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Out of blue.

 エル・カーラの街は賑わっている。

 午後からひとり気ままに街で買い物に来ていた。定期的に新商品を確認するお店を周る。やはり見るだけでも楽しい。


「ウィロウ嬢」


 と呼びかけたのは、クィアンナのお茶会に割り込んできた男だった。


「……エルウッドさま」


「ハーベイでいいさ」


「はぁ……こんにちは」


 名前を呼ばなかったら、特大のため息をつかれた。


「クィアンナに振られ、あなたにも振られ、オレはどうやって生きればいいんだ?」


 突拍子のない話題に、眉をひそめる。


「私が振った、とは、どういう意味ですか」


「縁談を申し込んだんだ。まさかあなたには話が通っていない?」


「何のことだかさっぱり……」


 父も兄にも縁談についてせっつかれたことはない。

 それにしてもやはりクィアンナから断られていたのか。デートをしていた二人を見ていただけに、手応えがなかったのはかわいそうだとは思う。


「お話だけでもお伺いしましょうか……?」


 街を歩きながらであれば人目もあるし何かあっても逃げやすいだろう。


「クィアンナは元気だろうか」


「ええ、そうですね。お変わりはないようです」


 相変わらずあっちにひらひら、こっちにひらひら恋の花を咲かせている。


「ああ、オレのことなんて忘れてしまったんだな」


 クィアンナへの執着を垂れ流しているうちに、だんだんハーベイが距離を詰めてくることに焦った。服越しとはいえ腕が触れるのにゾッと鳥肌が立った。


「な、なんで近寄ってくるんですか?」


「近くなければ会話ができないだろう。人に聞かれたくない。オレの屋敷に行こう、そこならもっと深い打ち明け話もできる」


「嫌です!」


 ここで見限ろう。哀れみから耳を貸すんじゃなかった。ぷいと背を向けて早歩きする。

 どうしようもなくなったら、この日傘を武器にしてやるのだ。柄を握る手に力が込もった。足音が迫ってくる。


「たっ……助けてっ!!」


 ウィロウが勇気を出して叫んでから、杖が転がる音があった。

 ハーベイに立ちはだかる紳士が一人。


「ビリージョー殿、どいてくれないか」


「……俺は名乗ったか? 誰だおまえは」


 おおかたクィアンナが付き合った男の一人だろうが、数が多すぎてビリージョーはいちいち覚えていない。

 男ははたき落とされた杖を拾って、邪魔をするなと手を振る。


「オレとウィロウ嬢はデート中だ。彼女だって話がしたいと言ってくれた」


「いつデートになったんですか?!」


 裏返った声で反論した。この男の思考回路が理解できない。会ってからのちデートのデの字も出さないで、ひたすらクィアンナのことばかりだった。


「ウィロウ嬢は了承していないようだが?」


「ちゃんと話をすれば分かり合える」


「お話したくありませんっ……」


 ブンブンと首を横に振る。


「きみには事実を捻じ曲げて物事を見る性質があるようだ。早いうちに腕のよい医者にかかって治療したまえ。次回彼女に近づくような真似をすれば、相応の代償を要求させてもらう」


 振り返る横顔は、確かにビリージョーだ。都合のいい夢かと思っていた。やわらかくあたたかい金髪(ハニー・ブロンド)が揺れる。澄んだ湖面の色をした瞳がウィロウへ注がれた。


「ウィロウ嬢、こちらへ。お送りする」


 もう追いかけられることはなかった。




「ビリージョーさまは、どちらへ行かれるところだったんですか?」


「どこというか、クィアンナに付き合わされてあの辺にいた。

 ……あれは度を越した勘違い野郎だ」


 なんでもない、と笑おうとして口元がこわばる。ウィロウは自分がカタカタ震えていることに気づいた。変だ。だって、ハーベイとはただ会話をしていただけで、ただそれだけ。怖かったけど。連れ去られそうになったけど。未然に防がれた。

 クィアンナが経験した恐怖の片鱗を味わって、あの夜までもが蘇る。もしあのまま腕を掴まれて、抵抗しても引きずられて、馬車に押し込まれたらーー。


 よかった。助かってよかった。


 蒼白になっているウィロウを安心させたいが、男に危害を加えられそうになった直後の彼女に、男のビリージョーが体に触れるのはためらわれた。


「大したことができなくて悪かった」


 暴力があったわけでなし、杖を弾くくらいでこちらから殴るわけにもいかなかった。しかしウィロウの様子では、注意勧告だけで足りた気がしない。


「え……ビリージョーさまが謝ることでは……。

 それどころか私、お礼も申し上げ……てないですよね、すみません。ありがとうございました」


「気にするな、いつもこちらが助けられている。

 それで、このまま家に帰るのでいいのか?」


 首を傾げる。


「気晴らしがしたいなら好きなところに連れて行くぞ」


「ビリージョーさまはクィアンナさまとご用事があるのでは」


「きみは俺がどん底を味わっているときにそばにいてくれた。俺もきみにそうしたい」


 と、ちょうどビリージョーの背中に噂の君が現れた。


「ビージェイったら! どこにいたの。

 あら、ウィロウさま」


「ごきげんよう、クィアンナさま」


 がんばったけれど、震える体での挨拶はあまり上手にできなかったらしい。


「ごきげんよう。……どうかなさって? ちょっと、どこか座れるところに行きましょう。ビージェイ」


「ああ。席をとってくる」


 手近なカフィ・ハウスの中に席を押さえてくれて、クィアンナに手を握られながらウィロウはそろそろと歩いた。

 ハーベイ・エルウッドが起こした事件について、知り合ったきっかけを作ってしまったクィアンナも無関係ではないと深い謝罪を受けた。



 今日のことがあるまで、自分は人が落ち込んでいると誰彼なく慰めたくなる性格なのかと分析していた。それでハーベイ・エルウッドも気になったのかといえば、違ったらしい。


 ビリージョーだったからこそ苦い思いをしてほしくなくて、抱きしめたかったし、そばにいたかった。



Out of blue.

(予想外に。)

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