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お見合い編8 誤解解くの忘れてた…

「今は何をされているんですか?」


 私は尋ねた。


 英雄譚(?)も一段落した。

 そういえば現在の話を聞いていなかった。


 中佐さんは少し考えた。


 そして、微妙な顔になる。


「待命中です」

「待命」

「はい」


 聞いたことがない。


「お休みみたいなものですか?」

「毎日出勤してます」


 中佐さんは苦笑した。


「実は大隊長を解任されまして」


「何があったんですか?」

 聞いてしまった。


 あとで気付いた。

 失礼だったかもしれない。


 だが、彼は特に気にした様子もなかった。


「別に隠している話ではありません」


 頭を掻く。


「グラーベン会戦です」


 去年の秋にあった大きな戦いだった。

 新聞にもいっぱい載っていた。

 私は見出しくらいしか読んでないけど。


「そんな大きな戦いだったんですか?」

 私は尋ねた。

「大きかったですね」

 彼は頷く。


「最終的に中将が二人も現地入りしました」

「それは凄いんですか?」

「異例中の異例です」


 なるほど。

 何が凄いのかはよく分からないけれど、とても凄いらしい。


「私は最初の援軍として派遣されました」


 中佐さんは淡々と話し始めた。


「大隊長として」

「はい」

「現地へ着いたら、そこの連隊は半壊していました」


 空気が変わる。

 さっきまでの砦の話とは違う。


「指揮官の大佐も行方不明」

「……」

「敵はこちらの数倍」


 私は思わずごくりと息を飲んだ。


「正直」


 中佐さんは苦笑した。


「泣きそうでした」


私は思わず吹き出した。


「笑い事ではありません」

「ごめんなさい」


 でも。

 泣きそうだったと言う英雄は初めて見た。


「敵は多い」

「はい」

「味方は少ない」

「はい」

「撤退すると本当に崩壊する」

「はい」

「だから持ちこたえました」


 淡々と言う。


「どうやってですか?」

「逃げ回りました」

「はい?」


 思わず聞き返してしまった。


「ええと……」


 英雄って逃げるものなんだろうか。


「敵が迫ってきます」

「はい」

「用意していた防御陣地まで下がります」

「はい」

「反撃します」

「はい」

「敵が戸惑います」

「はい」

「その隙にまた逃げます」

「……」

「次の防御陣地まで」


 私は頭の中で想像してみる。

 逃げる。

 止まる。

 戦う。

 また逃げる。


「それを繰り返したんですか?」

「はい」

「何日も?」

「はい」

「敵は追いかけてきます」

「はい」

「こちらは逃げます」

「はい」

「敵が追いつきます」

「はい」

「また撃ちます」

「はい」

「また逃げます」

「……」


 私はぽかんとしてしまった。


「勝てる戦いではありませんでした」

 中佐さんは静かに言う。

「時間を稼ぐことだけ考えていました」

 その一言だけは、妙に重かった。


「援軍が来るまで」

「そうです」

「来たんですか?」

「ええ。日に日に援軍が増えました」

「それで?」

「最終的には引き分けに持ち込めました」


 私はほっと息を吐いた。


「よかった……」


 本当に。

 心の底からそう思った。


「軍にも褒めてもらえると思ったんです」


 中佐さんが苦笑する。


「あれだけ時間を稼げたんですから」

「そうですよね」

「怒られました」

「え?」

「ものすごく」


 私は目を丸くした。


「どうしてですか?」

「後退は許可していない、と」

「……」

「勝手に戦線を下げるな、と」


◇◇◇


「それだけじゃありません」

 中佐さんは続ける。

「行方不明だった現地の大佐ですが」

「はい」

「実はすぐに所在は判明していたそうです」

「え?」

「私に連絡が届いていなかったんです」


 嫌な予感がした。


「私は知らなかったので」

 頭を掻く。

「その方の連隊を勝手に指揮していました」

「あ……」

「しかも中佐が大佐の連隊を」


 私は少し考える。

 軍のことは分からない。


 でも。


「怒られますね」

「怒られました」


 即答だった。


「大隊長も解任です」

「今は待命中、というわけです」


 静かな口調だった。

 言い慣れている。

 何度も説明してきたのかもしれない。


 私はしばらく黙っていた。


 そして、一つだけ気になったことを聞く。


「でも」

「はい」

「引き分けだったんですよね?」

「ええ」

「味方は助かったんですよね?」


 中佐さんは少しだけ考えた。

「……かなり助かりました」

「なら」


 私は素直に言った。


「私は十分凄いと思います」


 応接室が静まり返る。


 中佐さんは私を見つめたまま動かない。

 やがて、困ったように笑った。


「でも軍では」


 彼は少し肩をすくめる。


「結果だけでは済まないことも多いんです」


 軍というのは、難しい。

 私はそう思った。


 でも。

 目の前の人が「怒られた失敗談」として話していることを、私はどうしても失敗だとは思えなかった。

 勝てない戦いで逃げながら時間を稼ぎ、多くの人を生き延びさせた。

 それは少なくとも、私には胸を張っていいことのように思えた。


◇◇◇


 帰り際。

 中佐さんは再び頭を下げた。

 

「本当に申し訳ありませんでした」

「何がですか?」

「今回の件です」


 彼は少し困ったように笑いながら、ポリポリと頬を突いた。


「上層部もね、先の会戦の件で、私を降格させたことに対する『後ろめたさ』が少なからずあったのでしょう」

「はい」

「『今回くらいは、お前の好きにわがままを聞いてやる』という空気が軍の中にあったのです」

「はい」

「精いっぱいわがままを言ったら」

 少し間が空く。

「通ってしまいました」


 私は瞬きをした。


「私ですか?」

「貴女です」


 ものすごく言いづらそうだった。

 何と言えばいいのか分からなかった。


「今日はありがとうございました」

 中佐さんが言う。

「こちらこそ」

 立ち上がる。


 なんだろう。

 不思議だった。

 緊張はした。

 でも。

 疲れてはいない。

 それどころか。

 楽しかった。


 そう思った。


◇◇◇


 別室へ戻ると、お父様とお母様が待っていた。


 二人とも私の顔を見るなり、身を乗り出す。


「どうだった?」

 声が重なった。


 私は少し考える。


 結局、一番しっくりきた言葉を口にした。


「普通でした」


 お父様が額を押さえた。

 お母様も目を閉じる。


「普通に、おしゃべりしました」


 二人とも天井を見上げる。


「そうじゃなくてだな」

 お父様が苦笑する。

「どういう人物だった?」


 私は改めて考える。

 思い浮かぶのは、英雄譚ではない。

 雪山で温泉に閉じ込められた隊長の話。

 砦の上から投石器で雪を飛ばした話。

 勝てない戦いで逃げ続けた話。

 どれも本人は失敗談みたいに話していた。


 でも。


「……いい人でした」


 二人が同時にこちらを見る。


「話しやすくて」


 少しだけ笑う。


「楽しかったです」


 沈黙。


 お父様とお母様が顔を見合わせる。

 そして、どちらからともなく微笑んだ。

 私は首を傾げる。


「何ですか?」

「いや」

 お父様が咳払いをする。

「それなら良かった」


 その言い方が少しだけ意味深だった。


 私は気にしないことにした。


 ……その時だった。


「あっ!」


 二人がびくりとする。


「どうした?」


 私は両手で頭を抱えた。


「忘れてました!」

「何をだ?」

「一番大事なことです!」


 白百合の幻姫。

 冷徹な才女。

 俗世を超越した聖女。

 ――全部、そのままだ。


「誤解を一つも解いてません!」


 今日の話題は、砦の戦い。

 雪山。

 グラーベン会戦。

 降格。

 そんな話ばかりだった。


 私自身の話をする時間など、ほとんどなかった。


「つまり……」


 青ざめる。


「中佐さんの中では、私は今でも『白百合の幻姫』です」


 お父様が笑いを堪えている。

 お母様も肩を震わせていた。


「笑い事じゃありません!」


 恥ずかしさで顔が熱くなる。


 あんな立派な人だと思われたままでは困る。

 早く訂正しなければ。


「次に会ったら」


 そこまで言って、私は止まった。


 ――次に会ったら?


 朝の私は、そうは思っていなかった。

 今日一日が終われば、それで終わり。

 そう思っていたはずだ。

 なのに今は、ごく自然に「次」を考えている。


 不思議だった。


「……ちゃんと説明しないと」


 ぽつりと呟く。


 その変化に気付いていないのは、たぶん私だけだった。


 お父様とお母様は顔を見合わせ、どこか安心したように笑っていたのだから。


第1章のお見合い編は終了です。


この後は

お出かけデート編

たまたまデート編

元嫁対決編

を経てクライマックスに突入

という流れになります。


しばしお付き合いいただけると幸いです。

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