I was totally blind.
クィアンナから再びお茶会の誘いをいただいた。女性の友人の少ない彼女は、ウィロウに懐いてしまったらしい。そこにはビリージョーも来てくれていた。
なごやかに時は流れる。
そろりと近づいた使用人に、クィアンナはなぁにと尋ねた。
「ヤコブ・エマートンとおっしゃる方が……」
また新しい名前だ。クィアンナも今回はこちらに呼ぼうとはしなかった。
「わたくし、失礼して別室で対応して参りますわ。すぐに戻りますわね。ビージェイ、お願い」
ああ、と彼は片手を上げた。
すぐに戻る、とは言ってもお茶の一杯は飲ませてくるのだろう。したがってしばらくはビリージョーと二人きりで話せる。
話を切り出すならいまだ。
「私、考えたことがあるのです。相談に乗ってもらえませんか」
「もちろん。何だ?」
やわらかい表情を浮かべる彼がいくら察しがよくて先読みできるとしても、ウィロウのこれから言うことはその範疇にないだろう。
「提案を聞いてほしいのです。私にしか得がないのですけれど」
「恩返しができるならさせてくれ」
彼の笑顔が嫌悪に変わる瞬間かもしれない。自分の手を握り込んだ。
「……私と婚約していただけませんか?」
は、と吐息のような疑問がこぼれる。
「きみは……婚約って、俺と結ぶのか」
「家格が下の私から申し上げるのは思い上がりとわかった上です。私はビリージョーさまのクィアンナさまへの思いを存じております。そのままで結構です。私は愛など求めません。
ただ、揺るがない友情があればいいのです」
「一生を棒に振るつもりか?」
ウィロウだって、愛される権利はある。彼女ひとりだけを生涯大切にしてくれる男を探すのを諦めるには早い。あまりにも早すぎる。
「私は、ビリージョーさまとなら生涯に渡ってよい関係を築ける自信があります。心より尊敬できて信頼しているあなたのそばにいたいのです」
あなたのことが大好きです、なんて言ったら困らせてしまうから、あくまで契約の提案として。「私を助けると思って」などと縋るようなことはしない。彼の自由意志で決断してほしい。
「この場では返答しかねる。数日、時間をもらってもいいだろうか」
突飛なことなのに、真剣に考えようとしてくれている。
「はい、当然です。お断りになっても、私たちの友情に変わりはありませんから」
その後の返答が「残念だが」であっても、「ですよね」と笑う覚悟を固めた。
ごろごろ回る車輪の上で、窓の景色は意味なくビリージョーの目を滑る。
いちばんはじめのクィアンナの茶会から二人で帰った馬車での会話。クィアンナを諦められたら楽なのに、との思いからウィロウを褒めた。
ウィロウと過ごした後には、気持ちが楽になる。クィアンナのことばかりで毒づいていた頭が、中和されて思考が晴れていくようだった。
好きだから、クィアンナとの時間は楽しいはずと思い込んでいたが、近年では辛いばかり。
そもそもがどうしてクィアンナを好きになったのだったか。記憶を遡っても、はっきりこれといったきっかけと言える出来事はない。なんとなく好きになったのだったか。可憐で微笑みの似合う、輝く美しさを持ったクィアンナ。幼い頃からかわいかった。
両親同士の仲が良くて、近くで育った。親からはしきりに「二人がくっついてくれたらねぇ」と期待されていた。言葉を話せるようになってからは親から「ビージェイのこと好きよね?」と訊かれたクィアンナは「好き」と答えた。「クィアンナさまのこと好きだろう?」と訊かれたビリージョーも「好き」と返していた。周囲はそのやりとりを楽しんでいたふしがある。
好きだからできるだけ近くにいて守ろうと思ったし、将来は一緒になるんだろうと漠然と信じていた。けれどもクィアンナが惚れっぽさを発症してからは、これでは結婚どころか婚約を結ぶこともできないと感じはじめ、好きだと伝えることもなくなった。今となっては醜い嫉妬心しか残っていない。
ーーこれでは惑溺ではないか。
ウィロウは優しい娘だ。面識のないクィアンナを助けたこと然り、ビリージョーも折々に彼女の存在に救われた。
どんどんクィアンナのことが払拭されていく。
破滅しか見えない恋を、頭ごなしに否定しないでいてくれたウィロウ。言葉を交わして、彼女を好きになりたいと考えた時点でもう惚れていた。
「参ったな……」
片手で口を覆う。
友情だとウィロウは断言した。結婚を申し込むにしても、ビリージョーからの恋心は余計だろうか。
I was totally blind.
(気づかなかった。)




