お見合い編3 白百合の幻姫??
お父様は断ろうとしてくれた。
本気で断ろうとしてくれた。
「うちには過ぎたお話です」
「娘には荷が重すぎます」
「もっとふさわしいご令嬢がおられるでしょう」
珍しく、お父様が粘った。
けれど、お相手も引かなかったらしい。
その結果。
――まずは一度、お話だけでも。
そういうことになってしまった。
会う相手は、レオン・ド・ヴァイス中佐ではない。
その上司であるモンフォール少将の奥様。
つまり、この縁談の仲介人だ。
「どうしてこうなったんでしょう……」
私は馬車の窓にもたれ、小さくため息をついた。
「大丈夫よ」
向かいに座るお母様が微笑む。
「今日はお茶をいただいて、お話をするだけ」
「本当でしょうか」
「たぶん」
たぶん。
その一言で、不安が三倍になった。
お父様が苦笑する。
「心配しすぎだ」
「だって、お父様」
「何だ」
「相手は少将閣下のお屋敷ですよ?」
「そうだな」
「私なんて場違いではありませんか?」
「それは……否定できんな」
「否定してください!」
お父様は笑って誤魔化した。
笑い事じゃない。
やがて馬車がゆっくり止まる。
扉が開いた。
「……」
私は言葉を失った。
大きい。
とにかく大きい。
門から屋敷まで馬車で走れるくらい広い。
庭だけで我が家が三軒くらい入りそうだ。
いや、四軒入るかもしれない。
「お父様」
「何だ」
「今ならまだ帰れませんか」
「無理だ」
「まだ門をくぐっただけですよ?」
「だからこそ無理だ」
ですよね。
知ってました。
知っていましたけど。
帰りたい。
執事さんに案内され、屋敷の中へ入る。
床は鏡みたいに磨かれている。
廊下には大きな絵画。
壺一つで我が家が一年暮らせそうだ。
うっかり触ったら寿命が縮みそうで、自然と壁から離れて歩く。
「緊張しなくていいのよ」
お母様が小声で囁く。
「しています」
「顔に出てる?」
「たぶん真っ青です」
「少しだけね」
少しだけらしい。
少しで済んでいるなら奇跡だった。
応接室へ通される。
扉が閉まる。
静かだ。
静かすぎる。
豪華な調度品が並び、重厚な家具が部屋全体に落ち着いた威厳を与えている。
勧められたソファは、ふかふかなのに背筋が勝手に伸びる。
私は借りてきた猫どころか、博物館に飾られた剥製みたいに身動き一つできなくなっていた。
しばらくして。
コンコン、と控えめなノックが響く。
重厚な扉がゆっくり開いた。
一人の女性が姿を現す。
四十代半ばほどだろうか。
落ち着いた色合いのドレスを優雅に着こなし、柔らかな笑みを浮かべている。
美しい人だ。
けれど、それ以上に目を引くのは空気だった。
静かなのに、圧倒される。
学院で公爵夫人や王族の方を遠くから見かけたことがある。
あの人たちとも違う。
何というか――。
人生経験そのものが服を着て歩いているような人だった。
この人、強い。
社交界という戦場を何十年も勝ち抜いてきた人だけが持つ迫力がある。
私は思わず背筋を伸ばした。
女性はゆっくりと私たちの前まで歩いてきて、優雅に一礼する。
「お待たせいたしました」
よく通る、それでいて柔らかな声だった。
「初めまして。モンフォールでございます」
私たちも慌てて立ち上がり、挨拶を返す。
「モンテル子爵です」
「妻のエミリエでございます」
「娘のリリアーヌです」
夫人はにこりと笑った。
その笑顔だけ見ると、とても優しそうな人だ。
なのに、どうしてこんなに緊張するんだろう。
夫人の視線が、すっと私へ向く。
青い瞳が細められる。
何かを確かめるように。
何かを懐かしむように。
そして、ふっと微笑んだ。
「あなたが――」
一拍置いて、その名を口にする。
「白百合の幻姫 《ラ・ファンタジスタ・デュ・リ・ブラン》ね?」
「…………はい?」
私は間の抜けた声を上げた。
今、この人は。
誰の話をしているのだろう。
少なくとも、それは私ではない。




