エピローグ
どうして、こうなった。
私は震えていた。
隣でも誰か震えている。
そっと見る。
レオンだった。
「震えてます?」
「はい」
即答だった。
少しだけ安心する。
どうやら私だけではないらしい。
目の前にそびえるのは、巨大な王城。
王都の中心に建つ、王国の象徴。
今夜は、戦争終結を祝う祝賀会が開かれる。
王国中の貴族。
軍人。
政治家。
外交官。
名だたる人たちが一堂に会し――。
しかも。
国王陛下までご臨席されるという。
そんな場所に。
なぜか私がいた。
「帰りたいです……」
思わず本音が漏れる。
「私もです」
隣から静かに返ってきた。
王国の英雄。
レオン・ド・ヴァイス少将。
その英雄も、帰りたいらしい。
少しだけ親近感が湧いた。
しかし。
現実は非情だった。
背後には少将夫人。
その隣にはマリアンヌさん。
二人とも、完全に逃亡経路を塞いでいる。
逃げ場は、ない。
「ほら、行きなさい」
マリアンヌさんが腕を組む。
「そうよ」
少将夫人も優雅に微笑む。
「今日の主役は、あなたたちなんだから」
――主役。
その言葉だけで胃が痛い。
今回の祝賀会には、もう一つ大きな目的があった。
英雄レオン・ド・ヴァイス少将の婚約発表。
つまり。
私のお披露目である。
逃げたい。
本気で逃げたい。
「……今からでも駆け落ちしませんか」
小声で提案してみる。
レオンが真面目な顔で考え込んだ。
「どちらへでしょう」
検討しないでください。
「山奥とか……」
「補給が難しいですね」
軍人だった。
こんな時まで、妙に現実的だった。
その瞬間。
少将夫人が私たちの背中をぽん、と押した。
「ほら」
「きゃっ」
「うわっ」
二人そろってよろめく。
気が付けば、王城の大扉の前だった。
近衛兵が一斉に敬礼する。
重厚な扉が、ゆっくりと開いた。
まばゆい光。
楽団の演奏。
華やかな大広間。
そして。
司会官の朗々とした声が響き渡る。
「レオンハルト・ド・ヴァイス少将閣下。
並びに、モンテル子爵令嬢リリアーヌ様、ご到着!」
終わった。
人生が終わった。
何百もの視線が、一斉に私たちへ向けられる。
無理。
絶対に無理。
半分泣きそうになって隣を見る。
レオンも、同じような顔をしていた。
目が合う。
数秒。
そして。
二人同時に吹き出した。
おかしかった。
英雄。
白百合の幻姫。
そんな立派な肩書きを並べられて。
中身は二人とも、今すぐ逃げ出したいと思っているだけなのだから。
「行きましょうか」
レオンが言う。
「はい」
私は頷いた。
差し出された手を、そっと握る。
会場がどよめく。
きっと。
また新しい噂が生まれるのだろう。
また勝手に伝説になって。
また私たちは、身に覚えのない物語の主人公にされる。
きっと。
これからも、ずっと。
「……リアンヌ」
「はい?」
「団子が食べたいですね」
思わず吹き出した。
国王陛下を前にして。
祝賀会の入場直前に。
第一声が、それ。
「帰りに食べましょう」
「はい」
その返事が、なんだかとても嬉しかった。
きっと。
これから先も。
私たちは世間が言うような英雄にも、幻姫にもなれない。
団子を食べて。
花屋で立ち話をして。
道に迷って。
「私なんて、そんなに凄くありません」と慌て続ける。
そんな毎日なのだろう。
――でも、それでいい。
それが、私たちなのだから。
こうして。
英雄レオン・ド・ヴァイス少将と。
「白百合の幻姫」と呼ばれたリリアーヌ・ド・モンテルの物語は。
ひとまず幕を閉じる。
もっとも。
本人たちは最後まで、自分たちをそんな大層な人間だとは思っていなかったけれど。
全49話、完結しました。
最後までお付き合いいただいた方、
誠にありがとうございました。
一応は第1部完、ともとれる終わり方にしています。
続編があるかは私にもわかりません。




