I’m done with you.
14話、15話(最終話)を同日に投稿してます。
クィアンナとウィロウは悪くない関係にあると言える。たびたび二人きりで時間を過ごせるのだから。
「ウィロウさま。ビージェイとのご婚約おめでとうございます」
「ご存じでしたか。……ありがとうございます」
彼が幼馴染に教えないわけがない、か。ウィロウはなんとかして気力を総動員する。
「家に遊びに行ったら急に言い出したの。びっくりしてしまったわ」
クィアンナの無邪気さが良心を咎める。
「私が言うのは変かもしれませんが、もしビリージョーさまにお話なさりたいことがありましたら、私のことは考えてくださらなくても結構ですから」
「どういう意味かしら?」
取り繕った笑顔で、首を傾げる。
「お二人の仲がよろしいのは存じてます。私が婚約者になったからと、距離を置かれることはありません」
「めったなことをおっしゃってはだめよ」
それではまるで、ビリージョーが浮気しても咎めない、と宣言しているようなもの。
「ウィロウさま、ビージェイのこと、お慕いしていらっしゃるのよね……?」
ウィロウはただ黙って微笑んだ。
ビリージョーが好き。その一心で婚約を申し込んだ。
しかしそれは彼の幸せとなるだろうか。今更ながら自分の行動に疑念が湧く。
ウィロウは彼を傷つくことから守りたい。それは間違いはない。
クィアンナを上回る存在になることはできない。これもまた事実。
引き離すよりも、クィアンナの気持ちをビリージョーに向けることこそ、彼の幸せへと繋がるのではないか。という考えがつきまとう。
ビリージョーを憎からず思っているからこそ、クィアンナも毎回パートナーとして選ぶ。彼女さえ心眼を開ければ。
これでビリージョーを正しい道筋へ導くことができる。
自らの目を塞いで言いくるめた。
胸の奥に鉛を下げたようだ。おかしい。楽になるはずなのに。愛しい人の将来に必要なこと、をした。
****
二人だけの茶会が終わってからクィアンナは考える。
ビリージョーはウィロウに確かな恋慕を持って婚約を結んだ。彼と話したときに、クィアンナはそう感じたし、話さずとも彼が中途半端な気持ちで女性にプロポーズするわけがない。幼馴染としてわかる。
彼はクィアンナに「好き」と告げることはなくなっていた。家族愛にしても、幼い頃からの友人としても。
ウィロウが自信を持てないのは、クィアンナの存在が邪魔しているのだろう。彼女は、ビリージョーがクィアンナを女性として好きなのだと勘違いしている。
優しい友人の不安を断ち切るためには。
クィアンナがウィロウの目の前でビリージョーに振られてしまえばいい。
何度も男性を袖にしてきたし、振られてもきた。その経歴にひとつ経験が加えられるだけだ。
ーーわたくしも変わらなければ。
いつまでもふわふわひらひら恋煩いをしていられない。
冷め切った紅茶を口に含んだ。
****
ビリージョーとウィロウは身を寄せ合って座る。
自宅にフローリストを呼んで花嫁のブーケひとつ決めるにも難儀した。五、六種類ほど試供品として並べてもらっている。
「ウィロウはどちらがいい?」
真っ白にまとめたもの。黄色とピンクが半々のもの。なかでもビリージョーは赤が多めのパステルカラーが己の新婦に似合うだろうと気に入っている様子だった。
「ビリージョーさまのよいように……」
ウィロウは、くっきりした黄色も淡い色も好きだ。けれども、艶消しされた色調の花束に強く惹かれている。薄いピンクと紫の合間に白を混ぜ込むと、華やかではないがとても安らぐ。落ち着いたあたたかさがいつまでも続く結婚生活を連想させる。
それを告げられない。意識の下で、ビリージョーの希望にすべてを合わせなければ、という強迫を課していた。
隣に寄り添って、角ばった手は強張る手を握り込む。
「……また後日決めようか?」
煮えきらないウィロウは花束たちに目移りして、力なく頷いた。
ホーガン家の庭にて、ウィロウはビリージョーの腕に手を絡めていた。
式に向けてウィロウは自主性を無くしてしまっている。婚約者を彼女の望むまま着飾らせたいビリージョーはなんとか本音を引き出そうとするが、お互い疲れてしまった。気分転換の小休止だ。
人払いをしていたのに使用人がやってきた。
「クィアンナさまがおいでになりたいとのことです。お通ししてもよろしいですか?」
以前なら通せというところだが、ビリージョーは首を横にした。
「帰ってもらってくれ」
ウィロウが否定する。
「来ていただいてください」
割れる意見に使用人が返事を渋る。ビリージョーが「こちらへ通すように」と判断を下した。
クィアンナを目の前にしてウィロウが離れようとする。ビリージョーはぐっと力を込めて引き留めた。
「私、あちらで待ってます」
「ここにいてくれ。俺の隣に」
「ですが、クィアンナさまはビリージョーさまにお話があるのでしょう」
ただごとではない雰囲気を漂わせていれば嫌でもわかる。
あちらにドレスが見えた。
腕を引き抜くと、半ば走るようにその場を去る。ビリージョーは思いきりため息をついた。ウィロウを追いかけたい。そのために処理しなければならないのはこちらだ。
「なにかご用ですか」
「ビージェイ。本音で話しましょう」
決別の時だ。聞こえる距離にいるうちにウィロウに聞かせなければ、と焦る。
「今になって気づいたのだけれど、わたくしーー」
ビリージョーの眉根が寄る。
その先を聞くわけにはいかない。
「本音か。なら言わせてもらう。俺はきみにとって都合のいい男でいるのはもううんざりなんだ」
クィアンナのパートナーとして参加した夜会で一人で帰るのにも飽きた。クィアンナが別の男のエスコートで帰宅する姿をさんざん見せつけられてきた。そして付き合って振られてまたは振ってから、パートナー役を頼まれる。惚れた弱みで容認してきたけれども、もうそうはいかない。
「……そう」
上目遣いになるのは身長差のせい。以前はこれに喜んでは困っていたビリージョーの心がどんどん冷えていく。
「きみを連れ歩くことで他の男どもを見下げて優越感を味わっていたことは否定しない。俺も愚かだった」
毎回違う夜会でクィアンナを連れ去られ、敗北感だって幾度となく抱えていたが。
「だが、これからは俺だけを大事にしてくれるたった一人の女性を愛すると決めた。だから昔馴染みであろうと、線引きはさせてもらう。よろしいか、ドーガティ公爵令嬢」
いたいけな子犬の目にはもう惑わされない。
「待ってちょうだい、ビージェイ。言わせて」
長年待ち侘びていたはずの言葉に、ちっとも感慨が湧かない。何をしていても思い浮かぶのはウィロウばかりだ。いまごろ一人で心細くなってはいないか。クィアンナと話すことで余計な心配をかけてしまっていないか。まだ、彼女はビリージョーの心変わりに納得していない。ほんとうに、もどかしい。
「俺はきみへの気持ちはない。婚約者がいるのに迷惑だ。
悪いがウィロウを放っておけないので失礼する」
ビージェイ、と繰り返す声は涙が滲んでいた。知ったことか、と走り出す。
I’m done with you.
(終わりにするよ。)




