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EP7. 【謎の救世主を突き止めろ!】


季節は夏へと近づき、午後は太陽の日差しが強く感じられ、外に出ることを躊躇(ためら)ったオズは、何気なしに廊下から、緑が綺麗に映える庭園を眺めていた。

庭園はこの時期に一番花を咲かせて綺麗に見えると、白月の生徒に聞いたからだった。

特にすることもなく、オズは頬杖を付いて、ぼーっと庭園を眺めていた。

(…じーちゃん…、元気かな…。窯(かま)に火を起こすには、きつい時期になってくるな……)

オズは、ふと田舎のおじいさんの事を思い出し、彼の身体を心配した。

(夏の休暇には帰らねーと。じーちゃん一人では辛すぎる…)

懐かしい窯の炎を思い浮かべると、オズの頭に先日の事が蘇(よみがえ)った。

それは、ココルルが巻き込まれた、チャペルでの火事のことである。

(この学園で、そんな大事件があったなんてな……)

何も知らされずにここへ来たオズにとってその事実は、今は、とんでもないところへ来てしまったという衝撃的な事件ということでしかなかった。

(…ココルル…。彼女は一体どういう生徒なんだ?命を狙われるほど、何か重要な事を握っているヤツなんだろうか…?)

すると、ちょうどそこへ今思っていた人物であるココルルが姿を現した。

といっても、オズの視線の先の庭園に、花の水をやりに、じょうろを持ってそこへ現れたのだった。

「っ⁉」

オズはココルルに気が付くと、ハッとしてその様子をじっと見つめた。

ココルルはいつもと変わらない様子で、笑顔を花に向けて、水を与えている。

「………よし!」

オズは思いたって、庭園へと向かうことにした。


庭園へと向かうオズを見かけたマクーストは、パッと顔を明るくさせ、彼女を呼び止めようと追いかけた。

すると、オズは黒陽の庭園へと入って行き、マクーストは足を止めてそこへ入るのを躊躇(ためら)った。

「……オズ……?」

マクーストは、以前からオズがそこへ出入りすることへ疑念を抱き、不安な顔で庭園を見つめた。

オズは、庭園の中へと足を進めると、ココルルをあまり驚かせないように声をかけた。

「よぅ!今日は花の水やりか?いつも偉いな」

オズの声に気が付いたココルルは、かがめていた身体を起こし、声のする方へとゆっくり振り返った。

「あら、オズね?…白月の庭園は向こうよ?それとも、私に何かご用かしら?」

ココルルはオズに笑顔を向けて聞いた。

オズは、ココルルの方へ歩み寄った。

「ああ。お前と少し話がしたくてな。少しいいか?」

オズが聞くと、ココルルは頷き、じょうろを置くためのテーブルを手探りで探した。

すると、それに気が付いたオズが、慌ててじょうろを受け取り、近くのテーブルへとそれを置いた。

「…どうもありがとう」

ココルルは申し訳なさそうに礼を述べた。

「いいえ。…今日は、テンは?」

「テンさんは忙しいから。いつも私に構ってはいられないわ」

ココルルは寂しそうに答えた。

「…そうか……」

オズは、まず何から切り出そうと、辺りを見渡しながら考えた。

「…ここの花は、昔から植えられているものか?随分奇抜な色が多いな」

オズは、少し微笑して聞いた。

ココルルもそれに対し、少し笑って答えた。

「そうね。白月の上品さと違って、ここはとても鮮やかな色の花が昔から植えられているわ。白月と対抗して、威厳を示すためかしら?」

「フフフ」と笑いながら言うココルルに、オズは彼女が冗談で言っているのか分からず、少し戸惑った。

「でも、見た目はとても派手だけど、それぞれの香りをかいでみて…。とてもいい香りがするのよ?」

ココルルに言われ、オズは近くの朱色の花の香りをかいだ。

「…っ!ほんとだ。すごくいい匂いがする…。…こっちのも…」

「それぞれの香りが調和し合っているでしょう?決して、嫌な香りではないわ」

ココルルの言葉に、オズはそちらへ顔を向けた。

「目が見えていた頃は、私もオズと同じ気持ちだったわ。それぞれの色の主張が強くて、賑やかな庭園だなって…。でも、目が見えなくなって気が付いたのよ。それぞれが持つ香りが、この空間を癒しの場に変えていることに…」

「………」

オズは、穏やかに話すココルルの顔をじっと見つめた。

「きっと、人も同じね」

ココルルは、オズがいるであろう方向に笑顔を向けて言った。

ココルルの言葉の意味をオズは考えた。

「…黒陽のヤツらのことか…?…ココルルには、奴らの本心が分かるのか」

「……?」

オズに聞かれ、ココルルは疑問に思った表情で返した。

もしかしたら、黒陽の守護者たちが自分のために嘘をついていることを、既に悟っているのではないかと、オズはココルルに、今ここで探りを入れて確かめようとしていた。

「この間言ってただろう?奴らはいい奴らだって。…なんでそう思うんだ?」

「………」

ココルルは下を向いて少しの間黙った。

すると、顔を上げて聞き返した。

「あなたは、そうは思わない?」

聞き返されたオズは、ココルルとは違い、すぐに答えた。

「いい奴らかなんて、オレには分からない。…だって、奴らが派閥にこだわって壁を作ってるんだ。オレは、そんなこと…。派閥とか、家柄なんてカンケーねーって思ってるのに…」

少し怒った口調で言うオズに、ココルルは、誰の事を言っているのかを察した。

「…エンジーのこと、嫌い?」

聞かれたオズは驚いた。

「えっ…⁉」

ココルルは、少し寂しそうに、オズの方に顔を向けている。

「……っ。き、嫌いとかじゃ…っ!ア、アイツがオレを敵対視してくるからっ!だから、オレだって仕方なく相手してやってるんじゃないかっ‼」

オズは慌てた様子でココルルに言った。

その言葉を聞いていたココルルは、クスッと笑って花の方へと足を向けた。

「…エンジーはとてもいい人よ。……ただ、名の通った家の生まれというレッテルから、自分の意思を持つことを許されずに殻に閉じこもっているわ」

ココルルは先ほどの朱色の花に手を添えて言った。

「自分の気持ちを押し殺してまで、家を守ろうとしているのよ」

ココルルはオズの方に顔を向けた。

「………」

オズは黙ってココルルを見つめた。

「テンさんだって…。テンさんは、こんな私の事を好きだと言ってくれて、自分の大事な時間を割いてまで、私に尽くしてくれるわ…。本当は、学業のことや、やりたいことがたくさんあるはずなのに…」

ココルルはオズの方へ歩み寄った。

「ファウスはね、みんなの事をいつも見てくれているの。みんなが困っていると、どこからともなくやってきて、力になってくれるのよ」

ココルルはオズの前に立つと、彼女に笑顔を見せた。

「みんな、素直に自分を見せるのが苦手なだけなのよ。…白月のみんなにだって、それぞれの思いを抱いた、とてもいい人達なんでしょう?」

ココルルに聞かれ、オズは頷いた。

「ああ…。みんな、いいヤツらだ…。ちょっとひん曲がってるけど。…ティオラも、ビーゼルもネルも……。もちろんマクーストだって……」

ココルルはオズに微笑みを返すと、じょうろを置いたテーブルへと身体を向けた。

「……ライアンもか…?」

オズの質問に、ココルルは足を止めた。

「ライアンも、黒陽の守護者たちみたいにいいヤツか?」

ココルルは少し間を置くと、頷いて答えた。

「……ええ。ライアンはいつも毅然としているけれど、心の中では、得体の知れない大きな何かと戦っている気がするわ…」

「……?得体の知れない…何か…?」

オズは疑問に思って聞いた。

「王に選ばれた責任感からくる重荷かしら…?見えない不安といつも戦っている気がするの…。それをみんなに気付かれないように、自分の中で必死に押さえつけようとしている…」

目が見えなくなり、神経が研ぎ澄まされたココルルには、ライアンに降りかかった呪いについて、何か察するものがあるようだった。

黒陽の王と守護者たちには、未だ自分の知らない面が隠されていると分かり、オズは妙に新鮮な気分になっていた。

ココルルは手にじょうろを持ち、再び花に水を与え始めた。


「ねーねー。ビーゼル!」

三年生の教室の前の廊下で、誰かを待ち構えていたネルは、目的の人物を見つけると、そちらへパタパタと駆けて行った。

「お!なんだネルじゃねーか。どした?俺になんか用か?」

ネルに呼び止められたビーゼルは、振り返ってネルに聞いた。

「あのさぁ、ココルルの救世主を私たちで見つけない?」

「……は?」

ネルの唐突な提案に、ビーゼルは目を丸くした。

ネルはあまり人に興味が無く、増してやめんどくさがりで、人のために自(みずか)ら行動を起こすタイプではないことを、知り合って間もないビーゼルでさえ既に知っている。

彼女が何故そんなことを言い出したのか、ビーゼルは疑問に思った。

「なんでだ?」

「ティオラが言ってたんだ。もし救世主が放火魔だとしたら、黒陽の生徒が犯人ってことでしょ?だったら、あっちの弱みが握れるってわけじゃん⁉…ティオラよりも先に手柄を取って、今後一切、私たちにあんなに偉そうな態度とらせなくしてやる!」

ビーゼルは少し考えた。

「…けどよ、救世主が放火の犯人じゃなきゃ、黒陽側の株が上がるんだぜ?なんたって、火事の中、九死に一生を得て、ココルルを助けたんだからな。相手が嘘でもついたら、俺たちはそれ以上つっこめねーぜ?」

「それもそうか」とネルは考えた。だが、すぐに切り替えた。

「その場合は、なかったことにしたらいーよ。それか、ビーゼルが無理やり口を割らせてよ!」

能天気に言うネルに、さすがのビーゼルも呆れた。

「…あのなぁ……。このことは、テンたち黒陽の奴らに任せておけばいーんじゃねーか?」

「だって、犯人は少数に絞られてるのに、もどかしいんだもん!」

先日の事を思い出し、ビーゼルは言った。

「…ああ、黒陽の男子生徒で、左腕に火傷があるってヤツな…。お前、もしかして、あのニヤニヤンかトラブルエンジンだと思ってんのか?」

「ニヤニヤン…。言えてる…」

いつの間にかファウスまでニヤニヤンと呼ばれており、恒例の変なあだ名を付けるビーゼルに、ネルはツボってしばらく笑っていた。

ネルが落ち着くまで待とうとしたビーゼルは、呆れた顔で言った。

「…いつまで笑ってんだよ……」

ネルは落ち着きを取り戻し、話を続けた。

「他は確かめたんでしょ?なら、それ以外にいないじゃん!…証明しようとしたとき、あのエースが止めたのも気になんのよね…」

ネルは指を顎(あご)に当てて言った。

「それは、テンがアイツらの裸を見たくねーからだろ?」

「えー?そんなことあるかな?だって見せれば早いのに!」

「でもよー、アイツらは見せる気満々だったぜ?特にニヤニヤンは。…やましいことがあるなら、そこまで出来ねーだろ?」

「だから!それが演技だったとしたら?三人は最初から見せる気が無かったってこと!口裏合わせてたんだよ!」

ネルはビーゼルの腕を掴んで身を乗り出した。

「ってことは、テンも知ってて、あの二人を庇(かば)ってるってことか?」

ビーゼルはハッとしてネルを見た。

「そーだよ!…じゃなきゃ、男の裸が見れるチャンスを棒に振るわけないじゃん…」

ネルはボソッと呟いた。

「………はぃ??」

聞き逃さなかったビーゼルは、再び目を丸くしてネルを見た。

「ね?だからさ!私たちであの二人に火傷の跡がないか確かめよーよ!」

ネルは走ってビーゼルを急かした。

「………」

(…コイツ…、ただ男の裸が見たいだけってことか……?)

ネルの目論見(もくろみ)を察したビーゼルは、冷や汗をかいて、ネルの後について行った。


ココルルとの話を終えたオズは、黒陽の庭園を出て、校舎の中へと入った。

「…ん?」

すると、入ってすぐの壁にもたれているマクーストに気が付き、オズはそちらに足を向けた。

「マクースト!こんなとこでどうしたんだよ?」

オズが声をかけると、マクーストはハッと顔を上げた。

「……?」

気のせいか、マクーストは頬を若干赤くしている。

「どうした?気分悪いか?」

オズが心配して聞くと、マクーストは顔をブンブン横に振った。

「う、ううんっ!大丈夫!…それよりオズは?外で何してたの?」

マクーストに聞かれ、オズは、ココルルと会っていたことは言わなかった。

「…ちょっと散歩に。天気がいいからな」

「……そう…」

オズは自室がある最上階へ向かうため、階段の方へ向かった。

マクーストもそれに続き、オズの後ろを歩いた。


「…あれ?」

最上階につくと、黒陽の守護者たちの部屋がある東側の廊下にネルとビーゼルがいることに気が付き、オズとマクーストは互いに目を合わせてそちらへと足を向けた。

「っ⁉」

すると、ネルとビーゼルの向こうには、ファウス、エンジー、ライアンの姿があり、オズは驚いて駆け寄った。

「お前ら、こんなとこで何してんだよ⁉」

何か揉め事ではないかと、オズは慌ててビーゼルとネルの交互に見ながら聞いた。

「おぅ、オズ!いいとこに来たな!」

「今ねー、この人たちに服脱いでもらうとこだよ!」

「……は…?」

オズは目を点にして、黒陽側三人に目をやった。

後から来たマクーストも、訳が分からずに、三人に目を向けた。

「どうやらボクたちを疑ってるみたいなんだ。この間証明しなかったのは、ボクたちが仕組んだことなんじゃないかってね」

ファウスの言葉を聞き、オズはビーゼルとネルの方へ向いた。

「仕組んだこと…?お前ら、ココルルの救世主がコイツらの中にいると思ってんのか?」

だって、黒陽の生徒の中で、火傷の跡を確かめてない生徒は、この人たちだけでしょ?だったら、私たち達で確かめたらいいじゃんってことになったの!」

「お前が裸見たいだけだろ……」

ネルの言葉に、ビーゼルが突っ込んだ。

「………?」

オズは眉を顰(しか)めて、ビーゼルとネルの二人を見た。

「もしコイツらに見られんのが嫌なら、俺が確かめるからよ。いいだろ?男同士なら!この際、はっきりさせよーぜ!」

回りくどいことが嫌いなビーゼルは、とっとと終わらせようと黒陽の三人に言った。

「えっ!ズルくない!?」

後ろに追いやられたネルは、不満そうにビーゼルの背中を両手で叩いた。

ファウスが涼しい顔をする中、エンジーはチラッとライアンに目を向けた。

ライアンは少し躊躇(とまど)いを見せている。

「どした?黒陽の王は、こんなとこで脱ぐのは恥ずかしいかい?」

ビーゼルに言われ、みんなはライアンの方に目を向けた。

「………っ」

ライアンが言葉を詰まらせると、すかさずエンジーが彼の代わりに答えた。

「ライアンが脱いだところで、そっちの王が負わせた傷があるだけなんだよ!」

気付いていない白月側に、エンジーは分からせるように言った。

「っ⁉」

自分が噛みついた時にライアンに負わせた傷を思い出し、マクーストは申し訳なさそうにうつむいた。

「そんな嫌味ったらしい言い方するなよな!こっちだって謝ってんじゃねーか!いつまでも根に持ちやがって!」

オズはすかさずマクーストの前に立って、彼を庇(かば)った。

「……オズ……」

マクーストは頬を赤く染めて、庇(かば)ってくれるオズを見つめた。

すると、ライアンはジャケットに手をかざし、何も言わずに制服を脱ぎ始めた。

「っ⁉ライアンっ!」

エンジーは驚いてライアンに目をやった。

他のみんなも、驚いてその様子を見ている。

「…わっ……」

ネルはビーゼルの後ろに隠れながら、露になるライアンの裸に目をやった。

「……これでいい?」

ライアンはシャツを脱いで、身体を見せた。

右の二の腕には、マクーストに噛まれて負った傷に包帯が巻かれていたが、左腕には何の後も無かった。

「…何も…ねぇな…」

「……うん…」

ビーゼルが呟くと、オズとマクーストは頷いた。

証明したライアンは、黙って服を着直した。

「…じゃ、お次は……」

ビーゼルは、ファウスとエンジーに目をやった。

エンジーはファウスを見ると、ファウスは掌をエンジーに向けた。

「キミからどうぞ。…何もやましいことが無ければね」

ファウスは、ニヤリと笑ってエンジーに言った。

「………っ」

言われたエンジーは、ムッとして、仕方なしそうにジャケットに手をかざした。

「持つよ」

ライアンは、エンジーが脱いだジャケットを受け取った。

「ありがとう」

エンジーはライアンに返すと、シャツのボタンを取り、左腕を袖から抜いてみんなに見せた。

「…もういいか?」

エンジーは、まじまじ見るビーゼルとマクースト、そしてオズに言った。

ビーゼルの後ろでは、ネルがじっとそれに目をやっている。

「………」

オズはじーっと何の跡もないエンジーの左腕を見つめた。

「…もういいだろ⁉」

エンジーはしびれを切らして言った。

「…あっ、ああ……」

オズはハッとして、納得したように返すと、エンジーはすかさずシャツを戻し、ライアンに預けたジャケットを受け取って、それを着直した。

「じゃあ、残すは……」

ビーゼルはファウスに目を向けた。

「…ボクの番のようだねぇ」

ニヤッと笑うと、普段からジャケットを着ていないファウスは、そのままシャツのボタンに手をかけた。

「………」

手際よくシャツを脱いでいくファウスの様子を、その場にいる六人は黙って見ていた。

最後に差し掛かった左袖に右手をかざし、ファウスはゆっくりと腕を抜いた。

「っ⁉」

シャツの袖から抜いた左腕を見た六人は、驚いて目を見開いた。

ファウスは左腕の手首から肘の辺りまで、白い包帯を巻いている。

「…は、犯人じゃんっ⁉」

ネルはビーゼルの後ろから身を乗り出して、とっさに声を荒げた。

「………マジか……」

ビーゼルは驚きを隠せない様子でファウスに目をやった。

「…コイツが…ココルルの救世主……⁉」

オズとマクーストも同様に、ファウスに目を向けた。

「…ファウス……、お前……っ」

エンジーとライアンも、驚いてファウスに目をやった。

「………」

ファウスは表情を変えず、「フフ」っと、みんなの反応を面白がるように見ている。

シャツを着直し、ひと段落したファウスは口を開いた。

「…断っておくけど、ボクはココルルを助けた救世主ではないよ」

「………へ?」

言われたみんなは、訳が分からずに聞き返した。

「じゃあ……、お次はキミだよ!」

ファウスは楽しそうに、ビーゼルを指さした。

「はっ⁉……えっ⁉」

突然のことに、理解できないビーゼルは混乱した。

「なんでビーゼルが脱ぐんだよ?救世主は黒陽の生徒なんだろ?それに、火事は二年前に起こったことだ。コイツはその時、ここにはいなかったんだぜ?」

オズは、訳の分からないことを言うファウスに言い聞かした。

「ココルルはその人物の顔を見ていないんだ。黒陽の制服なんて、手に入れようとすれば簡単なことだよ?…だから、白月の生徒にだって可能性はある。…見せるだけで証明になるんだから、ボクはその可能性を一つずつ潰していってるだけだよ」

ファウスはニヤリとオズに笑みを浮かべて説明した。

「……っ」

妙に理にかなっている説得に、オズは黙ってビーゼルに目をやった。

「…お、俺は別にいーぜ?脱ぐくらいならよ。俺は何もカンケーねーんだしな」

そう言ってビーゼルは、既に夏服に変えた半袖のシャツのボタンを外しだした。

「ほらよ!これでいーか?」

ビーゼルは、巨体で筋肉質の上半身を露わにさせた。

「…わぉ…!」

ビーゼルの鍛え上げた身体を目の当たりにしたネルは、目を開いて見入った。

「…ビーゼルっ!…それ…っ⁉」

何かに気が付いたように、マクーストが驚いた表情で聞いた。

ファウス以外のみんなも、そちらに目をやった。

ビーゼルの左腕には、青いあざがあった。

みんなは驚いてビーゼルの顔をうかがった。

ビーゼルはそれに気が付いて自分の左腕に目をやった。

「ん?ああ、これか?」

それを見たファウスはニヤッと笑みを浮かべて言った。

「…やっぱりね。キミにもあった。……ボクもだよ」

ファウスはそう言うと、自分の左腕に巻いた包帯を取って、みんなに見せた。

「あっ‼」

みんなはそれを見ると、驚いて声を上げた。

包帯を取ったファウスの腕には、ビーゼルと同じような青いあざがあった。

「ど、どういうことだ?」

オズは、ファウスとビーゼルを交互に見て聞いた。

「…これは“受け”を取った時に出来るあざなんだよ」

ファウスが説明すると、ビーゼルも話に加わった。

「そうだぜ!棒術の稽古をする時、相手の攻撃を左腕で受ける、「受け」の練習もするんだ。小手を巻くのが基本なんだが、それでも何度も受けていると、こんな風にあざが出来ちまうんだよ」

ビーゼルの説明に、みんなは納得したように二人のあざに目をやった。

「そうか。それで…」

エンジーとライアンは、ファウスがよく棒術の稽古に呼ばれていることを知っていて、ファウスにあざがあることに納得し、彼の痛々しいあざを見つめた。

「……結構ハードなんだな。棒術って…」

オズは、ビーゼル身体が古傷だらけなのを見て、そう悟った。

「お前も結構やるみて―じゃねーか!部員の奴らから聞いてるぜ!」

ビーゼルはファウスに言った。

「…さぁ、どうだろう…」

ファウスは照れを隠すように、視線を背けてフッと笑った。

「一度手合わせ願うぜ!」

「…機会があればね」

満面の笑みで言うビーゼルに、ファウスはニヤッと笑って返した。

二人の会話を聞いていたネルは、眉を顰(しか)めた。

「…ってことは、犯人じゃないってこと?」

ファウスはネルに目を向け、そちらに近づいた。

「だから言ってるじゃないか。ボクはココルルの救世主でも放火魔でもないよ。…分かってくれたかな?クレハモニア家のご息女さん?」

「ひぃ~~~っ!」

ファウスに迫られ、不気味に感じたネルは、とっさにビーゼルの後ろへと隠れた。

ビーゼルとオズは、呆れた顔で一連の流れを見ていた。

「それじゃあ、最後は……キミの番だね?」

ファウスはネルの反応を面白がると、ジロリとマクーストに目を向けた。

「……えぇっ⁉」

油断していたマクーストは驚いた。

「だって、みんな証明して見せたんだよ?キミも、可能性を潰しておいた方が、後々気が楽だろう?」

ファウスは同意を求めるようにみんなに言った。

「…確かにそうだな。どうだ?マクースト」

ファウスの意見に納得したビーゼルは、マクーストの方に顔を向けて聞いた。

「…え…。…う、うん…。でも……な…」

マクーストは、頬を赤くして、チラッとオズに目を向けた。

「……?」

向けられたオズは、頭に「ハテナ」を浮かべてマクーストを見返した。

「あ!なんだお前!コイツの前で服脱ぐのが恥ずかしーのか?」

ピンときたビーゼルは、親指をオズに向けてデリカシーのかけらもない口調で言った。

「ビっ、ビーゼルっ⁉」

マクーストはかぁ~っと顔を赤くしてうつむいた。

「??え?あ、そうなのか?…なら、後ろ向いとくけど…」

オズはそう言って、後ろを向く素振りを見せた。

「コイツのことなんか気にするなよな。もうほぼ男みたいなもんだから、なんにも思っちゃいねーぜ?」

「なんか言ったか?ビーゼル」

コソッとマクーストに言った言葉を聞き逃さなかったオズは、ビーゼルを睨んで言った。

ビーゼルは知らん顔をして口笛を吹いた。

「さぁ、早く見せてごらんよ」

ファウスにせかされ、マクーストはみんなの視線を気にしながら、ジャケットを脱ぎ始めた。

シャツのボタンを外し、みんなと同じように、左腕を袖から抜いて、みんなに見せた。

「…どうぞ…」

マクーストはみんなに見えるように、左腕を前に出した。

「………」

後ろを向くオズ以外の五人は、じーっとそれに目をやった。

「……お前、肌白いな。もっと外出た方がいいぜ」

ビーゼルが言った。

オズも含めて、全員がガクッと膝を崩した。

「な、何もないでしょ?…もういいかな…?」

ビーゼルの後ろでネルがツボる中、マクーストは赤い顔で、いそいそと服を着直した。

「…ココルルの救世主は、もうこの学園にはいねーんじゃねーのか?」

オズはくるっと身体をみんなの方に向けて言った。

「……僕もそう思う。…放火の犯人だって、想像で話しているだけだし、実際はいないんじゃないか…?」

珍しく、エンジーがオズの意見に賛同した。

みんなは、少し驚いてエンジーに目を向けた。

中でも驚いたのはオズだった。

「………」

オズはそこに妙な違和感を覚え、じっとエンジーに目を向けた。

「まぁ、そう決めるのは早いと思うよ。…ボクは、今度は白月の生徒たちに火傷の跡がないか、探ろうと思ってるんだ」

諦めの悪いファウスに、みんなは「まだやるか」と呆れた表情で思っていた。


分厚い封筒を両手で持つティオラは、職員事務室へと向かっていた。

食堂の向かいにある事務室の押戸を開けて入ると、ティオラは足を止めた。

「っ⁉」

そこには、ティオラより少し早く来たと思われるテンが、同じ提出書類を教職員に手渡しているところだった。

テンも入り口から入って来たティオラに気が付いたが、女だとバレた事への気まずさから、すぐに視線を背けた。

ティオラはその様子を若干不快に感じながら、スタスタと歩いて、隣の教職員に声をかけた。

「先生から言われて提出しに来ました。白月三年全員の署名です」

ティオラは分厚い紙の束が入った封筒を、台の上へと置いた。

「ああ、教会再建の署名ね」

教職員は、それを受け取ると、中をおおまかに確認した。

その間、先に来ていたテンは、ティオラと同じ業務を終え、教員事務室からスタスタと出て行った。

ティオラは、チラッとそれを確認したが、振り返ることはしなかった。

「はい。…確かにお預かりしました。ご苦労様」

職員に言われ、ティオラはペコッとお辞儀をした。

「お願いします」

顔を上げると、ティオラはくるっと身体を返して、教員事務室の扉へと向かった。

重たい扉を開けて廊下へ出ると、ティオラは「フゥ」っと一息ついた。

「エースの仕事もそろそろ重荷になってきたようだな」

すると、突然後方から声をかけられ、ティオラは慌ててそちらへと振り返った。

少し離れたところで、テンが壁にもたれて腕を組みながらティオラに目をやっていた。

テンは鋭い目を向け、不敵な笑みを浮かべている。

油断しているところを目撃されたティオラは、かぁ~っと顔を赤くして反発した。

「そっ、そんなことないわよっ!これくらい、私にとっては簡単すぎるくらいだわ!」

言い返すティオラに対し、テンは「フッ」と笑うと、壁から背を離して歩み寄った。

「そのことではない。そちらの守護者のおもり役のことだ。田舎者二人に年下のお嬢様。そして獣の力を授かった内気な王の世話は、日々堪えるだろうな」

「…なっ⁉」

仲間を馬鹿にされ、ティオラはカッと頭に血を上らせた。

「なによそれっ!なら、そっちだってそうじゃないっ!」

「っ⁉」

テンは鋭い視線をティオラに向けた。

「どういう意味だ?」

「だって…っ!そっちの守護者の方にこそ、あなた、手を焼いているんじゃないの?思い込みが激しくて勝手に暴走したり、不気味で何考えてるのか分からない、扱いにくいヤツがいるじゃないっ‼」

ティオラは、黒陽の守護者であるエンジーとファウスを引き合いに出して、テンに言い返した。

だが、テンは余裕な素振りでフッと笑って返した。

「逆にとらえれば、手が掛かるのはその二人だけだ。ココルルとライアンは何の問題も無い」

ティオラは、ぐっと何も言えずにたじろいだ。

「それに…」

テンは、ギロッとティオラを睨んだ。

「あの二人を手なずけることなど、私にはいとも簡単なことだ。…ただ、今は自由にさせているだけのこと。今に黒陽の守護者としての自覚を持たせ、更に団結力を高めてやる」

テンはティオラに歩み寄り、顔を近づけると、見下すように彼女を見て言った。

「~~~っ⁉」

その目を睨むことしか出来ないティオラは、悔しそうに声を詰まらせた。

「まぁ、せいぜいそちらも努力することだ」

フイっと身体を返し、テンは言葉を吐いた。

ティオラは、キッとテンを睨んだ。

(なんなのよこの人っ⁉いくら学年一の優等生だからって、人を馬鹿にしていいもんじゃないわ!……こんな人に憧れてたなんて、私どうかしてた……っ‼)

ティオラは、自分の惨めな思いがふつふつとこみ上げ出し、唇を噛みしめて下を向いた。

「おや、テンとティオラじゃないか。二人が一緒だとは、これは珍しいこともある」

声をかけられ、テンとティオラはそちらに顔を向けた。

声を掛けたのは校長で、横には副校長のリヨンドが立っていた。

テンとティオラの二人は、ハッとして、慌てて頭を下げた。

「こ、校長先生っ」

「ど、どこかへ行ってらしたんですか?」

険悪なムードを隠すように、二人は平然を装って聞いた。

「ん?…ああ。ちょっと高等部に用事でね…」

校長は、チラッとリヨンドと目を合わせて答えた。

校長の言葉に、ピンときたテンが聞いた。

「それは、教会の件でですか?」

校長は、察しの良いテンに「さすが」といった顔で答えた。

「ああ。あちらの教会のブレイムレン神父に、新しく出来る教会の牧師を紹介して欲しいと頼みに行っていたところだ」

校長の話を聞いたティオラは、テンに負けじと前へ出た。

「わ、私たち、たった今、その教会再建の署名を集めて、提出したところなんです!」

ティオラが出しゃばることに、テンは怪訝(けげん)な顔を向けた。

「そうか…。着々と進んできていて何よりだよ。…ご苦労だったね」

校長は何か思想を込めた目で遠くを見ると、ニコッと二人に笑顔を見せた。

「い、いいえ!」

二人は頭を下げた。

献身的な二人を見届け、校長はその場を去ろうとした。

「…それじゃあ…」

すると、何かを思い出し、校長はテンに目を向けた。

「…おっと。そうそう。そういえば、君が心配していたケイシーに会ったよ」

「…えっ⁉」

テンは驚いて顔を上げた。

「…お、お元気でしたか……?」

テンは、校長へ歩み寄って聞いた。

気のせいか、頬を少し赤くさせているように見える。

「ああ。すっかり良くなっていたよ。…以前の彼を見ているように、威厳も感じられたな。さすがオルマンダ家の血を引く者だ」

校長は思い出しながら微笑して言った。

「………」

テンは安心したようにはにかんだ。

いつも毅然とした態度を心掛けているテンからは見られない姿に、ティオラは若干驚いて彼女を見つめた。

「それでは、失礼するよ」

校長はくるりと身体を返し、手を後ろに組んで、廊下を歩いて行った。

リヨンドも軽く会釈をすると、黙って校長の後について行った。

テンとティオラはお辞儀をしていた身体を起こした。

「………ケイシーって……」

ティオラが口を開くと、テンはピクッと反応した。

「確かオルマンダ家の次男よね?二年前、黒陽のエースだった…」

テンはティオラの方に顔を向けた。

ティオラは、テンが険しい顔をしていることに気が付いたが、そのまま続けた。

「…あなた、面識があるの?それなら、そのケイシーって人が、クロスアルド家の跡取りに怪我を負わせたことを知ってるの?」

ティオラの発言に、テンはカッとなった。

「クロスアルドのエースを攻撃したのは、あの方じゃないっ‼」

テンのあまりの気迫に、ティオラはビクッとたじろいだ。

「……あなた…。もしかして、詳しいこと何か知ってるの?」

恐る恐る聞くティオラに、テンはぐっと口をつぐんだ。

テンの様子を見て、何か知っていると察したティオラは一瞬戸惑ったが、彼女に詰め寄って聞いた。

「教えなさいよ!クロスアルド家の跡取りとオルマンダ家の次男との間で何があったのか!」

ティオラに詰め寄られ、テンはそれから背くように身体を返した。

「お前には関係ない!」

テンの態度に、今度はティオラがカッとなった。

「あるわよっ!その事件に、何の関係もないオズが巻き込まれてるのよっ⁉」

「っ⁉」

ティオラに腕を強く掴まれ、テンは振り返った。

「訳も分からず、いきなり財閥の血縁にされて、挙句の果てに慣れない学園に通うことになったのよ…⁉彼女、入学してからずっとその事件のことを気にかけてるわ…。でも、誰に聞いてもそのことについて知ってる人はいない……」

ティオラは寂しそうな表情で訴えた。

「…もし私がオズの立場なら、きっと心を閉ざして挙句に病んでしまっていたと思う…」

ティオラは顔を上げて、強い眼差しをテンに向けた。

「でも、オズは強いわ!決してあきらめずに、今でもその真相を自分で探ろうとしてる!だから、私も彼女の力になりたいのよ‼」

「………っ⁉」

必死に訴えるティオラの力強い目に、テンは耐えきれなくなって反らした。

「わたしに……話せることなど…、何もない……」

テンは眉間に皺(しわ)を寄せ、目を閉じて言った。

「…だだ…、あの方……。ケイシーは、クロスアルドのエース…「シリウス」を恨んでなど…いなかった……」

テンは目を開けると、寂しそうな表情で答えた。

「……ケイシーが…そう言ったの……?」

ティオラが聞くと、テンは目を閉じて首を横に振った。

ティオラは察したように目を細めた。

「……校長先生に聞いたのね?」

テンはハッと目を開け、ティオラを見た。

「…何故、そう思う…?」

「だって、その真実を知っているのは、校長先生しかいないわっ!生徒達には明かされていないのに…っ!この私にだって、話してくれていないのに……っ!あなたにだけ話すなんて……っ‼」

ティオラは、テンが自分よりも校長からの信頼を得ていると知り、やるせなさと怒りが同時に込み上げてきた。

「違う!そうじゃないっ!」

「今更隠さないでよっ!…あなた…、優等生なフリして、他の守護者をまとめるなんてかっこいいこと言ってるけど、本当に出来るの?」

「…な…っ⁉」

「本当は信用なんてされてないんじゃない?だからエンジーもファウスも、あなたを無視して勝手な行動をするのよ!」

「っ⁉」

ティオラの突然の猛攻撃に、確信を突かれたテンは何も返せずに黙った。

「それより何よりも、一番の問題は、ココルルについている嘘じゃないっ!」

「…な、なんだと…っ⁉」

ココルルの事を話題に出され、テンは顔をひきつらせた。

「彼女を安心させるためだとか言って、実は信頼を得たいだけなんでしょう?彼女からも、黒陽のみんなからも!…けど、そんなの一か八か…バレたら一巻の終わりなのよ?」

ティオラは身体を返し、腰に手を当てて、優位に立ったように言った。

「あなた、自分が男だと、いつまで彼女に隠し通すつもりなのか知らないけど、それが本当に彼女のためだと思うの?」

「本物の救世主が現れるまでだ…。それまで、ココルルの心はわたしが癒す」

「…本物が現れるとも限らないのに…、いつまで続くかしら?」

「お前…、まさかココルルにバラすつもりじゃ…」

「あなたが例の事件のことを話さないのなら、それも無きにしも非(あら)ずね…」

「…っ⁉…なにぃ…っ‼」

テンは背中を向けるティオラを、憎しみを込めた目で睨んだ。

テンがとうとう弱音を吐く姿が見られると思い、ティオラは勝ち誇った様子で、くるっと振り返った。

「さぁ⁉どうするのかしら?黒陽のエースさ……っっ⁉」

視線の先に映った光景に、ティオラは驚きのあまり言葉を失った。

「………??」

ティオラの様子を妙に思ったテンは、彼女が向ける視線の先へと振り返った。

テンは目を見開いた。

二人の視線の先には、両手を胸に当て、身体を震わせて、かろうじて立っている様子のココルルがいた。

「………っ……っ」

ココルルは瞳をキョロキョロさせ、言葉を発せずに動揺していた。

話を聞かれたと察したティオラは、衝撃のあまり両手で口を塞(ふさ)いだ。

「……コ…、ココルル……っ」

テン自身も動揺を隠せなかったが、ココルルの様子を見て、すぐに彼女に近寄ろうと声を掛けた時だった。

まるで近づいてくるテンを拒むように、ココルルはその場から走り去り、階段の手すりにしがみつくと、がむしゃらに階段を上り始めた。

「っ⁉」

ショックを受けたテンだったが、必死に階段を上がるココルルを見て、再度彼女を追いかけた。

「ココルルっ!危ないっ!待ってくださいっ!」

「いやっ‼」

テンがココルルの肩に触れるのを、ココルルは振り払った。

階段の下でティオラはオロオロしながらその様子を見ていた。

(ど…どうしよう…っ!私があんなこと言ったばっかりに……っ…どうしようっ‼)

テンを困らせるため冗談で言ったことが大ごとになってしまい、ティオラは青ざめて、辺りを見回した。

「来ないでっ!来ないでったらっ‼」

ココルルはテンを拒み続け、階段を必死に駆け上がった。

「……ココルル…っ」

テンは絶望に陥った表情で、逃げるように階段を上がるココルルを見ていたが、キッと顔を強張らせ、めげずに彼女を追いかけた。

下で見ていたティオラも、慌てて二人の後を追いかけた。


ココルルが向かう最上階には、オズたち七人の姿があった。

「おめーさんも懲りねぇな…。今の白月の生徒の中に、謎の救世主がいるっていうのか?…だとしたら、黒陽の制服に着替える意味なんて、あんのかねぇ?」

目を光らせて、すぐにでも白月の生徒の中に火傷の跡がある者を探しに行こうとするファウスを見て、ビーゼルは、彼を落ち着かせるように言った。

「キミたちが、同じ白月の生徒を庇(かば)いたい気持ちは分かるけどね。ボクはこうでもしないと気が済まないんだ……」

二人が話していると、階段の方から声が聞こえて来た。

「待ってっ!お願い!待ってください!ココルルっ‼」

「っ?」

テンの大きな声に、七人は何事かとそちらに顔を向けた。

すると、階段を駆け上がって来たココルルが、涙を流しながら七人の方へと一目散に走って来た。

「っ⁉ココルルっ⁉」

目の見えないココルルが走って来ることに、全員慌て驚いた。

何も考えられない様子のココルルは、手前にいたマクースト、ネル、ビーゼルの横を次々と通り過ぎ、オズ、ファウスの横も通り過ぎた。

「ココルルっ!止まってっ‼危ないですからっ‼」

必死で心配するテンの大きな声に、ココルルはビクッと反応すると、もつれた足に引っかかり、とっさに一番奥にいたエンジーとライアンのそれぞれの腕を両手で掴んでその場に倒れこんだ。

「…っ⁉だ、大丈夫…っ?」

ライアンは驚くと同時に、ココルルを心配して、その場に立膝をついた。

ココルルは二人から手を離すと、両手で顔を覆って泣き出した。

何があったのか分からないエンジーは、追いかけて来たテンに顔を向けた。

「…一体何があったんだ?」

息を切らしてココルルの元に駆け寄ったテンは、エンジーに目を向けると、再びココルルの方を見つめた。

「……ココルル……」

テンが近づいて来るのが分かり、ココルルは首を横にブンブン振って彼女を拒絶した。

「来ないでっ!嫌よっ‼」

「っ⁉」

テンは、ココルルに触れようとしていた手をピタッと止めた。

「……まさか…。バレたのか……?」

その様子を見ていた場の全員は察し、オズが聞いた。

「………」

テンは差し出した手を引っ込め、寂しそうにうつむいた。

「……私の……せいなのよ……」

後から歩いて来たティオラの声に、ココルルとテン以外のみんなはハッと振り返った。

「ティオラ…⁉どういうことだ…?」

オズは、シュンとするティオラの方に身を乗り出して聞いた。

「私が、つい口を滑らせてテンに言ってしまったの…。いつまでも男だとココルルに嘘をついて、救世主になりすますのは限界があるって……。…そしたら、すぐそこにココルルがいて…。…気が付いた時にはもう遅かった……」

責任を感じているティオラは、眉間に皺(しわ)を寄せて目を閉じた。

「……なっ⁉」

みんなは驚いて、テンとココルルの方に目をやった。

「………っ⁉」

ココルルはハッとして、両手を離して顔を上げた。

「……みんな……知っていたの……?」

「……え…っ⁉」

ココルルの震える声に、みんなは反応した。

「……テンさんが私に嘘をついていたこと……、……みんなは……知っていたのね……?」

ココルルは、自分の両腕をぎゅっと握り、ガタガタと震え出した。

「……みんな……、みんな………っ……」

ココルルの異変にいち早く気がつき、テンはとっさにココルルの元へと立膝をついて、彼女の肩を両手で支えた。

「ココルル…っ!お願いです、わたしの話を聞いて下さいっ!」

だが、今のココルルにとって、その声は信頼できるものではなく、暗闇の中で響く恐怖でしかなかった。


「いやああぁぁぁぁぁっ‼」


項垂れて泣き叫ぶココルルに、全員どうすることも出来ず、何を言っていいかも分からず、ただ驚きと動揺の表情で、絶望に陥る彼女を見ていた。

ココルルはゆっくり立ち上がると、もつれる足を動かして、右手で涙を拭いながら左手を壁にあてて、自室の扉を探した。

「…ココルル…」

テンがすかさず身体を支えようとするのを、ココルルは手を振り払って拒んだ。

ようやく自室の前へとたどり着くと、みんなの方に振り返ろうともせず、すぐに部屋に入り扉を閉めた。

「…………っ」

テンは悲しい表情で、トボトボとココルルの部屋の前まで歩くと、手をそっと扉に当てた。

こうなることが分かっていながら、自分の犯した罪を今になって後悔しているのか…。テンはぎゅっと目を閉じて、中にいるココルルの事を想った。

「………」

そんな彼女とココルルの気持ちを察し、みんなは黙ってテンの姿を見つめた。


その日の夜のこと。

月明かりが差し込む廊下に、コツコツと靴の音を響き渡らせるテンの姿があった。

皆、寝静まったと思われる時刻に、テンは神妙な面持ちで、ある場所へと足を向けた。

目的であるココルルの部屋が近づくと、テンは視線を落とし、足取りを少し重くさせた。

扉の前で立ち止まると、テンは顔を上げた。

ノックをしようと右手を上げるものの、なかなか勇気が出ない。

「………」

テンはため息をついてうつむいた。

(……ココルル……。扉の向こうの彼女は、今どれほど辛く苦しい思いをしているだろう…。……こうなることが分かっていながら…わたしはなんて愚かなことをしてしまったんだ…。……今更後悔したところで遅いことだ…。…アイツの…、ティオラの言った通り、ココルルに嘘をついて、満足していたのはわたしの方だ…。結局は彼女のためになるのはほんのひと時だけ……。ただ、本物の救世主が現れるまでのつもりだったのに……)

テンは握った拳を扉にあて、おでこをつけて項垂れた。

(…周りからの信頼がそんなに欲しかったのか…?ココルルのためだときれいごとを言って、みんなに尊敬されたかったのか…?……ココルル…。……ココルル…っ、ただ、わたしは……っ)

ココルルを傷つけた罪悪感から、テンは自分をひどく攻め立て、自分の心が分からなくなり自分自身を問い詰めた。

「……っ……っ…」

床に数滴涙を落とし、テンは床に膝を付けて項垂れた。


扉の向こうにテンが来ていることなど、知る由もないココルルは、ベットの上に座り、布団をかぶって震えていた。

目を赤くさせ、止まらない涙を両手で何度も拭っていた。

その片方の手には、自分の髪飾りを握っている。

それは、以前自分の髪に絡まっていたもので、テンにほどいてもらったものだ。

誰のことも信用することが出来なくなったココルルは、暗闇を彷徨うかのように不安な表情で目を泳がせた。

(……私……私は……、これからどうしたらいいの………?)

不安に潰されそうになるココルルの目には、また涙が溢れ出し、それが頬を伝ってボロボロとこぼれた。

(……テンさんも……みんなのことも……もう、何も信じられない……)

「………っ」

ココルルは膝に顔を埋めた。

声もあげずに泣き続けるココルルは、その髪飾りを、血が滲むほど強く握りしめた。

結局その夜(よ)は、二人が話をすることはなかった。



次回へつづく

最後まで読んでいただき、いつもありがとうございます!

毎度のことながら、誤字脱字が多くてすみません…。

第八話「終業礼式での出来事」もよろしくお願いいたします!!

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