EP5. 【黒陽の闇】
食堂「コメドール」は、いつものように大勢の生徒で賑わっている。
食堂に足を踏み入れたオズは、キョロキョロと辺りを見回した。
「お!オズ!今頃来たって、もう席開いてねーぞ!」
オズに気が付いたビーゼルが手を振って言った。
「ビーゼル……」
オズはビーゼルに気が付くと、そちらへ歩み寄った。
「朝食食いに来たわけじゃねーんだ。…なぁ…」
オズがビーゼルに聞こうとした時、近くに座っていた白月の女子生徒が立ち上がった。
「あ、あのっ!よ、よろしかったら、ここどうぞ!」
「えっ⁉」
声をかけられたオズは、驚いてそちらに顔を向けた。
女子生徒が両手に持ったお盆の上の皿を見ると、ほとんど手を付けていない状態だった。
「い、いや、オレ、別に食いに来たわけじゃ……」
オズが言うも、女子生徒は怯えた様子で、そそくさと立ち去った。
「……なんだよ、最後まで聞けよ!別にここに居たらいいじゃねーか。まるでオレのこと悪者みたいに逃げやがって…」
オズはムッとして、しばらくその女子生徒を見ていた。
「…どうもお前、厄介な存在らしいぜ。俺、二か月近くここで生活してて分かったけどよ、クロスアルド家の人間は、一目置かれる存在らしいんだ。まぁ、無理もないよな。なんたって大富豪で、この学園にも相当な寄付をしているらしいし、みんな無下には扱えないだろうよ」
「だからって…。オレ、まだクロスアルド家の人間と話もしたことねーんだぞ⁉勝手に血筋だとか言って、ここに送り込みやがってよ…」
オズは、怪訝な顔で周りを見ると、こちらを気にしていた生徒達が、パッと視線を反らせた。
そんな生徒の様子に気が付くと、ビーゼルは、オズに顔を向けて言った。
「生徒には分からねーことだからな。クロスアルド家ってだけで萎縮すんだろう。…けどよ、俺はそんなことなんて気にしてねーし、以前と同様にお前と接していくぜ!お前のことを聞いて来るヤツが多いんだけどよ、俺は「アイツは田舎もんで口はわりーけど、根はいい奴だ」って言いふらしてやってんだからな!」
「ビーゼル…っ!」
いつもと変わらない様子で笑顔を向けるビーゼルに、オズはホッとして微笑んだ
「ところで、なんだ?なんか言いかけたろ?」
「…え?」
思い出したオズは、ハッとすると、慰めてもらったばかりの彼に話すことを躊躇った。
「あ…、いや。別にいいんだ!…ゆっくり食ってろ…」
オズが出て行こうと身体を返した時、カウシュがやって来た。
「オズ!おはよう!今朝は食べないの?」
カウシュは、カラのお盆と布巾を持ちながら、笑顔で聞いた。
「あ、ああ…。今朝はいいや…」
罰が悪そうにするオズに、カウシュは眉を下げてシュンとした。
「そう…。あ、そうだ!これ見てみてよ!ビーゼルも!」
気を取り直したカウシュは、エプロンのポケットから折りたたんだ一枚の紙を出し、それを広げて二人に見せた。
「今度さ、大食いイベントをやろうと思ってるんだよね!僕のアイデアなんだけど!」
紙を見ながらカウシュの言葉を聞いたオズは、驚いて彼を見上げた。
「大食いイベントぉ⁉」
カウシュは満面の笑みで大きく頷いた。
「…この学校で、そんな大食いのヤツ、いんの?」
オズは苦笑いで、冷や汗を垂らして聞いた。
「いるじゃないか、ここに!」
カウシュはビーゼルを指さした。オズはビーゼルの方へ目を向けた。
さっきから黙っているビーゼルは、その紙に目を輝かせている。
「ね!ビーゼル、挑戦してみない?僕さ、この学園に来てから、君みたいないい食べっぷりの生徒、見たことないんだよ!君が挑戦してくれたら、作り甲斐がるし、僕の腕も上がるんだけどな!」
カウシュは、ワクワクしながらビーゼルに聞いた。
ビーゼルはテーブルに両手をつき、「ガシャン」っと勢いよく立ち上がった。
「おーしっ!やってやるぜ‼俺に勝負を挑む奴には、とことん向かって行ってやるのが俺のモットーよぅ‼」
「………っ⁉」
ビーゼルの勢いに驚いたオズは、目を見開いてあっけにとられていた。
「ありがとうっ‼それでこそビーゼルっ!僕の見込んだ男だっ‼」
カウシュはビーゼルの両手を取って、ブンブンふった。
「どんと来いってんだっ‼」
ビーゼルは食堂内に鳴り響くほど大きな声で「ガハハハ」と笑っている。
オズは、そんな二人を残し、食堂から出て行った。
庭園へと出たオズは、目的の場所へと足を向けた。
バレたら何を言われるか分からない、黒陽の庭園へと足を踏み入れたオズは、辺りを警戒しながら奥のテーブルへと目を向けた。
「…………」
だが、探していたエンジーの姿は、そこにはなかった。
「…いねぇのか…。アイツ、昨日のこと、やっぱり堪えてんのかな……」
オズは、昨日の記憶を蘇らせた。
“ ライアンは完璧だ!浅はかなお前らなんかと一緒にするなっ‼ ”
(アイツは…、アイツだけが王のこと信用していた。過剰なくらいに…。……でも、他の守護者は違った…。アイツは、あの連中の中で孤立してるのか…?……昨日のことがあって、遂に王からも見放された……)
オズが考えていると、「ゴーン」っと響く鐘の音が校内に鳴り響いた。
「っ‼いけねっ!一限目、始まっちまうっ‼」
オズは慌てて校舎へと戻った。
その日の放課後。
終礼会を終えたテンが廊下を歩き、「3ー1」の教室へと足を踏み入れた。
「…ライアン。調子はどうだ?」
窓際の一番前の席に座っていたライアンは、ぼーっと窓の外に向けていた顔をテンに向けた。
「あ…、テン。…うん、大丈夫。ありがとう……」
「そうか。…なら、行こう」
ライアンがどこか元気がないように見えたが、テンは、そのまま彼に帰り支度をさせた。
「………」
ライアンはカバンを持つと、テンの後に続いて教室を出た。
「…ごめん。ココルルのこともあるのに…」
廊下を歩きながら、ライアンは申し訳なさそうにテンに詫びた。
「ペイジの代わりなど簡単なことだ。だから気にするな。…全て、アイツの勝手な行動のせいだ……」
「………」
テンの言葉に、ライアンは視線を落とした。
「…僕は……、彼の期待に応えられなかった……」
テンはハタッと立ち止まり、ライアンの方へ身体を向けた。
「自分を責めるのはよせ!アイツが何も知らないで暴走したのが悪いんだ!」
テンがエンジーを悪く言うことに、ライアンは、たちまち言い返した。
「けど…っ!黙っていたのは僕たちだっ‼エンジーは、僕たちのために力になろうとしただけなのに……っ」
こちらに非があるように話すライアンに、テンはジロッと目を向けた。
「……なら、アイツに話すのか…?あの事を…」
「っ⁉…そ、それは……っ」
テンに聞かれ、ライアンは言葉を詰まらせた。
テンは「はぁ」っとため息をついて、身体を返した。
「出来ないだろうな…。だいたい、今回の事は、わたしたちの力になると思ってやったことだとは、思えないからな」
「…え?」
「アイツは、白月のペイジの挑発にいとも簡単に乗っかっただけだ。普段から用心したいたのにも関わらず…。フッ…、皮肉なもんだな…」
テンは、エンジーをあざ笑った。
「………っ」
ライアンは眉間に皺を寄せた。
「お前は気にせず、王の役割を全うすることだけを考えていればいい。後はのことは、わたしに任せておけ」
テンは再び歩き出し、ライアンの自室へと足を向けた。
「………」
テンに目を向けたまま、ライアンは黙ってその後に着いて行った。
夕刻。
「3ー5」の教室では、エンジーが一人、後ろの窓際の席に座っていた。
「………」
黙って何かを考える彼の横顔を、沈む夕日が照らしていた。
エンジーには、どうしても投票の結果が納得できないようだった。
(…男子の票はともかく、向こうがあがいたことで、女子の票にあんなに差がつくとは思えない。…ライアンは、ずっと女子から人気があったし、あっちの王がそれを上回るなんて、到底思えないけどな……)
エンジーは、ライアンの寂し気な表情を思い出した。
「……っ⁉」
エンジーは目を見開くと、その場に項垂れた。
(いくら考えたって同じだ……っ!僕は…っ、僕は、ライアンのことを出しに使ってしまったんだ…。……ヤツの思惑にまんまとハマってしまった……っ)
“ 浅はかなのはお前の方だろっ‼ ”
ふとオズの言葉を思い出し、エンジーはハッとして顔を上げた。
「……アイツが…っ、アイツが僕に余計な事さえ言わなければ…っ!」
拳にグッと力を入れたその時、廊下の方から話し声が聞こえて来た。
「……票、入れなかったの?」
「あったりまえでしょ⁉いくら黒陽の王とはいえ、あーいうウワサ、聞いちゃったらねぇ…」
「ウワサだから、私は真に受けなかったけど、あんな結果見ちゃうと、現実味増して来るよね…」
「そーだよー。こっちの女子は、ほとんど入れてないって話だよー?」
「えーっ!ほんと⁉」
教室の前を通り過ぎて行った女子生徒二人の会話を、エンジーは黙って聞いていた。
(……ウワサ…?)
エンジーは疑問に思った。
(……ライアンには、僕の知らない何か秘密があるのか……?)
頭に過ったが、そんなはずはないと、エンジーは考えを改めた。
「ライアンと一緒にいて、そんな様子は見られなかったし、それに、彼が僕に話してくれないなんてこと……」
だが、何故かエンジーに不安が過った。
本人に直接聞いてみることも考えたが、テンからライアンとの接触は禁じられている。
「……そういえば…、あいつ……」
日が暮れた教室で、エンジーは一人、何かを考えていた。
別の日。
「ライアン。ちょっといいかい?」
廊下で声をかけられ、ライアンは振り返った。
声の主を確認したライアンは、眉を少しひそめた。
「…何か?」
ライアンは、目の前にいるファウスに聞いた。
すると、ファウスはニヤッと笑みを浮かべ、ライアンに身体を寄せると、彼に耳打ちした。
「っ⁉」
内容を聞いたライアンは、驚いてファウスに目を向けた。
「…どうする?待たしているけど、断るかい?」
ファウスはライアンから身体を離して聞いた。
「………っ」
ライアンは、ファウスから目を背けて苦痛な表情を浮かべた。
チラッとファウスを見ると、彼はどことなく楽しそうにしながら返事を待っている。
「……いい。僕が自分で行くよ…」
そう言って、ライアンはファウスの横を通り過ぎた。ファウスは振り返って聞いた。
「大丈夫かい?…またウワサが広まるよ?」
ライアンは立ち止まった。
「………」
ぎゅっと自分の胸を左手で抑え、ライアンは目をつむった。
(……大丈夫だ……。最近は気も収まっている…。……これ以上、借りを作りたくない……っ!)
ライアンはそっと目を開け、そのまま黙って立ち去った。
「………」
ライアンを見届けたファウスは、「フッ」とほくそ笑んだ。
「ファウス!」
すると、ライアンの行った反対の方向から声をかけられ、ファウスはそちらに顔を向けた。
走って来たのはエンジーだった。
エンジーは息を切らしてファウスの前に立った。
「やっと見つけた!探したぞ」
「…?どうしたんだい?珍しいな、君が僕に用事なんて。息なんか切らしちゃってさ」
ファウスはニヤッと笑って、珍しい様子のエンジーを見た。
「…聞きたいことがある」
「っ⁉」
真面目な顔で聞くエンジーに、ファウスは目を鋭く光らせた。
「ライアンのことかな?」
言い当てられたエンジーは目を見開いた。
「…っ⁉……そ、そうだ……。ファウス…。君、ライアンのウワサについて、なにか知ってるのか?」
エンジーにジロリと目を向けると、ファウスは口を開いた。
「……何故、そう思うんだい?」
ファウスの不気味な目に、たじろいだエンジーだったが、めげずに答えた。
「……投票結果を開示する時、君が意味深な言葉を口にしていたからだ」
「意味深?」
「…女子の票の集計に移る時、既に結果が分かっているような口ぶりだった。現に結果が出た時、「思ったより露骨な結果が出た」とも言っていた」
ファウスはクスッと笑った。
「僕の言ったことを鮮明に覚えてくれているね。僕に興味を持ってくれたみたいで、嬉しいよ」
ファウスの発言に、エンジーはカッとなって返した。
「そういうことじゃないっ!君があまりにも妙な発言をしていたから気になったんだ!投票結果がああなるって、ライアンが負けるって、君には初めから分かっていたんだろう?…君は…、ライアンの秘密を知っているんだろ…⁉」
感情的になって問い質すエンジーに、ファウスはグッと顔を近づけた。
「っ⁉」
エンジーは驚いて、一歩後ろに下がった。
ファウスはそんなエンジーに、フフフと笑って言った。
「そうか…。そんなに彼の事を知りたいか…。ならいいよ。教えてあげよう」
やはり、ファウスはライアンの秘密について知っていた。
確信したエンジーは、緊張した面持ちで、ファウスの次の言葉を待った。
「…僕は、彼を知ることを、あまりオススメはしないけどね……」
そう言うと、ファウスはくるっと身体を返して、先ほどライアンが向かった方へと身体を向けた。
「着いておいでよ。百聞は一見に如かず。自分の目で確かめた方が早いんじゃないかな?」
「……?」
エンジーは疑問に思いながらも、ファウスの言うことに従い、彼の後に着いて行った。
ファウスとエンジーがやって来たのは、学園の最上階。王と守護者たちの部屋がある階だった。
ファウスは、真っすぐに突き当りのライアンの部屋へと向かった。
(…ライアンの部屋…?)
エンジーは眉をひそめてファウスに目をやった。
扉の少し手前でファウスは立ち止まり、エンジーの方へとゆっくり振り返った。
「しー。静かにね。…扉に耳をあてて、中の音を聞いてごらん」
「……」
ファウスの言葉の意図がよく分からないまま、エンジーは黙って彼の言うことに従った。
エンジーは扉の前まで静かに歩いた。
「扉を開けてはだめだよ!気付かれないように、中の様子だけをうかがうんだ」
ファウスは小声で念押しした。
エンジーはファウスの言う通り、扉にそっと耳をあてた。
「………?」
重たい扉なため、中の音は鮮明には聞こえなかった。
が、しばらく聞いていると、妙な音……とういうより、人の声らしきものが聞こえて来た。
「…ぃ…ぃや!…やめてぇ!……やだっ…お願いっ……!」
(……?…??)
エンジーはとっさに扉から耳を離し、驚いた表情を向けた。
ライアンの部屋の中から女性の声がする…。しかも、それからは、普通の会話の風景ではなく、緊迫感のある妙に差し迫った場面が頭に浮かび上がるほどだ。
エンジーは再度、恐る恐る扉に耳を近づけた。
「やだぁ!…誰かぁっ!…いやぁあっっ‼」
先ほどよりも激しい声音にエンジーは驚くと、振り返ってファウスに目で訴えた。
だが、ファウスは、驚くエンジーとは裏腹に、涼しい顔で扉を見つめていた。
ファウスには、扉の向こうの光景が目に見えているようだった。
「な、中に入って止めた方がいいんじゃないか⁉」
エンジーは慌ててファウスに言った。
「……そんな野暮なこと……」
ファウスはフフフと笑うだけで、止める素振りなど全く見せなかった。
「っ⁉」
外の気配に気が付いたのか、目を赤く光らせたライアンが、ピタッと動きを止めた。
すると、力が抜けたようにその場に倒れ込んだ。
捕まれていた腕の自由が利くようになり、女子生徒はハッとして、急いで辺りに散らばった制服をかき集め、その場から逃げるように走り去った。
「バタンッ」
部屋の扉が勢いよく開き、中から飛び出してきた女子生徒に、エンジーとファウスは目を向けた。
「っ⁉」
手前にいたエンジーとぶつかりそうになった女子生徒は、ハッとして顔を上げた。
エンジーはその子の姿と表情を見て驚いた。
上半身下着姿のまま、必死でかき集めた制服のジャケットとシャツを両手で抱え、不安な表情で涙を流している。
女子生徒は惨めさと恥ずかしさを募らせ、その場を走り去って行った。
「………っ⁉」
何が起こっているのか理解できないエンジーは、その場で立ち尽くした。
「だから野暮だって言っただろう?」
「………っ」
ニヤッと笑うファウスの言葉の意味を徐々に理解し始めたエンジーは、驚愕と困惑で動揺する中、目の前にいるファウスの笑みを邪悪なものに感じた。
エンジーはハッとして、半裸体の女子生徒が飛び出してきた扉の方へと振り返った。
勢いよく飛び出してきたため、扉は半分開いた状態になっている。
「………」
エンジーは扉に手を添えてゆっくり開けると、恐る恐る部屋の中を覗いた。
部屋の中は、シンッと静まり返り、物音ひとつなかった。
部屋の中央にある深紅色のソファに目をやると、向こうを向いたソファの背もたれ越しに人の足が出ており、誰かがたその上で倒れていることに気が付いた。
「っ⁉」
エンジーは躊躇いなく、急いでそちらに駆け寄った。
だんだん近づいていくと、ソファの背もたれの上から、その人物が確認できた。
「……ライアン……⁉」
エンジーの目に映ったのは、気を失ったように眠るライアンだった。
背もたれに手をあてたまま、エンジーはライアンの様子をうかがった。
ライアンの姿は、先ほどの女子生徒同様に、上半身裸の状態で、制服のジャケットとシャツは、無造作に脱ぎ捨てられて辺りに散らばっている。
……一体何が起こったのか…、ライアンはここで一体何をしていたのか…、あの女子生徒は一体何者なのか……。
エンジーは何も理解できないまま、困惑した表情でライアンに近寄った。
立膝をついて覗き込むと、ライアンの表情は、いつもと変わらない様子で静かに眠っている。
「……やっぱり発動しちゃったみたいだねぇ。本人は大丈夫だって言ってたけど」
エンジーは顔を上げて、扉にもたれるファウスに目を向けた。
ファウスはライアンを見ながら「フフフ」と笑っている。
「……一体どういうことなんだ?…君は、このことを知っていたのか?」
エンジーは立ち上がってファウスを睨んだ。
「そうだよ。君には内緒にしてくれってライアンに言われてたんだけど、君が真相にたどり着こうとしていたから、こうなると時間の問題だと思ってね」
ファウスは、変わらず妙な笑みを浮かべて言った。
「何故だ…っ⁉どうなってるんだっ!…これは一体何なんだっ⁉」
ファウスの態度になのか、それとも何も知らなかった自分を恥じてなのか、エンジーはこみ上げる怒りに、震える手をグッと握りしめた。
「まぁ、落ち着きなよ」
ファウスはエンジーの反応を予想していたようで、彼をあざ笑いながら、ソファの方へと近づいて来た。
「とりあえず、ベッドへ連れて行こう。…あ、服も着せてあげないとね」
ファウスはどこか楽しそうに、また、慣れたように、散らばった服を集め始めた。
「…ねぇ、身体起こしてくれないかな?」
立膝をついたファウスは、エンジーを見上げて言った。
「………」
エンジーは、今はファウスに問い質すのは避け、仕方なく彼の指示に従った。
二人はベッドにライアンを運び込んだ。
エンジーは、ゆっくり布団をかけると、眠るライアンの顔をじっと見つめた。
「…さぁて、どこから話そうか。…そもそもキミ、全く知らなかったのかい?彼のウワサも、結構広まってたと思うけどね」
ベッドを挟んで向かいにいるファウスが、エンジーに聞いた。
エンジーは、視線を背けて頷いた。
「……ライアンに妙なウワサがあることも、ついこの間知ったところだ……」
「まぁ、知らなくても無理はないか。本人にも口止めされていた上、このウワサは黒陽の女子生徒たちの間で広まっていることだから」
ファウスの発言に、エンジーは視線を上げた。
「…女子生徒に?」
エンジーの反応を、ファウスは意外そうに見た。
「そりゃそうだろう?こんなことしたら、瞬く間に女子の間で話は広まるよ」
「………」
合点がいっていない様子のエンジーを見て、ファウスは「もしや」と思って聞いた。
「…キミ、ライアンがここで何をしていたのか、理解してないってことないよね?」
「え…っ⁉」
驚いたエンジーは、半分図星のような反応を見せた。
「………キミねぇ、一応いい年なんだから。…オルマンダ家の跡取りが、こういったことに無知では後々困るよ?」
あきれ顔のファウスに言われ、エンジーは、かぁっと顔を赤くして怒鳴った。
「そ…っ、それぐらい僕にだって分かるっ‼」
「しーっ!静かにしないと起きてしまうよ」
ファウスは口に指を当ててエンジーに忠告した。
エンジーはハッとしてライアンに目を向けた。
「………」
純粋無垢な表情をして静かに眠るライアンを、エンジーはじっと見つめた。
「……ただ、ライアンがそんなことをしていたなんて…、僕にはとても信じられない……」
「…………」
ファウスもライアンに目を向け、しばらく彼を見つめた。
「……彼の意思ではないからね…」
すると、ファウスが口を開き、エンジーはとっさにそちらに顔を向けた。
「…えっ⁉」
「キミも知ってるだろう?白月の王の呪いのこと」
「……あ、ああ…」
突然白月の王の話になり、エンジーは頭に「ハテナ」を浮かべたが、ピンッと来て、ファウスの方に身を乗り出した。
「ま、まさかっ⁉ライアンもアイツと同じように……っ⁉」
エンジーに聞かれ、ファウスは黙って頷いた。
「そ、そんな…っ⁉」
真実を知ってしまったエンジーは、再びライアンに目をやった。
「…向こうは創立者の愛犬が乗り移っているようだけど、…ライアンはその本人だからね…」
説明するファウスの方に、エンジーは目を向けた。
ファウスはエンジーの目を見ながら続けた。
「ワンダーソン祭司。その本人が、彼には乗り移っているらしいんだ」
「なんだって…⁉」
エンジーは詳しく聞こうと、ファウスに目で促した。
「…っと、違ったな。正確には、祭司が恐れた罪…、とでも言うのかな?」
ファウスの言う意味を理解できないエンジーは聞き返した。
「どういうことだ?」
「ワンダーソン祭司は、人の尊厳を唱え、功徳を積んだことによって人々から崇めらた…。そして、遂には名が語り継がれる偉大な存在となったっていうのは、君もご存知のことだろう?」
ファウスの問いに、エンジーは黙って頷いた。
「けれど、そういった偉大な人間ほど、苦悩は付きものなんだよ。……彼は祭司だ。神への従順は絶対のこと。彼が規律を守るために一番苦労したのは「色欲の罪」なんだよ」
エンジーはハッとして、話を続けるファウスを見つめた。
「彼が規律を破ることは、神や人々…そして自分自身を裏切ることになる。…男が生涯無垢を貫き通すのは、とても辛く困難なことだと、君も思わないかい?」
ファウスは、ジロッとエンジーに目を向けた。
「……っ⁉」
エンジーは返すことが出来ず、言葉を詰まらせた。
「……祭司は自分の恐れた罪を、このライアンに身に襲わせてるんだ。…自分が苦しい目に遭ったことと同じようにね……」
「な、なんでそんなことを…?ライアンは、何も悪いことなんてしていないっ‼」
エンジーは声を荒げた。
「しーっ」という素振りを見せ、ファウスは淡々と続けた。
「この呪いが発動したのは、ライアンが王に選ばれて間もない頃だった。たまたま僕とテンが現場にいてね。…すぐにリヨンド副校長に相談したんだ」
「っ⁉」
テンもこのことをすでに知っていたと知り、エンジーは驚いた。
「…調べたら、百年前にも、同じようなことがあったらしいんだよね。…その時は、祭司の声が、黒陽と白月の王に聞こえたっていうものらしいんだけど」
エンジーは信じられない様子で、黙ってファウスの話を聞いている。
「その時は、自然と声が聞こえなくなって、それからは何事もなく、その事件は忘れ去られてしまったらしいんだ。……だから、ライアンだからってことではなく、王に選ばれたからっていう理由の方が、僕は正しいと思うよ」
ファウスは涼しい顔でそう言い終えると、ライアンにチラッと目を向けた。
「…そんな……」
エンジーは、絶望と哀れみの表情をライアンに向けた。
しばらくライアンを見つめると、エンジーはファウスの方に顔を戻した。
「…「色欲の罪」がライアンを襲っているっていう解釈は、どうやって分かったことなんだ?」
ファウスは少し目を見開いてエンジーを見た。
「さっきも言ったけど、僕とテンは、すぐに副校長に相談したんだ。彼女が全て調べてくれたよ。祭司を悩ませた苦難のこともね…。…何か、古い黙示録にでも書いてあったんじゃないのかな?」
「………」
ファウスの答えを聞くと、エンジーは黙ってライアンの方に顔を向けた。
ライアンを見つめる目が心配してのものなのか、それとも彼を哀れみ、ましてや軽蔑してのものなのか…。
ファウスは考えながら、エンジーを黙って見つめた。
次の日の昼休みのことである。
誰もいない音楽室の窓際の席に、ココルルが一人座っていた。
温かい午後の風が窓から入り、カーテンがひらひらと揺れた。
ココルルはそちらに顔を向け、長いウェーブのかかった髪をなびかせて、その心地の良い風を受けた。
すると、扉が開いたままになった音楽室に、テンが入って来た。
テンはココルルに気が付くと、じっと彼女を見つめた。
ココルルは心地よさそうに目を閉じて、窓の日差しに顔を向けている。
長い髪がなびいて髪飾りがキラキラと光り、テンの目には彼女の姿がとても美しく映った。
テンがしばらく見とれていると、人の気配に気が付いたココルルが、そちらに顔を向けた。
「……テンさん?」
テンはハッとした。
「…ココルル。…すみません。遅れてしまいました」
テンはココルルの方に歩み寄り、彼女の隣の席へと腰掛けた。
「大丈夫。…先生のお手伝いだったんでしょ?いつも大変ね」
こっちを向いて言うココルルに、テンも顔を向けた。
「平気ですよ。…支度しますね」
テンは、ココルルの前に置いてあるお弁当袋に手をかけた。
「ありがとう」
ココルルは、テンの方に顔を向けながら礼を言った。
お弁当を広げる間、ココルルは、テンの方にずっと顔を向けていた。
「………」
テンはそれに気づきながらも、そのまま手を止めずに続けた。
「さ、どうぞ…。食べられますか?」
テンは、フォークをココルルの右手に握らせた。
「もうだいぶ慣れたから大丈夫」
それを聞いたテンは、安心したように微笑むと、同じように自分の昼食の準備をし始めた。
「………ねぇ、テンさん…」
ココルルはお弁当に手をつけず、神妙な面持ちでテンに話しかけた。
「…?どうしました?ココルル」
テンは手を止めて、ココルルの方に顔を向けた。
「……私、…あの時のこと…、まだ夢に見ることがあるの……」
「っ⁉」
テンは少し驚いた表情をした。
「…そう…ですか……。簡単に忘れられることではありません。…あの出来事は、貴女の心の傷となって、未だ貴女を苦しめているのですね…」
テンは辛そうに眉間に皺を寄せた。
ココルルはテンの方に顔を向けた。
「いいえ。違うのよ」
「…え?」
テンが聞き返すと、ココルルは机の上にフォークを置き、自分の胸に両手をあてた。
「……確かに、夢は、あの炎の中で怖い思いをしているところから始まるの…。でもね、怖くて泣いていると、勇敢でたくましい顔をしたあなたがいつも助けに来てくれる…。あの時と同じように…」
「………」
ココルルの話を、テンは視線を落として聞いている。
「まっすぐに私の元に来てくれたあなたの手をとって、そして目が覚めるの。……その夢を見た日の朝は、胸の中がとても温かくなって、その日一日穏やかに過ごせるのよ」
ココルルは、やわらかな笑顔をテンに向けた。
テンは、その笑顔に何を感じたのか、複雑な表情をすると、ココルルから視線を背けた。
「……貴女にそう想ってもらえて、とても光栄です……。私に少しでも貴女の心の傷が癒せるのなら……」
「………」
うつむくテンの表情が見えないココルルは、じっとテンの方に目を向けていた。
「…さ、ココルル、食べましょう。昼休みが終わってしまいます」
テンはゆっくりとココルルの手を取って、フォークを握らせた。
「………っ」
ココルルは、自分の手に触れるテンの指にハッとした。
「テン。ちょっといいかい?」
すると、部屋の後方の扉から声がして、テンはそちらへ振り返った。
「…ファウス…」
声の主であるファウスを見ると、テンは眉を顰めた。
テンはココルルの方へ振り返った。
「ココルル、すみません。少し外します」
ココルルに言うと、テンは立ち上がって、ファウスのいる方へ歩いた。
ココルルに会話を聞かれないように廊下に出たテンは、ファウスにジロッと目を向けた。
「…どうした?今日は、お前にライアンのことを頼んだはずだぞ?」
「そのライアンなんだけど、なんだかずっと元気がなくてね」
テンは「ハテナ」を浮かべてファウスを見た。
「………実は……」
ファウスは誰にも聞かれないように、テンにコソッと話した。
「っ⁉」
それを聞いたテンは、驚いて目を見開いた。
「なんだってっ⁉」
その声に、中にいたココルルはビクッとして、顔をキョロキョロ動かした。
テンは「しまった」と慌てて手で口を押え、ファウスを連れて、教室から少し離れた。
テンは驚いた様子でファウスに聞いた。
「どういうことだ⁉あのことがエンジーにバレただと⁉」
「まぁ、正確には僕が話したんだけどさ」
ファウスは悪びれる様子もなく、しれっと答えた。
「っ⁉お、お前、どういうつもりだ⁉」
テンは怒った顔でファウスに言った。
「まぁ、そう目くじら立てないで。…実は昨日、例の呪いが発動しちゃってね」
「っ⁉」
ファウスの言葉に、何も知らないテンは驚くばかりだった。
ファウスは構わず続けた。
「ちょうどその時にエンジーが現れて、ライアンのウワサについて、何か知っていないか聞かれたんだよ。あの投票があってから、ウワサもどんどん広まってきているし、彼も勘づき始めたみたいだったんだ。…ライアンとキミから止められていたけど、あのエンジーのことだろう?やみくもに探って、また違った方向に暴走するなんてことになったら、王どころか、僕らにまで被害が及ぶ。黒陽の破滅にもなり兼ねない。それを考えたら、仕方なく僕が本当の事を話した方がいいと思ったんだよ」
あまり褒められたことではないが、ファウスの考えも一理あると思い、テンは黙って聞いていた。
「…それで?エンジーはこのことを知ってどうしたんだ?妙な気は起こしてなかっただろうな?」
テンは、キッとファウスを睨んで聞いた。
ファウスは、昨日のエンジーの反応を思い出し、少し笑みを浮かべた。
「かなり動揺していたね。…ライアンはずっと気を失っていたから、直接二人が話すことはなかったけど」
「二人を決して近づけるなよ!」
テンは、「わかったな⁉」と、ファウスに念押しした。
「…それはいいけど…、どうする?呪いの事がエンジーにバレたと、ライアンに話さなくていいのかい?」
ファウスはテンを下から覗くように聞いた。まるで次のテンの反応が待ち遠しいようだ。
「………」
テンは顎に指をあてて、少し考えた。
すると、鋭い目をファウスに向けた。
「わたしがライアンに話す。お前は何もしなくていい」
そう言い放つと、テンはくるっと身体を返して、ココルルのいる音楽室へと戻って行った。
「……フーン…」
ファウスは、テンの後姿を見ながら、面白くなさそうに呟いた。
「ファウス、何を言いに来たの?」
席に戻ったテンに、ココルルは聞いた。
「…いえ、いつもの他愛もない会話ですよ。気にしないでください」
テンは、いつもの様子で、ココルルに心配をかけないように言った。
「……そう…」
ココルルはテンの言葉を信用し、昼食を取り始めた。
庭園の向こう側にあるチャペルは、昼休みになると開放されていた。
入り口から見て右手の最前列の席に、エンジーが静かに座って、ステンドグラスを見上げていた。
エンジーは瞬きもせず、ぼーっとステンドグラスに描かれた「ワンダーソン祭司」の姿を見つめている。
彼の考えていることはただ一つ、黒陽の王座ライアンのことだった。
昨日一日でいろんなことを知ってしまい、エンジーは頭の整理が追いついていなかった。
エンジーはステンドグラスから視線を離し、ゆっくりとうつむいた。
(…今はテンから接触を禁じられているけど…、ライアンとは、もう話をすることも出来ないのか…?……彼が僕を拒んでいたんだ…。秘密さえ、打ち明けてくれなかった……)
エンジーは両手でズボンをぎゅっと握りしめた。
「……そんなに、僕が信用できなかったのか……っ」
校舎から出て、庭園の中を歩くオズがいた。
オズは深刻な表情で、視線を下に向けながら、ある場所へと向かっていた。
オズの目的の場所は、今、エンジーがいるチャペルだった。
昼休みになると開放されることは知っていて、オズは開いた入り口にスッと足を踏み入れた。
「っ⁉」
すると、中に誰かいることに気が付いた。
後姿だったが、オズには、それがすぐにエンジーだと分かった。
「………」
オズは、ゆっくりとそちらに歩み寄った。
エンジーの斜め後ろにまで来ると、オズは彼をうかがうように顔を覗かせた。
「…っ⁉」
オズはハッと目を見開いた。
うつむいたエンジーは、目に涙を溜めて、悲し気な表情をしている。
いつも強気な態度を見せていたエンジーの意外な一面を見たオズは、妙な感覚を抱いて、その様子をじっと見つめた。
すると、気配に気が付いたエンジーが、ハッとして振り返った。
「っ⁉」
二人は驚いたように目を合わせた。
「な…っ⁉き、君、いつからいたんだっ⁉」
エンジーはとっさに立ち上がって、オズに聞いた。
「い、いつからって…、今来たとこだっ!」
オズは動揺を隠しながら、いつもと変わらない様子で返した。
エンジーは後ろを向き、慌てて涙を拭った。
「なにも気配を消して来ることないだろっ!悪趣味なヤツ!」
「なんだとぉっ!お前だってこんなとこでメソメソしやがって!自分勝手な行動起こしたことの懺悔でもしに来たのかよ⁉」
オズに涙を見られたエンジーは、かぁっと赤くなった。
「余計なお世話だっ!だいたい、僕は負けたなんて思ってないからなっ‼」
「まだ言ってんのか⁉見苦しいヤツめ!」
「っ⁉この~~~っっ‼」
「なんだよっっ‼」
二人は、互いを威嚇するように睨み合った。
だが、いつまでも睨み合ってられないと、エンジーはフッと目を閉じた。
「…君こそ、懺悔することがありそうだな。…邪魔して悪かった……」
扉に足を向けたエンジーだったが、ふと何かを察して、オズの方に振り返った。
「……もしかして…、王の呪いのことか……?」
エンジーに聞かれ、オズは驚いて彼を見ると、黙ってうつむいた。
「……。ああ。…オレ、アイツに絶対呪いを解いてやるって…、呪いなんかに負けるなって言っておきながら、正直、なんの根拠もなく言ってるってわかってんだ…」
オズは視線を落とし、とても辛そうに思い悩んだ顔をしている。
「…それでもオレ、なんとかしてアイツのこと救ってやりたい」
「………」
オズの言葉を、エンジーは視線を反らせて黙って聞いた。
「だって…、だっておかしいだろ?無作為に王に選ばれただけなのに、なんでアイツがあんなに辛い目に遭わなきゃなんねーんだっ⁉」
声を荒げるオズに、エンジーは眉間に皺を寄せた。
「アイツ…。オレ達に心配かけないように、大丈夫だって繰り返すんだ…。ただ笑って「大丈夫」って…。絶対、大丈夫なんかじゃない…。内心は、いつ身体を乗っ取られるか分からない呪いに、常に怯えてるんだよ……」
ライアンの呪いの事を知った今のエンジーには、オズの気持ちが痛い程分かり、辛そうに彼女の話を聞いていた。
「……君に…、何が出来るんだ…?」
エンジーに問われ、オズは顔を上げた。
「…彼のために、君に一体何が出来る?」
まっすぐ目を向けて聞くエンジーを見ると、オズは後ろを振り返って、ステンドグラスに目を向けた。
「……わからない…。…けど、ここに来れば、何か答えがわかる気がした……」
そう答えるオズを見たエンジーは、彼女と同様にステンドグラスを見上げた。
「…君の願いなら、叶えてくれるかもしれない…」
「……え?」
エンジーが呟くのを、オズが聞き返した。
だが、エンジーは首を横に振った。
「答えが、見つかるといいな」
エンジーはそう言って、静かに扉の方に足を向けた。
オズはハッとして振り返り、出て行くエンジーを黙って見つめた。
(……なんでオレ、アイツにあんな話したんだ……?)
敵である黒陽のエンジーに、白月の内々の話をしてしまったこと…、増してや自分の思い悩んでいる気持ちを打ち明けてしまったことに、オズは今更になって気が付いた。
放課後。
テンはライアンのクラスの「3ー1」の教室へと入った。
「ライアン」
ぼーっとしていたライアンは、テンに声をかけられ驚いた様子を見せた。
「テン⁉…あれ?今日はココルルと一緒なんじゃ…?」
「心配するな、先生に任せてある。…それよりも、お前に話があるんだ。ファウスから具合が悪いって聞いているが、少しだけいいか?」
テンは、ライアンの様子をうかがいながら聞いた。
「え…?う、うん…。大丈夫だよ」
気を付けていたにも関わらず、呪いを発動させてしまった昨日の事の説教を受けるのだと察したライアンは、顔を濁らせて返事をした。
ライアンは自室にテンを通した。
「失礼する」
テンが部屋に入ったのを見届け、ライアンも中へと入り、バタンッと重たい扉を閉めた。
テンは、昨日「こと」を起こした部屋の中をキョロキョロ見回した。
部屋は綺麗に片付いてはいるが、ライアンにとって現場を見られることは、とても愉快な事とは言えなかった。
「……あの…、どうぞ…」
視線を反らせ、恥ずかしそうにソファを進めるライアンに気が付き、テンは振り返った。
「ああ、すまない!あまりジロジロ見るものではないな…」
テンは進められたソファに腰掛けた。
「何か飲む?」
ライアンが聞くと、テンは首を横に振った。
「いや、いい。それより、お前も座ってくれ」
テンは向かいのソファに掌を向けて、ライアンに座るよう促した。
ライアンはソファの端にカバンを置き、静かにテンの向かいに座った。
「……昨日のことだよね…?…ごめんなさい……」
「………」
ライアンが頭を下げて謝るのを、テンはじっと見ていた。
「ここのところ収まっていたから、つい気が緩んでしまって…。いつもみんなに迷惑かけるのは悪いから…、自分でなんとかしようと思ったんだ……」
素直に謝るライアンに、テンは「はぁ」っとため息をついた。
「気の緩み…。それが一番いけないことなんだ。いいか?お前にかかった「罰」のことは、わたしたちで対処するって決めたんだ。それをお前が崩してどうする?…構わず、わたしたちを頼ればいいんだ」
「………」
ライアンはテンの言葉にうつむいて黙った。
「……それで、昨日のことは覚えているのか?」
テンの質問に、ライアンは顔を上げた。
「…え?」
「昨日、例の呪いが襲いかかったと知っているのであれば、昨日何があったのか、お前は覚えてるのか?」
テンに聞かれ、ライアンは首を横に振って返した。
「ううん。…ただ、途中からの記憶が無くて、気が付いたらベッドで寝ていたから、きっと、いつものことが起こったんだろうなと思って…」
ライアンは辛そうに話した。
「…ファウスから聞いたけど、いつものように、ベッドに運んでくれたんだね…。…ありがとう……」
「………」
テンは少し躊躇った様子を見せた。
「……?」
ライアンは疑問に思ってテンに目を向けた。
目を閉じたテンは、決意したように目を開いてライアンを見た。
「…ライアン。……昨日、ファウスと一緒にいたのは、わたしではない」
「……え?」
「……昨日、お前をベッドに運んだのは、ファウスと……エンジーだ……」
「………っ⁉」
テンにはっきりと断言され、ライアンは目を見開いたまま動かなかった。
「すまない…。ファウスがエンジーに話してしまったんだ…お前の秘密のこと…。…正直な事を言うと、エンジーはそのことにある程度気が付いていたようだ。…だが、確信の持てないヤツが、間違った理解のまま暴走しかねないと恐れたファウスが、機転を利かせてヤツに話したそうだ。…わたしには、それが正しい判断であったかはまだ分からないが…」
テンが話していると、ライアンはだんだん身体を震わせ出し、終いにはその場に項垂れた。
「っ⁉ライアンっ⁉…だ、大丈夫かっ⁉」
テンは慌てて立ち上がり、ライアンの傍に駆け寄った。
「……っ……うっ……ううっ……っ」
テンが身体を抑えるも、ライアンはガタガタ震え続けた。
うつむいて表情は見えないが、ライアンは、数滴の涙を床にポタポタ落とした。
「………っ」
ライアンがこれほど衝撃を受けるとは考えていなかったテンは、驚くと同時に動揺した様子で、彼をただ見つめることしか出来なかった。
「バタン」
ライアンの部屋から出て来たテンは、疲れた表情でため息をついた。
「お疲れ様。ライアンの様子、どうだい?」
廊下の向こうから声がして、テンはハッと気を引き締めた。
角に隠れていたファウスが、ヌッと姿を現した。
「ファウス…っ!お前、来ていたのか?」
テンは、少し顔を歪ませてファウスを見た。
「ねぇ、ライアンどうだったんだい?エンジーにバレた事、話したんだろう?」
ファウスは妙にワクワクしたようにテンに近寄って聞いた。
「ああ…。今は、とても話せる状態じゃない。そっとしてやってくれ」
テンは、彼を追い詰めてしまった自分に不甲斐なさを感じ、視線を反らせて言った。
「ふーん。そうかい……。キミにもどうすることも出来ないか」
ファウスは扉に顔を向け、「やっぱりか」といった顔をした。
テンはカッと頭に血を上らせ、ファウスに鋭い目を向けた。
「ファウス!エンジーを呼べ!緊急集会だ!」
「…へ?……あ、ああ。わかったよ」
ファウスは、いきなりのテンの言葉に、少し戸惑って返事をした。
テンの部屋に、黒陽の守護者であるファウスとエンジーが集まった。
上座の席にテンが腕を組んで座り、ファウスとエンジーは向かい合って座っている。
「………」
エンジーは罰が悪そうにソワソワし、テンに目を向けることが出来ない様子だった。
「お前、ライアンの秘密をファウスから聞いたらしいな?」
テンはジロッとエンジーに目を向けて聞いた。
「…え…っ」
聞かれたエンジーは、とっさにファウスへ目を向けた。
ファウスは涼しい顔で、目を閉じて座っている。
「…あ、ああ…」
「お前が独自で探ろうとしていたから、ヤツが機転を利かせて、お前に全て話したんだ」
それを聞き、エンジーはムッとしてファウスを睨んだ。
ファウスはフイっと視線を反らせて、フッと笑った。
「…知っていたら…、初めから話してくれていたら、あんな馬鹿な真似はしなかった…」
エンジーはうつむいてテンに言った。
「でも、ライアンに口止めされてたからねぇ」
「……っ」
ファウスが口を挟むと、エンジーは表情に力を込めた。
次にテンが口を開いた。
「わたしたちも、知ったのは数か月前だ。…多分その時が初めてだったのだと思う」
「君たちの前で、あの状態になったってことか?」
「そうだね…。ライアンは、どうやら言い寄ってくる子を襲う習性があるみたいなんだ」
ファウスの言葉にエンジーが驚いた表情を見せると、テンがすかさず割って入った。
「あまり良い表現ではないな」
「実際そうだっただろう?彼がライアンと親しいとはいえ、秘密を知ってしまったんだ。正直に話してあげた方がいいよ」
ファウスに言われたテンは、仕方なしそうに目を閉じて話し出した。
「……まだ、ペイジのお前とプリンセスのココルルの選考が決まっていない時だった。春休みに校長室に呼び出されたわたしたちは、まだベールに包まれていた黒陽の王座ライアンと、そこで偶然出会ったんだ。…彼は校長に意見を申し立てに来ていた」
「…えっ⁉」
それを聞き、エンジーは驚いた。
テンは話を続けた。
「話の内容は詳しく聞いてはいないのだが、ライアンが出て行った後の校長の口ぶりではそのような事だった。…ライアンは、自分は王座にふさわしくないと…、自信がないことを直訴しに来たと校長は言っていた」
「……それは…、呪いのことが原因で…?」
エンジーは少し聞きにくそうに、テンに聞いた。テンは首を横に振った。
「いや。わたしたちもそう思って、本人に確かめたんだが、その時は本人も呪いの事は知らなかったらしい。…本当に、自信がなかったようだ。あのライアンがそのようなことを直訴するなど、わたしも考えにくいのだが…」
テンは視線を下に向けた。
エンジーも同様に下を向いて黙った。
「…その後だよ、問題は」
今度はファウスが話し出し、二人は顔を上げた。
「校長から守護者に任命され、挨拶を終えて校長室を出た僕たちは、あるものを目にしたんだ。…それはね、僕らより先に出て行ったライアンが、誰もいない教室で一人の女子生徒と一緒にいるところだったんだよ」
ファウスの話しを聞き、エンジーは「まさか」と思った。
「彼、結構人気があるみたいだね。彼の事をずっと想っていた生徒から、告白を受けていたよ。…彼が困っている姿を見るのが、僕らにはなんとも可笑しくてね」
隠れて見ていたという悪趣味な行動を平気で話すファウスに、テンは慌てて訂正した。
「たまたま通りかかっただけだ!変な言い方をするな!」
怒るテンに、ファウスは「フフフ」と笑って返した。
「…それでね、その時、初めてその呪いが発動したんだ。…彼の様子がだんだんおかしくなってきたと思ったら、急に目が赤く光り出してね」
「………っ」
その光景を想像し、エンジーは身体をぞっとさせた。
「…いきなり目の前の女子生徒を襲い始めたのだ…。わたしたちは驚いてすぐに止めに入った」
「嫌がる女の子から何とか離したんだけどね…。でも、彼の表情を見ると、額に冷や汗をかいて、妙に辛そうにしているんだ…。まるで、襲い掛かる呪いと戦うようにさ……」
テンとファウスはその時のことを思い出しながら、一部始終を話した。
「……それで……?」
エンジーは苦痛に耐えるような表情で聞いた。
「そうしていると、ライアンは力を失って、その場に倒れ込んだんだ」
「……キミが目撃した時もそうだっただろう?」
「………」
ファウスに聞かれ、エンジーはうつむいた。
「……そういうことは、その後も起こっているのか?」
「…キミと見たのを含めて、三回かな」
ファウスの答えに、エンジーは顔を上げると、またうつむいた。
そんなエンジーの様子を見ながら、テンが話し出した。
「相手は、全てライアンに好意を抱き、言い寄って来た女子生徒だ。…彼から一方的に襲うことは今のところはない。…だが、ライアンに非が無いとは言えないだろう。襲われた者の事を思うと、ウワサになるのもおかしくはないことだ」
「それに、今後はもっとひどくなるかもしれない」
「…え?」
ファウスの言葉に、エンジーが聞き返した。
「呪いの力が強くなってくると、彼の意思に反して、手当たり次第に襲いかねないだろう?」
「…そっ、そんなことになるのか…っ⁉」
エンジーは身を乗り出してファウスに聞いた。
「呪いをこのまま放っておくと、そうなることも考えられるだろうと、リヨンド副校長が言っていた」
「だから、そうなる前に僕たちで、原因を突き止めようとしているんだけどね……」
ファウスは意味深な目をエンジーに向けた。
「……?」
エンジーは、その目を疑問に思った。
「守護者たちで、それを突き止めようって話になったのにさ…」
「お前と…ココルルには、絶対に言うなと…、ライアンに言われたんだ」
テンは眉間に皺を寄せて言った。
「……え?…ココルルも知らなかったのか?」
「あたりまえだっ!彼女にこんな下世話なこと、言えるわけないだろっ‼」
テンは立ち上がってエンジーに怒鳴った。
エンジーは驚いて、のけぞりながらテンを見上げた。
「ライアンにも止められたけど、このテンからも、いらぬ心配をかけるからって言われてね。ココルルにこの話をすることはよそうってことになったのさ」
ニヤッと笑うファウスに、テンは赤い顔を向けると、静かに座って仕切り直した。
「それでだ。お前の王への接近禁止令を解こうと思う」
テンの言葉に、エンジーとファウスはそちらへ顔を向けた。
「……え…?」
エンジーは目を丸くさせた。
「……秘密を知られて、ライアンは今、ひどい混乱状態に陥っているんだ」
「……っ!」
エンジーは驚いて言葉を失った。
「お前にチャンスを与えてやる。王を以前のように立ち直らせてみせろ!」
「…な…っ⁉」
テンの突然の命令に、エンジーはとっさに彼に目を向けた。
ファウスは、ほくそ笑んで黙って聞いている。
「もとはと言えば、お前の勝手な行動のおかげで、ライアンのウワサが広まったのだからな!責任は取ってもらうぞ」
「…で、でも…っ」
エンジーがテンに言い返そうとすると、テンはすかさず立ち上がった。
「名誉挽回の機会を与えてやったんだ。これを逃すと、次はないからな。……話しはそれだけだ!」
テンの言葉で、その場は強制的に解散となった。
翌日の昼休み。
オズは、食堂へ向かうため、席から立ち上がった。
チラッと窓際の席のマクーストを見ると、彼は、ボーっと窓の外に目をやっている。
「………」
オズは、マクーストが最近どことなく元気が無いことに気が付いていた。
マクーストの気をもませているのは、ただ一つ。きっと「呪い」のことだと察し、オズは彼の方へ歩み寄った。
「マクースト」
オズが声を掛けると、マクーストはハッとして顔を上げた。
「あ、オズさん!」
マクーストは、オズに笑顔を見せた。
「…なぁ、今から食堂行くんだけど、お前も来ねーか?」
「えっ⁉」
オズに誘われたマクーストは、目を輝かせた。
「お前に面白いもん見せてやるよ!」
笑って言うオズに、マクーストは「ハテナ」を浮かべた。
食堂へ行く道中のこと。
二人は何を話すこともなく、ただ食堂へと向かっていた。
「…お、面白いことって、何?オズさん」
黙々と前を歩くオズに、マクーストは様子をうかがうように聞いた。
「来れば分かる。………あっ…」
窓から庭園が見え、オズは何かを思いついたように声を発した。
「……。そうだっ!」
オズは、突然走り出し、中庭へと向かった。
「えっ?えっ?オ、オズさんっ⁉」
突然のことにマクーストは驚き、オズを追って中庭へと出た。
オズは、何のためらいもなく、黒陽の庭園へと走って行った。
それを見ていたマクーストは驚き、足を止めて、黒陽の陣地へ入るのを躊躇した。
久しぶりに庭園に来ていたエンジーは、いつもの定位置に座っていた。
今日は本を読むことはなく、思い悩むように、ただ椅子に座って何かを考えていた。
(…ライアンを立ち直らせるっていったって…。事の発端は僕なんだから…、彼は僕を恨んでるに決まってるじゃYないか…)
エンジーは、眉間に皺を寄せた。
(…ライアンに…、どう謝ったらいいんだ…。何を言ったって、ライアンはもう……)
エンジーは目をぎゅっと閉じ、うつむいた。
「……僕のことなんか、もうとっくに嫌いになってるはずだ……」
エンジーは呟いた。
「よぅ!今日は来てんだな!」
すると、そこへひょこっとオズが現れた。
オズの登場に慣れたのか、エンジーはゆっくりとそちらに顔を向けた。
「……何か用?」
エンジーは怪訝な顔を向けて聞いた。
「いいもん見してやるよ!」
エンジーの前までやって来たオズは、手を腰に当てて、自信あり気に言った。
「…?」
オズの言動に、エンジーは眉を顰めて彼女を見た。
「いいから来い!」
オズは構わず、エンジーの腕を掴み、強引に彼を立ち上がらせた。
「っ⁉なっ、なにするんだよっ⁉」
エンジーは驚き、慌ててオズの手を払おうとした。
だがオズは、掴んでいる手に力を加え、ジロッとエンジーに目を向けた。
「来れば分かる!お前は黙って着いてくりゃいーんだよっ‼」
「???」
オズの妙な威圧感に押され、エンジーは言い返すことが出来ずに、そのままオズに引きずられていった。
「あ!オズさん!」
黒陽の庭園から出て来たオズに、マクーストが声を掛けた。
「っ⁉」
オズと一緒に出て来たエンジーを見て、マクーストは驚いた。
「…オ、オズさんっ⁉…っ!」
マクーストは、訳をオズに聞こうとしたが、とっさの言葉が出て来ずに詰まらせた。
「どこ行くんだよっ⁉離せよっ⁉」
騒ぎ立てるエンジーをよそに、オズはマクーストの所へ歩み寄った。
「さ!行くぞ、マクースト!」
オズは笑顔でマクーストに言うと、そのままエンジーを引っ張りながら、校舎へと戻った。
「…えっ⁉…う、うん…」
マクーストは、あっけにとられながら、オズに従って後に続いた。
三人は、食堂へとやって来た。
オズは、食堂へ入るなり、辺りをキョロキョロ見回した。
「お、おいっ!僕は食堂に用なんてないっ!頼むから離せよっ!」
食堂に入るなり、エンジーは慌てた様子を見せた。
「………」
エンジーを引っ張りながら堂々としているオズ、それとは反対に、オズに掴まれ、慌てふためくエンジー。
マクーストは、不安そうに二人の様子を見ていた。
食堂に入って来た三人を見て、生徒達は驚いた。
白月の王座、そして白月と黒陽の互いのペイジが、一斉に食堂に現れたからだ。
特に、オズとエンジーは対立する立場でるため、二人が行動を共にしていることは、他の生徒達にとっては度肝を抜くほど異例のことだった。
「……っ」
生徒達の視線を感じ、エンジーは、いたたまれなくなって視線を反らせた。
そんなことなどお構いなしのオズは、生徒達のざわつきも気にしない様子で、辺りを見回した。
「お!いた!」
何かを見つけたオズは、あるテーブルへと向かった。
「お、おい!ちょっと!」
腕を掴まれたままのエンジーは、そのままオズに引っ張られていった。
マクーストは、慌ててその後を追った。
「よ!待ってたぜ!」
オズが向かった先のテーブルには、ビーゼルが座っていた。
ビーゼルは、先に席を取っておいてくれたらしく、彼の向かいの席は空いていた。
「待たせたな!観客を連れて来たぜ!」
オズは、エンジーを前にやった。
エンジーを見たビーゼルは、意外そうに言った。
「へぇ!あちらさんのトラブルエンジンじゃねーか!」
「っ⁉ト、トラブルエンジンっ⁉」
自分にも変なあだ名を付けられたことに、エンジーは、驚いて顔を引きつらせた。
「お!それにマクースト!お前も見に来てくれたのか!」
ビーゼルは、マクーストにひらひら手を振って言った。
「ビーゼルさん…。あの…見に来たって…?」
マクーストは疑問を抱いた表情で、ビーゼルとオズを交互に見た。
「ビーゼルのヤツ、今から大食いに挑戦すんだとさ」
オズは、親指でビーゼルを刺して説明した。
「……え?」
マクーストはきょとんとした。
「…ま、まさか、そんなバカげたもんを見せるために、僕まで連れて来たのか…?」
エンジーは呆れて聞いた。
エンジーの言葉に、オズはムッとして返した。
「バカげたことじゃねぇ!ここの見習いのカウシュさんが考えたイベントだ!カウシュさんは、自分の腕を上げるために、あらゆる方法を試行錯誤してんだ!…本人は口には出さねーけど、ここの生徒は、ビーゼルみたいにうまそうに食わねーから、作り甲斐がないって思ってんだよ!」
オズはエンジーに言うと、ビーゼルに顔を向けた。
「だけど、コイツは違う。うまいもんはうまいってちゃんと言うし、こっちがそそられるほど、うまそうに食うんだ!周りの目なんて気にせずにな!」
オズは、エンジーに顔を戻して言った。
「そんな事、僕には関係ない!幼稚な思考で戯れたいなら、お前ら白月だけでやればいいじゃないか!……僕は、ここに長居したくないんだよ。…君たちといるところを、これ以上見られるわけにいかないんだ……」
エンジーは、チラッと周りの目を気にしながら、オズに訴えた。
オズは、キッと怖い顔でエンジーを睨むと、黙って彼の腕を掴んで引っ張った。
「何すんだよっ⁉」
先ほどから乱暴に扱われているエンジーは、たまらずオズに怒鳴った。
オズは、近くの椅子をひき、エンジーをドスッと座らせた。
「っ⁉」
エンジーは驚いた顔で、オズを見上げた。
「いいから黙って見てろ!……」
オズはそう言うと、マクーストの方へジロリと目をやった。
「っ⁉」
マクーストはビクッとして、慌てて近くの椅子に座った。
手荒な彼女のやり方を理解しているビーゼルは、終始笑顔で黙って見ていた。
すると、そこにカウシュがやって来た。
「やぁ!みなさんお揃いだね!」
カウシュは、嬉しそうにみんなに目を向けると、輪の中にエンジーがいることに気がついて驚いた。
「わ!きみは、オルマンダ家のエンジーじゃないか⁉ここに来るなんて珍しいね!」
エンジーは、カウシュから顔を反らせた。
「……無理やり連れて来られたんだ…。そこの野蛮なペイジにね…」
エンジーの嫌味に、オズはキッと彼を睨んだ。
「なんだとぉ‼」
いがみ合う二人を、カウシュは慌てて止めた。
「まあまあ、ケンカはやめにして。…でも、すごく嬉しいよ!白月と黒陽が一つのテーブルを囲んでいるなんてさ!…母さんが見たら、どれだけ喜ぶだろう……」
カウシュは感激しながら、四人をじっと見つめた。
「…カウシュさん……」
「………」
オズは、そんなカウシュを見つめた。エンジーは、黙って視線を反らせている。
「なぁ、カウシュ!料理まだか?俺、腹ペコなんだけどよぉ」
待たされていたビーゼルは、しびれを切らして聞いた。
「あ!そうだったね!待ってて、今持って来るから!」
カウシュは急いで厨房へと戻った。
「………」
それを見届けたオズは、エンジーとマクーストの間の席に、黙って座った。
「母さんっ!見てっ!オズ達が、オルマンダ家のエンジーを連れて来たよ‼」
カウシュは厨房に入るなり、すぐに、母である料理長ノスティモに知らせた。
「えっ⁉」
ノスティモは驚いて振り返り、作業していた手を止めて、テーブルが見えるところまで出て来た。
「……っ‼」
四人のいるテーブルを見たノスティモは、目を見開いた。
「な⁉凄いだろ?あれこそまさに、母さんが夢見ていた光景だ!」
ノスティモの隣で、カウシュが興奮して言った。
「……ええ。…きっとあの子が連れて来てくれたのね…」
ノスティモは、オズがエンジーを連れて来たのだと直感した。
「さぁて!ここからは、僕の腕の見せ所だ!」
カウシュは腕まくりをして、厨房へと向かった。
「腹減ったなぁ…。まだかー⁉」
ビーゼルは、限界に達したように、その場に項垂れた。
そんなビーゼルを見たオズは、クスッと笑った。
「コイツの食いっぷりは、見てるとスカッとすんだ!悩み事があっても、悩んでたことが馬鹿らしくなるくらいにな!」
オズの言葉を聞き、しばらく黙っていたマクーストが、恐る恐る彼女に聞いた。
「まさか…オズさん…、僕が悩んでいると思って……?」
「っ⁉」
マクーストが聞くと、エンジーはハッとした。
オズは、マクーストの方に顔を向けて頷いた。
「まぁな。…オレ、マクーストに大きい口叩いた割に、一向に呪いを解く術なんて見つけられなくて、…その、なんつーか、お前に申し訳なくてな……」
マクーストは目を見開いた。
「オ、オズさんっ!そんなこと…っ!」
マクーストは感激のあまり、言葉を詰まらせた。
「オレには、こんな事しか出来ねーけど…。マクースト。オレ、お前と一緒に頑張るから!…くよくよ悩むよりも、まず、自分で行動を起こすべきだと思うんだ!」
「………」
隣にいるエンジーは、黙ってオズの言葉を聞いた。
「なぁ、マクースト。オレは、お前と一緒に、もっと前向きに考えていきたいと思ってんだ」
オズは、力強い目をマクーストに向けた。
それが、同じことを伝えたい、もう一人の人物にも、きっと届くと信じている表れであった。
「お前にとっては、早いとこ呪いから解放されるのが一番だろうけど、焦りは禁物だ。どれだけ時間がかかるか分からねーけど、オレ達のやり方で、呪いを解く方法を見つけ出そうぜ!」
笑顔で言うオズに胸打たれたマクーストは、彼女の方に身体を向けた。
「オズさん…っ!…ありがとう…。僕、オズさんと…。それに、ビーゼルさんや、ティオラさん、ネルさんと一緒に頑張るよ!思い悩むことの方が、身体には毒だからね!」
マクーストは、オズをじっと見つめて礼を述べた。
「………」
二人の会話を、エンジーは、目を閉じて聞いていた。
「お待たせ―!」
お盆に大きなお皿を乗せ、そこに大量の料理を乗せて、カウシュが現れた。
後ろからは、カウシュが持ち切れなかったフォークとナイフを持ったノスティモが着いてきていた。
「お!やっと来たぜ!」
ビーゼルは、勢いよく身体を起こし、料理に目をやった。
カウシュは、両手に持ったお盆を、ビーゼルの前にドサッと置いた。
「っ⁉」
ビーゼル以外の三人は、その料理のボリュームを見て仰天した。
大きなお皿の上には、スパゲティナポリタンを中心に、掌程の大きさのハンバーグが二つ、一口では食べられないほどの大きな唐揚げ。そして、大ぶりのエビフライが三つ。それらが壁のように乗せられていた。
「……お、お前、ほんとに大丈夫か?」
ビーゼルの食いっぷりを知っているものの、今までに見たこともない、盛りすぎな料理を目の当たりにしたオズは、今からそれを完食しようとしているビーゼルに、恐る恐る聞いた。
「なにがだ?」
ビーゼルは、フォークとナイフを持って、今にもがっつこうとしている。
「………」
皆の心配をよそに、能天気に言うビーゼルに、三人はただ呆然と彼を見るだけだった。
「…この子の作ったものだから、あまり無理して食べることないわよ」
前に出て来たノスティモが、ビーゼルに言った。
「どういう意味だよ⁉母さん!」
カウシュは怒った顔でノスティモに言った。
ノスティモはカウシュには返さず、オズ達の方に顔を向けた。
特に会話するわけでもないが、マクースト、オズ、エンジーが並んで座っているのを目にして、ノスティモは微笑んだ。
「…オズ…。どうもありがとう」
ノスティモが呟くと、オズはハッとして、そちらに顔を向けた。
「え?…オレ、なんかしたっけ?」
驚くオズに、ノスティモは微笑んで首を横に振った。
「…じゃあ、ビーゼル。この昼休みが終わるまでに間食できたら、今度、きみだけの為に一週間好きなメニューを作ってあげるよ!」
カウシュはビーゼルに言った。
「ホントかっ⁉よぅし…!」
ビーゼルは気合を入れ、一番手前にあるハンバーグにフォークを突き刺し、一個丸々それにかぶりついた。
ハンバーグ一個を流し込むように食べると、次にエビフライ、唐揚げ、ナポリタンと、どんどん口に詰め込んで言った。
「…すっげぇ…」
「…次から次へと、よく入るな……」
「………っ」
オズとエンジーは、目の前で爆食いするビーゼルを、あっけにとられて見ていた。
マクーストは、開いた口が塞がらないほど驚いた様子で、皿の上の料理が無くなっていくのを眺めた。
「やっぱり、僕の見込んだビーゼルだ!この分だと、本当に完食しそうだ!」
「あんたも作り甲斐があったんじゃない?」
満足気なカウシュを見て、ノスティモは嬉しそうに言った。
「もちろんだ!」
カウシュは大きく頷いた。
周りの白月と黒陽の生徒も、みんな驚いた様子でそのテーブルに注目していた。
「………」
先ほどまで周りの視線を気にしていたエンジーが気になり、オズはチラッと彼に目を向けた。
だが、エンジーは、それを気にかけることなく、まるで珍しいものを見るように、料理をどんどん口に入れていくビーゼルに釘付けになっていた。
オズは、それに微笑すると、ビーゼルに視線を戻した。
「…凄いな…、ビーゼルさん……」
ふとマクーストが呟き、オズは、今度はマクーストに顔を向けた。
「な?見ててスカッとするだろ?」
オズに話しかけられ、マクーストはそちらに顔を向けて頷いた。
「うん!」
マクーストは笑顔になって、またビーゼルの方に顔を向けた。
オズが満足気になった時だった。
途端にビーゼルの手の動きが止まった。
「………?」
目の前で見ていた三人と、カウシュ、ノスティモは、疑問に思ってビーゼルを見た。
「…お、おい、ビーゼル?どうした?」
口に食べ物を詰め込んで、まるでハムスターのように頬を膨らませたビーゼルに、オズが心配して聞いた。
「………」
ビーゼルは、微動だにせず固まっている。
「も、もしかして、僕の料理、まずかった?」
カウシュは慌ててビーゼルに聞いた。
ビーゼルは頬を膨らませたまま、首を横に振った。
「……おい、まさか、もう食えないとか言うんじゃねーだろーな?」
オズは、冷や汗をかいて、ジロッとビーゼルを睨んだ。
ビーゼルは人差し指の先をオズに向け、「うんうん」と頷いた。
その場の全員は、驚きと呆れの表情をビーゼルに向けた。
オズはとっさにテーブルに両手を付き、勢いよく立ち上がった。
「てめぇっ!あれだけ自信ある素振り見せといて、そりゃねーだろっ⁉」
オズに言われたビーゼルは、ムッとして、皿に残ったエビフライを手で鷲掴んだ。
するとそれを、あろうことか、オズの口に突っ込んだ。
「っ⁉は、はひふんはよっ⁉」」
エビフライを口に突っ込まれたオズは、苦しそうにビーゼルに訴えた。
ニヤッと笑ったビーゼルは、次に左右の手で唐揚げを持ち、一つはマクーストの口に、もう一つはエンジーの口にそれぞれ突っ込んだ。
「っ⁉」
いきなりのことに驚いた二人は、苦しそうに、とっさに手で口を塞いだ。
「何するんだ!」と怒った顔で、エンジーはビーゼルを見た。
ビーゼルは、口に含んだ料理を一気飲みすると、「はぁっ」と、ひと呼吸おいてから話し出した。
「な?うまいだろ?あんまりうめぇから、ついがっついちまったぜ!もっとペースを考えるんだったな!」
ビーゼルは「ガハハ」と笑いながら、お腹を叩いて、「腹いっぱい」という素振りを見せた。
ビーゼルの言葉に、三人は、改めて味わおうと、口に入れられた料理をモグモグと嚙みしめた。
「……ほんとだ…。凄くうまい…」
エンジーが呟いた。
「本当に美味しいです。このから揚げ」
エンジーの言葉にマクーストも頷いた。
「カウシュさん、エビフライもうまいよ!」
オズは、カウシュを見て言った。
「え…っ、ほ、ほんとう…⁉」
みんなに褒められ、驚いたカウシュは目を見開いた。
「あーあ…。惜しいことしたぜ!もっとペース落として完食してたら、カウシュに好きなもん作ってもらえたのによー」
ビーゼルは、残念そうに、カラになった皿を見て言った。
「そんなの、全然かまわないよっ!きみが食べてくれるなら、僕、何でも作るからさ!」
カウシュは、ビーゼルの手を取って興奮気味に言った。
「マジかっ⁉いいのかよ‼」
ビーゼルは驚いて、カウシュの方へ振り返った。
「もちろんっ!きみのおかげで、僕の料理をみんなに食べてもらえたんだから‼…やっぱり、提案してみて良かったよ!なんか自信が出て来た!」
カウシュは満面の笑みをみんなに向けた。
「まったく、調子に乗って…」
カウシュの後ろで、ノスティモは呆れながら呟いたが、どこか嬉しそうだった。
「…やっぱり、行動は起こさないとな」
オズは、隣にいるマクーストに言った。
笑って言うオスに、マクーストが笑顔で頷くのを、エンジーが黙って見ていた。
放課後。
「3ー1」の教室の前で、エンジーは立ち止まった。
今日のライアンの見送りは、自分からテンに申し出たことだった。
「………」
顔を上げると、エンジーは意を決したように、「ガラッ」と扉を開けた。
窓に顔を向けていたライアンは、迎えが来たことに気が付くと、そちらにゆっくり顔を向けた。
「っ⁉」
エンジーを見たライアンは、驚いて目を見開いた。
エンジーは、じっとライアンに目を向けて、扉の前に立っている。
「………」
「………っ」
いたたまれなくなったライアンは、エンジーから目を背けてうつむいた。
ライアンの気持ちを察したエンジーだったが、黙って彼の方に足を向けた。
エンジーが傍に来ると、ライアンはぎゅっと目をつむった。
「…君との接近禁止令が解けたんだ。今日は、僕が君を送るよ」
エンジーの言葉に、ライアンはハッとして目を開けた。
「…さ、行こう…」
エンジーはライアンに背中を向け、扉の方へと足を向けた。
「………」
ライアンは、エンジーの背中に目を向けると、ゆっくり立ち上がって、机の横にかけたカバンを手に取った。
最上階に来た二人は、部屋へと続く長い廊下を歩いた。
黙って前を歩くエンジーの様子をうかがいながら、ライアンも後を黙って歩いた。
「………」
エンジーは何かを考えながら、深刻な面持ちで歩いていると、いつの間にかライアンの部屋の傍まで来ていることに気が付き、ハッと顔を上げた。
二人は扉の前まで来ると、立ち止まった。
エンジーは後ろを振り返って、ライアンに目を向けた。
ライアンは罰が悪そうに目を反らせてうつむいた。
「…ありがとう……」
うつむくライアンが礼を述べ、部屋へと入ろうとした時だった。
「ライアン!」
エンジーがライアンを呼び止めた。
ライアンは、取っ手に触れようとした手をビクッとさせた。
「…少し話がしたいんだ…」
エンジーはライアンに歩み寄って言った。
「………」
ライアンはチラッと部屋の扉に目を向けた。
「…僕の部屋でもいいんだけど」
あのことがあった場所では気が引けるだろうと、エンジーは気を利かせて言った。
「………」
ライアンは少し考えると、首を横に振り、取っ手に手をかけて重たい扉を開けた。
「……僕も、君に話したいことがある……。どうぞ。…入って……」
ライアンは扉を開けたまま、エンジーを中へ誘導した。
エンジーは黙ったまま中へと足を踏み入れた。
現場であるソファの辺りは、綺麗に片付いている。
「……座ってて。何か入れてくるから」
ライアンがそう言うと、エンジーは慌てて返した。
「いや、気を使わなくていい!」
ライアンはエンジーの方へ振り向くと、ゆっくり首を横に振って返し、そのまま奥へと入って行った。
「………」
エンジーはため息をつき、一番近くのソファへと腰掛けた。
この場所は、以前ライアンが倒れていた場所であり、その光景を頭に過らせたエンジーは、ぐっと目を細めた。
エンジーはお茶を入れる音のする方へ目を向けた。
呪いのことがバレたライアンは、以前のように気さくに接することはなかった。
まず何から切り出したらいいものか…。エンジーは足に肘を乗せ、指を組んで考えた。
「…お待たせ」
そうしていると、ライアンが二つのカップをお盆に乗せてやってきた。
エンジーは指をほどき、身体を起こした。
「どうぞ」
ライアンは、テーブルにお茶の入ったカップを置き、エンジーの方に差し出した。
「ありがとう…」
軽く会釈をし、エンジーは礼を言った。
それにライアンは頷くと、向かいのソファに腰を落とし、お盆から自分のカップを取った。
「………」
「………」
お互い気を使っているのか、少しの間沈黙となった。
「……僕に…、話したいことがあるって?」
先に口を開いたのはエンジーだった。
ライアンは視線を上げ、エンジーを見ると頷いた。
「…驚いた…よね?…僕の呪いのこと……」
ライアンの質問に、エンジーは素直に頷いた。
「君が話したいことって…そのことでしょ?」
ライアンは視線を下げて聞いた。エンジーは頷いた。
「………」
ライアンはうつむいて黙ってしまった。
「正直驚いた。…君は、全くそんな素振り見せなかったから…」
黙ってうつむくライアンに、エンジーは視線を反らせて言った。
「驚いたし……すごくショックだった…」
その言葉に、ライアンは顔を上げた。
「僕……、僕は、君にとって、そんなちっぽけな存在だったんだなって……」
「……っ⁉」
ライアンは眉を顰めてエンジーを見た。
「話してくれていたら、テンやファウスのように君の力になれたのに…。原因を追究することに、もっと早く力になれたのに…。……君にとって僕は、あの二人よりも信頼出来ない…、頼りなくてちっぽけな存在だったんだな…」
手にぎゅっと力を入れて言うエンジーに、ライアンは困惑した顔を見せた。
「…エ…、エンジー…⁉」
「どうして話してくれなかったんだっ‼僕…、君にとってそんなに迷惑な存在かっ⁉あんなに心を開いて話してくれていたのは、全部嘘だったのかっ⁉」
「…っ違う…っっ‼」
しびれを切らしたライアンが声を荒げ、エンジーはとっさに話すのをやめた。
気が付くと、ライアンはハァハァと、肩で息をしている。
「………っ」
エンジーが心配して声をかけようとした時だった。
「…僕が君を信頼してないなんて…、ちっぽけな存在だなんて……思ってるわけないじゃないか……っ!」
「……え…?」
エンジーが聞くと、ライアンは顔を上げた。
「っ⁉」
エンジーは驚いて目を見開いた。
ライアンは目に涙を溜め、今まで見たこともない悲痛な表情で、エンジーに目を向けている。
「…君を信頼しているから……。僕にとってはかけがえのない存在だから…っ!だからこそ、本当の事を言えなかったんじゃないかっ‼」
「………っ⁉」
ライアンの目からは一筋の涙がこぼれ落ちている。
「こんな呪いのこと…、君に知れたら、築いた信頼関係が一瞬で崩れてしまうって思って………。…それに…なによりも………っ」
ライアンは自分の膝にポタポタと涙を落とした。
「……呪いの事を君に知られた時のことを考えたら……っ、不安で…っ…恥ずかしくて…惨めで……っ……君に軽蔑されるのが怖かったんだよ…っっ‼」
ライアンは大声を上げると、その場に項垂れて泣き出した。
エンジーはライアンが乱れ狂う姿を目の前にして、驚きと困惑の表情でとっさに立ち上がった。
「…ラ、ライアン……」
顔を両手に当て、泣きじゃくるライアンに、エンジーは静かに歩み寄り、その場に立膝をついた。
「…君の秘密を知って、僕が軽蔑するはずないじゃないか…。一番辛いのはライアンなのに……」
そう言うと、エンジーはライアンの肩にそっと手を置いた。
「……っ!…ごめん…っ!……ごめんね……っ。……ごめん……」
身体を震わせ謝り続けるライアンに、エンジーは彼の片手を取り、両手でぎゅっと力強く握りしめた。
「…やめろ…っ!……謝るのは僕の方だ。君の気持ちも考えないで、出しゃばったことをした…。……本当に……本当にごめん……っ」
何度誤ったって、ライアンを傷つけた事には変わりはない。
ライアンの手を握った両手を自分のおでこに付け、エンジーは心の底から彼に詫びた。
ライアンはもう片方の手で両目の涙を拭い、首を横に振って返した。
「……ごめんなさい……っ」
縛り出したように発するライアンの声に、エンジーは立ち上がって、力強く彼を抱きしめた。
「…大丈夫だ…。きっと…っ、きっと呪いの力から、君を解放してみせるから……っ!」
「………っ」
エンジーの背中に手を回し、心の重荷が軽くなったライアンは声を上げて泣いた。
次回へつづく
第五話、予想以上に長くなってしまいました。
誤字脱字のある長い文章を、いつも最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。
第六話「偽りの正義」もどうぞよろしくお願いいたします。




