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英雄誕生編6 この人たちが味方でよかった

 マリアンヌさんは、ふん、と満足そうに腕を組んだ。


「――安心しなさい」


 その一言には、不思議なくらい力があった。


 大丈夫。

 そう言われただけなのに、胸を押し潰していた重石が少しだけ軽くなる。


「今回の件はね」

 マリアンヌさんは胸を張る。

「軍人の奥方も、貴族の奥方も、お嬢様方も――全員、あなたの味方だから」


 私は目をぱちぱちさせた。


「……え?」

 思わず聞き返す。


 何ですか、その恐ろしい組織は。

 いつの間に王都中の女性が結束して、一大勢力を築き上げていたのだろう。


 マリアンヌさんは鼻を鳴らした。

「当然でしょう?」

 どこか誇らしげに顎を上げる。

「この元妻である私が、直々に認めた婚約者候補なんだから」


 ――婚約者候補。

 そこは、まだ「候補」だった。


 その厳格な線引きが、いかにもマリアンヌさんらしい。


 けれど。

 認めた、と言ってくれた。

 胸の奥が、じんわりと温かくなる。


 ……同時に。

 私の知らないところで話がどんどん大きくなっている気もした。


 いつものことだけれど。


 カチャリ。

 少将夫人が静かにカップをソーサーへ戻した。


「そうね」


 穏やかな笑顔だった。

 誰が見ても理想的な淑女の微笑み。


 ――目だけは、まったく笑っていなかった。


「余計なことを考える殿方には……」

 嫌な予感しかしない。

「馬に蹴られていただきましょう」


 やっぱり怖かった。

 王都の女性ネットワーク、思っていた以上に武闘派である。


「あ、あの……」

 私は恐る恐る手を挙げる。

「それ、国際問題になりますよ?」


「なるわね」

 少将夫人は即答した。

 一切ためらいがない。


「確実になるわね」

 マリアンヌさんも真顔で頷く。


 なら駄目ではないか。

 私は頭を抱えた。

 この二人、本気で国家間の問題より恋愛を優先している。


◇◇◇


 少将夫人が静かに立ち上がる。


「さて」


 その一言で、空気が変わった。

 さっきまでのお茶会ではない。

 まるで軍議が始まる前のような、張り詰めた空気。

 私は思わず背筋を伸ばす。


「まずは」

 少将夫人が静かに微笑む。

「レオンに」

 マリアンヌさんが腕を組み直す。

「そろそろ――」

 二人は顔を見合わせた。


 そして。

 寸分違わず、同じ言葉を口にする。


「「白黒つけてもらいましょう」」


 その声はぴたりと重なった。

 あまりにも息が合っていて、思わず鳥肌が立つ。


 私はごくりと唾を飲み込んだ。


 怖い。

 本当に怖い。

 王弟殿下よりも。

 どんな偉い軍人よりも。

 今この部屋にいる二人の方が、絶対に敵に回してはいけない。


 心の底から思う。

 この人たちが味方で、本当によかった。

 ……本当に。


 ご先祖様、ありがとうございます。


 けれど。

 その恐ろしさとは裏腹に、胸の奥は少しずつ温かくなっていた。


 私は、一人じゃない。

 身分差に怯えて。

 手紙を待ち続けて。

 泣くだけだった私を、この人たちは笑わなかった。

 ちゃんと味方になってくれた。


 私はそっと俯き、膝の上で拳を握る。

 そして今度は迷わず、小さく頷いた。


「……はい」


 その返事に、少将夫人もマリアンヌさんも満足そうに微笑んだ。


◇◇◇


 気づけば。

 ただ遠くから手紙を待ち、身分違いだと諦めようとしていた女の子は、もういなかった。

 世間が何を言おうと。

 国家がどんな思惑を巡らせようと。

 私はもう、自分の気持ちから目を逸らさない。

 あの不器用で、誰よりも自分を後回しにしてしまう人の手を――

 今度は、私が離したくなかった。


 その小さな決意が。

 静かに、けれど確かに。

 私の新しい一歩になろうとしていた。


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