EP3. 【黒陽と白月 戦いの始まり】
朝食を食べに、食堂「コメドール」にやって来たオズは、あまりの人の多さに仰天した。
(毎朝こんなに人が多いのか…?参ったな…)
オズは、とりあえず席を確保しようと、テーブルの方へ目を向けた。
「あ!」
すると、オズは何かに気が付き、そちらへ移動した。
「よぅ、ビーゼル!お前にしては早いな」
数種類のパンをほおばっていたビーゼルは、オズに気が付くと、口にパンを突っ込んだまま返した。
「ほぅ!おふ!おはえほははいは!」
オズは呆れて、ビーゼルの口からパンを引っこ抜いた。
「しゃべるか食べるかどっちかにしろ!」
ビーゼルは、瓶に入った牛乳を一気飲みすると、一息ついてオズに話しかけた。
「少し時間が遅いだけで、あっという間にこの人混みだろ?だから、早く来るようにしてんだ」
ビーゼルは、食事を続けながら言った。
オズは「なるほどな」と相槌を打って返すと、辺りを見渡した。
食堂には、オズと同じ白いジャケットを着た白月の生徒もいれば、黒いジャケットを着ている黒陽の生徒もいる。
人数は大体半々…、いや、白月の生徒の方が若干多いだろうか。
最初ここへ来た印象の通り、お互いの生徒は会話をすることもなく、白月の生徒同士、黒陽の生徒同士で席は分かれていた。
ビーゼルの座っているテーブルも、白月の生徒で埋まっていた。
オズは、ビーゼルにコソッと言った。
「なぁ、なんか変だよな、ここの奴ら。派閥があるにしても、なにも露骨に避けることねーのにな」
「…ああ。俺もそれ思ったぜ。ここに来た時、黒陽のヤツに話しかけたら、俺の顔見るなり、驚いて逃げやがったんだ。全く、失礼な話だぜ。おまけに、白月の生徒同士じゃねーと、席に座れねーんだぜ?」
ビーゼルは、顔をムスッとさせて、またパンをほおばった。
オズはため息をつくと、周りの生徒たちが自分の方をチラチラ見ていることに気が付いた。
(………?なんだよ……田舎もんがそんなに珍しーってのか…?)
オズはそれに嫌悪感を抱いた。
「お!おはよう!オズ!」
テーブルを片付けに来たカウシュが、立っているオズに挨拶をした。
オズはそちらに顔を向けた。
「あっ、お、おはよう。カウシュさん」
「注文聞くよ。何にする?」
カウシュは、テーブルを拭くと、空いた席をオズに勧めた。
「すみません。…アイツと同じので」
オズは、席に座ると、通路を挟んだ向こうの席のビーゼルを指さして言った。
「OK!Aセットだね。持って来るから、ちょっと待ってて。…パンは、こちらで選んでもいい?」
「あ、いえっ!オレ、取りに行きますっ!」
他の生徒もいる手前、何もかもしてもらう訳にはいかないと思ったオズは、慌てて椅子から立とうとした。
「いいよ。今日だけ特別サービス‼…けど、友達同士で席が離れてしまってごめんね。…白月と黒陽の派閥を感じさせないように、ここは共有スペースにしてあるのに、どうもみんな気にしているらしくて…。ちょっと窮屈な思いをするかもしれない」
カウシュは、ちらほらと空きが目立つ黒陽の生徒がいるテーブルに目を向けた。
「………」
オズも、チラッとそちらに目を向けた。
すると、窓際に飾られている剣と、その両脇に立てられた長さの異なる杖に気が付いた。
剣は鞘に納められ、逆さを向いている。
「…あれは?」
オズはカウシュに聞いた。
カウシュはオズの顔を見ると、彼女が向ける視線の先に、自分も目を向けた。
「ああ。白月のシンボルのムーンソードと黒陽のシンボルのサンワンドだよ。元々は校長室に飾られていたんだけど、食堂を共有のスペースにするってことで、ここに移動させたそうだ」
「……へぇ…」
オズは、じっとそれを見つめた。
オズを見ていたビーゼルも、気になってそちらに顔を向けた。
すると、空いている席を探している白月の生徒が目に入り、ビーゼルは椅子から立ち上がった。
「…俺、食い終わったから先に行ってるぜ」
オズはハッとして、ビーゼルを見上げた。
「あ、ああ…」
スタスタと歩いて行くビーゼルを、オズは黙って見ていた。
「…ごめんね、せわしなくて。この時間はどうしても混むんだ。もう少し早く来てくれたら、ボーイフレンドと一緒にモーニングが出来るけど、朝寝坊のオズには厳しいかな?」
カウシュは、どこか寂しそうにするオズを茶化しながら言った。
オズはかぁっと赤くなってカウシュに返した。
「ボっ、ボーイフレンドなんかじゃねーよっ!あんなのっ‼」
カウシュはオズの反応を面白がりながら、笑って厨房へと戻って行った。
「まったく…」
オズは、頬杖を付くと、また窓際に目をやった。
「……なんでソードは一つなのに、ワンドは二つあるんだ…?」
オブジェとしてはバランスが取れているのだが、白月のシンボルのソードは一つで、黒陽のシンボルのワンドが二つあることは不公平ではないのか。ここまで互いが対立しているのなら、誰かが意を唱えるものではないのか…。
オズは、違和感を抱きながら思っていた。
彼女にはもう一つ、不思議に感じていることがあった。
それは、二つあるワンドの長さだ。
同じデザインのワンドなのだが、向かって右側のものが、人の頭一個分短い。
オズは、疑問に思いながらも、そのまま黒陽の生徒達のテーブルに目を向けた。
「………」
誰かを探しているのか、オズは黒陽の生徒一人一人を目で追った。
(……アイツ…、この時間にはいないのか…)
「母さん、ほら、あの子だよ!クロスアルド家の血筋の子」
厨房に戻ったカウシュは、中で忙しそうにオムレツを焼いている母「ノスティモ」に言った。
「え?ちょっと待って…。…どれ…?」
焼けたオムレツを皿に移し、ノスティモはカウンター越しにオズの姿を探した。
「ほら、あそこ…」
カウシュは、指をさしてノスティモに教えた。
「ああ、あの子?へぇ、かわいい子じゃない。……あら、誰かを探してるのかしら?」
ノスティモの言葉に反応し、カウシュもそちらへ目を向けた。
「あれ?ビーゼルならさっき出て行ったのに」
「だれ?」
「オズのボーイフレンド」
「まぁ…」
ノスティモは、微笑してカウシュに目を向けた。
「あれ…、でも、黒陽の生徒達の方を見てるな」
カウシュは不思議に思って、キョロキョロするオズの方に目を戻した。
朝食を終えたオズは、教室へ向かう支度をするため、部屋へ向かおうとした。
階段を登ろうとした時、中庭から心地よい風が舞い込み、オズは何気なしにそちらへ足を向けた。
「まだ少し時間があるしな…」
オズは扉を出て、中庭へと足を踏み入れた。
朝は、ほとんどの生徒が食堂に行っていて、庭には人がいなかった。
まだゆっくりと校内を見ていなかったオズは、この機会に庭を一回りしようと、白月側の庭園をぐるっと周った。
花々は落ち着いた色で統一され、心地さを抱いたオズは、すぐそこにあったアルミ製の白い椅子に腰を下ろした。
辺りは2メートルほどある草の壁で外を遮っており、別の空間にいるように感じられた。
「ここいいな。…この学園にも、こんな落ち着く場所があったなんて…」
オズは辺りを見渡した。
庭園にはテーブルと椅子が備え付けられ、オズは一番隅の椅子に座っていた。
「…白月の生徒はセンスがいいみたいだ。向こうの庭なんて、目が痛くなるような色の花しか咲いてなかったからな」
オズはクスクス笑いながらそう言うと、立ち上がって、黒陽の庭園へと足を向けた。
両方の庭園のちょうど真ん中に位置する通りに出ると、オズは様子を伺いながら、黒陽の庭園を覗いた。
やはりのこちらの庭園も誰もいないようだ。
オズは辺りを見ながら、黒陽の庭園に足を踏み入れた。
「うぇ~。やっぱり、どギツイ色が多いな、こっちは…」
オズは、指でオレンジ色の花を触りながら、黒いテーブルと椅子が並べられた、ひらけた場所へとたどり着いた。
「っ⁉」
誰もいないと油断していたオズは、慌てて草の壁に隠れた。
(び、びっくりした…。人がいたのか。…気付かれてないよな…?)
オズは、ゆっくりと顔を覗かせ、隅っこの椅子に座っている黒陽の生徒の様子を伺った。
「…っ⁉」
オズはその生徒を見ると、驚いた顔をした。
(アイツ、オルマンダ家の…。確か、エンジーっていったっけ…。こんなとこにいやがった)
オズは顔を覗かせたまま、椅子に座って本を読んでいるエンジーをじっと見つめた。
オズは、かがめていた身体を起こすと、キッと顔を引き締め、そのままスタスタとエンジーの方へ向かった。
エンジーは一番奥の席に座り、足を組んで本を読んでいる。
「お前、食堂にいないと思ったら、毎朝こんなとこにいんの?」
声をかけられたエンジーは、ハッとして顔を上げた。
オズは傍まで来ると、テーブルの前で立ち止まった。
「っ⁉」
思いがけない相手が現れたことに、エンジーは一瞬驚いたが、すぐに本に目を戻した。
「…ここは黒陽の庭園だ。キミが来るところじゃない」
そっけないエンジーの言動にムッとしたオズは、向かいの椅子を力強く引き、ドスッと腰を下ろした。
「っ⁉」
オズの行動にエンジーは驚いて、慌てて辺りを警戒した。
「誰もいねーよ!だからオレが入れたんじゃねーか」
相変わらずの口の悪さに、眉を顰めて少々呆れたが、オズの目的を知ろうと、エンジーは彼女に話しかけた。
「何か用?」
「…なぁ、それ何?」
質問には答えず、オズは、テーブルに置かれたカップをじっと見つめ、指をさして聞いた。
聞かれたエンジーは、それに目を向けた。
「へ…?ああ、これ?ラテだけど…」
「ラテ?」
オズは眉を顰めた。
「カフェラテ。知らないか?」
「カフェオレとどう違うんだ?」
「………は?」
唐突な質問に、エンジーは目を丸くしてオズを見た。
オズはじっとエンジーを見ている。
「…え……。ラテはエスプレッソをミルクで割ってるんじゃなかったか…?カフェオレより苦みがあるはず…」
エンジーは、自分の知識の範囲で、少し自信が無さそうに答えた。
その様子に、オズは「フンッ」と腕を組んで、背もたれに背中を付けた。
「洒落こんでこんなとこでコーヒー飲んでるわりに、案外とテキトーな知識なんだな!」
「ラテを知らない君に言われたくないかな!」
挑発されたエンジーは、とっさに持っていた本をテーブルに叩きつけ、オズに食って掛かった。
「別にオレ知らなくてもいーし。カフェオレ派だしー」
オズは、あしらうように鼻で笑いながらエンジーに言った。
一瞬ムッとしたエンジーだったが、負けじと悪戯に笑って言い返した。
「カフェオレみたいに甘ったるい思考だな。君によく合ってると思うよ」
それを聞いて、頭に血を登らせたオズは、テーブルに両手をついて、勢いよく立ち上がった。
「てめえっ!喧嘩売ってんのかっ!」
「君から売って来たんだろっ!だいたい何の用でここに来たんだ⁉」
オズの勢いに、エンジーもすかさず立ち上がって返した。
オズはハッとして言葉を詰まらせた。
「………」
オズは黙ったまま、ストンッと椅子に腰を落とした。
その様子を見ていたエンジーも、ため息をついて椅子に座り直した。
「…昨日、途中だったろ?」
オズは視線を落とすと、少し話し辛そうに口を開いた。
「え?」
エンジーは聞き返した。
「チャペルのあのステンドグラスの人のことだ。…なんてったっけ…?…ワン…ダ……?」
「ワンダーソン祭司」
エンジーが正すと、オズは頷いて続けた。
「ここの創立者って聞いたけど、実際のところ、どういう人だったんだ?」
マクーストのこともあり、オズは、この学園に来てから、どうもあのステンドグラスが気になっているようだった。
「校長から聞いてないのか?」
「何も。学園のことについて書いてある冊子ならもらった。けど、まだ読んでねぇ」
「………」
オズの言葉に、エンジーは眉間に皺を寄せ、視線を反らせたが、気を取り直して話し出した。
「四百年ほど前、ここは山奥の小さな村だった。そこには教会があって、一人の祭司がそこにいた。それがワンダーソン祭司だ。生まれも育ちも明らかにはなっていないが、ワンダーソン祭司は、この村の人達の不安や迷いなどの悩みを聞き入れ、言わば人々の心の支えになっていた。村が山の中にあることで、災害にも多数見舞われたみたいだが、祭司の神への祈りから、荒れ狂う気象を何度も静めたとも言われている」
「へぇ…。童話みたいな話だな。そんなに凄い人だったのか」
聞いていたオズは、口を挟んだ。
「…昔の話だから、多少は盛ってるんだろうな。…けど、偉大な人物だったってことは確かみたいだ。村を救うほどの力の持ち主だったみたいだし」
「荒れた気象を静めたっていうの、本当なのか⁉」
オズは驚いて聞いた。
「いや、そのことじゃなくて…。実際その小さな村は発展して、今では名の知れた街として残っているし、この学園が名門校として有名になっているのがその証拠だ」
エンジーの話を聞いて、少し考えたオズは、首を傾げた。
「……けど、それは、その祭司だけの力じゃないだろ?村の人たちだって、ここを残したい思いだったからじゃないのか?」
「もちろんそうだ。祭司一人だけではそんなことは出来ない。…けど、どんなことをやり遂げるにも、まずはみんなの気持ちを奮い立たせて、引っ張っていく存在が必要なんだ」
「それが、ワンダーソン祭司だったってことか」
エンジーは頷いて続けた。
「みんなからの人望も厚かった祭司だったからこそ、村の人の心を一つに出来た。……村の繁栄は、みんなが望むことだった。だから祭司は、次世代を担う村の子供たちに、自分の思想を継いでもらうよう、村の人たちの願いを継いでもらうよう託したんだ」
話を聞いていたオズは、ピンッときた。
「あ、わかった!その子供たちのために造ったのが、この学園なんだな⁉」
エンジーは微笑して頷いた。
「へー…。なるほどな。いい祭司だったんだ…」
関心を持ったオズが言うと、エンジーは穏やかな表情で椅子に背をつけた。
オズは、覗き込むようにエンジーを見ながら聞いた。
「…けど、お前よくそんな詳しく知ってんな。オレなんて名前すらろくに覚えらんねーのに」
「………」
エンジーは、視線を落として黙った。
「…?…どした?」
オズに声をかけられたエンジーは、ハッとして我に返った。
「っ⁉あ、いや…。……そういえば君、ここへ来てから、この校舎の中を結構ウロウロしてるみたいだけど…。今朝も食堂に行ったみたいだし」
「え?ああ。ここの事よく知らねーから、一応一通りは見ておこうと思って」
「……平気なのか?」
「え?」
エンジーの質問の意味がよく分からず、オズは疑問に思った顔で聞き返した。
「周りの生徒…。何も言ってこないか?…君は、一応クロスアルド家の者なんだから」
「一応ってなんだよ!一応って!……あー…けど、そういえば、なんか周りの奴らがジロジロ見てたな…」
自分の存在が周りの者にとっては特別なことに、オズは特に意識していない様子だった。
オズの様子に、エンジーは少々呆れた顔を見せたが、そんな彼女が少し羨ましく感じられた。
オズは何かに気が付き、ハッとしてエンジーに目をやった。
「あっ!だからお前、いっつもこんなとこにいんの?結構人目を気にするタイプなんだな!ハハハハハ!」
オズに馬鹿にされたように笑われたエンジーは、ムッとして呟いた。
「…君だって…今に分かるよ…」
「…へ?」
オズが聞き返すと、エンジーは首を横に振って言った。
「聞きたいのはそれだけか?なら、もう行くよ。君といるところを誰かに見られると面倒だ」
エンジーは椅子から立ち上がって、その場を去ろうとした。
「あ!ま、待て!もう一個ある!」
オズはとっさに立ち上がって、エンジーを引き留めた。
「…なに?」
「守護者はみんな役割があるだろ?ほら、オレ達の役目はペイジだったよな?」
オズの言葉に、エンジーは眉をピクッと反応させた。
「昨日のティオラの言い方だと、ペイジを見下した感じだったが、ペイジより、エースの方が偉いのか?そもそも、ペイジって何なんだ?何すればいいんだ?」
オズの言葉を、エンジーはイラ立ちながら聞いていた。
「そんなこと、そっちのエースに聞けばいいだろ!秀才で頼りになりそうじゃないか!」
昨日ティオラに言われたことをまだ根に持っているのか、エンジーはそっぽを向いて立ち去ろうとした。
「ま、待てよ!何そんなに怒ってんだ?そっちの黒陽の方にだって、エースや他の仲間がいるんだろ?一体どんな奴らなんだ?」
黒陽の守護者とは対面はしたものの、まだろくに話したことがなく、オズは相手側の情報を得ようと、エンジーに聞いた。
「……仲間…?」
エンジーは足を止め、オズの方へ振り返った。
エンジーの目が鋭く光っていることに気が付いたオズは、目を背けることが出来ず、黙って彼を見つめた。
「…今日は授業が終わってから披露式がある。その時に分かることだ」
「…披露式?」
「黒陽と白月のそれぞれ全校生徒への王のお披露目と、互いの守護者同士の顔合わせをするんだ」
「………」
オズは視線を落とした。
「…じゃあ、またその時に…」
黙っているオズに、エンジーは背中を向けた。
オズはハッと顔を上げた。
「な、なぁ…っ!」
何度も呼び止められ、エンジーはため息をついて振り返った。
「まだ何かあるのか?」
「…そっちの王に…、ライアンに、何か変わった様子はないか?」
オズは、獣に取りつかれたマクーストと同様に、黒陽の王であるライアンにも、獣が取りついているのではないかと、エンジーに探りを入れた。
「……?…変わった様子?どういう意味だ?」
エンジーは疑問に思ってオズの方に身体を向けた。
「……その、急に気を失うとか…、人が変わったようになるとか…」
オズは、マクーストの変容した様子を思い出しながら言った。
「君たちの王のようになるってことか?」
核心を突かれ、オズはしぶしぶ頷いた。
「ライアンに限ってそれはあり得ない。彼は冷静沈着だ。性格ならよく分かっている。…そっちみたいに、王に選ばれて気が動転している生徒とは、訳が違うんだよ。悪霊に取りつかれたのだって、隙がある彼の運の無さが原因なんじゃないのか?」
マクーストを馬鹿にすることに、オズは怒りを覚え、エンジーに怒鳴った。
「てめぇっ!マクーストを悪く言うなっ‼何も知らねーくせに、いい気になって威張りやがって‼」
「何も知らないのはそっちだろ!無知なままクロスアルド家の人間としてここに入り込むなんて、無鉄砲もいいとこだ!」
「オレの勝手だろ!お前ら黒陽守護者はせいぜい王の周りで戯れてろよ!オレ達はそんなことしてる暇はねーんだ!お前らなんか相手にしてられねーんだよ!」
「こっちだってお前ら白月なんて、はなから相手にしてないさ!…ただ、せいぜい連敗だけはしないように心掛けることだな」
皮肉を述べたエンジーは、フイっと身体を返してその場を去って行った。
かぁ~っと頭に血を登らせたオズは、悔しさのあまり地団太を踏んだ。
「なんっだあの態度‼あーームカつくーーっっ‼」
予鈴が校舎に鳴り響いたが、未だ苛立ちを抑えられないオズは、その様子を露骨に表に出しながら、廊下を歩いて自分の教室へと向かっていた。
「あ!おはよう、オズさん!」
後ろから声をかけられ、オズは怒った顔のまま振り返り、そちらをキッと睨んだ。
声をかけ、走って来たのはマクーストだったのだが、オズの顔を見ると、ビクッとして立ち止まった。
「っ⁉…あ…、ご、ごめん…、急に声かけたりして…」
マクーストは怯えたままシュンとして、オズの前から去ろうとした。
「あっ!い、いや…、すまない。ちょっと虫の居所が悪くて…。マクースト、どうだ調子は?あれから気を失ったりしてないか?」
オズは慌ててマクーストに返すと、心配そうに彼に聞いた。
オズの優しさに触れたマクーストは、ぱぁっと顔を明るくさせて返した。
「うん、今のところ、特に異変はないよ。どうもありがとう」
そう言って健気に笑顔を向けるマクーストに、オズも笑顔を返したが、内心では彼のことを哀れに思っていた。
マクーストとはまだ知り合って間もないが、彼に対する印象は、内気で引っ込み思案なところはあるが、純粋で真面目な少年だった。
呪いを受ける程の、悪事をしたり人の恨みを買うような人物には、到底見えない。
「………」
オズは、マクーストから視線を反らした。
オズの気持ちを察したのか、マクーストは気を遣うように声をかけた。
「…今日は午後から披露式があるね。全校生徒の前で、僕が白月の王だって紹介されると思うと、すごく緊張するよ」
視線を上げたオズは、少し不安そうに言うマクーストに目をやった。
「マクーストが白月の王に選ばれたことに、反対する奴なんていないだろう。オレ、お前みたいないい奴、他に見た事ねーもん」
マクーストの肩に「ポンッ」と手を置いて言うと、オズは笑顔を彼に向けた。
「早く行こうぜ!授業が始まる」
「………」
マクーストは、ぼーっとオズを見つめると、ハッと我に返って、彼女の隣に並んで歩いた。
「……黒陽の守護者とも顔を合わせるんだよね。…なんだか少し怖いなぁ…」
マクーストの発言に、オズは眉をぴくッと動かした。
今のオズには、「黒陽」と聞くと、宿敵「エンジー」のことしか浮かんでこなかったからだ。
「どこがだよ!黒陽なんて、えらそーに威圧感出してるだけで、元はオレらとかわらない、この学園の生徒じゃねーか!あんな奴のことなんか怖がんなっ‼」
オズの変貌ぶりに、驚きを隠せないマクーストは、たじろいで頷いた。
「…そ、そうだね…。彼らも僕らと同じだ……」
(…い、今のオズさんの方が怖いや……)
マクーストは、胸に手を当てながら冷や汗をかいて思っていた。
授業の終わりを告げる鐘の音が、両校舎に鳴り響いた。
やっと終わったというように、オズは両手を上にあげて背伸びをすると、斜め前に座っているマクーストに視線を向けた。
席に座ったままのマクーストは、視線を落としてうつむいている。
「………」
これから披露式を行うため、緊張しているのかと思い、オズは席を立って彼に歩み寄ろうとした。
オズが様子をうかがいながら近づくと、マクーストは、胸の勲章にじっと目を向けていることに気が付いた。
「…マクースト、そろそろ行かねーと」
少し躊躇いながら、オズは声をかけた。ハッと顔を上げると、マクーストは慌てて立ち上がった。
「あっ!う、うん」
「あなたたち!まだ教室にいたの?」
教室の前の扉から、オズたちに向かってかける声に気が付き、二人はハッとそちらに目を向けた。
そこには、ティオラとデビーゼルが立っていた。
「早くしないと式に遅れるわよ!遅刻なんてしたら、出だし早々黒陽の前で恥をかいちゃうじゃない!」
ティオラは教室に入るなり、ツカツカと二人の方まで歩み寄りながら言った。後ろからはビーゼルが、まるで彼女が従える子分のようについて来ていた。
「マクースト!あなたは白月の王なのよ!そんなにオドオドした様子で祭壇に上がらないでよね!黒陽の生徒おろか、白月のみんなにも笑われちゃうわ!」
ティオラは来た早々、緊張した面持ちのマクーストをジロッと睨んで喝を入れた。
尚更に慄くマクーストを見かねたオズは、ティオラに言い返した。
「お前さ、そんな言い方しか出来ねーのか?そんな事言ったら、マクーストがもっと力んじまうじゃねーか」
「なによ!あなたペイジのくせに、エースのこの私に意見する気なの?」
ティオラは、今度はオズの方にジロッと目を向けた。
オズは、ティオラの態度に苛立ち、彼女に言い返した。
「なんだよ偉そーに!エースがそんなに偉いのか⁉お前だって、ただ首席ってだけで、所詮ここの生徒の一人にすぎねーじゃねーか!」
「あなたたちなんかと一緒にしないで欲しいわ!エースはね、全てにおいて一番優れている者が選ばれるのよ!守護者のトップ。リーダーなんだから!初心者のペイジや力だけのナイトなんかとは格が違うのよ!」
ティオラは長い髪の毛を右手で翻し、鼻高々に言った。
けなされながらも呆然と見ているビーゼルの横で、オズは怒りに震えて拳を握った。
そんなオズに、ティオラはとどめをさすように、ジロッと目を向けて言った。
「クロスアルド家も災難ね、あなたみたいな野蛮な人が血筋にいるなんて。でも、自業自得かしら。ペイジに選ばれただけ、有難いと思った方がいいかもね」
プチンッと何かが切れたオズは、そのままティオラに掴みかかろうとした。
だが、とっさにビーゼルの巨漢に阻まれ、両腕を掴まれた。
「この野郎っ!離せよっ!」
オズは必死にビーゼルに訴えた。
「やめとけオズ。相手は女だ。お前、頭に血が上ると、ほんと、何しでかすか分かんねーな。今までろくな事なかったのに、まだ懲りねーのか?」
「うるせーっ!コイツっ、一回痛い目見ねーと分かんねーんだよっ‼」
掴まれながら怒鳴るオズを、後ろに下がったティオラは、醜いものを見るような目で眺めていた。
「野蛮ねぇ…。私、こんな子と一緒に守護者の任務を全うする自信、無くなってきたわ…」
「こっちのセリフだっ!このヤロウっ‼」
はぁっとため息をついて言うティオラに、オズは尚更怒りを覚えて彼女に食い掛った。
ビーゼルは慣れたように「どうどう」と、オズの腕を掴みながら宥めている。
三人の様子をオロオロしながら見ていたマクーストは、オズの変容っぷりに、少し戸惑いを見せていた。
「ティオラさんよぉ、もうその辺にしてやってくれよ。コイツ、挑発されると気が収まらなくなんだよ」
ビーゼルは、場を何とか収めようと、ティオラに言った。ティオラはフンッと顔をそっぽ向けたが、それ以上オズを責めるようなことはしなかった。
興奮が収まらず、ずっとティオラを睨んでいるオズを見ると、ビーゼルは「はぁっ」とため息をついて、話題を変えるために彼女に声をかけた。
「そういえばオズ、お前、マクーストと同じクラスになったんだな。良かったじゃないか」
オズとマクーストはハッとして、ビーゼルに「?」という顔を向けた。
「ティオラに聞いたんだけどよ、ペイジの役目って、王の心の拠り所になることらしいぜ。同じクラスなら、いつも近くに居られるし、マクーストの支えになれるだろ?」
ビーゼルの話を聞き、オズとマクーストは目を合わせた。
マクーストは、かぁっと赤くなって下を向いた
「そうか…。なるほどな!オレはマクーストの傍で、コイツの理解者になればいいってことだな!」
落ち着きを取り戻したオズは、ビーゼルの手から離れ、マクーストの傍に歩み寄った。
自分の役目を理解したオズは、自信に満ちた表情で、マクーストに言った。
「よろしくな、マクースト!オレ、ペイジとしての役割を全うできるように、頑張るぜ!」
オズの笑顔に、マクーストは尚更顔を赤くした。
「…あ、ありがとう…。…僕…、オズさんが傍にいてくれるだけで、凄く心強いよ…」
二人の妙な雰囲気を見ていたビーゼルとティオラは、ふと目を合わせると、気まずそうに頬を赤くして目を反らした。
そんな空気に耐えられなくなったビーゼルは、二人を茶化し出した。
「なぁんだよ。もうカップル誕生か?いいねぇ、これからの学園生活が楽しくなるってもんだねぇ、お二人さん」
ビーゼルは「ハハハ」と声を上げて笑った。
「そ、そんなことは…っ」
マクーストは顔を真っ赤にして、チラッと横のオズに目をやったが、オズはしれっとした顔で話を変えた。
「お前ら一緒に来たけど、そっちはそっちでクラス一緒なのか?」
ビーゼルはそっぽを向くティオラに目をやると、オズに目を戻した。
「いや。俺は三組で、こっちのティオラさんは二組だ。お前らを迎えに行く途中で会ったから、一緒に来ただけだ」
ビーゼルの言葉をオズは頷いて聞きながら、何かに気が付いた。
「あれ?そういえばネルは?何組なんだ?」
ネルがいないことに気が付き、迎えに行こうとするオズに、ティオラが振り返って言った。
「あの子は私たちより年下。二年生よ。教室は下の階だけど…、あの子のことだから、一人で体育館に向かったんじゃないかしら。…サボろうなんて考えを起こしてない限り…」
「………」
同じ守護者同士にも関わらず、全く信頼関係を築こうとしない連中の様子に、オズは嫌気がさしながら、ティオラを睨んだ。
披露式がとり行われる体育館には、すでにほぼ全ての生徒が集まっていて賑やかだった。
だが、仲良く話してはいるものの、相手は同じ制服の生徒達だけで、白月の生徒と黒陽の生徒が口を利いている様子は見られなかった。
前方の祭壇から見て右側は白月、左側が黒陽に分かれ、その境目は線が引かれたように、広い通路となっていた。
祭壇の脇に垂れ下がった重たいカーテンから、ネルはヒョコッと顔を出し、全校生徒の様子を眺めた。
一通り見た後、再びカーテンの裏に隠れると、「はぁ」っと深いため息をついた。
「…ヤダなぁ…、こんな表立ったとこに出るなんて…。私、キャラじゃないのに……」
「おー、やっぱり先に来てたんだな!」
奥の暗闇から声をかけられ、ネルはハッとして顔を上げた。
そこからは、ビーゼルを筆頭に、同じ白月の守護者たちがぞろぞろと現れた。
「なんでみんなして私より遅いの⁉」
四人を見て、ネルはホッとした顔をすると、すぐにムッと怒った表情に変えて、みんなを咎めた。
「少し遅くなったくらいで怒んなよ」
「そーだぜ。俺ら三年はいろいろ忙しーんだよな」
オズとビーゼルは、茶化すように笑いながらネルに言った。
「なにそれ!授業なんか頭からすり抜けてるよーな顔して」
ネルは、プゥっと膨れて言い返した。
「どういう意味だっ⁉」
言われたビーゼルは怒ってネルに突っかかった。
「もぅ、いい加減にしなさいよ!もうすぐ式が始まるのよ!そんな調子で舞台に立たれたら困るわ!」
ティオラは、いがみ合う二人の間に割って入り、互いを叱った。
きつい言い方が癇に障ったのか、案の定、二人は怪訝な顔でティオラを見ている。
ティオラはそんなことなどお構いなしに、ネルに目をやった。
「ネル。あなたよく逃げずに来たわね。私たちが迎えにでも行かないと来ないと思っていたけど」
フンッと上から目線な態度のティオラに言われ、ネルはカッと頭に血を登らせた。
「なっ…、なんなのっ⁉どういう意味っ⁉」
「そのまんまの意味だけど?」
「………」
二人の言い合う様子を黙って見ていたオズは、ティオラの様子が若干以前と違うことに気が付いた。
高飛車な態度は変わらないのだが、今日は彼女の発言に刺々しさが目立つ。
規律を正し、まるで隙を見せたくないようだ。
(……黒陽の守護者との対面で、一番緊張しているのはコイツなのか…)
オズはティオラの内心を察すると、後ろでうつむいているマクーストに気が付いた。
マクーストは不安そうな表情で、若干震えている。
オズは、慌ててマクーストの傍に駆け寄った。
「おい、大丈夫か?マクースト⁉気分でも悪いか⁉」
オズの言葉に、他の三人もそちらに顔を向けた。
「だ、大丈夫…。……けど…僕……」
マクーストは顔を上げて、オズに言うと、また下を向いた。
その場にいた三人も、マクーストの方に駆け寄って、彼を心配そうに見つめている。
「…けど…?」
オズはマクーストの顔を覗き込んで、言葉を催促した。
「……僕…、また…この間みたいになるんじゃないかって……怖くて……」
マクーストはぎゅっと目を閉じて訴えた。
「……⁉」
四人は、マクーストの言動から、彼の気持ちを察した。
「大丈夫だ、マクースト。オレたちがちゃんと傍にいるから、安心しろよ!」
オズはマクーストの肩に手を当て、安心させるように笑顔で彼を宥めた。
「……オズさん…」
マクーストは目を開け、ゆっくり顔を上げてオズを見た。
「そうだぜ!お前の心が負けない限り、呪いなんかに襲われることはないんだからな!」
ビーゼルも反対側の肩に手を置いて、マクーストに言った。
「呪いがどういったものなのか、良く分かんないけど…、この前みたいに異変を感じる前に、引き上げたらいいんでしょ?」
腕を組んで、様子を見ていたネルが言った。
「…あっちが呪いのことを知って、何もしかけて来なきゃいいんだけどね……」
ティオラはくるっと振り返って、反対側の舞台の脇に目を向けて言った。
他の四人も、ハッとしてそちらに目を向けた。
向こう側は薄暗く、何も見えなかった。
その光景は、相手のことが何も分からない五人の心境を表しているかのように、不安を思わせるような薄暗い闇に覆われていた。
「いいですね、ココルル。祭壇に上がる時は、私が手を引きますから、なにも心配いりません」
反対側のカーテンの奥では、黒陽の守護者たちが集まっていた。
テンは盲目のココルルの傍に寄り添い、彼女の不安を仰がないよう、段取りを伝えている。
「ありがとう、テンさん。けど、祭壇に上がるまでで大丈夫よ。少しは自分でやらないと」
ココルルは、にっこり笑って、テンの手を両手でぎゅっと握った。
「いけません!こんな大舞台で、ココルルにもしものことがあったらどうするんですか⁉それに、相手はココルルが盲目だと知らないんですよ!敵がどんな者なのかが分からない限り、油断は出来ません!」
テンが力強くココルルに言い聞かす様子を、すぐ近くで見ているファウスは、フッとほくそ笑んで、壁に背をもたれさせた。
「まるでクイーンのような扱いだなぁ…。ねぇ、ライアン?」
ファウスはチラッと目を向け、傍にいるライアンに話を振った。
「…えっ…⁉」
ライアンは、驚いたようにファウスの方へ振り返った。
「おっと、失礼。実の王に言うことではなかったね」
「しまった」という顔を露骨に出して、ファウスはわざとらしく謝った。
「………」
ライアンはファウスから視線を反らせた。
ライアンの隣にいるエンジーは、ファウスを睨みつけると、ライアンに目を戻した。
「アイツの言うことなんか気にするな、ライアン。それよりも、大丈夫か?さっきから、何も話さないけど…」
ライアンの元気が無い様子に気が付いていたエンジーは、心配して聞いた。
「……。大丈夫だよ。少し緊張してるだけ…」
ライアンは、エンジーに笑顔を見せて言った。
「……そう…」
ライアンでも緊張することがあるのかと、エンジーは新鮮さを感じて、彼をじっと見つめた。
「お前たち!この式は、黒陽の勝利を収めるための第一歩となるものだ。ここで黒陽が鉄壁の鎧を纏い、勝利に一心しているということを印象付けなければならない!くれぐれも白月に隙のある姿を見せてはならないぞ!」
テンは、エンジーとファウスの方をキッと睨み、力強く言い放った。
「………」
エンジーとファウスは、何も返すこともなく、ただじっと、気合の入ったテンを見ていた。
「さ、ココルル。もうすぐ始まります。こちらへ…」
テンは、くるっと身を返して、ココルルの手を引いた。
「……だとさ。ま、お互い奴の気に触れないようにだけ、気を付けないとね」
舞台の方に向かう二人を見た後、ファウスはエンジーに近づき、聞こえないように耳打ちした。
エンジーは、楽しそうにしているファウスを横目で見ると、ライアンの方に振り返り、彼を舞台の方へ誘導した。
ようやく、披露式が始まろうとしていた。
祭壇にはメンジャークリン校長が立っている。
生徒達は、皆シンッと静まり返った。
「えー、みんな、新学期を迎えて、益々成長した姿が見えますね。嬉しい限りです。私の挨拶は、始業式にしたところだから、あまり長くならない方がいいだろうね。…さて、本日は、皆さんお持ちかねの、王座のお披露目を行います。皆の命運を背負った彼らを、どうか、温かい拍手で迎えてあげてもらいたい」
校長は、皆が待ち遠しいであろう、今回の式の目的である王座のお披露目へと、早々に話を移した。
「…毎度のことながら、随分簡単に話をするねぇ…」
舞台袖で聞いていたファウスは、誰に言うでもなく、ボソッと呟いた。
「静かにしろ!聞こえるぞ」
テンは口の前に人差し指を立てて、ファウスに注意した。
「………」
エンジーは、祭壇から目を離すことなく、じっと校長の姿を見ている。
「いよいよね。マクースト、準備はいい?」
ティオラは自身の興奮も兼ねて、くるっとマクーストの方に身体を向けた。
「は、はいっ!」
マクーストはビクッと背筋を伸ばして、ティオラに返事をした。
「………っ」
他の三人も、徐々に緊張しはじめ、顔を強張らせていた。
「では、紹介しよう!今年の王座を担ってもらうのは、この二人の生徒だ!」
校長は両手を上げ、その指先をそれぞれの王が控える舞台袖に向けて合図を出した。
生徒達から見て、向かって右側からは黒陽の王ライアンが、そして左からは、緊張してガチガチになった腕と足を動かしている、白月の王マクーストが現れた。
「うわぁ…。ガッチガチじゃねーか……」
カーテンから顔を覗かせているオズと他三人は、マクーストを心配した様子で見守っていた。
「…フッ。あれが白月の王か…。普段は大したことなさそーな冴えないヤツみたいだねぇ」
反対側のカーテンから見ているファウスは、マクーストを見るなり、クスッと笑って言った。
「だが奴は呪われている身だ。いつ何をしてくるか分からない」
テンは、ココルルの前に立ち、気を引き締めた顔でマクーストを警戒していた。
生徒達は、恒例となった行事に、何の違和感も抱くことなく、二人に拍手を送った。
舞台に立ったライアンとマクーストは、互いの定位置まで来ると、正面を向いた。
「まずは黒陽からの紹介といこう。…幸運のペンタクルの運命に導かれた今年の黒陽の王座は、【ライアン・サルーカラ】だ!」
校長は左手を掲げ、ライアンに向けた。
校長からの紹介を受けたライアンは、みんなに向かってペコッと一例した。
黒陽の生徒達は、ライアンに向けて拍手を送った。
黒陽の守護神たちも、彼に拍手を送っている。
「…露骨だな…。相手側の王には、祝福の気持ちを示さないってことか…」
拍手を送らない白月の生徒を見ていたオズが言うと、横にいたティオラが返した。
「当たり前よ!相手の王に拍手なんて送ったら、みんなから裏切り者扱いされるわ!」
「なんか嫌だねぇ…」
聞いていたビーゼルが呟いた。
「そして、幸運のペンタクルの運命に導かれた、もう一人の生徒は、白月の王、「マクースト・ゼイル」!」
校長が右手を上げ、マクーストを示すと、マクーストは慌ててお辞儀をした。
白月の生徒達は、マクーストに拍手を送った。もちろん、白月の守護神たちも、マクーストに拍手を送っている。
「さぁ、では、お互い良き成長を遂げるためのライバルとなることを示す証として、みんなの前で握手を交わしてくれたまえ」
校長が二人にそう言うと、ライアンとマクーストは、お互い目を合わせ、身体を向き合わせた。
「………」
「………」
少し気まずいムードが流れたが、ライアンがマクーストの心境を察したのか、彼に笑顔を向けて一歩前に出た。
「お手柔らかに。どうぞよろしく」
「っ⁉」
マクーストはハッとして、ライアンの差し出す右手をじっと見つめた。
その時、白月・陽の守護者たちが一斉に警戒した。
ー マクーストがまたライアンを襲うのではないか ー
みんなが気を張り詰めた様子で見守る中、マクーストは、震える足を一歩前に出した。
「………」
マクーストは、恐る恐る震える右手を出した。
「っ⁉」
だが、その瞬間。この間の記憶が蘇り、不安に襲われたマクーストは、とっさにぎゅっと目を瞑った。
「マクースト…っ!」
心配で耐え切れなくなったオズは、マクーストのところへ走り出そうとした。
「待って!」
飛び出そうとするオズを、ティオラが手を引いて止めた。
「……見て…」
ティオラは指をさしオズに言った。
オズがティオラの指さした、舞台に立つマクーストとライアンの方へ振り返った。
震えるマクーストにライアンはそっと近づき、彼に耳打ちした。
「……大丈夫だよ。……今は、大丈夫だから……」
「…っ⁉」
ライアンが、スッとマクーストの元から離れると、マクーストは顔を上げてライアンを見つめた。
ライアンは再び笑顔を向けて、手を差し出した。
「………」
気持ちがスーッと楽になっていく感覚を覚えたマクーストは、先ほどまで震えていた右手をスッと上げて、ライアンの手に触れた。
「よろしく」
「…こ、こちらこそ…」
二人が握手を交わすと、その場は生徒たちの拍手の音に包まれた。
校長も満足そうにパチパチと手を叩いている。
それぞれの守護者たちは、ホッとした様子で胸を撫で下ろした。
「さて、次に守護者の紹介をさせてもらう」
校長は、ライアンとマクーストに自分の方へ下がるよう、目で合図を出した。
ライアンとマクーストは、合図に応え、校長の両隣へと下がった。
「お!ついに俺たちも呼ばれんだな!こんな大舞台の前に出るなんて初めてだからキンチョーするぜ!なぁ!トップバッターさん⁉」
舞台のそでに立ったビーゼルは、「遂に来た!」と、ワクワクしながら振り返って、後ろのティオラに話しかけた。
「……えっ⁉…ええ…」
ティオラはあからさまに緊張した様子を表に出して、ビーゼルに返した。
「………」
意外なティオラの様子に、ビーゼルとネルは目を合わせた。
「では、まずは、両団のエースの紹介をしよう」
校長はそう言うと、互いのエースであるティオラとテンに合図を出した。
ティオラとテンは校長の合図に応え、両脇のカーテンから姿を現し、祭壇の中央へと歩いた。
「…へぇ、あっちのエースは男か」
ビーゼルは、凛とした姿勢で歩く、テンの姿を見て言った。
「けっこういいかも…」
その横でネルがボソッと呟き、ビーゼルとオズが驚いた顔で彼女の顔を見た。
「………」
「………」
お互いの顔を見合い、第一印象を思いながら、ティオラとテンは歩み寄った。指定された位置まで来ると、身体を生徒たちの方に向けた。
「まずは、黒陽のエース【テン・マレイズ】だ。この学園に入学してから、成績はこの二年間、学年首位の座をキープしている。また、学園が主催するイベント事も進んで参加し、去年は風紀委員も務めてくれた。エースになるべくしてなった人物と言っても過言ではないだろう」
校長はテンの真面目で隙のないイメージを、生徒たちに植え付けるように褒めたたえた。
テンの紹介を聞いたティオラは、「ゲッ」といった顔をして、冷や汗をかきながらチラッとテンに目をやった。
「へぇ!スゲェじゃねーか、アイツ!」
ビーゼルは、まんまと校長の意図にはまった。
「…フッ。随分な称えようだね」
壁にもたれかかったファウスは、ほくそ笑んで呟いた。
「テン・マレイズだ。黒陽のエースに選ばれたからには、チームの勝利に邁進することをここに誓う!皆の我々と王への無垢な従属を願いたい」
テンは一歩前に出ると、力強い気迫で生徒たちに挨拶の言葉を述べた。
後ろにいるライアンとマクーストは、それに気負いした様子で、圧巻させられていた。
「なにも軍隊じゃないんだから」
舞台袖から見ていた黒陽の守護者たちも、ライアン達と同様に圧巻させられ、ファウスは、クスクス笑っていた。
「うわぁ…。なんかすごい人…。やっぱちょっと無理かも…」
反対側の舞台袖で覗いていたネルは、テンの挨拶を見るなり、重圧を感じた様子で言った。
「まず、お前とは釣り合わねーだろーな」
その上からのぞいていたビーゼルは、悪戯に笑いながら、ネルにくぎを刺した。
黒陽の生徒達は、テンに応えるように拍手を浴びせた。
テンが一礼をして元の位置に戻ったのを確認すると、校長はティオラの方に目を向けた。
「次は白月のエース、【ティオラ・メーメル】だ。彼女は在籍中の間、無遅刻無欠席であり、成績は去年一年間で学年首位を留めている」
校長に紹介され、ティオラは気を取り直し、一歩前に出た。
「ティオラ・メーメルです!この度はエースに選ばれて、とても光栄に思っています。役目に懸命に努めますので、どうぞよろしくお願いいたします!」
ティオラは、持ち前の明るさときびきびした動きで、生徒たちに挨拶をした。白月の生徒達は、彼女に拍手を送った。
ようやく彼女らしい姿が見られたことに、マクーストと白月の守護者たちは少し安堵した様子を見せ、彼女に拍手を送った。
「では、お互い良い働きをすることの誓いの意を込めて、握手を交わしておくれ」
校長が言うと、テンとティオラは身体を向き合わせた。
「………」
ティオラは、テンの鋭い目をじっと睨んだ。
テンは、キッとその鋭い目をティオラに向けると、一歩歩み寄って右手を差し出した。
「互いに良い功績を残そう。…よろしく」
「っ⁉」
テンの表情を見たティオラは驚いた。
今までの冷たい表情からは想像できないほどのテンの微笑む顔が、そこにはあった。
込み上げてくる感じた事のない感情に戸惑ったティオラは、テンの右手を見つめながら、そっと自分の右手を合わせた。
「…こ、こちらこそ…よろしく…」
ティオラは自分の手が震えていることに気が付いていたが、頭の中がパニックになり、何も考えることが出来なくなっていた。
握手していた手をスッと離し、テンはその場を去ろうとしたが、ティオラは放心状態でそこに佇んでいた。
「……?」
そんなティオラの様子を不思議に思ったテンは、振り返って彼女に目を向けた。
「?」
全員がテンと同じように疑問に思った顔で、ティオラに目を向けた。
「ん?どした?アイツ…」
「動かねーな。急に具合でも悪くなったのか?」
ビーゼルとオズが言うと、ネルはフッと笑った。
「鈍いなぁ。あっちのエースに惚れたんでしょ⁉」
「えぇっ⁉」
ビーゼルとオズは、舞台に聞こえる程の大きな声を出し、驚いた顔でティオラの方へ顔を向けた。
「……ティオラ?どうした?早く下がってくれないと、次の紹介が出来ないんだけどね」
校長に言われ、ティオラは我に返って辺りを見回した。
ティオラはかぁ~っと赤くなり、目の前にいるテンに目を向けることもなく、後ろにいるマクーストの横へ急いで移動した。
自分でも顔が熱くなっていくのが分かり、ティオラは恥ずかしそうにうつむいた。
「…だ、大丈夫…?」
マクーストは,、そんな彼女に心配して話しかけた。
「大丈夫よっ‼」
頼りないマクーストにまで心配されたティオラは、顔を上げると、マクーストに怒鳴って返した。
マクーストは、たじたじになりながらも、又もうつむく彼女を心配そうに見ていた。
一連の様子を見届けたテンは、そのまま静かにライアンの隣へと移動した。
二人は目を合わせると、軽く会釈を交わし、何も言わずに静かに定位置へと佇んだ。
「えー、では次に、ナイトの紹介をしよう」
校長が合図を出すと、ビーゼルは、ワクワクした様子で舞台へと躍り出た。
反対側からは、ファウスがスッとカーテンから姿を現し、中央へとスタスタ歩いた。
「大丈夫か…⁉ビーゼルのヤツ…」
オズはハラハラした様子でビーゼルを見ている。
「今までにいないタイプだもんね。けっこうウケるかもよ?」
ネルは腕を組んで、他人事のように言った。
「まずは黒陽のナイトである【ファウス・ドルウス】だ。彼はどの運動部にも属していないが、どの部からも引く手あまたで、彼が助っ人で入ったチームの試合を9割の確率で勝利に導くほど、スポーツ万能な生徒だ。王を守るナイトには、彼の他にいないと確信し、彼を選抜した」
紹介されたファウスは、一歩前に出ると一礼した。
「ご紹介に預かったファウス・ドルウスです。皆様のご期待に添えられますよう、任務に励む所存です」
黒陽の生徒は、ファウスに拍手を送った。
「ではお次は白月側の紹介といこう。白月のナイトは【ビーゼル・トロウ】だ。彼は棒術の腕を見込まれ、他校からこの学園へスポーツ推薦として転入して来た。是非ともこの学園の強者たちと腕を競い合い、さらなる成長を遂げてもらいたいものである」
校長の紹介を受け、ビーゼルは力強い一歩を踏み出し、腕をまくり上げた。
「ということで、ご紹介にいただいたビーゼル・トロウだっ‼黒陽、白月カンケーなく、向かってくるヤツ全員受けて立ってやるぜ‼構わずいつでもかかって来いよ‼」
ビーゼルは「ガハハハッ」と笑ってガッツポーズを見せた。
生徒達はその迫力に圧巻している者が多数だったが、クスクス笑っている者も何人か見られた。
「あーあ…。アイツ、やりやがった…」
オズはがっくりとして、それ以上見ていられないといった様子で目に手を当てた。
(フン…。単なる脳筋か…。ボクの相手ではなさそうだ…)
横目でビーゼルを見たファウスは、心の中で思っていた。
「…では、二人とも握手を」
校長は咳ばらいをして、式を進行した。
「よろしく頼むぜっ!」
ビーゼルは、すかさずファウスの方を向いて、右手を差し出した。
「………」
ファウスは表情を変えず、じっとその手を見つめた。
「…?どした?」
ビーゼルは不思議に思ってファウスを見た。
「あ…、いや…。どうぞよろしく」
ファウスはハッとして、ビーゼルの手に自分の右手を添えた。
握手を終えると、ビーゼルとファウスは背を向け、お互いの定位置へと向かった。
「ビーゼルさん、良かったよ!」
マクーストは、駆け寄って来たビーゼルに声をかけた。
「お!そうか?ウケてたか⁉」
ビーゼルが嬉しそうに返すと、隣のティオラが彼を睨んだ。
「どこがよ⁉あっちの印象ばっかり良くなっちゃって、こっちは笑い者じゃないっ‼」
「お前も含めてな!」
ビーゼルがニヤッとしながら言うと、ティオラは何も返せなくなり、また赤くなってそっぽを向いた。
「…まったく…。次に期待するしかないわね…」
ティオラが言うと、ビーゼルとマクーストは、カーテンの方のオズに目をやった。
「アイツら、あんたのこと見てるよ。全員駄目だったから、あんたに期待してんだろうけど。…ま、期待されんのは仕方ないことだけどさ」
「えっ?」
ネルの言葉に、オズは聞き返した。
「だってさ、次はペイジ同士…。つまり、クロスアルド家とオルマンダ家の宿敵同士の対面でしょ?みんなが期待するのは当然のことじゃない?」
ただの挨拶だと軽く考えていたが、オズは場内の雰囲気が先ほどよりもざわつきだしていることから、自分への注目が集まっているのだと気が付いた。
「みんなクロスアルド家の血筋であるオズがどんな人かもよく知らないしね。期待値が上がってんのよ!」
ネルに言われ、オズは徐々に緊張を高めていった。
「…そんなこと言われても…。オレ……。あっ‼」
オズが突然声を上げ、ネルはビクッと驚いた。
「な、なにっ?」
「あの挨拶の言葉みたいなの、絶対言わなきゃいけねーのか?オレ、何も考えてねーんだけど!」
オズは、ガラになくオロオロした様子でネルに聞いた。
「さ、さぁ?別に、簡単にでいーんじゃないの?私もこういうの苦手だから、早めに終わらせよーと思ってるし」
一方で、挨拶を終えたファウスは、ライアンとテンの元へ歩み寄った。
ファウスがテンの前を通り過ぎようとした時、チラッと目を向けて言った。
「クロスアルドの奴が現れるね。次は見物だ」
ファウスは、楽しそうに定位置についた。
「………」
テンはチラッとファウスに目を向けたが、すぐに戻した。
隣のライアンも、黙って静かに立っている。
「では、次に……」
校長の言葉に一同は注目した。
「プリンセスの紹介をしよう」
「えっ……⁉」
館内にいる、校長以外の全員が驚いた。
「…え?…プ、プリンセス…?」
オズは訳が分からず、ネルの方を向いた。
「えっ!わ、私っ⁉」
油断していたネルも驚き、慌てた様子を見せた。
会場内はざわついたままだった。
「ど、どういうこと?次はペイジのはずよ?」
困惑して言うティオラに、マクーストとビーゼルも訳が分からずに、目を合わせると首を傾げた。
「…?順番を間違えているのか?」
テンを含め、黒陽側も困惑していた。
テンが困惑している理由は他にもあった。
何故なら、次がプリンセスの紹介となると、ココルルの誘導をしなければいけないからだ。
校長がもし順番を間違えているのだとしたら、言い換えるはずだが、このざわつきの中、それが無いということは、これは正しい順番なのか…。
校長は涼しい顔を正面に向けたまま、黙って立っている。
テンは、舞台袖のココルルに目をやった。
「…どういうことかしら…?次はペイジのあなたの番のはずなのに…」
ココルルは、不安な表情で隣にいるエンジーに言った。
「………」
エンジーは黙って校長に目を向けていた。
(あえてなのか…?この方がもっと注目が増すと思ったのか…)
すると、ココルルはエンジーのジャケットの袖をぎゅっと掴んだ。
「っ⁉」
エンジーはハッとして、ココルルに目をやった。
ココルルの目は焦点を合わさず、不安そうにキョロキョロしている。
「…間違いじゃないみたいだ。次は君の番だよ」
エンジーは、ココルルを安心させるように言った。舞台の方に目を向けると、こちらを見ているテンに気が付いた。
テンは、キッとこちらを睨んでいる。
エンジーは、それに仕方なく頷いて返し、ココルルの背中に手を当てて、前へと誘導した。
テンは、すかさず舞台の袖に移動し、ココルルの手を引いた。
「あとはわたしがやる!お前は自分のことを考えていろ!」
テンはエンジーに冷たく言い放つと、ココルルの方を向いた。
「さ、行きましょう、ココルル。足元に気を付けて」
「…あ、ありがとう」
ココルルはテンに礼を言うと、エンジーの方に申し訳なさそうに顔を向けた。
それを見ていたエンジーは、向こう側にいるオズに気が付いた。
「……っ」
エンジーはフッと視線を反らし、何かに気が付いたように考えた。
(まさか、彼女を試している…?)
黒陽のプリンセスが姿を現したことで、間違いではないと察したオズは、隣にいるネルの方へ顔を向けた。
「どうやら、次はお前らしいな。頑張れよ!」
「マジでっ⁉も~っ!」
ネルは、あからさまに嫌そうな態度を示すと、仕方なさそうにトボトボ歩いて舞台へ出た。
「………」
みんなが舞台に出て行き、舞台袖で一人になったオズは、急に疎外感に襲われた。
舞台では、下を向いていたネルが顔を上げると、そこには、ココルルと先ほど紹介を受けていたテンが立っていた。
(?…なんで向こうのエースがいるの?)
ネルは不思議に思いながら、正面を向いた。
「では、私は失礼します。ココルル、肩の力を抜いて下さいね」
「ええ。ありがとう」
テンは、ココルルの耳元で囁くと、先ほどの位置まで歩いて戻った。
(随分な過保護っぷり…。本当のプリンセスと勘違いしてんじゃないの?)
やり取りを聞いていたネルは、眉間に皺を寄せて、はぁっとため息をついた。
「へぇー。あれが黒陽のプリンセスかぁ!ほんとのプリンセスみたいに華憐だなぁ!俺のいた田舎には絶対いねーぜ、あんな女!」
場をわきまえず平気で口にするビーゼルに、マクーストとティオラはガクッと膝を崩した。
黒陽側は驚いてビーゼルに目をやった。
「…なんてものの言い方だ!恥知らずめ!」
愛しのココルルをいいように言われ、テンは腹立たしさを表に出してビーゼルを睨んだ。
「何考えてんだ、アイツ…」
オズは呆れ果てた顔で、ため息をついた。
「全く、馬鹿じゃないの?…気にしないで。アイツ、平気でああいうこと言う奴だから」
ネルは、隣のココルルに気を使って言った。
「…え、ええ…」
ココルルは戸惑った顔で、辺りをキョロキョロ見るように目を動かしている。
「…?」
ネルは、そんなココルルの様子を不思議そうに見つめた。
「それでは、プリンセスの紹介をしよう。プリンセスはここ数年、役割を休止させていたが、ああいうことがあった中で、学園の規律を立て直すためにも必要と判断し、今年からまた復活させることとなった」
校長の言葉に引っかかったオズは、顔を上げて、舞台に目を向けた。
(…ああいうこと…?)
オズの頭には、何故かクロスアルド家の息子のことが過った。
「まず、黒陽のプリンセスは【ココルル・ハイネ】だ。知っている者も多いと思うが、彼女は二年前に盲目となった」
校長の言葉に、ココルルのことをあまり知らない、白月の生徒達は驚いた。
王と守護者も同様に、驚いた顔で、ココルルに目をやった。
隣にいたネルも、驚いてココルルに目をやった。
(…どおりで様子がおかしかったんだ…。エースが付き添ってた理由もそれか…)
ココルルを「過保護」だと思ってしまい、ネルは罪悪感を抱いた。
「だが、彼女はこの学園の入学当時から変わらず、しっかり者で、盲目となった今も、自分で出来ることは自分で行いたいという強い信念を持った生徒だ。皆の協力も必要とするときもあると思うが、その時は彼女の力になってあげてもらいたい」
校長の紹介を受けると、ココルルは一歩前に出て挨拶をした。
「ココルル・ハイネと申します。プリンセスに選ばれたことを光栄に思います。王の力となれるよう、尽力しますので、どうぞよろしくお願いいたします」
ココルルは礼儀正しく挨拶すると、深々と頭を下げた。
そんな彼女に胸を打たれたのか、黒陽の生徒達は、大きな拍手を彼女に送った。
ココルルは顔を上げると、ニコッと微笑んだ。
横で見ていたネルは、とても真似できないと直感し、苦笑いを浮かべた。
「ではお次は白月のプリンセス【ネル・クレハモニア】だ。彼女は名の知れたクレハモニア家の一人娘である。父親から受け継がれたであろう度胸を見初め、この度、異例の二年生が守護者を担うという形になった」
紹介されたネルは、一歩前に出ると、サッと一礼した。
「ネル・クレハモニアです。至らないところいっぱいだけど、みんなに付いていけるように頑張ります」
ネルは、挨拶をすると、スッと一歩下がって、先ほどの位置に戻った。
白月の生徒は、ネルに拍手を送った。
「へぇ、俺たちに付いてけるようにだってよ。可愛いとこあんじゃねーか、アイツ」
ビーゼルは拍手をしながら、まんざらでもなさそーに言った。
「表上言ってるだけかもしれないけどね。まぁ、頑張ってもらわないといけないのは確かだわ」
ティオラも拍手をしながら、隣のビーゼルに言った。
「では、握手を」
校長の合図で、ネルとココルルは向かい合った。
「よろしくね」
ココルルは焦点が合っていないものの、ネルに笑顔を向けて手を差し出した。
「こっちこそ」
ネルも笑顔で返し、ココルルの手を握った。
ココルルの包み込むような温かい手に、ネルはハッとして、握手を交わしている手に目を向けた。
すると、向こうからテンが歩み寄り、ココルルの肩に手を添えた。
ココルルはハッとして、静かにネルから手を離した。
「さ、ゆっくり行きましょう」
ココルルはテンに誘導されながら、定位置へと移動した。
ネルも、くるっと身体の向きを変え、ビーゼルの隣へと歩いた。
「お疲れさん」
「ほんっと、疲れた」
ネルは、はぁっと息を吐いて、舞台の上だというにも関わらず、疲れた様子を表に出した。
「こら!まだ終わってないのよ!」
ティオラはネルに注意し、その後ろではマクーストがクスッと笑っていた。
舞台上で皆が和気あいあいとしている様子を、オズは羨ましそうに眺めていた。
「とうとうオレの番かぁ…。っていうか、なんでオレ一番最後になったんだ?」
オズが考えていると、校長の声が舞台上に響いた。
「では、最後になったが、お待ちかねのペイジの紹介をしよう!」
オズはハッとして、舞台の方に身体を向けた。
「あっ!オレ、結局挨拶の言葉、決めてねぇじゃん‼」
考える間もなく、校長は両サイドに合図を出した。
オズは急いで身なりを整え、舞台へと足を踏み入れた。
同時に合図を確認したエンジーは、目を閉じて、一呼吸置いてから舞台へと足を向けた。
二人が舞台に姿を現すと、場内は、どよっとざわついた。
互いの王と守護者たちも、神妙な面持ちで二人の様子を見ている。
校長とはいうと、生徒たちの反応を期待通りというように、満面の笑みを浮かべて見ている。
オズとエンジーはお互いをまっすぐ見つめたまま、舞台の中央へと静かに歩いた。
二人が身体を正面に向けるのを見届けてから、校長は紹介を始めた。
「えー、まずは黒陽ペイジを紹介しよう。知っての通り、この学園に長きにわたって交友関係にあるオルマンダ家の末柄である【エンジー・オルマンダ】だ。例のことがあり、家の者から、この度は守護者の役割を辞退させると申し出があったが、その謙虚な姿勢から、私は、彼にぜひこの学園を賑やかにして欲しいと思い、ペイジを担ってもらうと決めた」
校長の紹介の間、エンジーは、時々眉を顰めて視線を下に落としていた。
またも「例のこと」といった、引っかかる言葉を耳にし、オズはチラッと横にいるエンジーに目を向けた。
「………」
時折視線を落とすエンジーを、オズは気にしながらも、ただ黙ってそこに佇んでいた。
「過去のことは忘れ、皆、彼に協力願いたい」
校長は最後に一言付け加えた。すると、エンジーが一歩前に出た。
「エンジー・オルマンダです。よろしく」
ペコッとお辞儀をし、エンジーは先ほどの位置に戻った。
まるで早く終わらせたそうなエンジーの言動に、周りは少し戸惑ったが、黒陽の生徒達からは、まばらな拍手の音が聞こえだし、次第には場内に鳴り響くほどのものとなった。
オズは、横目で終始彼の様子をうかがっていた。
少し物足りなそうに眉を顰める校長は、気を取り直し、オズの方に顔を向けた。
「…では、次に白月のペイジである彼女を紹介しよう」
校長の言葉に、場内は一気にざわつき始めた。
「彼女?どういうこと?」
「クロスアルド家の跡継ぎなら、男じゃないのか?」
「いや、あれはどう見ても男だろ」
「校長先生、間違えてるんじゃないの?」
黒陽の生徒はおろか、まだオズの事をよく知らない白月の生徒たちまで、彼女の容姿を見て口々に話し出した。
生徒達の反応を見たオズは、ムッとした顔で彼らを睨んだ。
その様子を横目で見たエンジーは、黙って視線を反らせた。
「こらこら。静かに。白月のペイジは、クロスアルド家の親戚にあたる【オズ・クロスアルド】だ。クロスアルド家は例の一件にひどく心を痛めており、親身に受け止めた上、出来る限り学園の力になる所存だという報告を受けた。そこで、血縁にあたるこのオズに一任したということた。…皆、クロスアルド家の真摯な姿勢を受け止め、ここが初めてとなる彼女の力になってもらいたい」
校長の言葉に生徒たちは皆、オズが女であることを理解して視線を向けた。
オズは一歩前に出た。
「……オズ・クロスアルドです。どうぞ、よろしく…」
オズはペコッとお辞儀をすると、すぐに顔を上げて、先ほどの位置まで下がった。
先ほどのエンジーと同じように、そっけない挨拶を済ませるオズに、白月の生徒達は戸惑いながらも、まばらな拍手を彼女に送った。
すると、後ろにいたマクーストと、白月の守護者三人が手を叩き、オズに拍手を送り出した。
オズはハッとして、後ろを振り返った。
マクースト、ティオラ、ビーゼル、ネルが笑顔でオズに拍手を送っている。
「……お前ら…」
オズが四人に笑顔を見せると、今度は白月の生徒達が、オズに大きな拍手を送った。
オズは身体を戻し、生徒達に目を向けて、嬉しそうに顔を赤くした。
「………」
隣にいるエンジーは、黙ってその光景を見ている。
そんな彼を、後ろにいるライアンは、神妙な面持ちで見つめていた。
「…とても、温かい拍手だわ…」
ココルルが、胸に両手を当てて呟いた。
「………」
隣でそれを聞いたファウスは、怪訝な顔をして目を伏せた。
テンも面白くなさそうな顔をして、黙って佇んでいる。
校長は、場が和やかに終わるのが不満なのか、黒陽側と同じような表情になると、すぐに戻してオズに話しかけた。
「…挨拶はそれだけでいいのかな?」
オズは校長の方に顔を向けると、コクンと頷いた。
「……そう。…それでは、お互い良き貢献を導く誓いとして、握手を」
校長が言うと、オズとエンジーは向かい合った。
「………」
「………」
二人はキッと睨み合ったまま、少しの間動かなかった。
緊張が張り詰めた空間で、互いの守護者たちは、その様子を黙って見つめていた。
両方の生徒達も、何も話すことなく、じっと目を見張っている。
校長は、ただ静かに二人を見ていた。
すると、エンジーが一度目を閉じ、再びオズに目を向けて、そちらに歩み寄った。
オズは身体を強張らせた。
「…よろしく」
エンジーはオズの方に手を差し出した。
「……」
オズはエンジーの手をじっと見ると、ゆっくり自分の右手を上げ、ぎゅっと握手を交わした。
場内は拍手の音に包まれた。
「………」
「………」
オズとエンジーは、お互い握手をしたまま、黙って見つめ合った。
どちらからともなくゆっくり手を離すと、二人は距離を取って、自分の立ち位置に向かおうとした。
オズが、くるっと身体を返した時だった。
「……やっぱり、キミってカフェオレだ」
オズは驚いて振り返った。
「っ⁉」
オズの前には、不敵な笑みを浮かべて立つエンジーがいた。
「なっ、なにぃ…⁉」
オズは眉をピクッと動かした。オズの様子を見届けたエンジーは、満足そうに笑みを浮かべると、立ち位置へと向かうべく身体を返した。
「~~~~っ⁉」
オズは、かぁ~っと頭に血を上らせた。
「なによ?どうしたの?」
後ろで見ていたティオラが、オズの様子がおかしいことに気が付いて言った。
「オズさん、なんか変だよ」
「そう?いつもと変わらないけど。っていうか、いつまであそこにいんの?」
マクーストとネルが話していると、ビーゼルが、いつになく動揺した様子でオズを見つめていた。
「アイツ…、オズに何か言いやがったな。…やべぇぞ、オズの奴、頭に血が上ってやがる」
「ちょっと待て!!」
オズは背中を向けるエンジーに向かって怒鳴った。
このまま穏やかに終わりへと向かっていた式に、翳りが見え初め、場内の者たちはシンッと静まりかえってオズに目を見張った。
「……?」
呼び止められたエンジーは振り返った。
「テメェ…、こんな大舞台で喧嘩売るとはいい度胸じゃねーか!」
オズは腰に手を当ててエンジーを睨んだ。
「……っ」
エンジーは、威嚇するオズの方に身体を向け、彼女を睨み返した。
「ちょっとっ!何してんのよっ!」
ティオラは慌ててオズの所へ駆け寄ろうとした。だが、ビーゼルに腕を掴まれ止められた。
「おっと。巻き込まれない方がいいぜ。それに、仕掛けてきたのは、あっちの方みたいだしな」
マクーストとネルはどうしていいのかわからず、オロオロと見ている。
「別に喧嘩を売った覚えはないけどな。周りに助けられているキミに、本当の事を言っただけだ」
エンジーは怒るオズとは反対に、冷静に淡々と述べた。
「っ⁉…テメェ…っ!!」
エンジーの言動に、怒りが頂点に達したオズは、とうとう我慢できずに掴みかかった。
「お前っ!!よくそんなえらそーにして居られるな!!」
「っ⁉」
胸ぐらを掴まれたエンジーは、驚いてオズに目をやった。
両団の守護者たちも、オズの手荒な行動に驚きを見せた。
「お前こそ恥じたらどーだ!?家柄で守られていることをっ!!」
オズに罵倒されたその瞬間、エンジーの目はキッと鋭くなり、オズの手を力強く払いのけた。
オズは怯まず、今度はその腕を掴んで続けた。
「まずは謝れよ!!…オレを馬鹿にしたことはこの際いい!けど、マクーストを侮辱する奴は誰であろうと許せねーんだよっ!!」
名前を出されたマクーストは、ハッとして、オズをじっと見つめた。
「それに、マクーストは呪いを受けても、自分に負けたりなんかしてねぇ!逃げずに受け入れて、なんとか呪いを解こうとしてるんだっ!」
オズの感情はどんどんヒートアップし、今度は両手でエンジーの腕を掴んだ。
エンジーは、それを振り払ったが、オズは諦めずに、また掴みかかった。
「やめろっ!離せよっ!!」
二人が取っ組み合いを始め、見かねた両団の守護者たちが駆け寄ってきた。
「オズっ!もうその辺にしとけって!!」
「うるせぇっ!!」
ビーゼルがオズの両腕を掴んで、エンジーから離した。
だが、オズの怒りは収まらず、ビーゼルに抑えられながらエンジーに向かって怒鳴った。
「そっちはお遊びでその王を守ってるのかもしれねーけどな、こっちは呪いを解くためにみんなで力を合わせようとしてるんだよ!それを馬鹿にしやがって…っ、オレはお前を許さねーからなっ!!」
ライアンのことを指さしたオズは、溜まっていた不満をぶつけるだけぶつけると、肩で息をしながらエンジーを睨み続けた。
全校生徒は、オズの迫力に息を呑み、辺りはシンッと静まり返った。
このように人の注目を集めている場で、オズがここまで怒りをぶつけてくると思いもしなかったエンジーは、驚いた表情で彼女を見ていた。
両方の王と守護者たちは、どうすることも出来ずに、不穏な表情で二人を見ている。
だが、校長は生徒達とは裏腹に、表情を一切変えず、ただ黙って中央に立っていた。
「お遊びだって…?」
すると、少し落ち着きを取り戻したエンジーが口を開いた。
オズはハッとした。
エンジーは、先ほどよりも自信に満ちた顔をして、腕を組んで立っている。
「君たちの王が、こちらの王より勝っているというのなら、それを証明してみせろよ!」
「……え…?」
オズが聞き返すと、エンジーは校長の方に身体を向けた。
「校長、提案します。まず手始めに、お互いの王が、現時点でどれほど支持を受けているのか、明確にしたいと思います」
「……なっ⁉」
オズは驚いて、校長に提出を申し出るエンジーに目を向けた。
周りの者も同様に驚いた。特に驚いていたのは、互いの王座のマクーストとライアンだった。
「やめろ!勝手な気を起こすな!エンジー‼」
テンは少し慌てた様子で、エンジーを止めた。
だが、エンジーは聞く耳を持たず、オズをジロッと睨んだ。
「どうした?王を信頼しているのは守護者たちだけなのか?自信がないのなら取りやめてもいいぞ?」
不敵な笑みを浮かべるエンジーに、オズは負けじと言い返した。
「そんなわけねーだろっ⁉いいぜ!やってやろうじゃねーかっ!」
「っ⁉」
マクーストは驚いて、挑発に乗るオズに目を向けた。
ティオラ、ビーゼル、ネルは、心配そうにマクーストに目を向けた。
逆サイドでは、不安そうにするココルルと、その隣ではファウスとテンが、視線を落としているライアンを意味深な様子で見ていた。
腰に手を当て、エンジーを睨むオズ。そして、その向かいには、腕を組んで自信に満ちた表情で佇むエンジー。
二人は舞台の真ん中で睨み合い、火花を散らした。
戦いのゴングが鳴り、二人の真ん中に立った校長は、満面の笑みを浮かべたのだった。
次回へつづく
投稿が遅くなって申し訳ありません。
第三話、最後まで読んでくださって、ありがとうございました!
言葉の表現がいろいろと間違っているかと思います…。
毎度読み辛くて申し訳ないです。
次回「どちらの王がお好き?」もよろしくお願いいたします!!




