Beyond my expectation.
ーーこんな、トントン拍子にいくなんて。
後ろめたいことをしているせいか、実の家族と話すのもぎくしゃくしてしまう。
ビリージョーを以前から知る兄ジェロームにさえ、真実は言えない。だって、あんなに喜ばれては愛のない結婚だとは告げられない。兄も失恋から立ち直り、よい人に出会えたらしく来年にはウィロウたちより早く結婚が決まっている。ディラード子爵家はてんやわんやだ。
「なんだか、展開が早すぎて……」
「上手くいったほうがいいだろう?」
肩を抱かれて、頬に触れたものにぎょっとする。ビリージョーの顔が近い。
「惑わさないでください」
「結婚するんだ、惑わされてくれ」
くす、と笑うビリージョーにおたおたする。
「だって、あなたには……」
クィアンナがいる。
「昔のことはもういいんだ。気持ちの整理はついた」
別な女を好きだと公言し続けてきた。
いま急に「ウィロウが好きだ」と言っても彼女を混乱させるだけ。言葉は控えめにゆっくり、行動で感じてもらうのがいい。
虚勢を張っているにしては、ウィロウに向ける目は優しすぎた。純粋にウィロウに恋しているんじゃないかと思わせぶりな愛情表現を、人がいようといまいと仕掛けてくる。
幸せな反面、ビリージョーが無理をしているのではないかと気を沈めてしまう。そんなことまですることないのに。
まだビリージョーとウィロウが婚約を公に発表する前。
クィアンナが変わらぬ調子でホーガン伯爵家へやって来た。
「マーテル侯爵家からディナーの招待をいただいたの。パートナーとして行ってくれるでしょう?」
さらりと即答が返ってくる。
「いいや、きみとは行かない。どんな夜会でも、どこに出かけるのでもこの先はお断り申し上げる」
「どうしてビージェイ……? いままでずっと、一緒だったじゃない」
これまでは、もともとの予定があってもクィアンナを優先するのが常だった。
「婚約したんだ。だからウィロウのことを第一に考えたい」
三秒ほど間が空く。
「……ウィロウさま? ウィロウ・ディラードさま?」
「そうだ。知らせもなしに家に来るのは控えてくれないか。婚礼の決めごとで留守にすることも多いから」
ひやっとする声だった。クィアンナはうなだれる。
「突然ごめんなさい。これから気をつけます。
……婚約、おめでとうビージェイ」
すごすごと退散するクィアンナの背中にビリージョーは関心を向けない。
幼馴染に断られるのなんて初めてだった。クィアンナがどんな男と付き合っても、別れても、ビリージョーだけは変わらずそばにいてくれて、苦言を呈して守ってくれた。
それを、失う。
家族のように我が家に入り浸り、兄のように好意を伝えてくれていた。それは本当に、親愛だっただろうか。
「わたくしの目はとんでもなく節穴ね……」
相手を失ってからしか、自分の愛がどこにあったか気づけないなんて。
相手はウィロウだったか。
ビリージョーの変化には、気づいていた。けれどもなぜ変化したのかわからなかった。いつだってクィアンナが振り向けば青い眼差しは自分に、自分だけに注がれていたのに。すれ違いはじめてからも。
ーーあら?
幼いころから「好きだ」と言われ続けて、兄や弟にするように「わたくしも好きよ」と返してきた。最後にその言葉をもらったのは。成人前だっただろうか。クィアンナは暁姫として知れ渡っていたから、社交界ではより多くの老若男女の関心を集めた。それで、ビリージョー以外からの告白を受けて、やっと恋を知ることができると浮かれた。どれも深い仲になることはなかったけれども、好きだと言われればクィアンナもそうなのではないかと思えて付き合い、これは違うと感じて別れることを繰り返して現在。
そのうちにビリージョーからは説教や嫌味が増えて、愛しい目をしなくなった。
誘えば夜会や買い物にも付き合ってくれるけれども、楽しんでいる様子はなく、前は熱心に聞いてくれた会話中にもぼんやりとしている。
ーーあら?
いつしか艶めいたため息を隠さなくなった。想い人がいて、ここには幼馴染として惰性で仕方なくそばにいるのだといわんばかりに。
クィアンナが呼んだウィロウとビリージョーとのお茶会。ハーベイ・エルウッドの乱入があって、二人を置いて庭を案内していたら帰ってしまっていた。ビリージョーが、クィアンナのお茶会を途中でほっぽり出すことなんてなかった。他の男がいるときはとくに見張るように最後までいた。
驚きはしたが、ウィロウが体調不良だったということだから優しいビリージョーなら送っていくのもおかしくはない。
幼馴染がウィロウを送り届けて翌日、クィアンナは暗い面持ちでホーガン家を訪ねたことがあった。
ハーベイは自己中心的で人の話をきかない。大切な客人がいるのだから席に戻りたいと伝えても「クィアンナと二人きりになりたい」と開き直る。庭デートの最後には別れを切り出した。ウィロウとビリージョーのもとへ戻ったときには二人の茶器類は片付けられていた。
「ウィロウさまに悪いことをしたわ……」
「俺から謝っておく。今度会う約束をとりつけるところだ」
「ならわたくしもその日に行くわ」
「クィアンナが礼を伝えたいからと呼び出した茶会で、本来の主客を放置した。公爵家の威光があればこそ、高慢ともとられかねない接待をした自覚はあるのか? クィアンナにつられてまた別な男が介入してきたら印象が悪化する。彼女がその日不愉快そうにしていなかったら教えるから、誘うのはその後考えればいい」
男関係については信用がない。クィアンナは肩をすくめた。
「……ごめんなさい。よろしくお願いするわ、ビージェイ」
ビリージョーが能動的に自分以外の女性を誘うのはウィロウが初めてだったと思う。その時点からすでに彼の意識に焦げついていたクィアンナへの好意は剥がれていっていたのだ。
ーーああ。
ウィロウも思いやりにあふれる娘だ。彼女のビリージョーを見る目つきはよくある令嬢のものだったが、彼が返す態度が今までと違った。あんなに朗らかに笑う男だっただろうか。
クィアンナはビリージョーを不機嫌にさせるばかりだというのに。
Beyond my expectation.
(予想を外して。)




