I wouldn’t push my luck.
婚約の提案への返事は一週間と待たずにすんだ。
ビリージョーは花束を持ってディラード子爵家へ現れた。どこか柳を思い起こさせる、しなやかな鈴なりの花を中心にまとめられている。決して派手ではなく、ウィロウの好みに合わせたよう。
「きれいなお花……、私がいただいてもいいんですか?」
「きみのために用意したのだからもらってくれ」
花は果たして謝罪のためか。返事をくれるつもりなのだろう。答えがノーでも、ウィロウは笑顔を作れる。
「こういうことは、けじめが必要だと思った」
目の前で、すっとビリージョーの頭が下がった。床に右膝がついているではないか。せっかくの服が汚れてしまう。
「ウィロウ・ディラード。私はきみに救われた。
今度はきみの優しさを私が守りたい。
どうか私の妻となってほしい」
作るはずだった笑顔が作れなかった。想定外だ。
「こんな……、プロポーズのようなこと、なさらなくても」
ーー理解ある友人として接していたいのに、勘違いさせないで。
「真面目に求婚している。きみは、素晴らしい女性だから。
きちんとしたプロポーズを受けるべきだろう」
息を吸って顔を赤くさせたのを、怒らせたと思ったのか不安げにウィロウを見上げてくる。
「気に入らないか? 希望を言ってくれ。やり直すから」
「一度でじゅうぶんです、心臓が保ちません……っ!」
きゅう、と花束を握りしめる。爽やかな甘い香りが、夢のようにウィロウを包む。
「それでは、受け入れてもらえたのだろうか?」
「……はい。本気にしますからね」
「よかった。指輪が無駄にならなかった」
「ゆ、指輪まで用意したのですか?!」
「当然だろう。これからきみにふさわしい男になれるように努力する。俺が見るたびに決意を思い出せるように着けていてくれ」
小刻みにぷるぷるする手に、大粒の宝石を戴く指輪が収まった。
「友人相手に、やりすぎです」
「もう婚約者だ」
これは、演技? クィアンナを忘れるためにのめり込もうとしているのだったら、どうしよう。ウィロウはこれ以上彼への思いを募らせてしまいたくない。嫉みを拗らせるのだけは避けなければ。
あれよあれよとビリージョーはウィロウの両親に気に入られ、というか彼の方が家格が上なのだからむしろうちの娘で大丈夫かとしつこいほど確認されていた。彼は大様に、彼女がいいです、彼女しか考えられません、と言い続けた。
おそらくは兄が父母に話をつけていていてくれたのではないか。
一方でウィロウはビリージョーの両親に会うことを不安がった。彼らの息子は公爵家のクィアンナと結婚するものだと用意していただろう。それをウィロウが現れたせいで、とどういう顔をすればいいのか困り果てた。
「緊張してるのか?」
「するに決まってます……」
それで直前にビリージョーが「大丈夫だから」と額にキスなんてしたものだから、ウィロウは狼狽してドキドキが止まらなかった。
夫妻と話すうちにホーガン夫人には察するところがあったようで、ぜひ女同士で話したいわ、と言われればウィロウはびくびくした。
「人生において大事な節目ですからね。気がかりがあったら、何でも言ってちょうだい」
「はい……。ホーガン伯爵家は、ドーガティ公爵家と親しくしてらっしゃいますよね」
「そうね。あなたはクィアンナさまとうちのビージェイの間柄が心配かしら?」
ウィロウは自分が振られてクィアンナとビリージョーが結ばれる将来も想定している。問題はこのまま結婚まで進んでもビリージョーに利益を与えられないこと。伯爵家にウィロウが受け入れられないこと……は今のところなさそうなので、除外する。肝心のクィアンナとビリージョーの関係の変化でウィロウの身の振り方も違ってくる。
夫人の考えとは微妙に違うけれども、頷いておいた。
「男女でともに育った仲ですからねぇ。いろいろ言われもしましたけれど、手を繋いだとしてもエスコートくらいよ」
しかしビリージョーは、それ以上の関係を望んでいたし、これからも機会があればそうあろうとしてしまうかもしれない。覚悟の上だ。いざとなればウィロウは身を引く。
「伯爵さまも奥さまも、いつかクィアンナさまをお迎えする心づもりでいらしたのでは……? それを、私が……」
横入りする形でビリージョーを奪った。
ただそれが伯爵夫妻に対して申し訳なかった。公爵と縁づいてこそ家の大きな繁栄を望める。貴族とは、そういうものだから。
「今回のディラード子爵家との婚約話があって、驚いたのは事実よ。でも、このごろ息子は目に見えて明るくなったの。それがウィロウさんのおかげだとわかって嬉しかったわ。ビージェイがこんなにも女性と楽しそうに過ごしているのだから、きっと結婚しても二人はみなが羨む夫婦になれるでしょう」
それは、気兼ねない友人と接するときと、愛する相手に焦がれる態度の違いではないのだろうか。
「ありがとうございます」
そう言うしかない。
「いいのよ。公爵家とは親同士で縁付いてますから、ウィロウさんが引け目に感じることないわ。それよりも新しいご縁があるのは喜ばしいことよ」
男性陣が待つ部屋へと戻った。
おかえり、と愛しい婚約者を迎える体でビリージョーはウィロウの頬にちゅっと唇をくっつける。
「母にもなんでも相談してくれ。俺に言いにくい女性ならではの悩みもあるかもしれない」
おかげで顔を赤らめて返事もままならない挙動不審気味のウィロウは、ホーガン伯爵夫妻から「うちの息子のことが大好きなかわいらしいお嬢さん」と評価されてしまった。
ーー本性はあなたの息子さんに横恋慕して、彼の恋心を利用してまで結婚する、したたかな女なんですぅぅぅ!!
などとは最後まで言えず。
ーーでも、ビリージョーさまを好きなことだけは、偽りではないです、よ……。
そのぶん、友情を捧げようとするのに愛情を返そうとしてくるビリージョーに心が散りぢりになる。
息子は婚約者を家まで送っていくと言って家を出た。
「ウィロウ嬢とは話せたかね」
ホーガン夫人は「まぁそうですね」と夫の問いに曖昧に答えた。
夫人がウィロウに話した「ビージェイが妙齢の女性と楽しく過ごしている」様子は、クィアンナを含めてもいままで無かった。小さい頃は幼馴染同士で遊んで喧嘩も仲直りもそれなりにしたけれど、思春期を過ぎてからはビリージョーは不満や苛立ちを抱えているようだった。人に八つ当たりこそしないけれども、それはクィアンナ絡みであることが多く、夫妻は反抗期の一部として捉えていた。
それがあるときから吹っ切れた様子で出かけ、ご機嫌に帰宅することの増えた息子を見て、やっと幼馴染と上手くいったのかとほっとしていたらーー、連れてきたのはディラード子爵家のウィロウだった。
彼女といるときのビリージョーは穏やかに微笑み、愛しさの表現を惜しまない。
「完全に悩みを取り去ってはいないようだけれど。愛する女性にそうと自信をつけてあげられないのは、うちの息子の甲斐性が足りないせいでしょう。結婚までは様子を見るべきね」
ビリージョーを好きなウィロウにとっては、クィアンナは目の上のたんこぶ。自分よりも長くビリージョーのことを知り、公爵という高位の娘で、あの容貌。
息子が真実ウィロウを愛し、努力して心を通じ合わせることができたなら、そのうち解決する悩みだ。
I wouldn’t push my luck.
(調子には乗りません。)




