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EP10. 【クロスアルドからの招待状】


田舎の家(うち)へと帰って来たオズは、いつも座っていた場所で、黙々と絵付けの作業に取りかかっていた。

山吹色の陶器に、真剣に筆を向けていたオズだったが、先日エンジーが話してくれた火事の真相を思い出し、ふと手を止めた。

「…………」

オズは、ぼーっと遠くを見つめ、何かを考えた。

(……エンジーが話してくれたこと…、全部本当のことなのか……?二年前に起こった火事のが、アイツのアニキの仕業で、クイーンを懲らしめるためにやったこと…。そのクイーンと校長がグルだったこと…。それに、ココルルの救世主について、本当になにも知らねーのか…?)

オズは筆をテーブルに置き、絵付けをしていたマグカップの陶器を両手で持った。

(そういえば、結局クイーンがどうなったのか、聞いてなかったな。校長の目論見は、その火事が起こったことで失敗に終わったのか…?)

オズは目を閉じ、眉間に皺を寄せた。

(…いや、だとしたら、祭司のお告げである呪いが降りかかるのはおかしい。まだ、野望は続いているはずだ……)

オズは目を開いた。

「…あの校長が、まさか、そんな野心の持ち主だったなんてな……」

オズは、いつもニコニコ笑っている、いかにも福を呼びそうなふくよかな校長の姿を思い出していた。

だが、名の通った学園の校長ともあれば、そのくらいの野心でもないと、上り詰める事など出来ないのであろうと、オズは諦めたようにため息をついた。

「それが、学園を守るための手段なのか…?…けが人まで出てるっていうのに…」

確かに、二年前の火事では、オズの知っている限りで、四人の犠牲者が出ている。

ココルルはもちろん、彼女を救った救世主。そして、火事の現場にいたエンジーと、火事を起こした張本人のエンジーの兄、ケイシーだ。

オズはハッとした。

「いや、待て。…クロスアルド家の息子…、シリウスも犠牲者か…」

オズは、エンジーが話していた、ケイシーとシリウスが殴り合ったというエピソードを思い出した。

「………」

オズは、そのことを話した時の、エンジーの様子が妙に気になっていた。

全て話すと言って彼から聞いた話は、どれも納得いく内容で説得力もあった。…が、それだけは、後から付け加えた内容のように聞こえた。増してや、それを話すエンジーの様子も、妙にたどたどしかった。

そこには何かある。オズは直感で思った。

次に会った時に問いただすことも考えたが、しつこく聞いて、また距離を置かれても面倒だ。

ー 君と、同じ気持ちだからだ ー

エンジーの言葉を思い出したオズは、「ドクンッ」と鼓動を高鳴らせた。

ハッとして、自分の顔が熱くなっていることに気が付いたが、一時の気の迷いだろうと、頭をブンブン横に振った。

(休戦中とかカンケーねぇって言ってたけど…、本当だろうな…っ⁉)

オズはキッと怖い顔をして思った。

「なんだ?ハリネズミか?」

急に後ろから声を掛けられ、オズはビクッと驚いた。

「じっ、じーちゃんっ‼」

オズは慌てて振り返った。

そこには、不思議そうにオズの持ったマグカップに目を向けるおじいさんがいた。

「絵付けにハリネズミとはな…。また面白い発想だ」

「あっ!こ、これはっ…そ、その……っ」

オズはかぁ~っと顔を赤くさせて、それを隠そうとした。

「良く出来てるじゃないか!今までのお前の作品の中では、上出来な方じゃないか?」

まさか褒められると思っていなかったオズは、両手で持ったマグカップに目を向けた。

「え…っ、そ、そうか…?」

頬を赤く染めて、じっとカップを見つめるオズに、おじいさんは微笑んだ。

「幸運の象徴と言われているな。ハリネズミは」

おじいさんは、オズの向かい側の椅子をひいて、そこに座った。

「えっ⁉そうなのか⁉」

驚くオズに、おじいさんも驚いて返した。

「なんだ?それを知ってて、絵にしようとしたんじゃないのか?」

「…あ…。いや……」

オズは赤い顔で頭をかき、テーブルの上にマグカップを置いた。

オズは、そのままキッチンの方へと歩いた。

「………」

おじいさんは、そんなオズに、じっと目を向けた。

「……クアトロ・コートは…どうだ?」

おじいさんに聞かれ、ポットに火をかけたオズは、ハッとした。

「…慣れないところで、無理などしてないか?」

おじいさんは、心配そうな顔をオズに向けて聞いた。

オズは視線を下に向けると、フッと笑って顔を上げた。

「別に!案外面白いぜ!みんな、金持ちのお坊ちゃまお嬢ちゃまにしては、庶民とあんまし変わらねーしな」

オズは、戸棚からココアの缶を出した。

「それに、みんな独特な個性があんだ。最初は、偉そうだったり、自信満々にされることが鼻についたけど、分かってくると、それも面白く見えるんだぜ」

楽しそうに言うオズを見て、おじいさんは、安心した様子で頷いた。

「…そうか」

オズは、ココアを入れようと、おじいさんのカップを探した。

「あ…」

カップを取ろうとしたオズは、ハッと声を発した。

「……これ……。まだ使ってくれてたのか……?」

オズは、渋い若草色のカップを手に取って言った。

おじいさんは、それに目をやると、笑顔で答えた。

「当たり前だ。…お前が初めて絵付けをして、ワシにくれたものだからな」

オズは、振り返って、おじいさんを見た。

おじいさんは、オズに優しく微笑んでいる。

「じーちゃん…。こんな下手な絵付けなのに……」

カップに目を戻したオズは、柄になっているのかなっていないのか、とにかく歪(いびつ)な絵付けを見て、恥ずかしそうに言った。

「まだ5歳だったんだ。それでも上出来なもんだ」

笑って言うおじいさんに、オズははにかんだ。

オズはそれにココアを入れ、自分のカップと両方にお湯を注いだ。

ココアを両手に持ち、渋いカップの方を、おじいさんの前に静かに置いた。

「ありがとう」

おじいさんはオズに礼を述べると、ゆっくりココアを呑んだ。

「………」

オズは、その様子を黙って見つめた。

「…なぁ……、じーちゃん…」

オズは椅子にも座らず、深刻な表情を、おじいさんに向けた。

「…?なんだ?…どうしたんだ?オズ…」

いつもの様子と一転して、神妙な面持ちをするオズに、おじいさんは聞いた。

「……。クロスアルド家と対立する、オルマンダ家の存在を、じーちゃんは知ってたか?」

「………」

おじいさんは少しの間黙っていたが、目を閉じて頷き、ココアを呑んだ。

「じゃあ、クアトロ・コートの校長が、両家の対立を仰ぐためにとった、策略のこともか?」

おじいさんは、ジロッとオズに目を向けた。

「……っ」

オズは少したじろいだ。

「……そこまで知ったのか?」

「そのせいで、白月と黒陽のエースの関係がより険悪になったって…。シリウスは、そのせいで大けがを負ったんだろ⁉だから、オレが代わりを務めなくちゃならなくなったんだろっ⁉」

オズは、だんだん興奮しはじめ、言葉を荒げた。

おじいさんは、椅子から立ち上がり、オズの肩に両手を置いた。

「落ち着け。すぐに頭に血を上らせるのは、お前の悪い癖だ。……座りなさい…」

おじいさんは、向かいの椅子をひき、オズを座らせた。

椅子に座ったオズは、一旦気を落ち着かせた。

おじいさんも、先ほどの椅子へと腰を下ろした。

「……誰から聞いた?」

「……っ」

おじいさんに聞かれ、オズは顔を上げた。

「っ⁉」

オズはハッとした。おじいさんは、テーブルの上で指を組み、力強い眼差しをこちらに向けている。

安易に話してはいけない類(たぐい)のものだと、今ようやく理解した。

「……」

オズは、言いにくそうに視線を反らせたが、おじいさんに嘘は付けないと、正直に言う決心をした。

「……オルマンダ家の……三男だ…。…オレと同じ学年で、黒陽のペイジなんだ」

おじいさんの目が、一瞬大きく見開いたように見えた。

「彼がお前に教えたことを、ここで全て話してくれ」

おじいさんは、先ほどの表情のままだった。

オズは、そんなおじいさんの様子に、少し不安を抱いたが、頷いて話し出した。

オズが話し終わるころには、カップの中のココアは、ほとんどなくなっていた、

「……やはりオルマンダ家の者だな…。ワシも知らない事情も、細かく知っておる……」

「………」

オズは複雑な心境だった。

エンジーが、自分に全てを話してくれたという安堵(あんど)はあった。だが、一番身近にいたおじいさんが、そのことを知りながらも隠していた。

オズは、目の前にいるおじいさんに、じっと目を向けた。

気のせいか、おじいさんは、少し安心した表情をしている。

自分の口からは言い辛かったことを、エンジーが代わりに話してくれたからなのか…。

オズは、躊躇いながらも、おじいさんに聞いた。

「……じーちゃんは……、クロスアルド家と関係があるのか?」

「……あの家とは、なんの関係もない」

おじいさんは目を閉じて答えた。

「じゃあ、なんでエンジーが知ってることを、じーちゃんも知ってんだ⁉…しかも、オレに黙ってた……」

「お前がクアトロ・コートに通うことになった経緯を、以前話しただろう?ワシが知ったのはその時だ。クロスアルド家の者から電話をもらって、その時に今の事を聞いたんだ」

「だったら、その時、なんでオレに話してくれねーんだっ⁉」

「お前にいらん心配をかけたくないからだ‼」

気を荒立てるオズに、おじいさんは言い聞かせた。

「…お前がクアトロ・コートに通うことになったのも、奴らの勝手な言い分によるものだ。…ただ、ワシは、前にも言った通り、お前に十分な教育環境を与えて来なかった。…だから、一年を条件として、お前をクアトロ・コートに通わせることにしたんだ。…ただ、一年通うだけでいい…。クロスアルド家とオルマンダ家の争いになど、首を突っ込まんでいい。校長の企む陰謀(いんぼう)になど、お前は全く無関係なんだ。…だから、余計なことは、話したくはなかった……」

おじいさんは、辛そうに眉間に皺(しわ)を寄せた。

そんなおじいさんの気持ちを察し、オズは何も言い返さず黙った。

少し気持ちを落ち着かせ、おじいさんが話し出した。

「…だが驚いたもんだ。…オルマンダ家の末息子が、お前に正直にさらけ出すとは…。彼はお前に友好的なのか?」

オズは、とっさに首を横に振った。

「い、いやっ!ぜんぜんっ‼最初はめちゃくちゃ嫌なヤツだったし、オレに対抗意識ばっか燃やして、何かにつけ嫌味ばっか言ってくんだ!……だから、大っ嫌いだった………」

おじいさんに目を向けていたオズは、視線を下げた。

「……けど、休暇に入ってから…、妙に協力的なんだ……。気になってたシリウスのことも、話してくれた……」

……同じ想いだから……。

当然それは、お互いの王の呪いを解くためだからだと分かっていた。

オズはチラッとおじいさんの様子をうかがった。

おじいさんは、オズに笑顔を向けている。

「………」

マクーストとライアン。二人に降りかかった呪いについては、おじいさんに話すのを避けた。


その日の夜。

オズは夕食の片付けのため、キッチンに立って洗い物をしていた。

リビングにある電話が鳴った。

コール音に気がついてはいたが、リビングにいるおじいさんに任せようと、オズは洗い物を続けた。

だが、コール音は一向に鳴りやまぬ、オズは首を傾げた。

「……?じーちゃん!電話取ってくれよ!」

オズは、リビングに向かって叫んだ。

だが、返事はなく、電話のコール音はなり続けた。

「…?いねーのか?」

オズは蛇口の水を止め、手を布巾で拭きながら、リビングを覗いた。

リビングにはおじいさんの姿はなかった。

「窯にでも行ったのか?一言声かけてくりゃあいいのに」

オズは布巾をテーブルに置き、急いで電話の受話器を取った。

「はい!カークですけど」

オズは、電話の相手に言った。

「あ!オズ?私よ!ティオラ!」

オズは電話の相手に驚いた。

「えっ⁉ティオラっ⁉」

「久しぶりね!元気そうじゃない!…でもあなた、今、カークって…」

ティオラに不思議そうに聞かれ、オズはハッとした。

「あ…。オレ、田舎のカークって家に引き取られたから…」

「へぇ!じゃ、本当はオズ・カークっていうのね!」

ティオラは納得したように言った。

「ああ…。それで、どうしたんだ?なんかあったのか?」

オズは、すぐにマクーストの顔を思い浮かべた。

「あ、ううん。みんな元気かなぁって考えてたら、あなたのこと思い出してね」

意外な事をいうティオラに、オズは少し動揺した。

「な、なんだよ。…それよりお前……」

そこまで言うと、オズは口をつぐんだ。

休暇前まで、ティオラは、ココルルに秘密をばらしてしまったことで落ち込んでいた。だが、今の電話の声は元気そうだ。

もう吹っ切れたのだろうと、オズはそのことに触れようとしたが、やめておいた。

「ん?なぁに?」

「い、いや、別に……」

「私がまだ落ち込んでると思った?」

核心を付かれたオズは、ギクッとした。

「あっ!いや…えっと……。…正直、元気そうで安心した……」

オズの返しに、ティオラはクスクス笑った。

「な、なんだよっ⁉」

オズは赤くなってティオラに怒鳴った。

「いえ、ごめんなさい。あなたに心配してもらうなんてね…。嬉しいわ。ありがと……」

「………」

ティオラは続けた。

「実を言うとね、この間、ココルルから手紙をもらったの」

「え?ココルルから?」

「ええ。私が落ち込んでること、黒陽の守護者に聞いたのかしらね。…私の事、恨んではいないって。気にしなくていいって書いてあったわ…」

「…そうか…」

オズは、安心したように呟いた。

「…逆にね、私の方こそ、追い詰めてしまってごめんなさいって書いてあるのよ……。なんだか私、申し訳なくって…。新学期が始まったら、ちゃんと彼女に謝らないといけないわね。…お手紙をもらったお礼も含めて…」

いつもと違い、穏やかな声で言うティオラに、オズは微笑んで頷いた。

「そうだな。それがいい……」

オズは、ティオラの根が優しいことに気が付いていたが、今回は、それが顕著に感じられた。

「…マクーストは……、大丈夫かしらね…?」

ティオラは、少し躊躇(ためら)ったように聞いた。

「この間会った時は、呪いは発動してないって言ってたけどな」

「会ったの⁉」

ティオラは少し驚いていた。

「え?あ、ああ…」

「………」

少し沈黙が流れた。

すると、ティオラの方からそれを破った。

「…あなた…、マクーストから……その…、告白を受けたけど…、もう答えは出したの……?」

「えっ⁉」

「………」

受話器の向こうのティオラは、答えを待っている。

「あ…、う、うん……」

オズは、頭をかきながら答えた。

「な、なんて返したの…?」

ティオラは少し動揺しているようだった。

その意味は、オズには分からなかったが、聞かれるがままに答えた。

「んー…。っていうか考えてもみろよ。オレとマクーストが釣り合うと思うか?一緒に歩いてても、ただの友達同士だろ?しかも男の。…下手したら、兄弟だぜ?」

オズの言葉に、ティオラは噴出したが、慌てて「ごめん」と謝った。

「ってことは…」

「お前とは到底釣り合わねーって返事した。…マクーストも、それほど引きずってる感じもなかったしな」

「そうなの……」

ティオラはホッとしたように言った。

「…?なんだよお前、それが聞きたくて電話なんかよこしたのか?」

オズが聞くと、ティオラは慌てて返した。

「えっ⁉ち、違うわよっ‼さっき言ったでしょ!みんな元気か気になったからって…っ」

言い訳が長くなりそうになったので、察したオズは遮った。

「あー、わかったわかった!……あ…、あとさ、ティオラ。二年前の火事のことで、分かったことがあるんだ」

突然思い出し、しれっというオズに、ティオラは驚いて興味深々に聞いた。

「えっ⁉な、なに?」

「いや、電話じゃ長くなるし…。それに、マクーストとライアンの呪いについても話したいことがある」

「むこうの王も、やっぱり呪いにかかってたのね」

ティオラは、就業礼式で見た、ライアンが豹変した様子を思い出していた。

「…ああ。もうすぐ学校も始まるし、オレ、少し早く学園に戻ろうと思うんだ。だから、その時にでもいいか?」

「…分かったわ。ネルとビーゼルにも召集をかける」

ティオラが、あえてマクーストの名前を出さないことに、オズは何かを感じ取った。

「マクーストにも、頼めるか?」

「えっ⁉」

探りを入れたオズに、ティオラは面白いほど素直な反応を見せた。

「だって、白月の王も参加する義務はあるだろ?頼むぜ!白月のエースさんっ!」

「あっ!オ、オズ…っ!」

オズは、ガチャンッと電話を切った。

「…まったく…世話がやけるな……」


クアトロ・コートへ戻る日が、明日へと迫った。

オズは学園へ戻る支度を終え、おじいさんのいる窯へと顔を覗かせた。

「じーちゃん!なんか手伝うことあるか?」

また明日からは離れ離れになることもあり、オズは、少しでも長くおじいさんといようと思っていた。

だが、おじいさんは、顔の汗をタオルで拭(ぬぐ)うと、いつもと変わらない様子で言った。

「いや。大丈夫だ。お前がいない間は、一人で火を焚かんとならんしな」

オズは少しがっかりした。

「そうか……」

そんなオズを見ると、おじいさんは手招きしてオズを近くに呼んだ。

「…?」

オズは、疑問に思ってそちらへ歩み寄った。

おじいさんは、オズの手をとり、何かを手渡した。

「?」

オズは、手渡された物を見た。

「今夜は、お前の好物にしよう。ワシはこの通り仕事だから、お前に頼んで悪いが、これで好きなものを買ってくるといい」

「…っ!こ、こんなにっ⁉いいのか⁉」

手渡された硬貨を見て、オズは驚いた。

「余ったら小遣いにとっておけ」

おじいさんは笑顔を向けて言うと、また作業に取り掛かった。

「……ありがとう…。じーちゃん……」


オズは、町へ買い物へ出る前に、近くの小川へと寄り道をした。

脇にある石積みに上り、腰を落とした。

じーっと川を見つめ、オズは思っていた。

(…クアトロ・コートに入学する前にも、ここに来たっけな…。あの時は学園がどんなところなのか、不安もあったけど…。入学してからは、驚くことばっかりだった。…白月と黒陽の争いがあったり、両方の王に呪いが降りかかったり…。二年前に起こった火事に、そんな秘密があったなんて……)

オズは膝を抱き、顔を少し伏せた。

「あそこに通う生徒は、なにも知らないんだ…。白月と黒陽がそもそもなんで争っているかも…」

オズは目を閉じて、今まで協力してきた白月の守護者、ティオラ・ビーゼル・ネルそして、王のマクーストの顔を思い出していた。

続けて、敵である黒陽の守護者、テン・ファウス・ココルル・王座ライアンのことも。

「みんな、校長に踊らされている……。アイツはそれを全部知ってて……」

オズは、最後にエンジーの顔を思い出した。

パッと目を開け顔を上げると、オズは立ち上がった。

「………っ」

鋭い目を向け、険しい顔で川に目をやった。

すると、後ろから聞きなれた声が聞こえた。

「おぅ!オズ!」

オズはハッとして振り返った。

「ビーゼル……」

慣れたように斜面を下り、こちらへ歩み寄って来るビーゼルに、オズは目を向けた。

「明日にはクアトロ・コートに戻らなきゃなんねーな!久しぶりの故郷、満喫できたか?」

「…まぁな。お前は?」

オズは、石積みに座り直した。

「リフレッシュしたぜーっ‼あっちは設備が整ってるけどよぉ、こっちの青空の下でやる棒術の稽古の方が、俺には合ってるぜ!」

腕を回しながら言うビーゼルに、オズは「相変わらず」と言った顔で笑って返した。

「………」

「………」

いつになく、二人の間に沈黙が流れた。

オズは、妙な居心地の悪さに、眉を顰(しか)めてビーゼルを見た。

「…な、なぁ…」

すると、ビーゼルが話しかけた。

「なんだよ?急にしおらしくしやがって…」

オズは茶化すようにビーゼルに言った。

「…お前…。あーいうのがタイプなのか?」

「……は?」

何を聞かれているのか分からないオズは、首を傾げてビーゼルに聞き返した。

ビーゼルは、しびれを切らしてオズに言った。

「マクーストのことだ!…お前、アイツと付き合う気なのかよっ⁉」

オズはきょとんとした。

「…え……?な、なに言ってん……」

すると突然、ビーゼルは、オズの腕を力強く掴んだ。

「あんなヤツやめとけっ‼」

オズは驚いて目を丸くした。

「…ビ、ビーゼル……?いてぇって…」

力強く掴まれている手を、オズはほどこうとした。

だが、より一層に力強く掴まれ、オズは困惑した。

「アイツなんかより…っ!俺の方が……っ!…俺はお前のことが……っ‼」

「……っ⁉」

勢いよく引き寄せられたオズは、目を見開いて驚いた。

目の前にビーゼルの瞼(まぶた)が見える。

何かに触れている唇は、暑い熱を感じた。

「んんっ‼」

ビーゼルの力に押さえつけられていたオズは、必死に抵抗して、彼の巨体を押しのけた。

「なっ……何しやがんだっ‼この野郎っっ‼」

肩で息をし、手の甲で口を拭ったオズは、赤い顔でビーゼルを睨んだ。

オズの目の前には、彼女と同様に、赤い顔で肩で息をするビーゼルが、ただずっとオズを見ていた。

「俺は、昔からお前のこと……」

歩み寄ろうとするビーゼルをオズは拒み、足元の雑草をちぎってビーゼルに投げた。

「くんなよっ!…っ信じらんねぇっ‼」

オズは、吐き捨てるように言うと、逃げるようにその場から走り去った。

「……っ」

ビーゼルは、悲痛な表情でその後姿を見ていた。


翌日。

オズは気が重い様子で、クアトロ・コートの正門の前に立っていた。

昨日のことは当然だが、これからまた通うことになるこの学園に足を踏み入れること、それに加えて、生活に必要な物が入った大きなカバンが、その気の重さを増大にさせた。

(…結局、昨日はほとんど寝れなかったな…。ビーゼルのヤツ、何考えてんだ?村のヤツらとつるんで、オレのこと、からかってたのか…?)

正門を抜けたオズは、重たい足取りを校舎の方へ向けた。

自室に着き、ベッドの上に重たい荷物を置くと、オズは「はぁっ」と深いため息をついた。

「…いくらビーゼルでも、賭(か)けであんなことするわけねーしな…」

ベッドに座ったオズは、昨日のビーゼルとのキスを思い出し、唇に指を当てた。

「っ⁉~~~~っ⁉」

すると、途端に恥ずかしくなり、かぁーっと顔を赤くして、ベッドにドサッと横たわった。

「これから顔合わせなきゃなんねーのに…っ!後先考えずに、あんなことすんなよなっ!」

怒ったように言うと、右腕をおでこに当てて、また、ため息をついた。

「……くそぅ…。…やだなぁ…。どんな顔してビーゼルに会えばいーんだよ……」


誰よりも早く学園に来ていたティオラは、集合場所である自室で、もう制服姿に着替えて支度を整えていた。

テーブルにティーセットを配置し、柱時計に目をやった。

「そろそろね。お茶でも入れとこうかしら」

久しぶりにみんなに会えることが嬉しいのか、ティオラは妙に浮かれていた。

お湯を沸かそうと、備え付けられた小さな台所に足を向けた時だった。

ーコンコンー

ノックの音がし、ティオラは扉の方へ振り返った。

「あら?もう来たの?」

ティオラは、いそいそと歩き、扉を開けた。

「…っ⁉……あら…」

その人物を見たティオラは驚き、意外そうに声を発した。

「…こんにちは、ティオラさん。元気だった?」

一番にティオラの元にやって来たのは、マクーストだった。

「え、ええ…。マクーストも元気そうね!…さ、入って!」

ティオラはマクーストを部屋の中へ通した。

「お邪魔します」

マクーストは、頭をペコッと下げて中へ入った。

「あなたが一番乗りよ」

扉を閉めたティオラは、フフッと笑ってマクーストに言った。

「少し早いかなと思ったんだけど………」

マクーストは言葉を濁(にご)した。

「なぁに?…あ!どうぞ、かけて」

ティオラはその様子を疑問に思ったが、思い出したように、マクーストを上座(かみざ)のソファへと勧めた。

「あ…、う、うん…」

マクーストは、勧められたソファへ腰を下ろすと、テーブルに並べられた人数分のカップと、お茶菓子に目をやった。

「待ってて!今、お湯を沸かすから!」

ティオラは、台所へと足を向けた。

「………」

マクーストは、ティオラの横顔に、じーっと目を向けた。

「…実は……ティオラさんのこと、休暇の間、ずっと気になってたんだ」

マクーストの言葉に、ティオラは驚いて振り返った。

「えっ⁉」

マクーストは、慌てて返した。

「あっ!い、いや、その…。ココルルさんのことがあって…。それで、そのまま休暇に入っちゃったから……。…もう、平気そうだね。いつもの元気なティオラさんに戻ってる」

ティオラは、笑顔を向けるマクーストを見ていたが、静かにポットの方に顔を戻した。

「…オズにも話したんだけどね…。ココルルから手紙が来たの。…私の事、許してくれたわ。…私は、何も悪くないって…。何も気にすることはないって…書いてあった…」

うつむいて話すティオラに、マクーストは優しい顔を向けていた。

「彼女、凄いわね…。その一言で、私の気持ちがどれだけ救われたか…。彼女には、人の心を癒す力があるのよ。…きっと、どんなに醜い心を持っていても、彼女の前では浄化されてしまうんだわ…。だから、テンは嘘までついて、彼女を守ろうとした…。黒陽の守護者たちだって、それに協力して、彼女を守ることを選んだ……」

ティオラはだんだん身体を震わせ始めた。その異変に、マクーストが気付いた。

「……でも、その分…、私の存在が惨めに感じられて…っ。一番に上り詰めたいって今まで頑張って来たけど…。人を想う気持ちが…、温かい心が無いと…、みんな、離れて行ってしまうのよ……」

ティオラは溢れる涙を手で拭った。

マクーストは驚いて、とっさに立ち上がった。

「…だから、いつまでも落ち込んでられないって…、今私に出来ることは、守護者のみんなと協力して、あなたの呪いを解くことだから……」

ティオラが言うと、マクーストは慰めるように、彼女の肩に手を添えた。

「っ⁉」

ティオラは顔を上げ、マクーストの方へ振り返った。

「…僕は、ティオラさんのこと惨めだなんて思わないよ?…今まで、ティオラさんと一緒にいて、君が、冷たい人だなんて、思ったことない」

ティオラの目に映るマクーストの目は、青空のように澄み渡り、芯をついたように真っすぐなものだった。

「……マクースト………っ」

ティオラは、マクーストの胸に飛び込んだ。

「っ⁉」

マクーストは驚き、目を見開いて慌てた。

「………っ」

自分の胸で泣くティオラを見ると、顔を赤く染めたマクーストは、慣れない手つきで、彼女の頭を優しく撫でた。

すると突然、部屋の扉が「ガチャッ」と勢いよく開いた。

「まだ新学期始まってないのに集会って、どーゆーことぉ⁉」

なんのお構いもなしに、大きな声を上げて入ってくるのは、ネルしかいなかった。

「っ⁉」

「っ⁉」

「っ⁉」

ティオラとマクーストは、反射的に離れてネルの方へ顔を向けた。

ネルは驚いた様子で二人を見ると、悪戯に満面の笑みを浮かべ出した。

「うわーっ!うわーっっ!うわーっっ‼二人って、いつからそーなのっ⁉」

二人を指さしたネルは、部屋じゅうをぴょんぴょんかけ回り、これ見よがしに茶化した。

「や、やめてよっ‼……っもうっ‼」

ティオラはネルに怒って言うと、赤い顔で洗面所の方へ入って行った。

「………っ」

マクーストがチラッとネルに目を向けると、彼女は、悪戯な笑みを浮かべてこちらを見ていることに気が付き、赤い顔のまま、先ほどのソファまで歩いて、黙って座った。

ずっとその様子を見ていたネルは、「フフン」と笑うと、マクーストから少し距離をあけた手前のソファへと、ドスッと腰を下ろした。

「…マクーストも見かけによらず、結構やりますねぇ!」

「えっ?」

ネルに言われ、マクーストは顔を上げた。

「だって、この間オズに告白してたと思ったら、ティオラにまで手出してさ!」

楽しそうに言うネルに、マクーストはかぁ~っと顔を赤くさせた。

「ち、違うよっ!…そんなやましい気持ちなんてないったらっ!……オズには…、この間フラれたんだ……」

「えっ⁉なぁんだ、フラれちゃったの?付き合ったら面白そーと思ってたんだけど…。なんだ、そっかぁ、フラれちゃったんだぁ……」

ネルは、マクーストへの気遣いなど皆無な様子で、がっかりした表情で言った。

「ネル!あなたねぇ!少しはマクーストのこと、慰めてあげるとかしなさいよ!」

顔を洗って二人の元へ戻って来たティオラは、ネルを叱った。

「そーゆーティオラは、マクーストと何してたの?オズにフラれたことをいいことに、マクーストに言い寄ってたんじゃないのー?」

ネルは、ムッとして返した。ティオラは、カッと怒りが込み上げ、ネルに言い返そうとした。

「なっ⁉…」

「ねぇ、マクースト!ティオラはやめとけば?尻に敷かれるだけだと私は思うけどなー」

「~~~っ⁉」

ネルの言葉に、互いに目を合わせたティオラとマクーストは、赤くなって言葉を詰まらせた。

すると、次の来客が来たようで、ノックの音が鳴り響いた。

ティオラはそれに気が付き、赤い顔のまま扉の方まで歩いた。

扉を開けると、そこにはビーゼルが立っていた。

「あ、あら、ビーゼル。久しぶりね」

「お、おう!……」

いつになくソワソワして、中の様子をうかがおうとするビーゼルに、ティオラは「?」を浮かべた。

「さ、どうぞ入って。…あとは、オズだけね」

ティオラの言葉に、部屋の中に入ったビーゼルは振り返った。

「えっ?アイツ、まだ来てねーのか?」

「ええ。あなたたちのことだから、一緒に来るかと思ってたんだけど…。何?別々に戻って来たの?」

ティオラが聞くと、ビーゼルはバツの悪い表情を見せた。

「…?」

ティオラが不思議そうに見ていると、ソファに座っていたネルが、背もたれから身を乗り出しすように、ビーゼルに話しかけた。

「あ!ビーゼル‼ねぇねぇ!私、面白いもん見っちゃったんだ!…あのねぇ、ティオラとマクーストがねぇ……」

ネルがすぐに言いふらそうとするのを、ティオラが慌てて止めた。

「だから、違うって言ってるじゃないっ!…あ、ビーゼル、ここに座って」

ティオラは、今のネルと近づけるのは厄介だと判断し、ビーゼルを、ネルとは反対側のソファに誘導した。

「……あ…、いや……」

その席を見たビーゼルは、足を止めた。

そのソファは二人掛けで、そこに座ってしまうと、隣に来る人物は……。

「俺はこっちにするぜ」

そそくさと移動し、ビーゼルはネルの横に座った。

「……?」

三人は、いつもと様子の違うビーゼルを見て、不思議に思った。

「ねー、ビーゼルは、休みの間なにしてたの?田舎って涼しいって聞くけど」

ネルは、興味深々に隣のビーゼルに聞いた。

「え?あ、ああ、ここよりは涼しいぜ。俺は、ほとんど毎日棒術の稽古三昧だ。秋には大会も控えてるしよ」

「だいぶ焼けて、筋力も増したみたいだね、ビーゼル」

マクーストが感心した様子で、ビーゼルに話しかけた。

「………」

だが、ビーゼルは黙り、マクーストに意味深な目を向けるだけだった。

「……え?」

マクーストは、そんな彼の態度に、少し驚いた。

ビーゼルがオズに気があることを、既に気が付いていたネルが、彼の反応をうかがうように言った。

「マクースト、可哀そうなんだよ?オズにフラれちゃったんだってさ」

「なんだってぇ⁉」

ビーゼルは、驚きと同時に、勢いよく立ち上がった。

ネルとマクーストも、それに驚いて、身体をのけぞらせた。

「マ、マジか…、お前、オズに……?」

ビーゼルは立ったまま、マクーストを指さして言った。

「う、うん…。ま、まぁ、当然の結果だよね……」

マクーストは、皆に気を遣(つか)わせないように、笑顔を作って言った。

(なんだよ…。俺でも駄目だってのか……?)

ビーゼルは勢いを失くしたように、ソファにドスッと腰を下ろして考え込んだ。

「……?どしたの?ビーゼル…?」

ネルは、覗き込むように、ビーゼルに聞いた。

すると、残っていたあと一人が到着し、扉からノック音が響いた。

「あ!オズだわ!はーい!」

お茶を準備していたティオラは、いそいそと扉の方へ向かった。

マクーストとビーゼルは、罰が悪そうに顔を伏せた。

「………」

ネルは、そんな二人を黙って見ている。

「オズ!待ってたのよ!もうみんな揃ってるわ!」

扉を開けたティオラが、オズを迎えた。

「…あ…。そ、そうなのか…?悪い……」

オズも、ビーゼルと同じようにソワソワし、ティオラは少し疑問に思って眉を顰(しか)めた。

「ま、どうぞ!」

ティオラに誘導され、オズは黙って部屋の中へと入った。

「……っ⁉」

オズは、まずビーゼルに目を向けた。

ビーゼルもオズに目を向け、バチッと目が合った二人は、気まずそうに顔を反らせた。

(……っ、だからヤだったんだ!こうなるって分かってるから…っ!)

オズは、赤い顔で怒りながら、空いてるソファへと足を向けた。

ビーゼルも気まずそうに顔を反らせている。

そんな二人を、ネルはじーっと見ていた。

二人掛けソファまでやって来たオズは、ネルの向かい側の位置に座った。

「オズ、そこでいいの?そっちじゃなくて」

ネルは、マクーストの隣で、その上(うえ)ビーゼルの向かい側の空いている席を指さした。

「えっ⁉」

オズは驚いてネルを見た。

「そうよ。今日はあなたの話を聞くために集まったのよ?本来なら、エースの私が座るはずなんだけど、今日は特別に譲(ゆず)ってあげてもいいのに」

ポットを持ったティオラが、オズの方へ歩み寄って言った。

「い、いや…。でもな…」

オズは頬をかき、チラッとその席に目を向けると、こちらを見ているマクーストと目が合った。

「っ⁉」

オズはとっさに目を反らせた。

「……っ」

露骨(ろこつ)に目を背けられたマクーストは、視線を下げて、寂しそうにうつむいた。

「………」

気まずそうな二人を見て、ティオラは察すると、みんなのカップにお茶を注ぎ始めた。

「なら、私がそこに座らせてもらうわね!とりあえず、みんな久しぶりなんだし、ゆっくりお茶でもどうぞ」

まずはマクースト、そしてビーゼル、ネル、オズの順に、ティオラはお茶を注ぎ、最後に自分の席に座って、ティオラはカップにお茶を入れた。

ポットを近くに置くと、ティオラは笑顔でみんなを見回した。

「みんな、元気そうで良かったわ。…マクーストも、あれから身体に異変は無いって、オズから聞いたけど?」

ティオラは、カップを手に取り、マクーストに聞いた。

「う、うん。…家にいる間は、何もなかったよ。…実は、休暇の間、オズに誘われて、高等部のブレイムレン神父に、話を聞きに行ったんだ……ね、ねぇ?オズ」

マクーストは、オズの様子をうかががうように聞いた。

聞かれたオズは、ハッとしてマクーストを見た。

三人は少し驚いていた。

「そうだったの⁉なら、私たちも誘ってくれたら良かったのに。…じゃあ、その時に聞いた話を、オズが話してくれるのね?」

ティオラはオズに聞いた。

「あ、ああ…。それも含めて…。実は、マクーストにも話していない、二年前の火事の真相についても、話そうと思ってな…」

思いつめ、真剣な眼差しを向けて言うオズに、ティオラ以外の者は驚いて目を向けた。

「えっ⁉」

「火事の真相について、何か分かったの⁉」

「どういうことぉ?」

皆に聞かれ、オズは視線を落とした。

「……全部…、エンジーが話してくれたんだ……」

うつむいて言うオズに、皆は驚きの表情を見せた。

「なっ⁉ど、どういうことよっ⁉黒陽の人間が、全てを知ってて、お情けで教えてくれたってこと⁉」

「ま、まぁ、落ち着いてよ!ティオラさんっ!…とりあえず、オズの話を聞こうよ」

興奮するティオラを、マクーストが宥(なだ)めた。

ティオラはしぶしぶ頷き、オズの話を聞くために黙った。

「……マクーストを誘って、ブレイムレン神父に話を聞きに行こうって提案したのも、アイツなんだ」

「っ⁉」

ティオラ、ビーゼル、ネルは驚き、互いに目を合わせた。

「アイツは、ライアンを救うために…、オレは、マクーストを救うために、お互い利害(りがい)が一致した上でのことだったんだ」

四人は、黙ってオズの話を聞いている。

「ブレイムレン神父から聞いたこと、それにエンジーから聞いたことも、今ここで全部話す……」

オズは顔を上げ、皆に事の次第を話し始めた。


オズの話を、皆は終始驚きながら聞いていた。

話も終盤に差し掛かり、皆は納得したようにうなずいたり、背もたれに背を付け、考え込んだりしていた。

「…校長先生が、そんなこと考えていたなんて……」

ティオラは、ショックを隠せない様子で呟いた。

「あんなに優しくて寛容(かんよう)なのに…」

マクーストも、信じられないといった顔でうつむいた。

「けど、仕方ないんじゃない?学園を継続させるには、そういう方法をとるのもさ。上の人間ならなおさらのことでしょ」

ネルは、腕を組んで諭(さと)したように言った。

「ってことは、祭司が怒ってんのは、校長の悪だくみが原因で起こった火事で、そこに犠牲者が出たからなのか?」

ビーゼルは皆を見て聞いた。

「そう…、なるのかしらね。…けど、それは二年前に起こったことだし、現時点では、どう解決するべきなのかしら…?」

ティオラは、考えながら言った。

「そもそも、白月と黒陽がバチバチやってるから怒ってるんじゃないの?」

ネルの言葉に、オズは頷いた。

「オレも、事の発端はそれにあると思う。対立する意味がねぇ」

「…黒陽と和解したらいいってこと?」

マクーストが聞いた。

「和解っていうか…。意味のない争いは、いらねーと思う。王の呪いを解くっていう目的が一緒なんだし、この際協力するべきだと思うんだ」

オズはみんなに言った。ティオラは頷いた。

「確かにそうね。祭司の怒りの原因を、潰していくよりほかはないわ」

「ライアンに聞いたら?祭司の言葉が聞けるんでしょ?その方が早くない?」

「それが分かってたら、向こうはとっくに呪いを解いてるはずよ!」

ティオラがネルに言うと、ネルは「そっか…」と納得した表情を見せた。

「なんにせよ、とりあえずは黒陽との協力ね。…素直に言うこと聞いてれるかしら…?」

ティオラは、向こうの守護者のメンツを思い浮かべ、思いやられるようにため息を吐いた。

「向こうだって、ライアンを助けるためなら嫌でも協力するはずだ!…現に、アイツがそうなんだから…」

ティオラはオズの言葉を聞き、何かを思い立って提案した。

「そうだ!なら、エンジーにあとの守護者を説得するように頼んでみてよ!あなたたち、以前みたいな仲じゃないみたいだし、今なら頼みやすいんじゃない?」

ティオラの言葉に、オズはすぐには返さず、少し思いつめた表情を見せた。

「…?どうしたのよ?」

「……オレ、まだアイツを信用しきれてねーんだ…」

「…え?」

みんなは顔を上げて、オズに目を向けた。

オズは神妙な面持ちで、視線を下げている。

「…オレ、アイツから聞いた話で、妙に引っかかることがあるんだよ」

「…?」

オズの言葉に、四人はそれぞれ互いに顔を見合わせた。

「引っかかることって?」

ティオラが代表して聞いた。

「……シリウスの怪我だ」

オズは顔を上げて言った。みんなは黙ってオズを見つめた。

「オレは、シリウスの怪我について説明する時の、アイツの様子がどうもおかしいって、ずっと引っかかってたんだ。……アイツのアニキが負わせたって言ってたが、そこに、信憑性(しんぴょうせい)がどうも感じられない。なんていうか…、あっさりとしすぎてる…」

オズは目を反らし、眉を顰(しか)めて言った。

「…なるほどね。その背景には、隠されている何かがあるという訳ね」

ティオラは肘に手を当て、「うーん」と考えた。

「オズは、それが何だと思うの?」

ネルの質問に、オズはそちらへ目を向けた。

「え…?」

「だってさ、それだけ勘が鋭いんだし、考察も出来るんだったら、当然、それが何か考えたんじゃないの?」

今まで話してきた中で、ネルは、オズの特徴をとらえたようだった。

又、彼女のめんどくさがり屋な性格から、答えを出すことをオズに任せたのだった。

オズは少し考えた。

「オレも考えた…。…これは、オレの仮説だけど、それを隠すってことは、黒陽側に何か不利が生じるからじゃないかって思った…」

「不利?」

マクーストが聞くと、オズは頷いて続けた。

「ああ。二年前の火事で、犠牲になったもう一人の人物……」

ティオラはハッとして答えた。

「ココルルっ⁉」

オズはまた頷いた。

「ああ…。ココルルを救った救世主が、もしかしたらシリウスなんじゃないかって……」

「………」

皆はオズの仮説に一度納得した。だが、よく考えて、そこに意を唱えた。

「ま、待って!でも、ココルルが見た救世主は、黒陽の制服を着ていたのよ?」

ティオラは慌ててオズに言った。

「…そうなんだよなぁ……」

オズは、「はぁ」っとため息をついて、身体を背もたれに倒した。

「それに、そうだった場合、シリウスがココルルを助けた理由は何になるの?」

「…もしかして、好意を持ってたとか…かな?」

「相手は敵側の生徒になるのよ?」

「……恋愛感情は別だと思うよ……」

「……っ」

マクーストの発言に、ティオラは言葉を詰まらせた。

「ココルルが嘘言ってるんじゃない?」

二人の微妙な空気を尻目に、ネルが口を開いた。

「あのお嬢さんが、なんでそんなことすんだ?」

「わかんないよ?誰かに脅されてるとか!」

「…誰にだよ…」

ネルとビーゼルが言い合った。

「……黒陽の制服なら、エンジーのお兄さんって可能性もあるんじゃないかな?」

マクーストがみんなに言った。

皆はハッとしたが、オズが異を唱えた。

「だとしたら、隠す必要はないだろ?ココルルを救ったのが、アニキのケイシーだとしたら、黒陽の手柄だ。大々的に発表するに違いない。……けど、それをせずに隠すってことは……」

オズは身体を起こし、腕を組んで「うーん」と考え込んだ。

「……エンジーは、救世主について、何も知らないって言ってるのよね?」

ティオラは、再度確認するように聞いた。オズは頷いた。

「それも嘘かもよ?」

ネルがまた口を挟んだ。

「お前、嘘嘘って、人のこと信じられねーのか?」

ビーゼルは、ネルをジロッと睨んで言うと、ネルはムッとして返した。

「人なんか初めから信用してないしー」

そう言うと、ネルはプイッと顔を反らした。

「………」

その場は、一時沈黙状態となった。

すると、ティオラがそれを破った。

「とりあえず、明後日には新学期も始まることだし、最初に言った通り、まずは黒陽の守護者と協力しましょう。…オズ、エンジーに頼んでもらえるわね?」

話を振られ、オズはハッとして、ティオラに顔を向けた。

「…あ…、ああ…。分かった…」

オズの返事で、その場は解散となった。


翌日。

庭園を歩く、黒陽の制服を着た二人の生徒がいた。

前を歩く生徒は、後ろから着いて来るもう一人の生徒を手で引き、ゆっくりと噴水まで歩いた。

その二人の生徒は、テンとココルルだった。

テンは噴水まで来ると、ココルルを噴水の縁へとゆっくり座らせた。

ココルルが座ったのを見届けると、テンも隣に腰を下ろした。

「…呼び出して、ごめんなさいね……」

ココルルは、テンの方を見ることなく、うつむいて謝った。

「そ、そんなっ!謝るのはわたしの方です!…貴女(あなた)にずっと嘘をついて……。本当に、許されないことをしました…。申し訳ありません……っ!」

テンは、ココルルの方を向いて頭を下げた。

目には見えないが、謝るテンの気持ちが痛い程伝わり、ココルルは悲しい顔でそちらに身体を向けた。

「…やめて、テンさん…。もう、いいのよ。…あなたが、私の為を想ってついてくれた嘘だって分かっているから…。だから、お願いだからもう謝らないで。…私の方こそ、あなたに甘えてしまって、辛い思いをさせてしまってごめんなさい……」

ココルルはテンに頭を下げた。

頭を上げ、健気(けなげ)に頭を下げるココルルを目にしたテンは、返す言葉が見つからず、切ない表情で彼女を見つめた。

「…今日、貴方の方から声を掛けてくれて、とても嬉しかったです。……また、以前のように、わたしと接していただけますか?」

テンは、少し不安そうに聞いた。

ゆっくりと顔を上げたココルルは、目をうるわせていた。

「もちろん、友達としてです」

テンは、ココルルを安心させるように言った。

それにココルルは頷き、クスッと笑顔になって、涙を指で拭(ぬぐ)った。

「ありがとう…。テンさん……」

「こちらこそ…。ありがとう、ココルル……」

二人は和解し、まだ暑さが残る昼下がりの庭園での時間を、静かに過ごした。

「……みんなにも、悪いことをしたわ…。みんな私のことを想って、黙っていたのに……。ファウスも、エンジーも、ライアンも…。それに、白月のみんなだって……」

ココルルは、痛む胸に手を当てて、辛そうに言った。

「私、みんなに酷いことを言ってしまったわ……」

罪悪感を打ち明けるココルルの肩に、テンは手を添えた。

「みんな、貴方が元気になったこと知ったら、きっと喜びますよ。…明日には、みんなに会えるんです。…元気なお顔を見せてあげてください!」

添えられている手と、テンの声のする方へ、ココルルは顔を向けた。

「…そうね…。ありがとう…!」

ココルルはテンに笑顔を返し、心が安らぐこの瞬間を大事にしようと、ゆっくり目を閉じた。

テンは、少しずつ心穏やかになっていくココルルを見て、安心したように微笑んだ。

しばらく二人が黙っていると、ココルルが話し出した。

「……何度も、私の部屋まで足を運んで…、心配してくれたわね…」

ココルルの言葉に、テンはハッとして彼女の方へ顔を向けた。

「何度も謝ってくれた……」

ココルルは、遠くを見るように呟いた。

「…もう、いいんですよ。ココルル…」

テンは、何度も自分をせめ続けるココルルに、優しく言った。

「…テンさんだけじゃないの…。白月のエース…、ティオラさんも、謝りに来てくれたわ」

ココルルは、テンの方を向いた。

「えっ⁉ティオラが…?」

テンは、驚いて聞き返した。

「…ええ。私を絶望に追いやって、ごめんなさいって…。扉の前で、何度も謝っていたの…。彼女、泣いてたわ……。何の関係もない彼女を巻き込んでしまって、本当に申し訳ないことをしたわね……」

「………」

悲しそうな表情で言うココルルに、テンは何も返さずに黙った。

「そのまま休暇に入ってしまったから…、だからね、私、お手紙を書いたのよ…。あなたを悪く思いません。恨んでませんって…」

テンは、驚いてココルルの方を向いた。

「…そう…だったんですか……」

「彼女、落ち込んでないかしら……?」

ココルルは、不安気にテンに聞いた。

「……大丈夫ですよ。彼女は強いですから!」

テンは、ココルルを安心させるように、彼女の手を握った。

「……」

ココルルは、温かい手に触れられ、安心したように頷いた。

しばらくうつむいていたが、ココルルは、意を決したように話し出した

「……それとね、…もう一つ……」

「……?」

テンは疑問に思って、ココルルに目を向けた。

「私が部屋に閉じこもっている時に、ドアをノックして訪ねてくれた人がいるの……」

「…えっ?…誰ですか?」

テンは、少し不安な表情で聞いた。

ココルルは、首を横に振って返した。

「それが、わからないの……。ノックの音が聞こえて、私は耳をすましてたんだけど、何も言わないのよ…。不思議に思って、扉を開けてみたんだけど、そこには、人の気配を感じなかったわ。けど、何かが足に当たって、拾い上げてみたら、それが花束だってことに気付いたの」

ココルルは、その時の心境を思い出すように、胸に手を当てて、目を閉じている。

「花束……?」

学園にそんなキザな事をする生徒がいるだろうか…。テンは首を傾(かし)げて考えた。

「私、その花束のおかげで、部屋から出る決心がついたのよ」

ココルルは、顔を上げて言った。

誰からもらったのか分からない花束で、そこまでの決心が持てることに、テンは眉(まゆ)を顰(ひそ)めた。

テンが黙っていると、ココルルは話を続けた。

「そのお花はね、クロッカスだったの…。私の大好きなお花よ。とてもいい香りだったから、きっと、綺麗なピンク色だったんでしょうね」

ココルルは、そのクロッカスの花束を実際に目に出来なかったことが、とても残念そうだった。

(…好きな花だったから…。それでか……)

テンは、なるほどと相槌(あいづち)を打った。

(…そうすると、その花束を置いていった奴は、ココルルの好きな花を知っているということか……)

テンは、ココルルの話を聞きながら考えた。

「それがね……、実は、二年前に私をチャペルへ呼んだ相手の手紙にも、クロッカスが添えられていたの…」

「っ⁉な、なんですってっ⁉」

驚いたテンは、勢い余って立ち上がった。

ココルルも驚いて、テンの方を見上げた。

「と言うことは、その花束を置いた人物は、あなたを助けた救世主ということではないですかっ⁉」

テンは、噴水の縁に座り直し、ココルルの肩に手を置いて言った、

ココルルは、興奮するテンを、落ち着かせるように返した。

「た、たまたまかもしれないけど…。そうだったら、嬉しいわ……」

「………」

だがテンは、ココルルから手を離すと、何かを考えた。

(……救世主は、この学園を自由に出入り出来る人物に限られてきたな…。卒業生には、それは難しいことだ。…今いる黒陽の生徒の中に、救世主が……)

テンは、すぐにエンジーの事を頭に過(よぎ)らせた。

すると、鋭い目つきが一層に鋭くなり、険しい顔をして考え込んだ。

(…いや、でもそれは違うと、ココルルが言っている……。……まさか……、ココルルがヤツに頼まれて嘘をついているのか……?)

そう思い、テンはココルルに目をやった。

ココルルは、純粋な表情で、テンの方に顔を向けている。

ココルルを信じたいテンは、その考えを捨て、まず、今のことを他の守護者に話すかどうかを考えた。

テンがずっと考え込むことに、彼女のことを良く知るココルルは慣れていた。

だが、しばらく会っていなかったこともあり、少し寂しくなったようで、ココルルはテンに話しかけた。

「テンさん…」

「……え…?」

テンは、ハッとしてココルルに顔を向けた。

「エンジー、振り向いてくれるといいわね」

「……えぇっ⁉」

思いもよらぬココルルの発言に、テンは驚いて顔を赤くさせた。

「私を助けてくれた人が、もし姿を現してくれたら、私も嬉しいもの!それと一緒よ!」

「~~~っ⁉」

純粋に笑うココルルに、テンは真っ赤になって、頭から湯気をふかした。


始業礼式の朝のこと。

カーテンの隙間から差し込む強い日差しで、オズは目を覚ました。

時計を見ると、針は六時半過ぎをさし、起きる予定の時間より少し早かった。

「………」

オズはベッドの上で、ぼーっと何かを考えると、身体を起こして支度を始めた。

(……黒陽と協力か…。奴らが快く承諾するのか?…エンジーだって、まだ全面的に協力してくれてるわけじゃない…。けど、ライアンの呪いを解くためなら…、いずれはオレにだって……)

カバンにノートを詰めていたオズは、パタンッと蓋を閉じた。

少し早めに食堂へ向かおうと、部屋を出ようとしたその時だった。

扉の横に置いてあるダイヤル式電話が、部屋に鳴り響いた。

「っ⁉」

滅多に部屋の電話が鳴ることがないため、オズはビクッと驚いた。

「……も、もしもし?」

オズは、受話器を取って耳にあてた。

「おはようございます、オズ」

その声は、リヨンド副校長のものだった。

意外な人物からの電話に、オズは慌てて返事をした。

「あっ!お、おはようございます!」

「あなたに手紙が届いています。授業が始まる前に、校長室へ来てください」

「……へ?手紙……?」

オズは眉を顰(しか)めた。

自分に手紙をくれる相手など、田舎のおじいさんくらいしか思い当たらない。

だが、先日まで田舎に帰っていたのだから、そのおじいさんが手紙を送るなど、妙なことだ。

「必ず来るのですよ。いいですね?」

リヨンドに念押しされ、オズは返事をした。

「あ…,、は、はい…」

電話は切れた。

「………」

オズは校長室へ行くのに妙な不安感を抱いた。

エンジーの話では、校長は権力を手に入れるためには、手段を選らばない人物だ。そして、副校長のリヨンドも校長の言いなりだ。

二人の野心を知ってしまった今、オズは、以前のような気持ちで校長と会う自信がなかった。

「…不信感が顔に出ちまうかもな……」

オズは、思い切り気だるそうに、大きなため息をついた。


校長室の前まで来たオズは、扉を三回ノックした。

「どうぞ」

「…失礼します」

重たい扉を開け、オズは頭を下げて、部屋へと足を踏み入れた。

「やぁ、オズ!おはよう。元気そうで何よりだ」

窓側の机にいた校長は、オズを見るなり、にっこり笑って、応接間のソファへと移動した。

「どうぞ、かけなさい」

ドスッと重たい身体をソファに落とすと、左隣りの席に手を向けて、オズにそこへ座るよう勧めた。

「……失礼します」

校長の仕草を見たオズは、あまり校長と目を合わせないように、ソファの方へ移動した。

「おはようございます…。あの…、オレに手紙が来てるって……」

ソファに座ったオズは、辺りにチラッと目をやった。

電話をかけてきたリヨンドは、この場にはいなかった。

「そうなんだよ。今朝、リヨンド副校長が受け取ったんだ。……これだよ」

校長は、背広に右手を入れ、内ポケットから一通の手紙を出した。

校長はその手紙をテーブルに置き、オズの前へとやった。

「………」

オズは会釈をして、そのオフホワイト色の手紙を手に取った。

封筒の紙は分厚く、感触で普通の封筒より高価な素材だというのがわかった。

表には、確かに「オズ・クロスアルド様」と宛名が書かれている。

「………」

校長は、オズの反応をうかがうように、じっと彼女を見つめている。

クルッと裏を返した。

「っ⁉」

差出人の名前を見て、オズは目を見開いて驚いた。

「ク、クロスアルドっ⁉」

差出人の名前は「マーソン・クロスアルド」と書かれている。

クロスアルドと刻まれた封蠟(ふうろう)も、しっかりとされていた。

「……っ⁉」

オズは、とっさに校長に目をやった。

「…どうやら、マーソンからの手紙のようだね」

校長は「フフフ」と笑って言った。

マーソンとは一体どういう人物なのか、何故今になって手紙をよこしてきたのか。オズは、それを全て訴えるように、校長を見ていた。

校長は、それに答えるように口を開いた。

「マーソン・クロスアルドとは、会長の義理の息子なんだよ、オズ。ワタシには、手紙の内容は分かりかねるけどね。…開けてみるといい」

校長は、その場で手紙を読むことを勧めた。

「………」

だがオズは、それを拒んだ。

「いえ…。すみません。これから礼式があるので、今読むのはやめておきます…」

オズは校長に頭を下げ、手紙をポケットに入れた。

眉を顰(ひそ)めた校長が言った。

「……そうかい?…わかった。なら、オズの気持ちが穏やかな時に読むといい。…あまり深く考えてはいけないよ、オズ」

校長は立ち上がり、オズの肩にポンッと手を置いた。

「………」

オズは、うつむいて頭を下げた。


「オズ、どうしたのよ?」

食堂に集まっている白月の守護者たちが、ぼーっとしているオズを心配そうに見ていた。

隣に座っているティオラが、オズに顔を近づけた。

オズはハッとしてティオラに目を向けた。

「えっ⁉あ…、な、なんか言ったか?」

オズは慌ててティオラに返した。

「あなたらしくないわね、ぼんやりしちゃって。始業礼式の間もずっと上の空だったじゃない!」

すでに礼式は終わり、放課後、皆で集まって、ティータイムを楽しんでいるようだった。

「どうしたの?オズ。なんか悩み事?」

ティオラの隣に座っているマクーストも、心配そうに聞いた。

マクーストの胸には勲章が戻り、キラキラと光っている。

「オズに悩む事なんてあるの?」

向かいに座っているネルは、ノスティモの焼いたクッキーを食べながら言った。

オズがムッとしてネルを睨むと、ティオラが代わりに彼女を叱った。

「コラ!失礼でしょ!オズにだって、年頃の悩みはあるわよ!ねぇ?」

「……へ?」

的外れなティオラの解釈に、オズは目を丸くした。

「………」

ネルの横では、ビーゼルが気まずそうにオズを見ている。

「そ、そーいうんじゃねーよ!……じ、実は…、今朝、校長先生に呼び出されて、手紙をもらったんだ……」

「えっ⁉校長先生からっ⁉」

皆は驚き、ティオラが聞いた。

「あ、じゃなくて。…こ、これなんだ……」

オズはポケットから、今朝渡された手紙を出した。

皆に見えるように、テーブルの真ん中に置き、ティオラがそれを手に取った。

すると、驚いた顔でオズを見た。

「こっ、これっ!クロスアルド家からじゃないっ‼」

ティオラの発言に、全員驚いた。

「あ…、ああ…そうなんだ…」

オズが返すと、ティオラがすかさず聞いた。

「なんて書いてあったの⁉」

オズは視線を下げた。

「…まだ見てねーんだよ……。なんとなく……」

オズは先を濁らせた。

だが、全員は察した。

何が書かれているのか、読むのが怖い…。だから今まで読まずに、皆のいる前で、中を確認しようと思っているのだと。

「開けてみれば?」

腕を組んだネルが言った。

「………」

ティオラが持った手紙を見て、オズは躊躇(ちゅうちょ)した。

「見せて。……差出人、マーソンか…。なら、大丈夫じゃない?」

「…え?」

「どうして?」

ティオラがネルに聞いた。

みんなも同様に不思議そうにしている。

「マーソンって、クロスアルド家の養子に入った人だよ。主「ダグルス」の一人娘の旦那。…結構内気な人だし、変なこと言ってくるような人じゃないと思うけどな」

ネルはそう言うと、マクーストを指さした。

「そうそう、マクーストみたいなタイプの人!」

「えっ⁉」

マクーストは動揺した。

「だから、大丈夫じゃない?開けてみなよ、オズ」

ネルは、視線をオズに戻して言った。

「あ、ああ…。……ダグルスって……?」

ネルの発言に引っかかり、オズは聞いた。

「だから、クロスアルド家の主。今はグループの会長になるのかな。ゆくゆくは跡継ぎを、そのマーソンにするみたいだけどね。本人も結構なおじいさんだし、そうなるのも近いうちかも。……私、あの人嫌いなんだ。なんか、威圧感あるし、頑固で偉そうだしさ」

血縁のオズの前で悪口をペラペラしゃべるネルに、ティオラとマクーストは、オズの反応を気にしていた。

だが、オズは興味深そうに、真剣に聞いていた。

「じゃあ、シリウスは、マーソンの息子ってことか?」

「そうだよ」

ネルは頷いた。

「………」

オズは、じっと手紙を見つめた。

すると、意を決して、手紙の封を破るように開けた。

みんなは黙ってそれを見ている、

「………っ」

手紙に目を通すオズは、眉を顰(しか)めた。

「…な、なんて書いてあるの…?オズ」

ティオラがオズの様子をうかがうように聞いた。

オズは、チラッとティオラに目を向けた。

すると、手紙と一緒に同封されていた小さな一枚の紙を、ティオラに差し出した。

「…え?何これ…?……っ⁉えっ⁉パーティーの招待状っ⁉」

ティオラはそれを両手に持ち替え、まじまじと見つめた。

マクーストとビーゼルも驚き、身を乗り出してそれに目をやった。

だが、ネルは何か察しがついたように、椅子にもたれて「なるほど」という納得の顔を見せた。

「そーいうことか」

ネルの発言に、全員「?」を浮かべた。

「毎年あんの。このパーティー。クロスアルド家はもちろん、グループ傘下(さんか)の人たちも呼んで、親睦(しんぼく)を深めるためにね。一応、クロスアルドからみんなへの労(ねぎら)いのつもりらしいけど」

ネルは、ため息をついて言った。

「なに?オズ、招待されたの?」

ネルに聞かれ、オズは頷いて返した。

「…ああ。ぜひ来てくれって…。今まで挨拶もしなかった詫(わ)びも兼(か)ねてって書かれてる……」

「行くの?」

「……招待されたんだったら……まぁ、行くのが普通…なのか……?」

オズは、周りに意見を求めた。

「そ、そうよね。それが礼儀よね…?」

ティオラは、マクーストに同意を求めた。

マクーストは、躊躇いながらも頷いて返した。

「でもさ、礼儀をわきまえてなかったのは向こうじゃないの?オズを無理やりここに来させて、今まで何の連絡もしなかったんだよ?」

いつになく、まっとうな意見を言うネルに、みんなは驚いた。

「お前は…行かないのか?」

「……え?」

オズに聞かれたネルは、ハッとした。

「お前だって、クレハモニア家の令嬢として招待されてるんだろ?」

「………っ」

真っすぐなオズの目に嫌気がさしたように、ネルは目を背けた。

「行くわけないじゃんっ!毎年この手のものは、私断ってんのっ‼」

「…行かないっていう選択肢もあんのか?」

ビーゼルがネルに聞いた。

「別に自由だもん!」

「………」

オズは、下を向いて考えた。

「……オレ……、このパーティー、出席するぜ」

決断するオズに、みんなは目を向けた。

「やっと向こうから接触を計(はか)って来たんだ。こんなチャンス、もうねぇかもしれない……。オレが代わりをすることになったシリウスと、直接話す機会が持てるかもしれねぇしな…。奴には、聞きたいことが山ほどあるんだ」

差出人「クロスアルド」の文字が書かれた封筒をじっと見つめ、オズは決意を固めていた。

「…オズ…」

ティオラとマクーストは、心配そうに見つめた。

「シリウスと話す機会って言っても、彼、病院に入ってるんじゃなかった?」

ティオラは確かめるようにオズに聞いた。

オズはハッとした。

「…あ……、そうだったな…。じゃ、じゃあ、マーソンに…。それでもだめなら、ダグラスにでも聞いてやる‼」

「やめときなって!そんなこと聞いて、まともな答えが返ってくるわけないじゃん!私らにだって必死に隠してんだから!」

ネルが諦めたように手をひらひらと振って言った。

「……そもそも、シリウスは病院になんかいないよ?」

「…えっ⁉」

ネルの言葉に、四人は驚いた。

「ど、どーいうことだっ⁉」

オズは、勢いよく立ち上がってネルに聞いた。

「今は家に引きこもってんだって。…クロスアルド家の使いの人が、コソコソ言ってるの聞いたんだ。…二年前の事で、病んだんじゃないの?…実際、クイーンを守れなかったことで、自分をせめてたらしいし」

ネルの口から、現状がどんどん明かされていく。

今まで黙っていたネルに、オズは内心腹を立てたが、彼女は初めから非協力的だった。

今更せめても仕方ないと思い、逆に今回のことで、話してくれていることに感謝すべきだとも思えて来た。

彼女は、クロスアルド家の支配下にあたるクレハモニア家の一人娘だ。

下手なことを言うと、家に損害を与えることになる。オズは、ネルがそのリスクを冒(おか)してまで、話してくれていることに、ありがたみを感じていた。

隣に座っているティオラも、同じ気持ちだった。

ネルに腹を立てたものの、彼女がここまで協力するのは極めて珍しい。

ティオラは感心した様子で、ネルに目を向けていた。

「………」

だが、ビーゼルは違った。

みんなと同じテーブルにいるものの、彼は、ずっと面白くなさそうに顔を歪(ゆが)めていた。

ビーゼルは、黙って席から立ち上がった。

「ど、どうしたの?」

向かいのマクーストが、ビーゼルに聞いた。

「…いや……。なんか俺、場違いみてーだしもう行くわ。所詮(しょせん)、田舎もんの俺には、カンケーねぇ話だしよ」

ビーゼルは席から離れ、オズの横を通り過ぎようとした。

「……クロスアルドさんの盛大なパーティー、楽しんできたらいーじゃねーか」

「っ⁉」

去り際のビーゼルに言われ、彼と目を合わせられずにいたオズは、ハッと目を見開いた。

「嫌味みたーい…」

聞いていたネルが、ビーゼルに聞こえるように言ったが、ビーゼルは振り返ることもなく、そのままスタスタと食堂を出て行った。

「………」

オズは下を向いたまま、ズボンをギュウッと握った。


次回へつづく

だんだん投稿が遅くなってきてすみません。試行錯誤しながら書いております。

第十話、読んでくださってありがとうございます!

誤字脱字に加え、表現がおかしくて、読みにくかった思います。すみません。

次回、第十一話「突撃!富豪屋敷」もよろしくお願いいたします!

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