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EP9. 【ある夏の日の告白 後編】

高等部のチャペルにやって来た四人は、神父が来るのを中で待っていた。

中等部のチャペルと、外観も内観も似ていたが、一つの違いをオズが見つけた。

オズは、祭壇の上方を見上げると、ふと声を漏らした。

「…ガラス……?」

そこには祭司を模(かたど)ったステンドグラスではなく、大きな窓ガラスが張られていた。

等間隔に仕切られてはいるものの、それがあるのを感じさせないほど、外からの光をチャペル全体に行き渡らせいた。

「以前は、中等部のと同じように、ワンダーソン祭司の全身を模ったステンドグラスがあったんだ。…けど、十年ほど前に立て直しをして、この形になったんだ…。流行りの新しい建築を取り入れたいっていう、上の考えらしいけど」

オズの横に来たエンジーが若干不満そうに言いながら、同じように、青空が映る大きな窓を見上げた。

「………」

オズは、黙ってエンジーを見ていた。

すると、チャペルの重い扉が「ギィィ」っと開いた。

四人はそちらへ身体を向けた。

扉を開けて、中へ入って来たのは、神父である証拠の黒いカズラを纏い、銀色の長い眉と髭を生やした七十近くの老人だった。

だが、全てがいかにも老人という訳でもなく、、背筋を正し、彼の特徴ともいえる長身は、まだ衰えてはいなかった。

その神父は、チャペルの扉をゆっくり閉めると、四人の方へと歩いて来た。

神父が近づくにつれ、その長身が目立ち、四人は彼を見上げた。

「中等部の生徒さんたちですね。私はここの神父「ブレイムレン」と申します。…私に聞きたいことがあるとうかがったのですが…?」

神父ブレイムレンは、四人の顔をそれぞれ見ながら言った。

すると、エンジーに目を止めた。

「貴方が私を呼んだみたいですが…、お兄さんのことでしょうか?」

わざわざ高等部まで来るということは、ここに所属しているエンジーの兄、「ケイシー」の話だと、ブレイムレンは勘違いをした。

「彼の身体はすっかり良くなったみたいですね。もう心配いらないでしょう」

そのまま話を進めるブレイムレンに、オズは眉を顰(しか)めてエンジーを見た。

「あ、いえ…。兄のことではないんです」

エンジーは、他の三人を気にして、慌てて神父に返した。

「…?では、他の用件ですかな?…私に聞きたいことというのは」

ブレイムレンは、他に思い当たる節が無く、首を傾げて聞いた。

「はい。…実は…」

エンジーは、話を始めようと、ライアンの背中に手を回して、彼をブレイムレンの前によこした。

「彼はライアンといいます。今年の黒陽の王に選ばれたんですが…、実は彼は、祭司の呪いにかけられているんです」

神父の前に来たライアンは、視線を落とし、ペコッと会釈をした。

「っ⁉」

ブレイムレンは、目を見開いて、ライアンを見つめた。

「…それから…」

エンジーが話を続けると、オズに目を向けた。

オズは、その意図を悟り、ブレイムレンに話しかけた。

「こいつも、ライアンと同じように、呪いにかかっています。…マクーストっていって、今年の白月の王です」

「…な、なんということだ…っ」

ブレイムレンは、驚いた顔のまま、マクーストに目を向けた。

マクーストは、慌てて頭を下げた。

「僕たちは、この二人にかけられた呪いを解く方法を探しています。…リヨンド副校長から、百年前に同じようなことが起こったことは聞いています。……けど、詳しいことは、分からず仕舞いで…」

「それで、あなたがこの学園のことに詳しいって、コイツから聞いて、その百年前に起こった呪いについて、うかがいに来たんです!」

エンジーに続き、オズが前に出て言った。

「………」

威勢の良いオズに、ブレイムレンは、しばらく彼女に目を向けていた。

すると、一度目を閉じ、身体を返して、頭上の大きな窓を見上げた。

「…あのことについて書かれた古文書は、もう中等部にはないですか…。どこにいったものやら……。…そう、確かに約百年前に、祭司が、黒陽・白月の王座に乗り移るという奇怪な事件が起こりました。…しかもそれは、生前穏やかだった祭司の思想とは、まったく異なったものでした…」

眉間に皺を寄せて言うブレイムレンの言葉に、四人は顔を上げた。

「…まるで悪魔が乗り移ったようだった。互いの王座は、妙な力を授かり、学園の職員だけに飽き足らず、生徒にまで危害を加えるようになってしまいました…。…あれは正しく悪夢…。…学園内は地獄と化していきました……」

「……っ⁉」

話を聞いた四人は、思わず息を呑んだ。

「…そ、それで、どうなったんですか?」

オズは、続きを促した。

「学園は、廃校を余儀なくされました。…けれど、無くなるまではいかず、数年間の休校…、ということになったのです。…百年前には既に名門校となっていたクアトロ・コートです。廃校は、近隣の住民、そして、富裕層から反対の声があり、免れたようですね…」

「…けど、祭司が乗り移り、悪魔のようになってしまった生徒は、一体どうなったんですか…?」

ライアンが、不安そうにブレイムレンに聞いた。

「学園を閉めた後は、酷く衰弱しきっていたようです。…だが、日に日にそれも良くなり、数年後、学園が開校する頃には、確か体力も充分に回復したと記録されていました」

「…そう…ですか…」

ブレイムレンの言葉を聞いて、ライアンは胸を撫で下ろした。

「あの…、何故、祭司が悪魔のように変貌したんでしょうか…?」

今度は、マクーストが疑問に思って聞いた。

ブレイムレンは頷いて返した。

「あまりにも奇怪な出来事だったために、地元の保安協会含め関係者全員が、事の真相を追求しようとしたようですね。…まず、事件が起こった近況の学園の変化について、探求し始めました」

「………」

四人は、ブレイムレンの話を真剣に聞いた。

「四つの部門のうち二つの部門の、「ワンド」と「ソード」が、権力争いを強化し始めたのが、事が起こるちょうど一年前だということが判明しました。具体的な内容は、他の二つの部門「カップ」と「ペンタクル」に、力を見せつけるように、「ナイトゲーム」を開催して、真剣勝負を行ったそうです。…「ナイトゲーム」は、今でもその名残から、クアトロ・コートの伝統的行事になっているのは、ご存じだと思いますが…」

オズ以外の三人が、ブレイムレンに頷いて返した。

ブレイムレンは、視線を下げた。

「…ワンドとソード…。互いの選手は、一歩も譲らぬ接戦となりました。…最後の大将格となる生徒同士の真剣勝負の一戦で……、棒が胸を貫き、あろうことか、死人を出してしまったのです…」

「………っ⁉」

四人は驚いて言葉を失った。

「初めは、その犠牲となった生徒の霊が乗り移ったものだと解釈したらしいですが、呪いにかかった王座の二人が、後に真実を明かしてくれました。彼らは、祭司に呼びかけられていたと語ったのです。…「破壊を生む力、愚かさを捨てよ」…。その二人は聞いた怒りの声は、かつて、祭司が唱えた教えの一つでした。なお、その声は、王に選ばれる前から聞こえていたというのです。…その二人は、以前から、祭司を心からお慕いしていた者で、既に祭司から選ばれた者だった…。それが、百年前に起こった事件の真相です」

「………」

同じ立場であるマクーストは、驚いた表情で聞いていた。

しかし、反対にライアンは、考え込むようにうつむいた。

ブレイムレンは、一通り話し終えて一呼吸おいた。

すると、オズが口を開いた。

「……ワンダーソン祭司が、怒ってるんだな…。子供たちに健やかに育って欲しいと願い、この学園を創ったのに、バカげた権力を見せつけるために、争いを巻き起こして…。挙句に犠牲者まで出したことに…。…きっと、計り知れない絶望感で、そんな学園を見ていたんだ…。そしてそれが抑えられなくなって……」

話を聞いたオズは、やりきれなさと怒りがこみ上げ、険しい顔をして言った。

「………」

ブレイムレンは、そんなオズにじっと目を向けた。

すると、身体を返し、今度はライアンとマクーストの方に顔を向けた。

「…きみたちに降りかかっている呪いとは、具体的には、一体どのようなものなのですか?差し支えなければ、お教え願えますか?」

ライアンとマクーストは、ブレイムレンに聞かれると、互いに目を合わせた。

「………」

ライアンが言い辛くしているのを察し、マクーストから話し出した。

「…僕の呪いは、ワンダーソン祭司の愛犬であった「ジルファ」が時々乗り移るんです。…乗り移っているとき、僕は記憶が無いんですが、オズ達、みんなの証言では、その時、目が赤く光り、近くにいる人を襲う習性があるようです……」

マクーストは、視線を落としながら説明した。

自分に降りかかった呪いについて、言い辛そうに話すマクーストを見て、オズとエンジーも彼の気持ちを察し、同様に視線を下げた。

エンジーは、すぐそばでうつむいているライアンに目を向けた。

「………」

「…そうですか…。ありがとう……」

マクーストの説明を聞き、彼に乗り移っている呪いのことを理解したブレイムレンは、次にライアンの話を聞こうと、身体の向きを変えた。

「…ライアン…。僕が代わりに話そうか?」

気を使ったエンジーが、ライアンに聞いた。

ライアンは顔を上げ、エンジーと目を合わせた。

「……ううん。大丈夫。…僕が自分で話すよ」

ライアンは、エンジーに微笑を向けて答えると、ブレイムレンの方へ身体を向けた。

ライアンは、真っすぐにブレイムレンを見た。

「…僕に降りかかっている呪いは、色欲です。…昔、祭司が最も苦難したと言われた罪のようです」

「……それはっ⁉……なんとも……」

ライアンの言葉で察したブレイムレンは、哀れんだように彼を見つめた。

「……確かに…。一生を神へささげた御心のワンダーソン祭司は、清らかな身体を貫き通すことに苦悩したと伝えられているが…。まさかそんなことが……」

マクーストの呪いも含め、信じられない様子のブレイムレンは、ライアンとマクーストを交互に見つめた。

「オレたちは、こいつらが何でそんな呪いにかからなきゃなんねーのか、理由を知りたいんです!それで、こいつらの呪いを一刻も早く解いてやりたい…。ブレイムレンさんは、なんでこんなことが起こったのか、この学園のことで、何か心当たりは無いですか?」

静かなチャペルで、威勢のいいオズの声が響き渡り、ブレイムレンは、少し驚いたように彼女を見た。

「あなたはさっき、同じことが起こった百年前の出来事について話してくれましたよね?…今回の原因が、その時のものと同じなら、なにか祭司の意にそぐわないことが、この学園で起きていることになる!…それについて、ブレイムレンさん…、あなたは何か知りませんか⁉」

オズは、しきりにブレイムレンに詰め寄った。

「………っ」

先ほどから、何か引っかかりを感じていたブレイムレンは、穏やかな顔でオズに聞いた。

「…あなたは、この学園のことについて、あまり詳しくは知らないようですね。あまり見ない顔ですが…」

まだ自己紹介をしていなかったオズは、ハッとして、慌てて頭を下げた。

「…あ…っ!し、失礼しましたっ!オ、オレ、オズっていいます!…今学期から、クアトロ・コートの白月3年一組に転入しまいた‼…守護者ペイジを担っています!」

パッと顔を上げるオズに、ブレイムレンは、強い眼差しを向けた。

「随分活気のある生徒が転入してきてくれたようで、歓迎しますよ。…転校生が守護者を担うとは…。その元気な行動力が見初められてのことなのでしょうか?」

ブレイムレンがオズに聞くと、オズは、視線を反らせた。

「……いえ…、実はオレ、富豪クロスアルド家に血縁関係があるらしくて……」

「っ⁉」

ブレイムレンは目を見開き、すぐさまエンジーに目を向けた。

「………っ」

エンジーは、罰が悪そうに視線を下げた。

「…?」

その様子を、オズは不思議に思って見ていた。

ブレイムレンは、すぐにオズに目を戻した。

「校長…、メンジャークリンに頼まれてのことですか?…それとも、クロスアルド家の者から…?」

「…オ、オレも、直接頼まれた訳じゃないので…。実は、一緒に暮らしていたじいちゃんに、クロスアルド家の人から電話があったみたいなんです。二年前、エースの座に就いていたクロスアルド家の息子が、不慮の事故に遭ったから、その代わりを務めて欲しいって。……オレは、ただそれだけで、クロスアルド家の人間とは、実際に会ったことはありません」

オズの言葉を、目を閉じて黙って聞いていたブレイムレンは、ゆっくりと目を開いてオズを見つめた。

「……そうですか…。クロスアルド家の息子…「シリウス」が、不慮の事故に遭った経緯について、あなたは聞いていますか?」

「……いや」

ブレイムレンの問いに、オズは首を振って返した。

ブレイムレンは、何かを考えると、再びオズに聞いた。

「……では、オズ。この学園に来て、学び、暮らしてみてのご感想を、ぜひともお聞きしたい。…この学園は、あなたにとって、いかがなものかな?」

「…えっ⁉」

ブレイムレンに聞かれ、オズは戸惑い、少し考えた。

「………」

考えるオズに、エンジーは、じっと目を向けていた。

「そう…だな。…なんか、変な学校だと思いました」

オズの答えに、ブレイムレンは、「?」を浮かべた。

「ほう。具体的には、どういった辺りが?」

「だって、普通の学校じゃ、白月と黒陽なんてもんに分かれてねーし、オレのいた田舎の学校も、そんなもんなかった!…一緒に勉強するのに、なんで対立する派閥が必要なんだ?」

オズの言葉に、全員がハッとした。

「増してや競い合うなんて…。協調性を養うなら、もっと他にやり方があるはずだ!学園自体はお遊びのつもりかもしれねーが、ここのは度を越えている!」

「………」

響くオズの声に、全員は黙った。

エンジーは、少し驚いた表情で、オズを見ている。

「…オズさん…」

マクーストとライアンも、オズにじっと目を向けていた。

「…それに…、ここは隠し事が多すぎる。…学園で起こった火事のことや、クロスアルド家とオルマンダ家の息子同士の争いについて、何も教えてくれねーんだ。…転校生のオレだけならまだしも、ティオラや、ネル…。ここにいるマクーストや生徒達が、通っている学園で起こったことについて何も知らねーなんてっ!そんなの…、そんなのおかしいじゃねーかよっ‼」

興奮したオズは、ここがチャペルであり、増してやブレイムレン神父の前と言うことも忘れ、今までに溜まった不満をぶつけた。

ブレイムレンは、少し微笑み、肩で息をするオズの前へと歩いた。

「貴重なご意見をどうもありがとう。オズ」

息を切らしたままのオズは、黙ってブレイムレンを見上げた。

ブレイムレンは、チラッとエンジーに目をやった。

それに気が付いたエンジーは、じっとブレイムレンを見つめた。

ブレイムレンは、頷くように目を閉じ、また、オズに目を戻した。

「…貴女が、二人の呪いを解く日は近いだろう。…どうか、貴女に神のご加護がくださるよう、心から願っています…」

目を閉じたブレイムレンは、胸の前で指を組んで祈った。

「……え…?」

オズが戸惑っていると、ブレイムレンは、そのまま扉の方へと向かい、重たい扉を開け、静かに出て行った。

四人は、黙ってその様子を見ていた。


時は正午を回り、夏の太陽が高等部の庭園を、じりじりと照りつけていた。

四人は未だチャペルにとどまり、マクーストとライアンは椅子に座って、オズとエンジーは、二人の前に立っていた。

「………」

オズは、先ほどブレイムレンから言われたことが気になっているのか、ずっと険しい顔で考えていた。

「………」

エンジーは、そんなオズが気になるものの、声を掛けることはせず、ずっと俯いているライアンが気になり、そちらに目を向けた。

何かを察し、パッとオズが顔を上げると、今度は、オズがエンジーに目をやった。

「………」

マクーストも、ライアンがずっと元気のないことに気付いており、心配して声を変えた。

「…ライアン。大丈夫?…呪いのこと、話すのは勇気がいるよね…。僕も、なんだか凄く疲れたよ」

マクーストに話しかけられ、ライアンはハッとしてそちらに顔を向けた。

「…あ…、いや。大丈夫だよ」

ライアンは、マクーストを安心させるために、笑顔を見せた。

マクーストはホッとした様子で、話を続けた。

「百年前のことについて、詳しく分かったのはいいけど…、呪いの元凶については、分からず仕舞いだね…」

「……いや、そんなことはねーよ!」

マクーストの言葉に、オズが異を唱えた。

三人は、とっさにオズに目をやった。

「ブレイムレン神父は、ちゃんとヒントをくれたんだ。…オレに気付きを与えてくれた…。転校生であるオレが、この学園に対して思う気持ち…。それが呪いの元凶だ」

「…?一体どういうこと?」

マクーストが聞いた。

「今この学園は、百年前と同じ、無意味な論争をしてるってことだ!」

「……」

エンジーは黙ってオズを見た。

「派閥争いのこと?…けど、それは、今に始まった事じゃないよ?オズ」

マクーストに指摘されると、オズは返した。

「いつまでも争いをやめないことに、怒りが蓄積したんだろう。…それで、遂には百年前と同様に、致命的な事をが巻き起こってしまった…」

「……っ」

致命的…。すなわち、王座に選ばれた者へ下す呪いのことだと、マクーストとライアンは察した。

「問題は、その呪いが何でお前たちに降りかかったのかだ」

オズが、二人を見て言うと、マクーストが答えた。

「王座に選ばれたからなんじゃ…?」

「以前の呪いも、王座に選ばれた生徒が、犠牲になったからな」

エンジーが言った。

「けど、王座に選ばれる以前から、祭司の言葉が聞こえていたらしいじゃねーか。お前らは、そんなことねーだろ?チャペルでの礼拝も、他の生徒と同じようにしてただけじゃねーのか?」

「…う、うん。そうだよね…」

マクーストは、オズの言葉に納得して頷いた。

話に一旦の区切りをつけ、チャペルを出ようと、オズは扉の方へ足を向けた。

マクーストは、椅子から立ち上がり、オズの後へと続いた。

「行こう、ライアン」

エンジーは、椅子に座ったままのライアンに声を掛けた。

「……う、うん……」

顔を上げて、ライアンは返事をするものの、どこか躊躇したように、一度視線を下に向けた。

「……?……ライアン?どうした?」

なかなか来ないライアンを心配し、エンジーは、振り返って聞いた。

「………っ」

ライアンは、意を決したように顔を上げ、大きなガラスの窓に強い眼差しを向けた。

すると、椅子から立ち上がり、三人の方へ身体を向け、歩み寄った。

「…待って、エンジー。それに、マクーストにオズも…。きみたちに、話さなければならないことがあるんだ!」

「………?」

マクーストとオズも、そちらへ振り返った。

「話したいこと…?」

エンジーは疑問の顔をライアンに向けた。そこには、若干の不安を混じらせていた。

「なんだよ?オレ達に話したいことって」

オズは駆け寄り、エンジーの隣へとやって来た。

マクーストも、疑問に思いながら歩み寄って来た。

「……僕……。今まで黙ってたけど……。…実は、以前から祭司の声が聞こえてたんだ…」

「えっ…⁉」

ライアンの突然の告白に、三人は驚きを隠せなかった。

「ど、どういうことだよっ⁉じゃあ、お前は、やっぱり選ばれた王だったってのかっ⁉」

オズは、ライアンに詰め寄った。

「………」

ライアンはうつむき、黙って頷いた。

「………」

オズは驚いたまま、後ろで同様に驚いているマクーストと目を合わせた。

オズはエンジーに目をやった。

エンジーは言葉を失い、ライアンをじっと見つめている。

「……どうして…、今まで黙っていたんだ……?」

エンジーが口を開き、ライアンは、ビクッと身体を反応させた。

「……ご、ごめんなさい……。ずっと、話そうか迷ってたんだけど…。言い出せなくて……」

「なんでっ⁉なんでそんな大事なこと、今まで黙ってたんだよっ‼僕にっ、僕に隠し事はしないって言ったじゃないかっ‼あれは嘘だったのかっ⁉」

ショックを隠し切れず、カッとなったエンジーは、ライアンの肩を両手で掴んで揺さぶり、彼に問い詰めた。

ライアンは、苦痛な表情で視線を反らた。

「お、おい!よせよ!なにもライアンを責めることねーだろっ!」

オズはエンジーの手を掴み、ライアンから引きはがした。

「落ち着けって!コイツだって被害者なんだぜ!」

肩で息をし、じっとライアンを見るエンジーに、オズが言い聞かした。

「なぁ、ライアン。どういうことなのか、説明してくれよ。…なにか、オレたちに話せない理由でもあったんだろ?」

うつむくライアンに、オズが話しかけた。

マクーストも、心配そうにライアンを見ている。

「………」

ライアンは、チラッとエンジーの様子をうかがうと、ゆっくり頷いた。


とりあえず椅子にライアンを座らせ、三人は彼を囲うように立っていた。

少し心を落ち着かせたライアンは、一呼吸置いてから口を開いた。

「……実は、王に選ばれる前から、祭司の声が聞こえていたんだ…」

「………」

内心驚いていたが、三人は、続きを聞こうと、黙って次の言葉を待った。

「初めは、祭司と心が通じた……とでもいうのかな。はっきりとした声は聞こえなかったけど、チャペルのステンドグラスに模られた祭司の目を見るたび、彼が僕に何かを訴えかけている気がした……」

「それは、いつ頃のことだ?」

エンジーが聞いた。

「……一年生の…終わりごろ……」

ライアンは少し考えて答えた。

「そんなに前から……」

マクーストは驚いて呟いた。

「チャペルへは、よく?」

エンジーが再度聞いた。ライアンは頷いた。

「一年生の時から通っていた」

「祭司への、祈りの為か?」

今度はオズが聞いた。

「………」

ライアンは、すぐには答えなかった。

「……そう…、なるかな…」

「………」

そんなに前から、祭司に祈願するなにか事情があるのか…。三人はふと思ったが、個人のプライバシーに関わることの為、突っ込んだ質問はしなかった。

「…正式に声が聞こえ始めたのは、いつからなんだ?」

エンジーの質問に、ライアンは、眉間に皺を寄せて考えた。

「………。いつからだろう…。少しずつ聞こえ始めた気がする…。二年が終わるころには、それが祭司から下されるものだって分かっていた」

「いつも聞こえるものなのか?」

オズが聞いた。

「そんなことはないよ。本当にごく稀に。……呪いの犠牲になる時は、いつもより鮮明に聞こえてきたけど……」

「呪いの犠牲?」

「ライアンは、祭司から選ばれた者なのか?」

エンジーとオズに聞かれ、ライアンは頷いた。

「どうして?」

マクーストが聞くと、ライアンは少し考えた。

「……。…僕が…、祭司の想いを受け継ぐのに、ふさわしいと、祭司が思ってくださったから…。チャペルに通っていたからなのかな…。僕には、受け継ぐ素質なんてないって思ってるから、とても信じられないことだけど」

「………」

オズは、ライアンの話を聞きながら考えていた。

一年生の時からチャペルに通い、礼拝をしていたということは、祭司への…、いや、もしかしたら神へ祈願するほどの何か心の糧が、ライアンの中にあるのではないかと思っていた。

「………」

その隣では、エンジーも同じことを考えており、ライアンの表情をじっと見つめていた。

「…どうして、祭司はライアンを犠牲にするんだろう?…やっぱり、さっきブレイムレンさんが言ってた通り、なにか、祭司の怒りをかうようなことがあったの?」

マクーストは考え、眉を顰めながらライアンに聞いた。ライアンは答えた。

「僕が犠牲になることで、その元凶に気付きを与えようとしているんだ。…いわば、祭司からの忠告かな」

「その元凶って、もしかして、二年前の火事に原因があるのか?」

「っ⁉」

オズの質問に、その場の三人はハッとした。

「だって、それしかないだろ?ここで起こった大きな事件って。…違うか?」

「………」

エンジーは、オズから目を反らせた。

「じゃあ祭司は、聖菩樹とチャペルを燃やしたことに怒ってるってこと?」

マクーストは、「まさか」と言った表情でオズに聞いた。

「…そんなに簡単な話じゃねーかもしれねーな…」

オズが意味深にそう言うと、視線を反らせるエンジーにチラッと目を向けた。

「………」

エンジーはもとより、ライアンも同様に黙ってうつむいていた。

「ライアン。お前には、その元凶ってのが分かってるのか?」

オズはライアンに顔を向けて聞いた。

「…僕は、ただその元凶へ、「気づき」を与えるためだけの存在だから…」

「……そうか……」

少し落胆した様子で言うオズに、ライアンは申し訳なさそうにうつむくと、マクーストの方に顔を向けた。

「……マクースト……」

「…えっ?」

ライアンに声を掛けられ、マクーストは少し驚いた。

「…きみに、謝らなければならない…。僕が、きみを白月の王に選んでしまったんだ」

「えっ⁉」

場の全員が驚いた。

「ど、どういうことだよっ⁉」

オズは、とっさにライアンの前に出て聞いた。

「……選んだのは祭司だけど…、僕が、マクーストを…。いや、マクーストのような人物を推薦したんだ。元凶への忠告として、黒陽と白月の両方に呪いを与えなければならなかった。…呪いにかかっても、それに打ち勝つほどの強い心と、理解のある優しさを兼ね備えた人物…。だから僕は、どうしても犠牲者をもう一人出さなければいけないという祭司に願ったんだ。…僕と一緒に、最後まで戦ってくれる心強い仲間として…きみを……」

「…だから、僕が白月の王に…?…だから、祭司のパートナーである、ジルファの呪いを、僕が……」

自分が王に選ばれ、そして呪いにかかった経緯を知り、マクーストは驚きを隠せない表情で、じっとライアンを見た。

ライアンは、マクーストとは目を合わせられず、申し訳なさそうにうつむいた。

「で、でも、僕はきみが思う程、強い心なんて持ってないよ!優しさって言うけど、ただ、自信の無さから強く言えないだけで…!……僕は、きみが思ってるような凄い奴じゃない………」

マクーストは、祭司とライアンの気持ちを裏切ってしまうという不安から、胸を押さえてうつむいた。

「そんなことねーだろ?」

すると、オズがマクーストに言った。

ライアンとエンジーは、オズの方へ顔を向けた。

「……えっ?」

マクーストも顔を上げ、隣にいるオズに目を向けた。

「お前はここまで呪いと戦って来たじゃねーか。その証拠として、呪いの力に飲み込まれず、今、ここにこうやって立ってるんだ!今日、ここに来たのだって、自分の力で、呪いを解こうとしてるからじゃねーのか?それは全部、お前自身が呪いを受け入れ、それと向き合って前向きに生きてるってことだ!…そんなスゲーこと、他の奴に出来るか?」

「……っ⁉…オ、オズ……っ」

「ライアンだってそうだ。…オレ達に本当のことを打ち明けてくれた。…それって、すごく勇気のいることだと思う」

オズは、ライアンに顔を向けて、笑顔で言った。

「……っ⁉」

その言葉に心打たれたライアンは、、オズの笑顔を見つめた。

敵側である王の心までも理解しようとするオズに、エンジーは驚いて彼女を見ていた。

「オズ。ありがとう。…けど、僕がここまでやれているのは、オズがいつも近くで力になってくれてるからだよ!僕、きみといるだけで、なんだか心強いんだ。……それに、白月のみんな…。ティオラさんや、ビーゼル、ネルさんがいてくれるから…」

「なら、オレたちは、ちゃんと守護者の役割を果たしてるってことだな⁉」

オズは嬉しそうに、マクーストにウィンクして言った。

「もちろんだよ‼」

マクーストは、満面の笑みで頷いた。

ライアンは、まるで自分のことのように嬉しそうな表情で、マクーストを見つめた。

そんなライアンに、エンジーは微笑んで歩み寄った。

「…ライアン」

「……エンジー…」

立膝をつくエンジーに、ライアンは切ない表情を向けた。

「……ごめんね…。きみには、本当のことを話すって、約束したのに……。僕……」

エンジーは首を横に振った。

「いや。僕の方こそ、さっきはついカッとなってしまってごめん…。一番辛いのはライアンなのに…。君に負担をかけてしまっていたんだな…。……今まで、どれほど辛かっただろう…。僕には、想像も出来ない……」

「……っ」

ライアンは、目を瞑って、必死に首を横に振った。

「…でも、話してくれて本当にありがとう。……そうか…。ライアンは、祭司と話すことが出来るのか……」

エンジーは、どこか羨ましそうにライアンを見つめた。

「……エンジー…っ」

ライアンは、少し頬を赤く染め、エンジーを見つめ返した。

「祭司の苦難を、自ら受け入れるなんて、ライアンらしい立派な考えだな」

「…そ、そんなことない…っ」

ライアンは、また首を横に振った。

(……色欲の罪か……)

オズは、ふと思って、二人を見下ろした。

「さっきの二人の言葉を借りるわけではないけど…」

エンジーがチラッとオズとマクーストを見上げた。

オズとマクーストは、ハッとしてエンジーに目をやった。

「一人で背負うのは、もうやめにして欲しい。僕たちだって、黒陽の守護者だ。君の話を聞いて、任務を放棄する奴なんて、誰もいない。…君の呪いを知って、逃げ出す奴なんていなかっただろう?」

自分の為に身体を張ってくれたテン。そっけない素振りをしていても、なにかといつも協力してくれるファウス。…そして、みんなの輪を取り持つココルル…。

ライアンは、エンジーの手をぎゅっと握った。

「……ありがとう……。僕は…、きみが……。きみたちが守護者でいてくれて、本当によかった……っ!」

ライアンは、溢れる涙をこらえるように、目をつむった。

エンジーは、そんなライアンを微笑んで見ながら、もう片方の手で、彼の手を握った。

「……オズ…、ありがとう…。マクーストも…、ごめんね……」

赤い顔のライアンに言われ、オズとマクーストは、首を横に振って笑顔を見せた。

ライアンが落ち着くまで、三人はしばらくの間見守った。


「じゃあな、マクースト!また新学期に会おーぜ!」

高等部の正門の前で、四人は解散となった。

「うん!」

マクーストは、オズに元気よく返した。

「ライアン、送って行かなくて大丈夫か?」

エンジーは少し心配そうにライアンに聞いた。

「大丈夫だよ。マクーストも途中まで一緒だから」

ライアンは、マクーストと目を合わせると、エンジーに笑顔を見せた。

「そうか…。二人とも、気を付けて」

エンジーはライアンとマクーストを交互に見て言った。

「ありがとう。…二人は、いつ家に帰るの?」

マクーストがオズとエンジーに聞いた。

「…えっ⁉」

オズとエンジーは、互いに目を合わせた。

すると、オズが慌てて視線を離して答えた。

「…オ、オレは、明日には、田舎に帰ろうと思ってんだ。早く帰らねーと、じーちゃんが一人で窯の準備をしなきゃなんねーからな!」

「……窯?」

三人は疑問に思って、オズを見た。

「ああ。オレのじーちゃん、陶器職人なんだ!町に売りに行くための陶器を、うちの窯で焼いてんだよ!早く帰って、その手伝いをしねーとな!」

「へぇー!そうなんだ!」

マクーストが、少し身を乗り出して言った。

「絵付けの仕事も、一応は手伝ってんだぜ!」

オズは腰に手をあて、自慢するように言った。

「わぁ!凄いね!」

オズの事を知れたマクーストは、嬉しそうに目を輝かせた。

オズの意外な一面を知り、エンジーも少し驚いて彼女を見ている。

ライアンは、そんなエンジーを見て微笑した。

「エンジーは?いつまで学校にいるの?」

ライアンに聞かれ、エンジーはハッとした。

「あ、ああ…。そうだな。僕も近いうちに帰ろうと思う」

「そっか…」

エンジーとライアンの会話を、オズは黙って聞いていた。

家の事を考えたのか、エンジーの表情が、若干曇ったように感じた。

「じゃあ、そろそろ…」

マクーストとライアンは、家路につこうと身体を返した。

「…っ⁉あ…っ!マクーストっ‼」

すると、オズが突然、マクーストを引き留めた。

「…?」

マクーストは「ハテナ」を浮かべて振り返った。

「あ…あの…」

オズは、エンジーとライアンの事を気にしながら、少し言い辛そうに、マクーストに話かけた。

「こ、この間…、その…、オレのこと、好きだって言ってくれたことなんだけど……」

頬を赤く染め、視線を反らしながら言うオズの言葉に、マクーストはハッとして、赤くなった。

「……あ…」

マクーストは、エンジーとライアンがいることを気にして、チラッと目を向けた。

「っ⁉」

気まずそうにしていることに気が付いた二人は、ぎこちなく気にしていない素振りをして、オズとマクーストからから視線を離した。

「……オレ…、お前にそんな風に思ってもらえて、嬉しかった…。…けど、一晩よく考えてみたんだ……。オレは、田舎もんだし、ここでの生活には到底馴染めねーって分かってる。…だから、お前とは釣り合わねーんだ…。お前を傷つけることになって申し訳ねーけど…、ガサツなオレなんかより、お前には、もっとふさわしい相手がいるはずなんだ」

顔を上げたオズは、マクーストの方に歩み寄った。

「…すまない…。マクースト……」

「……オズ……。ううん。はっきり言ってくれた方が、諦めがつくよ。…ありがとう…。…一晩、悩ませてしまったんだね……。ごめんね…」

マクーストが申し訳なさそうに謝るのに、オズは首を横に振って返した。

「僕も思うよ。オズには、僕なんかよりも、もっとふさわしい相手がいるって。オズは自分の事を過小評価するけど、一緒にいた僕が保証するよ。オズは、僕が出会った中で、一番素晴らしい人だ」

「マ、マクースト……」

オズは、目を見開いて、目の前の赤い顔をしたマクーストを見つめた。

「オズが幸せになることを、誰よりも願っているからね」

マクーストは、オズに、にっこりと笑顔を見せた。

「……っ⁉……すまねぇ……。ありがとう………」

オズは、言葉を詰まらせ、マクーストに頭を下げた。

そんなオズを見つめるマクーストの隣で、ライアンは、二人の様子を微笑んで見守っていた。

「………」

頭を下げ、少し体を震わせているオズを、エンジーは黙って見ていた。


「またな!」

「じゃあね!」

そうして四人は、互いに別れを告げた。

「………」

ため息をつき、少し肩の荷が下りた様子のマクーストに、ライアンは話しかけた。

「とても、かっこ良かったよ」

マクーストは、かぁっと顔を赤くして、ライアンを見た。

「よしてよ!……これでも、結構傷ついてるんだよ……」

マクーストは、少し視線を落とした。

「あっ、ご、ごめんっ」

ライアンは、慌てて謝った。

「……ライアンのおかげだよ…」

マクーストは、少し照れくさそうに言った。

「え?」

「…オズの幸せを想うって…。そう思わせてくれたのは、君のおかげだよ。…ライアンがそう言ってくれなかったら、僕、今頃フラれたショックで、立ち直れなかったと思う」

マクーストは、うつむいたまま、正直な気持ちを述べた。

「……きみは、本心でそう言ってたよ」

ライアンに言われ、マクーストは顔を上げて、そちらを見た。

ライアンは、優しい笑顔で微笑んでいる。

マクーストは、その笑顔につられるように、自然と笑みを浮かべた。


「………」

「………」

オズとエンジーは、何を話すこともなく、互いに黙ったまま、中等部へと戻って来た。

高等部からは、裏門の方が近い為、二人は庭園を通って校舎へと戻ろうとした。

「………」

先ほどから、オズの元気が無いことが気になり、校舎に足を踏み入れる前に、エンジーが彼女に話しかけた。

「……良かったのか…?」

「…え…?」

オズは、ハッと顔を上げて、エンジーの方に振り返った。

「マクーストの気持ちに応えなくて。…君、彼のことが好きだから、ここまで支えてきたんじゃないのか?」

「………」

聞かれたオズは、視線を反らせた。

「…オレがアイツのことを気にかけるのは…、放っておけねーから…。ただ、それだけの理由だ。……オレがアイツを守るのは……、守護者である前に、なんだか…こう…、うまくは言えねーけど、宿命な気がする…」

「宿命…?」

エンジーに問われ、オズはコクンと頷いた。

「………」

オズには、何か彼に対して感じるのものがあるのだろうと、エンジーはそれ以上聞くことはしなかった。

「……けど、恋愛となれば話は別だ。……オレは、アイツのことを、きっと幸せには出来ない…」

寂しそうに言うオズを、エンジーは黙って見つめた。

「言った通り、オレは生粋の田舎もんだ。ここで一年過ごしたからって、それは簡単に変えられるもんじゃねー。田舎もんは田舎もんらしく、気心が知れた村のもんとつるむべきなんだよ」

オズはうつむいた。

「……マクーストの優しい心を支えられるのは、オレじゃねー……」

「………」

エンジーは、オズをじっと見つめている。

「………?」

先ほどから、何も言ってこないエンジーを不思議に思い、オズはそちらに顔を向けた。

「………」

エンジーは、じっとオズに視線を向けている。

「…なっ⁉なんだよっ⁉言いたいことがあるならはっきり言えよっ‼またどうせ冷やかしでも言うつもりなんだろうけどよっ‼」

オズはいつものように突っかかったが、エンジーは、スタスタとオズの方に歩み寄って来た。

「っ⁉えっ⁉な、なんだっ⁉」

真剣な表情で近づいて来るエンジーに、オズは慌てた様子で言った。

だんだん鼓動が高鳴り、オズは、顔がじわじわと熱くなってくるのが分かった。

オズのすぐ近くまで来ると、エンジーは、オズの顔を覗き込むようにじっと見た。

「~~~っ⁉」

視線を離せないオズは、言葉を詰まらせてエンジーを見ていた。

「……君って……」

「……っ、な、なんだよっ⁉」

「………君って、ハリネズミに似てるな。前から何かに似てるなぁと思ってたけど」

「………はぁっ⁉」

オズは、拍子が抜けたように目を丸くした。

心臓をバクバクさせ、顔を紅潮させたことに馬鹿らしさを感じ、オズはだんだん怒りがこみ上げ始めた。

「どういう意味だよっ!ケンカ売ってんのかっ⁉どこがハリネズミなんだよっ⁉なんだ?髪型が爆発してるからかっ⁉それとも、いつもツンツン攻撃するからか?それはお前が嫌味な事ばっか言ってくるからだっ‼このブロッコリー頭っ‼」

オズは、まくしたてるようにエンジーに詰め寄った。

エンジーは、その圧力にたじろいだ

「ブ、ブロッコリ…」

だが、ムッとしてすぐに返した。

「違う!そうじゃなくて!…君、いつも威勢のいい姿を見せてるけど、内心は…その…、結構繊細なところがあるなと思っただけだ…」

オズはハッとした。

そう言ったエンジーは、少し照れくさそうにオズから視線を反らせた。

「…別に繊細なんかじゃねーよ……」

オズも、恥ずかしそうに顔を背けた。

「…それに、勘が鋭いところがある。…あのブレイムレン神父でさえ、感心するほどだ……」

エンジーに言われ、オズはそちらに顔を向けた。

「っ⁉」

オズは、エンジーが険しい表情で、一点に強い眼差しを向けていることに気が付いた。

「………」

オズは、エンジーをじっと見つめた。

オズの視線に気が付き、エンジーはオズに目を向けると、行く先の階段へと視線を移した。

「明日帰るんだろ?支度しないと、君のことだからまた寝坊して、慌てることになるぞ?」

エンジーは、いつものように茶化しながら、階段へと足を向けた。

「……お前は、どうするんだよ?」

オズに聞かれ、エンジーは足を止めて振り返った。

「…え?」

オズはエンジーの元へ歩み寄り、キッと怖い顔を向けた。

「テンの告白だよ!お前、なんて返事するつもりなんだ⁉」

「っ⁉」

エンジーはハッとすると、オズから視線を反らせた。

「なんで…そんなこと…」

「好きなら好きって早く言ってやれよ!じゃなきゃ、テンが可哀そうじゃねーかっ‼」

オズに言われ、エンジーは、一瞬カッと頭に血を上らせて怒鳴った。

「君には関係ないだろっ⁉」

「……っ⁉」

とっさに言葉を詰まらせたオズを見て、エンジーは、徐々に冷静さを取り戻した。

「……テンは……、テンが想いを寄せてるのは、ケイシー兄さんなんだ…。僕なんかじゃない……」

「…ケイシー……?」

「二番目の兄さんだ。…二年前、黒陽のエースだった……」

オズは、以前エンジーが話していたことを思い出した。

「……それに…、僕は、自分の意思で特定の人を選べないんだ…。…兄さんだって……」

オズはハッとした。

エンジーは、眉間に皺を寄せ、とても寂しそうに視線を下げている。

すると、オズが話しかけようとするのを、エンジーが遮った。

「今度会うのは、新学期になりそうだな。……じゃあ」

そう言うと、エンジーは階段を駆け上がって行った。

「……あっ……」

挨拶を返そうとしたオズだったが、エンジーは、そのまま振り返ることなく行ってしまった。


翌日。

少し早く目が覚めたオズは、田舎へ帰る前に、ノスティモとカウシュに挨拶をしに、食堂へと来ていた。

「少しの間、寂しくなるわね」

「誰にも食べてもらえないと、作り甲斐がないよ…」

厨房から出て来た二人は、寂しそうにオズに言った。

「夏休みの間だけだって。その間にカウシュさん、ノスティモさんにしごいてもらって、腕上げてくれよな!うんと美味しい料理、期待してるぜ!」

オズの言葉に、カウシュは拳を上げて答えた。

「任せて!今に母さんを超えて見せるからさ!新学期が来たら、驚かせてみせるよ!」

「まったく…。この子はおだてるといつもこうなんだから……」

ノスティモは呆れ果てた顔でカウシュを見た。

すると、表情を変え、寂しそうな目をオズに向けた。

「…必ず、ここへ帰って来てね、オズ……」

「…え…?…ああ!もちろん!」

オズは動揺したが、すぐにいつもの元気さで答えた。

ノスティモは、安心した顔で、オズに微笑んだ。


食堂を後にしたオズは、荷物を取りに自室に戻ろうと、階段へと足を向けた。

「……ん?」

食堂の向かいの事務室は閉まっていたが、奥へと繋がる廊下の先に、エンジーがいることに気が付いた。

何をしているのかとそちらへ歩み寄ると、エンジーの向かいに誰かいるのが見えた。

「っ⁉」

オズは驚いてとっさに隠れた。

角の事務室の壁に隠れたオズは、そーっと顔を出した。

(…ブレイムレン神父…?一体ここで何してんだ?…エンジーが呼んだのか?)

エンジーと話しているのは、ブレイムレン神父だった。

その印象的な長身は、薄暗い廊下の先にいても、すぐに分かるほどだった。

「……なるほど…そうでしたか…。だから昨日、彼女を連れて来たのですね」

オズは自分の事を話していることに気が付き、ハッとして、耳を澄ました。

「神父の話で、ある程度は気が付いてきているようでした。……真相にたどり着くのは、遅くはないと思います…」

エンジーは思いつめたように神父に話した。

「…でも、貴方は大丈夫なのですか?」

神父はエンジーに尋ねた。

「…え?」

「クロスアルド家の血筋であれば、当然学園内でも敵の存在となります。万一彼女に加担したことがお家の方に知れたら…。私はずっとそれを心配して、昨日は、あまり公(おおやけ)には話しませんでしたが…」

エンジーは少し考え、頷いて返した。

「…構いません…。いずれ、真相にたどり着けば、同じことです…」

「………」

ブレイムレン神父は、エンジーをじっと見つめた。

すると、今度はエンジーが神父に聞いた。

「それより、今日はどうして?」

「…いえ…、校長に呼ばれましてね。…ここだけの話、こちらの新しいチャペルの神父を務めて欲しいと、メンジャークリン校長に頼まれまして…」

ブレイムレン神父は、少し声を小さくして、エンジーに言った。

「っ⁉」

エンジーは、驚いた顔を神父に向けた。

「まさかっ、引き受けるつもりですか⁉」

「……いいえ。…チャペルの設計図や、内装予定図を拝見したところ、とても私の勤まるものではないと判断しました。……それは、私の思い描く「主」が眠る場所とは、程遠いものでした……」

「………」

エンジーは少し安心した様子で、視線を落とした。

「ここで…、私がお手伝いできることなど、もう…ないのかもしれません………」

「っ⁉」

エンジーは、驚いて顔を上げた。エンジーが見る神父の表情は、とても悲し気なものだった。

「それでは、私はこれで。…本日から、お屋敷の方に戻られるのですね。…良い休暇を…」

気を取り直したブレイムレン神父は、エンジーにお辞儀をすると、オズのいる階段の方へと足を向けた。

エンジーはそちらに身体を返し、お辞儀をした。

ブレイムレン神父がこちらに来ることが分かり、オズは慌てて奥へと逃げ隠れた。

ブレイムレン神父が、校長の部屋へと向かうため階段を上がって行く姿を、エンジーは黙って見上げた。

「………」

エンジーは一息つき、これから帰る支度をしようと、自室へ向かおうとした時だった。

「どういうことだ?」

後ろからの声に驚き、エンジーは振り返った。

そこには、オズが手を腰に当てて立っていた。まるで自分を疑うように、鋭い目を向けている。

「っ⁉オ、オズ…っ⁉どうしてここに⁉」

エンジーは動揺を隠せずに、オズに聞いた。

「お前、全部知ってんだな?…ま、この学園に内通してるオルマンダ家の人間なら、知ってて当たり前か…」

裏切られた気持ちのオズは険しい顔で、エンジーを敵対視するように言った。

「オレを…いや、オレやマクースト、ライアンをもてあそんで、さぞかし楽しいだろうな!ええ?オルマンダ家の跡取りさんよぉ‼」

「…なっ⁉」

「何も知らねぇオレのこと、影であざ笑ってたんだろっ⁉なんだ?あの神父も共犯ってわけか?二人してオレのことバカだって笑ってたのかよ⁉」

詰め寄るオズに、エンジーは首を横に振って、必死に否定した。

「違うっ‼」

だが、オズは聞き入れようともせず、そのままエンジーを責めた。

「それとも何か?お前たち黒陽側には、公に出来ない、何かやましいことでもあんのか⁉」

「落ち着けよ!オズ!」

聞こうとしないオズに、エンジーは彼女の肩に触れようとしたが、オズがそれを拒んで払いのけた。

「触んなよ!……悪いけど、オレにだって、もう分かってんだぜ⁉呪いの元凶が、二年前の火事にあって、その火事には、クロスアルド家の息子と、そっちの兄貴が関わってることくらいなっ‼」

「っ⁉」

エンジーは、驚いた表情でオズに目を向けた。オズは、「やっぱりか」とほくそ笑んだ。

「その様子だと図星のようだな。…ブレイムレン神父がくれたヒントで、ようやく理解したぜ。今回は死人は出なかったものの、ココルルという立派な犠牲者が出ているからな…。それに、クロスアルド家の息子も犠牲者か……」

「………」

オズが、すでにそこまで解釈していることに驚いているのか、エンジーは、考え込む様子で黙った。

「お前が話そうとしなくても、部外者から見れば、すぐにそこになにか重要なことが隠されてるってことくらい分かるぜ!……どうする?ここで薄情するか?…それとも、オレが今からオルマンダ家に殴り込みに行ってもいいんだけどよ」

家に迷惑をかけられない彼が、そんなことをされては絶対に困るであろうと、オズはエンジーを脅した。

が、興奮するオズとは対照的に、エンジーは冷静に何かを考え、決意した目をオズに向けた。

「なっ、なんとか言えよっ‼」

オズは、意外なエンジーの反応に、一歩たじろいだ

「…いや。そんなことして、困るのは君の方だと思うよ」

「どういう意味だっ⁉」

「いいよ。教えてやる」

「……へ?」

エンジーの答えに、拍子抜けのオズはきょとんとした。

「全部、君に話すって言ってるんだ。ついて来なよ」

エンジーは身体を返して、外へと続く扉の方へ足を向けた。

「……っ」

疑心暗鬼のままのオズは、とまどいながらも、エンジーの後へ着いて行った。


エンジーとオズは、庭園へとやって来た。

「………」

疑いの目で、彼の背中にじっと目を向けている。

すると、庭園の真ん中にある噴水の前まで来たエンジーが急に立ち止まり、オズの方へくるっと身体を向けた。

「っ⁉」

オズは驚いて立ち止まった。

「………っ」

「………」

二人は噴水の前で向かい合った。

ここは、以前マクーストとミルフィがダンスをした場所だ、

だが今は、その時の和やかな雰囲気とは打って変わり、張り詰めた空気が二人の間に流れていた。

フッと、エンジーがオズから視線を反らせた。

「そうだな…。まず何から話すべきだろう…」

全て話すと言ったはものの、敵対するオズには、家のことも含め、謎にしているままのことが多いことに気付き、エンジーは眉を顰めて考えた。

すると、オズはキッと鋭い目をエンジーに向け、人差し指の先を彼の顔の前に向けた。

「っ⁉」

驚くエンジーにオズは言った。

「まずはお前の火傷のことだ!」

オズは、以前から気になっていた、エンジーがココルルの救世主であることを確かめたかった。

「お前には背中に火傷がある。…お前は、二年前の火事とは関係ないって言ってたけど、実際のところはどうなんだ?…お前が……救世主なのか…?……お前は、ココルルのことが好きなのか?」

オズは、ずっと胸に秘めていた疑念を、意を決したように聞いた。

怖い顔で聞くオズの顔を見つめると、エンジーは視線を落とした。

「っ⁉や、やっぱり…っ」

エンジーの反応を見て、オズは察した。…が、エンジーは、目を閉じて首を横に振った。

「……違う。僕はココルルを助けた救世主なんかじゃない」

「…?…じゃ、じゃあ、なんで…?」

「…それとは、程遠い存在だ」

オズの問いに、エンジーは顔を上げて答えた。

「え…?」

よく意味の分からないオズは、聞き返した。

「君の言う通り、この火傷は、二年前、創立祭の前夜の火事で負ったものだ。…その火事を起こしたのは、僕の兄さんだ……」

「っ⁉」

オズは驚いて目を見開いた。

「……え?…え…?…ど、どういうことだ?ってことは、お前のアニキが救世主ってことか…?」

混乱するオズに、エンジーは答えた。

「いや…。悪いが、ココルルの救世主に関して、僕は何も知らないんだ。…ただ、分かっているのは、兄さんがある人物へ忠告として起こした火事に、ココルルを巻き込んでしまったということだ。あの日の夜は、二つの出来事が、あのチャペルで起こったみたいなんだ」

エンジーは後ろを振り返り、チャペルを見ながら言った。

「……ある人物って…?火事はお前のアニキが起こしたんだろ?なら、その事件とお前とは、何の関係があるんだ?」

オズには分からないことが山ほどあり、エンジーを質問攻めにした。

「…それに、お前にのアニキにやられたクロスアルド家の息子も、何か関係してるのか……?」

いつになく、不安な表情で聞くオズに、エンジーは柔らかい笑顔を見せた。

「全部話すから。だから、そんな顔するなよ」

「……っ」

オズは、黙って頷いた。

「…二年前、僕の兄さん「ケイシー」は、その家柄と功績から、黒陽のエースに選ばれた。そして、白月側のエースは、同様の理由で、クロスアルド家の一人息子「シリウス」が選ばれたんだ。互いの家柄から、二人は幼少のころから、何かにつけ周りから比べられてきた。いわば、宿命のライバルだったんだ」

エンジーの話を、オズは黙って聞いた。

「その年の王座は、黒陽・白月と互いにクイーンが選ばれた。黒陽のクイーンは「ナタリー・ラングレス」。白月のクイーンは「フラン・ユニファ」。どちらも聡明な生徒で、クイーンの座にふさわしいと誰もが思っていた。……でも……」

エンジーは、ふと視線を落とした。

「?…なんか、問題があったのか…?」

オズがエンジーに歩み寄って聞いた。

エンジーは静かに頷いた。

「…黒陽のクイーン、ナタリーは、正式に選ばれた者じゃなかったんだ……」

「えっ⁉」

オズは眉を顰めた。

それに応えるように、エンジーは頷いて返した。

「王座を選ぶ時に使用する「聖杯」に仕掛けがしてあったんだよ」

エンジーの答えに、オズは首を傾げた。

「どういうことだ?」

「君は、王座がどうやって選ばれるか、知ってるか?」

エンジーに聞かれ、オズは首を横に振った。

「ここの生徒には、入学と同時に一人に一つづつ、自分の名前が入った「聖杯」が贈られるんだ。その聖杯を学期が始まる前に一度集め、祭司の金貨を投げて、それが入った聖杯の持ち主が、王座に選ばれるんだ」

オズは、「へぇー」と関心したように相槌を打った。

「それにどんな仕掛けがしてあったんだ?」

エンジーは頷いた。

「ああ…。その儀式はチャペルで行われ、関係者以外は入れないんだ。金貨を投げる役目は、毎年校長と決まっていて、あとは、副校長と黒陽・白月の代表教員だけだった。…校長は後ろを向き、いつものように金貨を投げると、ある聖杯にそれが入る音が鳴った。金貨が入った聖杯を見つける役目は、いつも代表の教員だったんだけど、なぜか、その年は、副校長のリヨンド先生が行ったんだ」

オズはハッとした。エンジーは続けた。

「金貨が落ちたであろう場所に副校長は足を向けると、金貨が入ったであろう聖杯を手に取った。…けど、その場にいた教員の証言によると、副校長は、その聖杯の中から、何かを抜き取ったように見えたらしい」

「……?何かって?」

「……あとから分かった話だけど、その聖杯には、それと同色の金の紙が貼りつけられていたんだ。…金貨は、その紙の下にもともと隠されていて、副校長は、それをめくり取ることで、さも聖杯に金貨が入ったように見せかけたんだ」

「っ⁉な、なんだってっ⁉…け、けど…、なんで副校長がそんなことすんだ?そのナタリーってやつと、グルだったってことか⁉」

「副校長だけじゃない…。校長もだ」

「…えっ⁉」

「副校長は校長に言われてやったまでだ。本当の主犯格は、校長と……僕の叔父「バルモン・オルマンダ」だ」

オズは驚くと同時に、聞いたことのない名前に「?」を浮かべた。

それを察したエンジーが説明した。

「バルモン・オルマンダは、僕の父の弟だ。今は「ラングレス」に姓を変えている……以前は父の会社で、同じ事業に取り組んでいたんだけど、次第に父の意向にそぐわない業務が目立ち始め、終いには父に反発するようになり、父と対立した挙句、解雇を命じられたんだ。……僕が生まれる前の話だから、詳しくはよく知らないんだけどね」

家庭の内部の話をすることに、エンジーは少し言い辛そうな素振りを見せた。

「………」

オズは、話を聞きながら、下を向いて考えていた。

「その後、叔父は、父に対抗するように、独立して企業を始めたんだ。家の財産もある程度継いだものだから、それなりの会社を建てたようだけど……。父に対する恨みは、年々憎悪と化していったみたいだ…」

エンジーは、眉間に皺を寄せ、怪訝な顔をして言った。

「…その叔父さんと、ここの校長が手を組んだってことか?」

エンジーは顔を上げ、ゆっくり頷いた。

「なんだ?じゃあ、その叔父だけじゃなく、校長もお前のオヤジを恨んでんのか?」

オズの言葉に、エンジーは鋭い目を向けた。

オズは、「しまった」と手で口を塞いだ。

「…わ、悪い…」

「いや…」

エンジーは気を取り直して、話を続けた。

「…校長は…、校長の場合は、父を恨むというより、学園の繁栄に繋がるからだろうな」

「学園の繫栄?」

「ああ。元々、うちの家とクロスアルド家を対立させ、互いの対抗心を燃やすことで、学園は成り立っているも同然なんだ。…君だって、毎年王座を決め、それを守る守護者を配置する制度は、馬鹿馬鹿しいって思うだろ?」

エンジーに問われ、オズは頷いた。

「ああ。オレの行ってた学校には、そんなのなかった…」

エンジーは頷いた。

「それが普通なんだ。…ここでの黒陽と白月の対立は、いわば「オルマンダ家」と「クロスアルド家」の対立。すなわち、両家の戦いなんだ。校長は、それを出しにして、両家からの支援と寄付金をもらうことを目的としているだけなんだ」

「……っ⁉」

オズは言葉を詰まらせた。

「…け、けど、両家の子孫が途絶えたら、それもなくなるんじゃないか?オルマンダ家とクロスアルド家を対立させたところで、それは一時のことだろ?」

「両家はずっと昔から、このクアトロ・コートに名を残してきたんだ。たとえここへ通う者がいなくなったとしても、支援は続くだろう。…それに、ここに通う生徒の家の多くは、両家の配下にある。…この争いが途絶えることは、ほぼないだろうな…」

「………っ」

オズは、クロスアルド家の支配下にあたるクレハモニア家、つまり、ネルのことを思い出した。

「校長は、最近の両家の業績と対立に不満を抱き始めたんだ。…物足りなさを感じた校長が思い付いたことは、対立させる組織を増やすこと。…そして、独立した叔父が軌道に乗り始めたのを機に、叔父が父を恨んでいることを知って手を組んだんだ。……叔父は、容姿端麗なナタリーを養女として迎え入れた。そして、クアトロ・コートへ入学させ、クイーンの座へ就かせた」

当時、中等部の一年生だったエンジーは、その時の事を思い出し、ため息をついた。

「意図的にクイーンの座に就いた彼女は、周りが羨むほど、本当の女王のように気品あふれる容姿とふるまいだった。エースだった兄は、彼女を守ることに忠誠をつくしたんだ」

オズは、初等部のミルフィが言っていた、憧れのクイーンの話を思い出していた。

「一方で、白月のクイーンに選ばれた「フラン」は、ナタリーとは違い、大人しくて少し地味な生徒だった。でも、動物や植物が大好きで、優しい気持ちを持っていることから、白月のエース「シリウス」は、彼女を慕い、守ることに精を尽くしていた」

エンジーは、噴水の縁に腰を落とした。それを見たオズも、彼の隣に座って話の続きを聞いた。

「黒陽と白月は、例年通り、互いの王座の願いを守り通すべく戦った。……異変を感じ始めたのは、一学期が終わるころだった。…ナタリーは、校長が自分の味方であるのをいいことに、まるで本物の女王のように、エースの兄さんをはじめ、他の守護者を奴隷のように扱い始めたんだ」

「っ⁉」

オズは、エンジーの方へ身体を向けた。

「それも、他の生徒にはバレないように、うまくね。…そのころ、ちょうど上昇していた叔父の事業のこともあって、ナタリーは、自分に歯向かうと、オルマンダ家を破滅に追いやることも簡単だと、兄を脅していたんだ。…クイーンの不祥事は、守護者の責任でもあるから、そのことを家にバラすとも言われていたらしい…」

「…そいつ…、最悪なクイーンだな…」

オズは、嫌気がさしたような表情で呟いた。

「家に迷惑をかけたくない兄は、ナタリーに言われるがまま、彼女のわがままを聞き、忠誠心を貫き通した。……でも、黒陽だけの王座では飽き足らなくなったナタリーは、とうとう学園にクイーンは二人もいらないと言い出して、白月のクイーンにまで、危害を加え出したんだ……」

エンジーが言うと、オズは勢いよく立ち上がった。

「なんなんだよ⁉そいつっ‼早くクイーンの座から引きずり降ろせよっ‼」

興奮するオズを見上げると、エンジーは、ゆっくり視線を落とした。

「…そう出来ていれば…、どんなに良かっただろう……。気付いた時には、もう遅かったんだ……。ナタリーはみんなの知らないところで、フランに危害を加えていた。……聞くに堪えない言葉の暴力や、陰湿な嫌がらせを数々と……。元々口数の少ない彼女だったし、元気のない彼女を心配して、シリウスや他の守護者が気に留めてはいたんだけど、本人は、何も話さなかった。……挙句の果てに、彼女の心は病み、遂には学園へ姿を現すことはなかった………」

エンジーは目を閉じて、辛そうに言った。

「………っ‼」

オズは、怒りを拳にため、それを震わせた。

「……それで、あの火事が起こったんだ」

エンジーは目を開いて言った。

オズはハッとした。

「白月のクイーン「フラン」を攻撃したことで、シリウスの怒りは頂点に達した。この責任をどうとるのか…、彼は兄さんを含め、黒陽の守護者を責め立てた。…言い逃れのできない兄は責任を感じ、団を守るため、自らナタリーを排除すると決意したんだ」

エンジーの言葉に、オズは驚いた。

「は、排除っ⁉ど、どういう意味だよ⁉」

エンジーはハッとして言い直した。

「…言い方が悪かったかもな…。兄さんは、自分からクイーンの座を退いてもらおうと、ナタリーに知らしめたんだ。夜、誰もいないチャペルに彼女を呼び出し、聖菩樹に火を付けることで、祭司の怒りの表れだと思い知らし、恐怖を味あわせたかった…。…ただ、それだけだったんだ……」

エンジーは、おでこに手を当てて、その場に項垂れた。

「…聖菩樹が燃え上がり、チャペルに火が移るほど、大事(おおごと)になるとは、思ってもみなかったんだな……?」

オズの言葉に、エンジーは頷いた。

「……まさか……、まさか…、ナタリーじゃなく…あそこにココルルがいたなんて……っ」

「………」

両手で顔を覆うエンジーを見て、オズは少し躊躇して聞いた。

「…お前に火傷があるってことは……、お前もその場にいたんだな…?」

オズが聞くと、エンジーはゆっくり顔を上げて頷いた。

「…兄さんから、聖菩樹を燃やす計画を聞いたんだ…。…僕は、興味本位でその場に足を向けた。……思った以上に燃え上がる炎から逃げられずに、背中に火傷を負ったんだ………」

「………」

目を合わさず、遠くを見つめるエンジーに、オズはじっと目を向けた。

オズは視線を反らせた。

「……お前のアニキも、火傷を負ったのか?昨日、ブレイムレン神父が、お前のアニキの体調は良くなったって言ってたけど…」

「え…っ⁉…あ、ああ…。兄さんは…、火傷を負ったのもあるけど……」

「…?なんだよ?」

「…ナタリーに好き勝手させたことで、白月のエース「シリウス」と口論になったんだ…。お互いにヒートアップした挙句、殴り合いになったみたいで……。それで、互いに怪我を負ってしまって……」

たどたどしく話すエンジーに、オズは疑いの目を向けた。

だが、代わりを果たすこととなった相手の手前、話し辛くなるのは仕方ないことかと、オズは自分に言い聞かせてむりやり納得した。

すると、エンジーは立ち上がり、オズの方を向いて言った。

「君に見せたいものがあるんだ。…来て!」

「……?」

そう言って、スタスタと校舎に戻ろうとするエンジーに、オズは疑問の顔を向け、慌てて着いて行った。


食堂にやってきた二人は、学園のシンボルである、ソードとワンドが飾られた窓際へと足を向けた。

「あら?オズ、帰ったんじゃ…」

ノスティモは、二人に気が付いて、じっと目で追った。

「ほんとだ。エンジーもいる。…二人が一緒だなんて珍しいな」

カウシュも、カウンターから顔を出し、二人を見ていた。

二人がシンボルの元へ歩いて行くのを、ノスティモとカウシュは、目を合わせて疑問に思った。

「…これ、黒陽と白月のそれぞれのシンボルだろ?確か、ワンドとソード」

オズは、シンボルを見上げ、指をさして、隣にいるエンジーに聞いた。

「うん。…君、これに違和感を抱かないか?」

「え…?」

エンジーに問われ、オズは、じっとそれらを見上げた。

「最初に見た時に思った。…ソードは一つなのに、なんでワンドは二つあるんだろうって」

思っていた通りの答えだったようで、エンジーはオズに笑顔を向けて頷いた。

「やっぱり、オズは気付いてたんだな。…こっちのワンド…」

エンジーは、右側に飾られた、左側のより背の低いワンドを指刺した。

「これは、ナタリーの為に、特別に作らせたワンドなんだ」

「えっ⁉」

オズは、驚いてエンジーを見た。

「学期の終わりには、このシンボルを、両団の王座が手に持つことになる。…ナタリーは、以前のワンドが重すぎるからって、特別にこっちのワンドを創らせたんだ。…彼女のわがままが、こうしてシンボルとして生徒達の前でさらされてるって訳だよ。……皮肉すぎて笑えるだろ?」

エンジーは苦笑してそのシンボルを見上げた。

「……本当だな……」

オズも、それにつられるように微笑した。

「………」

オズは、チラッとエンジーに目をやった。

彼とこうして話していることが、以前までは考えられなかったからだ。

オズは視線を落とし、少し躊躇したが、意を決して口を開いた。

「…な、なぁ、エンジー…」

「……ん?」

エンジーは、オズの方に顔を向けて聞いた。

「……なんで…?…どうして、オレに全部話してくれたんだ?……今は、休戦中だからか…?だから、今だけってことか……?」

オズの、真剣に聞く瞳に見つめららたエンジーは、その目をじっと見つめ返した。

「…違う。…君と……同じ気持ちだからだ」

「えっ⁉」

オズは、一瞬、鼓動を高鳴らせた。

「……僕は、ライアンを救いたいんだ」

「……え?」

エンジーの答えに、オズは、拍子抜けして聞き返した。

「オズだって、マクーストを救いたいだろ?この間、僕に言ったじゃないか。本当にライアンの事を想って、呪いの力を消滅させたいなら、僕が呪いの元凶を突き止めるしかないって」

オズは、思い出しながら頷いた。

「あ、ああ。確かに言ったけど…」

「僕も、ライアンを守ること、呪いからとくことは、自身の使命だと思ってる。…彼が、自ら進んで王となることを選び、犠牲になったことを知ってしまった今、彼の呪いの元凶を生み出したのが、僕の兄だという真実は、僕にとっては耐え難いことだ…」

「ライアンに、真相を話すつもりか?」

「…いずれは話す……君には、呪いの元凶が二年前の火事にあるって気が付いた。…だから、もう隠す必要はない…。そう思って話したんだ……」

肩の荷が下りたように言うエンジーを、オズはじっと見つめた。

エンジーは、思い出したようにハッとして、オズの方を向いた。

「そうそう。ブレイムレン神父が、君の鋭さに感心していたよ。…さっきは、火事のことが、クロスアルド家の人間である君にバレる事を心配して、僕の所へ来てくれたんだ」

「………別にオレ、告げ口なんてしねーよ…。クロスアルド家のヤツとは、会ったことねーし……」

オズは、シンボルのワンドとソードに目をやった。

「さっきの、お前の叔父さんのことだけど……」

「……え?」

オズに話しかけられ、エンジーは聞き返した。

「オレのことをじーちゃんに託した、クロスアルド家の遠い親戚だって人に、境遇がよく似てるんだよ。その人も、主とそりが合わなくて、家を出て行ったとかでさ」

「………」

エンジーは、オズを見て黙っていた。

「…?なんだ?」

オズは疑問に思って、エンジーの方を向いて聞いた。

「…あ、いや…。…クロスアルド家の主人には、兄弟がいないはずなんだけど…。君は、だいぶ遠い親戚にあたるのか…?」

エンジーは、首を傾げてオズを見た。

「知らねーよ!第一、今更血縁って言われても、関わりたくもねーしな!オレはあと半年ここで過ごしたら、とっとと田舎に帰んだよ!」

吹っ切れたように言うオズに、エンジーは微笑した。

「…君って、なんだか不思議なやつだな」

「どーせオレは、こんな贅沢なとことは縁のない、田舎もんだよっ!」

オズは、「ベーっ」と舌を出して、エンジーに返した。

「そういう意味じゃないって」

エンジーは、いつものように呆れて返すと、二人は食堂を出て行った。

そんな二人の後姿を、ノスティモとカウシュは微笑んで見ていた。


次回へつづく

大変遅くなりました。第九話の後編です。

最後まで読んでくださってありがとうございます!

誤字脱字と表現の間違い、毎度申し訳ございません。

第十話「クロスアルドからの招待状」もぜひよろしくお願いいたします!!

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