドから飛び降りた。
「や、やべっ!」
するとオズは、身なりに構うことなく、そのまま扉の方へ走って行った。
「すまねぇっ‼寝過ごしたっ‼」
バタンッと扉を勢いよく開けて言うオズに、エンジーは驚いて目をやった。
「……オ…、オズ……」
「………へ?」
拍子抜けしたように自分に目を向けるエンジーを見て、オズはハッとした。
寝起きの今の姿は、タンクトップに短パンという無防備な格好の上、髪は寝ぐせで爆発していた。
「~~~~っ⁉」
オズは、かぁ~~~っと顔を真っ赤にさせ、部屋に戻って勢いよく扉を閉めた。
「ちょ、ちょっとそこで待っててくれっ!すぐ着替えるからっ‼」
扉越しに言われたエンジーは、あっけにとられたまま返事をした。
「…あ、ああ……」
オズが女だということを忘れていたエンジーは、頬を若干赤くさせ、くるっと扉に背を向けた。
部屋の中では、オズが急いで制服に着替えていた。
(くそぉ…っ!アイツに油断した姿見られちまった…。田舎のじーちゃんやビーゼルと訳が違うってのにっ‼)
鏡の前で髪をとかしながら、オズは、自分の頬が赤く染まっていることに気が付いた。
「………っ」
オズは、手に持ったクシを置き、じっと鏡の向こうの自分を睨んだ。
数分後、部屋の扉が開き、中から制服姿のオズが出て来た。
向かいの窓の方に背を付けて待っていたエンジーは、ハッとして身体を起こした。
「…ま、待たせたな…」
オズは目を反らせて言った。
「いや…。朝は苦手か?」
少し気まずそうにエンジーが聞いた。
「べ、別にそういう訳じゃねーよ!…昨日、寝付けなかっただけだ…」
オズは扉を閉めながら答えた。
「何か気になることでもあるのか?」
「っ⁉」
聞かれたオズは、エンジーの顔を見ると言葉を詰まらせた。
「…な、なにもねぇよ!」
赤い顔を隠すように、オズはエンジーに言い放つと、スタスタと廊下を歩き始めた。
「………」
オズの様子を黙って見ていたエンジーは、小走りで彼女の後に続いた。
庭園には、既にマクーストが来ており、アルミ製の白い椅子に腰を落として、みんなが来るのを待っていた。
午前中は、まだ猛暑と言うほど暑くはなく、過ごしやすかった。
晴天の空には真っ白い雲がゆっくり流れ、庭園内は蝉の声が響き渡っていた。
「………」
マクーストは、視線を落として、黙って何かを考えていた。
(……僕のために、懸命になってくれるのは、僕と同じ想いを抱いてるからじゃないのかな……。なら、一体どうしてそこまで必死になるんだろう……)
オズに告白したものの、未だ返事をもらっていないマクーストは、オズが自分に気がないことに、薄々気が付いているようだった。
マクーストは、目を閉じ、「ふぅ」っとため息をついた。
「…おはよう」
突然後方から声がして、マクーストはハッと目を開くと、そちらへ顔を向けた。
「あ…っ、ラ、ライアンさん……」
マクーストの前に現れたのはライアンだった。
マクーストは立ち上がり、ライアンにお辞儀をした。
「おはよう!今日はよろしくね、ライアンさん」
「…うん…。…あの……」
マクーストを見るなり、ライアンは少し言い辛そうに視線を背けた。
そんなライアンにマクーストは「?」を浮かべた。
「呼び捨てでいいよ。同じ学年なんだから」
「あ…っ。そ、そうだよね!ごめん」
マクーストは照れながら頭をかいた。
「座ってもいい?」
ライアンに聞かれ、マクーストは向かいの椅子に掌を向けた。
「どうぞ」
二人は椅子に腰を落とした。
「マクーストは、オズに呼ばれたの?」
ライアンが聞いた。マクーストは頷いた。
「うん。…ライアンは、エンジーさんに?」
マクーストに聞かれ、ライアンは頷くとクスクス笑った。
「ど、どうしたの?」
マクーストは、少し焦って聞いた。
「いや…。エンジーのことも、呼び捨てでいいと思うよ。…彼、嫌がると思うな」
「えっ⁉…で、でも、オルマンダ家のご子息さんなのに…。い、いいのかな…?」
躊躇するマクーストに、ライアンは笑顔を向けた。
「だからだよ」
「…え?」
マクーストは分からず、疑問に思った表情をライアンに向けた。
「エンジーは、特別扱いされるのが嫌いなんだ。だから、彼のことも、みんなと同じように呼んであげてよ」
ライアンの表情は、いつになく穏やかに見えた。
「…わ、わかった…」
マクーストは、ライアンをじっと見つめながら頷いた。
「彼のこと、よく知ってるみたいだね。…付き合いは長いの?」
マクーストの問いに、ライアンは首を横に振った。
「僕が王に選ばれてからだよ。それまで、話したことも無かった」
ライアンは視線を下げた。そんなライアンを見つめながら、マクーストは少し目を見開いた。
「そうなんだ。なんか意外だな。いつも一緒にいるから、ずっと仲がいいのかと思ってたよ」
「守護者たちの輪に馴染めるように、一番最初に話しかけて来てくれたんだ。…今思えば、王を守ることが彼の任務だったからなのかな…」
寂しそうな顔をしていたライアンは、顔を上げて、マクーストに笑顔を向けた。
「けどね…、僕は彼との絆を、これからもずっと大事にしていきたいと思ってるんだよ」
マクーストは、その笑顔をじっと見つめた。
「…きみも、そうじゃないの?」
「……え?」
マクーストは、ライアンに聞き返した。
「オズのこと…。きみの中で、とても大きな存在になっているんでしょ?」
「っ⁉」
マクーストは顔を赤くしてうつむいた。
そんなマクーストを見て、ライアンは微笑んだ。
「きみたちも、いつも一緒にいるね」
ライアンに言われ、マクーストはハッとした。
すると、寂し気な表情で口を開いた。
「…オズも…、エンジーと一緒なんだろうな…。与えられた任務のために、僕のことを守ってくれてる…。……ただ、それだけなんだ…。…だから、僕の気持ちには、応えてくれない……」
マクーストはうつむいて、膝に置いた手をぎゅっと握りしめた。
「……マクースト……」
ライアンは、そんなマクーストを見つめると、ふと視線を反らせた。
辺りの花々に目をやり、少し考えてからマクーストに話し出した。
「…ねぇ、マクースト…」
マクーストは、ゆっくり顔を上げてライアンを見た。
「もしきみが、僕と同じ気持ちなんだとしたら、きみも、オズとの絆をずっと大事にしていきたいって思っているはずだよね…?」
「……っ⁉…も、もちろん、そうだよ⁉」
マクーストは大きく頷いてライアンに言った。
「…だとしたら…、きみは、オズの幸せを一番に願っているはずだよ?」
「……っ」
マクーストは黙ってライアンをじっと見た。
ライアンは話を続けた。
「…オズを大切にしたい。ずっとそばに居たいって思うのは、いけないことじゃない。…でも、きみも彼女も、可能性をたくさん秘めてるんだ。…きみは、彼女の可能性を潰して、悲しませるようなことはしたくないはずだよ?」
ライアンは、先ほどと同じく、穏やかな目を向けて、マクーストに言った。
「………」
マクーストは、ライアンから視線を反らすと、自分の胸に問うように考えた。
「…相手も、自分と同じ気持ちを抱いてくれたら、どれだけ幸せなことか…。でも、それは、すごく難しいことだ……」
ライアンも、マクーストから視線を反らせて呟いた。
マクーストは、その言葉を聞いて、顔を上げた。
ライアンは、穏やかな表情を消して、寂しそうに意味深な顔をしている。
すると、マクーストの方に目を向け、マクーストは「ドキッ」と鼓動を高鳴らせた。
「きみの気持ち…、僕には、すごくよく分かる…」
「……えっ……?」
「………」
マクーストとライアンは、少しの間、目を合わせた。
今の言葉の意味を聞こうと思ったが、マクーストは言葉が出て来ずに、そのまま黙った。
すると、ライアンが話し出した。
「…頬…、痛そうだね…」
マクーストは、まだ少し腫れている左頬に、ライアンが目を向けているのに気が付いた。
「あっ…。だ、大丈夫だよ!ビーゼルが殴ってくれて良かったよ…。じゃなきゃ、僕、呪いの力でどこまで暴走してたか分からない…」
自分が記憶を失ってる間、皆にどれだけ迷惑をかけたかを想像し、マクーストは視線を落とした。
「…きみの呪いも、王に選ばれた時からなんだってね」
ライアンの言葉に、マクーストはハッとして頷いた。
「う、うん。…まさか、ライアンも呪いにかけられているなんて思わなかったよ。…それに…、僕よりもひどい……」
マクーストは、終礼業式の事を想い出して、言い辛そうに言葉を濁らせた。
「一緒だよ。呪いは呪いだ。…どっちがひどいなんて…ないよ…」
ライアンは、少し眉をひそめて返した。
「………」
マクーストは、ライアンをじっと見つめた。
(……そんなはずない…。こんなに冷静沈着なライアンが、あんな呪いにかかるなんて…、きっと耐え難いほど…惨めで辛いはずだ…。僕はこんな性格だから、運からも見放されて、隙を突かれて呪いにかかるのは当然かもしれない…、でも、ライアンは、自分の気持ちをしっかり持って、こんなに強く毅然としている…。なのに、一体どうして……?)
「よぅ!待たせたな!」
マクーストはハッとした。
マクーストとライアンは、声のする方向へ顔を向けた。
二人のいるテーブルへと、オズとエンジーが歩み寄って来た。
マクーストは、気まずそうに視線を反らせた。
ライアンは、マクーストの気持ちを察して、オズに目をやった。
すると、オズの持っているモノに気を取られ、それをじーっと見た。
「…?」
オズはライアンの視線に気が付いた。
「あ!すまねぇな。朝飯食ってねぇんだよ!」
オズは、手に持ったパンを掲げて、照れながら笑った。
「エンジーが急かすから、これしか買えなかったんだ」
オズは、親指をエンジーに向け、ジロッと目を向けて言った。
エンジーはムッとして返した。
「オズが寝坊するからだろ」
「なっ⁉お前のせいじゃねーかっ‼」
「なんで僕のせいなんだよっ⁉」
「…ま、まあまあ…」
言い合う二人を、ライアンが見かねて止めた。
二人がお互いの名前を呼び合っていることに、ライアンは嬉しそうに微笑むと、再びマクーストに目を向けた。
マクーストは、まだ視線を背けている。
「今ね、マクーストと、ちょうど呪いの話をしていたところなんだ。…ね?マクースト?」
ライアンはマクーストに声をかけた。マクーストは顔を上げた。
「…う、うん…」
オズは、マクーストに駆け寄った。
「あれから、発作は出てないって言ってたけど、大丈夫か?…それに…、ビーゼルが殴った跡も……」
心配した表情で見つめられ、マクーストはかぁっと顔を赤くして顔を背けた。
「…だ、大丈夫……」
「………」
例のことで、気まずい気持ちを抱いていることを察し、オズも黙って顔を背けた。
「………」
ライアンは、そんな二人を心配そうに見つめた。
「…ライアンは、その後、大丈夫なのか?」
エンジーが、ライアンの方へ歩み寄って聞いた。ライアンはそちらへ顔を向けた。
「うん。あれからは、何もないよ。ありがとう」
「そうか…。よかった」
笑顔で答えるライアンに、エンジーも安心して笑顔を向けた。
「高等部のチャペルに行くんだよね?そこの祭司が、呪いのことについて知ってるの?」
ライアンがエンジーに聞くと、オズとマクーストも、そちらへ顔を向けた。
「副校長が言ってただろう?百年前にも、同じようなことがあったって。…そこの神父「ブレイムレン」は、そのことについて、詳しく知っているはずなんだ。彼は、創立者である「ワンダーソン祭司」を崇拝していて、クアトロ・コートの歴史について、深く調べているんだ」
エンジーは、ライアン含め、他の二人にも説明した。
「そんな凄い人がいたんだ…」
マクーストは呟いた。
オズは、エンジーの話を聞くと、眉を顰めた。
「なんでお前がそんな事知ってんだ?「ワンダーソン祭司」のことについても、詳しかったよな?」
オズに言われ、エンジーは仕方なしそうに答えた。
「……親から、教えられるんだよ…。飽きるくらいにね……」
三人はハッとした。
「オルマンダ家は、代々クアトロ・コートに名を残してきたんだ。学園の事を誰よりも知っていないと、恥になるからって…。父もそう言われて育ってきた。だから、僕も兄さんも……。一番上の兄もね……」
「エンジーは三人兄弟なの?」
マクーストが聞くと、エンジーは少し驚いたように彼を見た。
マクーストはハッとして頭を下げた。
「あっ!ご、ごめんっ!急に呼び捨てで呼んで…っ」
「…い、いや。ここのみんなは、僕がオルマンダ家の人間だから、あんまり気軽に話しかけてくれないんだ。……特に、白月側には、嫌われていると思っていたから…」
「…っ⁉」
エンジーがそう返すと、マクーストは顔を上げた。
「だから、嬉しいよ」
エンジーは、穏やかな表情でマクーストに微笑んだ。
「………っ」
マクーストとオズは、初めて見るエンジーの優しい表情に、驚いて見入っていた。
そんな二人を見て、ライアンはクスッと笑うと、話を続けた。
「アンバーさんっていうんだよね、一番上のお兄さんって。確か、お父さんの会社の後継者だって…」
「一番の信用を得てるんだ。アンバー兄さんは、父さんの機嫌をうかがうのがうまいし……、言いなりなんだよ」
エンジーは、ため息をついてライアンに言った。
「………」
大富豪の跡継ぎの話など、縁のないオズとマクーストは、入る隙も無く黙って聞いていた。
二人に気が付いたエンジーは、慌てて話を元に戻した。
「ぼ、僕の家のことはいいんだよ!それより、早く高等部のチャペルに行こう!」
そうして、四人は目的の場所へと向かった。
次回へつづく
いつも最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
参考になりますので、誤字脱字等あれば、ご指摘いただけるとありがたいです。
表現も所々間違えてると思います…。
毎度読みにくくてすみませんです。
次回は、第九話の後編になります!




